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魔王物語  作者: ragana
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第七話 -魔王は強さを望む-

 リーダー格の魔族が氷柱を宙に精製する。

 その際にリーダー格の口から漏れている詠唱を耳にした。言語が話せるのであれば意思疎通が出来、交渉の余地があるのではないか。

「俺らに敵意は無いって! 何で意味無く襲撃に来るんだよ!」

 と、必死さを演出してリーダー格の魔族に声をかけるが、口の端を吊り上げるばかりで返答は無い。和解するつもりは無く、こちらが何をしようと関係なく潰すつもりなのだろう。

 射出された氷柱を回避しリーダー格を睨むが、俺の右手に痛みが走った。

 痛みの原因を探して目線を彷徨わせると先程墜落した魔族が鋭い爪を見せ付けるように構えていた。

 どうも、リーダー格だけでなく、その威力や規模に差はあれど全員が障壁を展開していたらしく元気いっぱいに動いていた。

 右手に力を入れるが、予想以上に傷が深いのか握力などが低下していることが感じられた。せっかく、ナイフを直したのだが、あまり意味はなさそうであった。

「っち」

 思わず舌打ちをしてしまう。

 空からは氷柱。地上では複数の魔族の爪や魔法による攻撃。八方塞であり傷を見るからに背水の陣とも呼べそうである。

 余裕があるわけではないので、右手を庇う様な愚行はせずに反撃を繰り出そうとするも、握力低下によりナイフがすっぽ抜けてしまった。

 またも舌打ちをし、更に悪態をつきたくなるが四方八方から迫る攻撃にその余裕も無く回避を努めた。

 魔族たちの表情は笑みに覆われていた。その笑みはエドルと対峙していた時のようなものではなく、ユウトの笑みの様なものでもない。ただ、ただ単に冷酷な冷たい笑みであったが、自身の強さに溺れる優越の笑みであるようにも感じられた。

 平和的解決は望めない、か――それを見て俺はそうとしか思えなかった。

 やはり、先程思った通り犯罪者とも罪人とも呼べないカスなのだろうか。俺は悲しさを感じつつそう結論付けた。



 がちり、と頭の中で音が響いた様に思えた。

 見なくても判る。俺が俺でありながら俺を取り囲むカス共と同じ表情を浮かべている事が。

 全力でその笑みを消す。同類にはなりたくは無い。ならない事は出来ないのだからせめて外面だけでもならない様に抗いたいと思う無駄なあがき、というやつである。

 必然と無表情になる。昔から戦闘中にあの表情を消すのにいっぱいいっぱいになり他の表情を浮かべることは叶わなかった。

 俺の周囲で自慢の爪を振り回すやからには拳をお見舞いし氷柱の回避に努める。ただそれだけで大半は地に伏した。身体構造は人間と同じらしく、その辺りを試しに突いてみるともろく崩れ今に至る。

 倒れる仲間を目にして驚愕を表すカスの残りなど興味の対象にならなかったので何の感想も出なかった。

 機械的に淀みなく。

 拳を急所へと突き入れ。時には手刀へと形を変化させ突き入れた。

 数秒の内に再びリーダー格以外が動けなくなった。動けなくなっている奴等は全員呻き声を上げていて肉体とおさらばしてあの世へと引越ししている人物はおらず不幸的にも未だ肉体に滞在し続けていた。

