2. 目の前で消えたり、浮いたりする本
「なぁ、知ってるか?」
朝のホームルームが終わった後の教室。隼人は目を輝かせながら、僕の傍にやってきて、すぐにそう言った。
「知らない。聞きたくない」
どんな話か察した僕は即答する。
「えー、聞いてくれよー。あのな!」
隼人は、僕の拒絶の返答などお構いなしで、僕にすり寄ってくる。
ホームルームと一限目が始まる前の休憩時間は数分間。
朝の部活が終わって、ギリギリにホームルームに滑り込んできた隼人は、ホームルームの間ずっと、この話をしたくてウズウズしていたに違いない。
「東館1階の階段脇に、図書コーナーがあるだろう!
ある女子生徒が、その図書コーナーに行った時、読みたいと思っていた本が、棚にあるのを見つけたそうだ。彼女はその本を手に取ろうとした。
だけど、手を伸ばした瞬間、その本が目の前で突然、消えてしまったらしい。
その時は見間違えかなと思ったらしいんだけど、最後にもう一度、棚を見たら、さっき消えたと思っていた本がちゃんとそこにあったんだって!」
隼人が興奮した弾む声で一気に説明する。
「忽然と消えては現れる本!なあなあ! すげー、面白そうじゃないか!!」
隼人はとっても楽しそうだが、僕は憂鬱になっていく。
「他にもいろいろあるんだぜ!
夜の音楽室が奏でるピアノ。学校の裏山に出没する幽霊。
学校に限らず、市内にもいろんなところにネタがあってさ。すげー、ワクワクしないか!」
いや、しない。
絶対ろくなことにならない予感がする。僕はげんなりするしかない。
「結人!まずはその図書コーナー、後で見に行こうぜ!」
「いやだよ」
「そんなこと、言わないでさー! 行こうぜ!」
授業開始のチャイムが鳴ったことで、話は一度、保留になった。
だが、僕はまたいつものように、隼人の強引な誘いを断ることはできないのだろう。
僕は母以外に自分が他の人には見えないものを見えることを話したことはなかった。だから隼人にも話したことはない。
だけど、僕の挙動不審な態度が隠し切れなかったからか、オカルト好きの感が働くのか、『結人は霊感が強いに違いない』と言って、僕に寄ってくるようになった。
事あるごとにこんな話を僕は聞かされては、振り回されているうちに、一番よく話す友人になっていた。
隼人とは小学校から同じ学校だが、彼が何かと僕に構ってくるようになったのは中学校からだ。
僕は友人が少ない。そもそも一緒にいると、変な態度をとることで気持ち悪がられて、離れていく。
そんな僕なのに、隼人はずっと離れていかなかった。隼人がいなかったら、僕はずっと一人だったかもしれない。
隼人に僕が他の人には見えないものが見えると正直に話したら、オカルト好きな彼のことだから、気持ち悪いと思うことはないだろう。
逆に、更に興味津々に纏わりついてくるようになるかもしれない。
それを想像した時、僕の胸は苦しくなった。
こんな僕に今でもこうして仲良くし続けてくれるのは、単にオカルト好きの興味本位なだけなのだ。そう決定付けられるのが、僕は辛かった。
保留になった話は、あっけなく昼食の時間に訪れた。
食べ終わった弁当箱を片付けていると、隼人が慌てた顔で教室に駆け込んできて、
「結人、まじだ! 急いで来てくれ!」
と俺の腕を掴んで、引っ張ったからだ。
昼食を食べ終えた隼人は、行くのを渋り続けた僕を置いて、先に例の図書コーナーに向かってくれていた。だから免れたと思ったのに……。
僕を引っ張っている隼人の顔を見ると、興奮した中にも真剣さがあった。
いつものふざけた顔とちょっと違う。
「なにか、あったのか?」
「……本が目の前で、浮いた」
「……は?」
本が浮いた?
隼人は何を言っているんだ。そんな摩訶不思議な事、起こるわけないだろう。
「俺だって、信じられないけど、でも実際に見たんだ」
話題となっている図書コーナーにたどり着くと、生徒が数人、集まっていた。
その場で話している生徒の話を聞いていると、どうやら本を浮いたのを見たのは、隼人ともう一人。
本を整理整頓をしていた図書委員の女子生徒のようだ。
この図書コーナーは新学期早々、臨時で設けられたそうだ。
前期の図書委員会の会議で、『図書室まで足を運ぶのを敬遠する生徒もいるせいで、読書をする機会が減るのかもしれない』と議題が上がり、多くの生徒に目が届く、階段脇のスペースに図書コーナーを設けるとことになったとのことだ。
臨時図書コーナーは、図書委員の生徒によって、整理整頓と書籍在庫チェックを毎日、担当制で行い管理している。この図書コーナーから本を借りていく時は、貸出チェックの表に『本のタイトル』『日付』『借りる人の名前』を記入し、持ち出しすることになっているから、その貸出チェック表を元に、本の在庫管理をしているそうだ。
前回、不思議なことが起きたのが、3日前。隼人が朝、話してくれた話題だ。
読みたいと思って手を伸ばしたら、目の前で消えた。そして、もう一度見た時には、本があったっという話だ。
目の前で消えて、もう一度、見るまでの時間は5分くらいで、それを体験した女子生徒はその間、図書コーナーから離れていないし、他に誰も来なかったとのことだ。
そして、今日。管理当番である女子生徒が、書籍をチェックしていた時、本が目の前で浮いたそうだ。
浮いたといっても、空高く浮いたというわけではなく、本棚から勝手に本が外に出てきて、落ちそうなくらい飛び出ていたのに、本は床に落下せずに、また本棚に戻ったということらしい。
隼人はその時、その図書委員に話を聞こうとして、傍にいたらしく、一緒に目撃することになったそうだ。
何か振動により、本が勝手に出てきたと言っても通じそうだが、その時、二人は本棚にぶつかってもいないし、地面が揺れたという様子もなかったとのこと。
それに本棚から数冊同時に出てくるというのではなく、一冊だけが引き出されたように出てきたというのは不思議だし、その後落ちずに、本棚の中に戻ったというのは奇妙過ぎる。
見間違いだと片付けてしまうこともできそうだが、目撃したのが二人だということもあるから、ぶしつけに否定もできない。
「それで、その浮き出てきたという本は、どれなんだ?」
ひと通り話を聞かされた僕は、隼人に尋ねる。
「ああ、それなら、図書委員の彼女が今、持ってるよ」
その彼女を見ると、本が一冊、胸元に大事に抱かれていた。
彼女の腕に隠されてよく見えないが、緑色の本で、だいぶ大きめのサイズの本のようだ。