第十章「告白の嵐と、私たちの選択」
冬休みが明けて、新学期の始まり。
校庭の雪はまだ残っていたけれど、生徒たちの声は元気に響いていた。
琴葉は咲良の姿を探して、少し早めに登校した。
――だけど、その朝、教室で不穏な空気が流れていた。
「ねえ……聞いた? 咲良先輩と一年の琴葉さん、冬休みに一緒に……」
「え、まじ? あのふたり、もしかして付き合ってるの?」
クラスメイトたちの会話が、琴葉の耳に入る。
背中が凍りついた。どうして、ばれてるの? どうして今?
その頃、咲良もまた――
「咲良……ちょっといい?」
声をかけてきたのは、咲良の女友達、澪だった。
同じクラスで、いつも咲良に絡んでくる少しボーイッシュな子だ。
「咲良、最近さ、琴葉さんと仲良くしてるじゃん。……もしかして、本気なの?」
咲良は、短くうなずいた。
「うん。本気。琴葉のことが、大切で、大好き」
その言葉に、澪は一瞬だけ目を伏せた。
「そっか……そっかぁ……」
寂しそうに笑って、でもすぐにいつもの調子で背中を叩いた。
「なら、ちゃんと守ってあげなよ。あんた、誰にでも優しいから、勘違いされるんだよ」
放課後。
琴葉と咲良は、校舎裏でふたりきりになった。
「ごめんなさい……私、誰かに話した覚えはないんです……」
琴葉は不安そうにうつむく。咲良は、その肩に手を添えて、優しく笑った。
「ううん、いいんだ。もう隠し通すの、やめようと思ってた」
「え……?」
「好きな人を、好きって言えないまま隠すのって、すごく苦しいじゃん。私は……堂々と、琴葉の隣にいたい」
咲良の言葉は、風のようにまっすぐで、でもあたたかかった。
「……私も。隠れるより、先輩と手をつないで歩きたいです」
ふたりは、そっと手を握り合った。
その手の温度だけで、もう迷いなんてなかった。
翌朝。
ふたりは並んで登校した。
クラスの視線が集まっているのを感じたけれど、咲良は笑って言った。
「おはよう、琴葉。今日は一緒にお昼、食べようね」
「……はいっ」
その瞬間、教室の空気が一変した。
誰かが口を開いて、ふたりの関係について何かを言いかけた――その時。
「私は、ふたりのこと、素敵だと思う」
澪の声が、教室に響いた。
「誰かを本気で好きになれるって、すごくかっこいいじゃん」
一瞬の静寂のあと、ぽつぽつと、肯定の声が続いた。
「なんか、咲良先輩らしいな〜」「琴葉ちゃん、かわいいしね」「うらやましいなあ、恋人いるって」
気がつけば、空気は和らいでいた。
午後の廊下。すれ違う生徒たちの視線は、少し気になった。でも。
「なんか、すごくいいカップルじゃん」
「ふたりとも美人で絵になる~」
そんな声も、ちらほら聞こえるようになっていた。
それでも、全員が賛成ではなかった。
「気持ち悪い」「女同士で、ふざけんなよ」
――そんなひそやかな悪意も、後ろから聞こえた。
けれど咲良は、琴葉の手をしっかり握り返す。
放課後、人気のない図書室で。
ふたりは手をつなぎ、そっと唇を重ねた。
「先輩……もう、隠さなくていいんですね」
「うん。これからは、堂々とキスもできる」
「そ、それは、放課後だけにしてください……!」
ふたりは小さく笑って、指を絡め合った。
まるで、長い冬を越えて、ようやく春が来たように。