 彼らには凄まじい激痛が襲い掛かっているだろう。それは箪笥の角に小指をぶつけた比ではなく、的確にあらわせば四肢の何れかが捥げた時の4分の3程の傷みであるだろう。

 ちなみに、俺があの攻撃を受け、あの激痛に襲い掛かられた時はあらゆる穴から液体を漏らして少ししてから泡を吹いて白目をむいて気絶したらしい。

 らしい、というのは、どうもあまりにもショッキングな出来事であったらしく記憶が曖昧どころか無いといった方が適切であると頷ける程度に記憶が欠落していた。

 その記憶の補完は、俺がその様になってしまった原因である当時の師匠に教えられたからであった。

 話をするときの師匠のニヤニヤとした不快感を収束させて拍車をかけたかのような笑みは今でも思い出すと殴り飛ばしたくなるものだった。

「おおおおおおおおおおおおお!」

 俺が氷柱を捌きリーダー格の障壁を素手でどうぶち破ろうか決めあぐねているとエドルが到着しリーダー格に切りかかった。

 リーダー格の左腕が宙を待った。フリスビーの如く回転をしそこそこの飛距離を更新した後に草むらの中へと自由落下していった。

「ガアアアアアアア!」と、悲鳴とも呼べない寧ろ咆哮じゃないのかと思える声を上げながらリーダー格は欠損した部分から赤い液体を噴出しつつ滑空し逃げていった。

 これだけの事が起きればもう攻めてこないんじゃないだろうか。

 住民が申し出てくればになるだろうが、やはり全滅させておいた方が安心ではあるだろう。

 エドルはリーダー格が逃げた事を確認すると、それに続くようにフラフラとしながら逃げていく他の魔族を殺す事無く剣をしまった。

 エドルがやさしいのか、それともこの世界ではこうなのかは知らないが同族の安心よりも他の命を優先させるその行為は俺にとって新鮮であった。

 もし住人に俺を含む場合であれば間違いなく抗議するかせずとも自身で止めをさしに行っている所であるがそうではないので笑みを浮かべることにした。

 ここでふと思った。

 どうも俺は役にたてていないんじゃないだろうか。

 今回の戦闘でも、音を聞きつけてエドルが走り出したから俺が動いたのだし、今の戦闘でもエドルが走り出したからである。全てが後手と言って良い。

 俺はエドルに雇われているといって過言ではない立場である。であるのにこの体たらくであった。

 それについて少々呆然とするもエドルはやり遂げたという顔を向けてからグンに声をかけて村のほうへと歩いていった。

 人生の大半がブランクであるが、その良い訳を用いても酷い状態である事に呆れながら大きな背中を追った。




「グン!」

 村に到着するとグンの母親らしき人物がグンに抱きついていた。

 結果だけを見ればそうであるが、工程を考慮すると飛び掛っていると見間違えそうなそれであったがグンは慣れているのか鍛えているのか、兎に角倒れこむ事無くそのまま背中に手を回すことで応えた。

 こちらへ向かってくる村長らしき人物の顔を見るからにお礼をしますよ、という顔であったので俺は慌ててエドルに声をかけてその場を後にしようと画策した。

 エドルも期限が不明確である任務であったので思い出したかのように歩を進めたのでこれ幸いであった。

 俺は、罵られる事も攻撃される事も慣れてはいるがこういう空気は苦手であった。

 逃げる様に立ち去る俺達の背後からありがとう、という声が聞こえたが聞こえなかったことにしてそのまま歩を緩めることはなかった。

 声からしてグンであったろう。その声をお礼としておこう。俺の限界はそこまでであった。

 横のエドルを見るといつも以上にむさくるしい笑みを浮かべていたので案外俺と同じような性質であったのかもしれない。


 そこから元の道まで戻るのはすぐであった。

 だが、そこから目的地へ到着するのはかなり時間がかかるのではないだろうか。

 俺は目的地へ行ったことが無い所か情報がほぼ皆無であるのでそれを予測する事さえ出来そうも無かった。

 が、慌てても仕方が無いし出来るだけ早く到着するように努めれば良いだろう。

 他にやることも無いわけだし。

 そう思うと、先の見えなささもそう気にならないように思える。

 どれぐらいかかるのかと聞いた際のエドルの顔を見るだけでおおよそ予測できそうだったが見なかったことにしておく。

「……俺とお前は似たもの同士らしいな!」

 元の道に戻るとエドルは暑苦しい笑みを向けてきた。

 似たもの同士。同類でなく似たもの同士という表現は良い得て絶妙であると思えなくも無い。

「ま、そうみたいだな」

 と、笑みを俺は浮かべている事に気がついた。口の端が妙に引っ張られる感じがするそれは笑みというより苦笑に近いかもしれない。

「ん? そういえばナーク、荷物減ってないか? 寧ろ何も無いぞ!」

 お? ……あ! 元から何も無いといっても良い荷物だったけれど唯一の荷物兼武器である詰まる所の生命線であるナイフを回収していなかった。

 パクった弓もあのまま放置してきてしまっているし。

 代わりになるものを作成することを考えたが、周囲を見渡すも道と草ばかりであり碌な材料が無いため肩を落とすことで諦めることにした。

「あー、ナイフさっきの戦いで落としてきちまったわ。スマン」

「はっは! ま、仕方ないな! 魔族に狙われて生きていることだけで御の字にしとこうや!」

 と言いつつ俺の背中を叩く。力加減のほうはどうなっているのだろうか。凄く痛く背中、主に背骨が軋みを上げているのだが。ご検討よろしくお願いしますだな。

 エドルの浮かべる笑みを見ると俺の引きつった笑みも少しは見られる笑みになっているのではないかと錯覚に陥りそうだった。

 なんだかエドルとは仲良くやっていけそうな気がした。だからこそ迷惑はかけられないな、とも思うわけで。




「んじゃ、俺ここから別れるわ。出来ることなら俺が準備でき次第――間に合わんかもしれんが、兎に角、また会えたら良いな程度に考えといてくれ。ああ、金は返すよ」

 あれから大凡5日程は何の問題も起こらなかった。

 寧ろ、田んぼ道とやたら長い草しかない状況で問題が起こるとしたら何が起こるか教えて欲しい。

 5日。決して短くはなく、寧ろ長いと言える時間の間考え至った結論がこれだった。5日の間に更に交友を深めた俺たちであったが俺の力不足で一方的に別れるといったのだ。嫌われることを承知で言っているわけだがそんな覚悟などなんのその。俺の目はエドルを直視できずにいた。

 目を叱咤激励してやりたいところだが、生憎と俺に口はひとつしかなく、その唯一の口も叱咤激励する所では無く微かに震えていて断念せざるを得なかった。

 だが、ずっとそうしている訳にもいかないししぶしぶ目を向ける。憤っているか呆けている表情の二つを想定しつつ目を向けるわけだが、そこに写るは普段以上に暑苦しい笑みであった。

 これだけ笑みを向けられると笑み以外の表情が見てみたいと思えてくる。そして、望んではいないのだが憤ってくれていれば笑み以外が見れたんだな、と考えてしまう。

「なんで笑ってんだ? 顔の筋肉の病気でも患ってるのか?」

 想定外が発生したからか俺は少々混乱しているようだ。この世界以前の刺々しい部分の一端が漏れ出てしまった。

 ああ、もしかして俺の役立たず具合に気が付いて寧ろよかったと思われているのかもしれない。

 そうであれば気が楽である。

 気が悪くは多少なるけれど。

 いやいや、自業自得なので文句は言うまいよ。

「ずっと難しい顔をしていたからな。俺が誘って迷惑で断りきれずに来てしまっただけなのかと思っていたけどそうじゃなさそうだとわかったからな。だから喜んでいるんだ」

 俺の宣言で委細を把握したか。それも驚きであるがその言葉は更に驚きであった。

 役立たずであったことを謝罪しておこうと口を開きかけたが手で制される。

「金はいつか返してくれたら良いし俺はナークを役立たずだなんて思ってない。問題はナーク以上のヤツがこの国にいるかって事か」

 どれだけ俺を過大評価するのだこいつは。

 十数年のブランクをなめてかかるな。

 それはもう苦くて不味くて昏倒しそうなぐらいに最悪であるぞ。

 エドルは笑みを絶やさない。

「ああ、金の利子なんて野暮なことは言わんから安心しろ。強いて言えばお前の心が少し判った気がしてうれしいからそれが利子代わりで良い」

 言いつつエドルは俺に何か投げてよこす。カードらしきもので、サイズは文庫本の大よそ半分というところ。紙であり厚さは厚紙のそれである。

 投げて俺に渡す為にある程度の速度――俺の腕に少しめり込んだが――であったので受け取るのに一人さびしくひと悶着が発生し、それの対処に追われている間にエドルは姿を消していた。

 カードは表面を見る限り何らかの紹介状らしい。

 生憎文字は読めなかったがその様な雰囲気であった。

 いや、もしかしたらそれっぽい呪詛的何かが刻まれた代物かもしれないが。

 これについては道行く親切そうな人に尋ねるとして金を返し損ねたのは気がかりであった。

 そもそもこの国が第一目的地であったけれどそれ以降の経路を知らないのである。

 時間があけばあく程追いつけないし再会の目処は立たないだろうが俺一人で魔物が出る道を闊歩するつもりには到底なれない。

 用心棒的な人を雇うという選択肢があるが無いようなものである。

 金はないし、いやあるが使ってしまうと返す金が無くなる――なので一人で行くかボランティアの用心棒なんて都合の良いものを発見して利用する。

 もしくは一人でいくかになる。

 一人は却下で用心棒も物理的に不可能。

 と、なると当初の予定通りある程度人生の大半を注ぎ込んだブランクを緩和してからということになる。

 有名な猟兵がいると聞き及んでいたウヌク国は予想通りであった。

 右を見ると道場らしき建築物や武具店。

 左を見ると道場らしき建築物や武具店。

 右を向いたつもりだったが左を見ていて、左を向いたつもりが右を見ていても気が付かない様相であった。

 文字が読めない俺がどうやって店の判別をしているかといえば深い理由がある。

 いや、格好つけた。看板が主に簡単に短く絵で表現されたものであるという事だ。

 ヌーダイセ王国で多少は大通りやらをうろちょろしたので――時間的なものが最悪であったので中に入るのは叶わなかった、いや御用になっても良いのであれば入れたが――多少は見ているのでそれと照らし合わせれば判る部分もあるということだ。

 魔物が居るせいか、武具屋、猟兵所は、特に武具屋はよくあるのですぐに覚えられたのだ。

 看板の基準となるデザインは国ごとかは知らないが、少なくともヌーダイセ王国とは多少デザインが違ったが、あくまで多少であるのでその差は許容範囲であった。

 建造物は石や木が主な材料で構成されているのだが、看板は空中に投影したかのような、所謂未来的イメージの看板であった。

 ヌーダイセ王国は普通に木で出来た看板であったのだが、大通りがヌーダイセ王国よりも広く規模も比較できるほどではないのでもしかするとそれが理由かもしれない。

 見回してみると、徒歩が大半であるが、中には馬の様な生物、悪魔のような角が生えていて魔物を連想しそうであったが、それに馬車を引かせた人物や、馬車であるがそれを引く動物はおらず、それどころか支えとなる車輪さえなく、もはや筏ではないかと言いたくなる形状の物が浮遊して移動していたりと、昼間のヌーダイセ王国は見ていないが、馬車などの大きさを考えると、それらが頻繁に行き交うほどヌーダイセ王国は発展していなかったように思う。

 看板は、それらの乗り物が激突しないように、という事なのではないだろうか。

 少し探せば見つけることが出来る大通りから逸れた店は大きな看板に文字が刻まれている形式であったので、これは裏づけになるんじゃないかと一人寂しく盛り上がった。

 この世界での魔法は、科学の様に浸透しているのではないかという印象を抱かざるを得ない事柄である。

 よく見ると、全てではないが一部の屋台では拡声器のような物を使用して客寄せを行っているのだが、その拡声器のような物に石がはめ込まれていて、そこから気配が感じられたので魔力でも込められた石がはめ込まれていて、あれは所謂、魔法道具なるものなのだろう。

 これも全てではないが自動ドアの様に自動に扉が開く店もあったが、そこからも気配を感知することが出来た。つまりはそういうことなのだろう。

 俺はそんな前のいた世界とはある意味で似ているが全く別であるそれに興味を抱き、それを見て回ることで若干テンションがあがっていた。

 およそ二時間ほどだろうか。正確な時間はわかるはずも無く、兎に角気が付くと腹具合から言って結構時間が経過してしまっていた。

 そういえば、当初の目的が達成していない所か、エドルに貰ったカードの謎も解けていない。

 いい加減に切り上げておかないと人が少なくなってしまう。

 そう思い、そこらにいる人に聞こうと思ったが、どうも急がしそうである。商売に集中して活気が出て良いことなのだろうが寂しく思う。普段であれば間違いなくそこら辺でうずくまって地面に”の”の字でも書いて地面か壁とブツブツお話をしていただろう。幸いにも今はテンションが高いのでその程度でめげることは無い。

 心が挫けそうであったが折れそうではないのだ。

 大通りにいる人には気軽に聞けそうも無いので店の店員にでも聞こうかと思ったが景気が良いらしくどこも客が大勢いて、値段交渉で急がしそうである。

 いや、景気が良さそうなのは良いことなのだけれどね。

 ――心が折れそうだ。いや、ウソデスヨ。

「ん? そーいや少し考えればわかることじゃん」

 そこらで聞けないなら聞けそうな場所に行けば良いだけのこと。

 市役所的な国の機関やら猟兵所の様な場所であれば余裕で聞けるだろう。

 ゲームで言うならギルドやら酒場と言った所か。

 猟兵所なら最悪、依頼という形で誰かに聞ける。

 酒場があるなら飲み物の一杯でも頼んでからマスターに聞けば良いだろう。

 いくら繁盛していてもこれぐらいの文字を読んで貰うことは出来る。

 客ならば!

 流石に何も頼まず聞くだけ聞いてっていうのは勇気が無いので出来かねる。

 個人的には酒場が一番良いかもしれない。

 ヌーダイセ王国で奢らした飯屋は酒場みたいな様相であったので、それと同じ様な雰囲気の店を探すことにする。

 そういえば、先ほど見て回っている時にそういう店があったように思う。




 絵の看板は全ての国に普及させるべきです。

 それが俺の今日の感想である。

 酒場の看板がビールの絵とは判り易過ぎるにも程がある。

 絵のイメージはゲームに出てくるそれと同じで良いと思うよ。

 店の大半が武具やらの関連の店や旅に携帯する食料やら馬車などの足を扱う店ばかりであり、酒場は案外少なかった。

 一応宿はあるのだが、食事だけはやっていないようだったのだ。

 酒場は数が少ないこともあり相当込んでいた。

 まるで宴会会場である。

 まだ明るいというのに酒臭い男が大勢いて顔を顰めてしまったがこれはどうしようもないことであった。

 宴会のような事をしているので、テーブル席は満員といって差し支えなかったが、それとは反対にカウンター席は比較的空いていた。

 俺はカウンター席に腰掛注文をしようとメニューらしきモノを手に取る。

 しかし看板とは違い、メニューまでは絵で表現されていなかった。

 見慣れぬ文字の羅列は進数計算の計算式を見た時の様に少なからず目がチカチカさせる効果をコレでもかと発揮してくれていた。

 その頑張りは迷惑でしかなかった。

「すみません、コレをひとつ」と、メニューの文字の羅列毎に設定された金額の最も0が少ない品目を指差しマスターらしき人物に声をかけた。

 マスターの浮かべる笑みを見る限りは単品で頼んで問題のない商品であったようである。いや、もしかすると営業スマイルかもしれないけれど。

 俺の言葉を受けて元気良く返事をし――後ろでどういう訳か馬鹿騒ぎしている男たちの声量を考慮してかもしれない――近くに設置されているコンロらしきもののスイッチを押し火をともし調理を開始し始めた。

 動作を見る限り飲み物ではなく料理のようだ。

 とある漫画で酒場ではミルクを頼むな、という台詞を目にしたことがあるので、指差した商品が、罠商品であるミルクに価する何らかのモノではないかと内心無駄にハラハラしていたがそれは杞憂であった。幸いである。どうもここのマスターは所謂強面であるのでそれはもう怖いのである。過去が過去であればマフィア的な何かになっていてもおかしくなく、寧ろ現状がおかしいと思えるほどのコワイマスクである。

 料理を本当にしたのか? 電子レンジでチンしただけじゃないか? とこの世界では無い科学の利器による製品を取り上げて質問をしそうになる程の時間で俺の目の前に料理が出された。

 それはお湯を注いで作成する魔法の麺製品の調理時間よりも早いのである。

 計測方法が腹時計という事が気がかりであるが概ね合っているだろう。

 短時間ではあるが料理は料理であり、マスターはマスターであり料理人であった。

「うめえ!」

 味は美味い。それはもう! と感想を述べそうである。

 だがしかし。

 だがしかしである。

 トーストの形状でミートスパゲティの味は俺の固定概念やら先入観のせいだろうが微妙である。しかも色は若干緑である。

 詳しく言うと黄色メインに緑が所々混じったような色である。

 つまり、外見は明らかに失敗料理所か、料理とも呼べず、もはや毒である。

 味は良いものであったので毒という表現は撤回しても良いが、そうなると毒という言葉の変わりに視覚毒という表現を限定的にした単語を添えることになる。

 それ程であった。ちなみに匂いはミートスパゲティである。

 よく食べたな自分! と思いつつ自信に激励しようと思わざるを得ない。

 流石にどういう訳かにこやかな顔で――結局は強面である。

 見ると尿道が緩んで液体が出てもおかしくない顔である――俺を見つめつつサービスといわんばかりに他の席と比較すると大盛りである目の前の目の毒を見ると食べないわけにはいかなかったのである。

 自身の舌と胃にお別れ会を開いてお見送りをしなくて良かったことを安堵しつつ俺は無駄に数あるポケットのひとつからエドルから貰ったカードを取り出しマスターへと差し出した。

「これに書いてる文字読めるか? 俺、文字読めなくてな」

 少し険しい顔になるマスターを見て膀胱が少し重量軽減をしようと液体を放出しようとし始めたので必死で妨害する羽目になり、右足と左足のいつもの連帯感はどこへやら。

 どうも喧嘩しているらしく自由奔放に右往左往しているので移動することも出来ない。

 そこで敬語を使えばよかったよママン。

 なんて感想を抱いたが後の祭りであることを悟り、心の中で念仏を唱えた。

 当然、念仏なんて知らないのでナンマーダーと南無阿弥陀仏の略称らしき言葉を繰り返すだけであったけれど。

 すみません、がサーセンになる様な仕様であるといっておこうか。

 そんな俺の心境の平穏を取り戻すかのようにマスターはにこやかな表情へと戻した。

 危うくショック死する所であったが峠は越えたらしい。

「お前、エドルの知り合いだったか。いやー、なんかあると思ってたんだよな――」

 突如マスターが消えた。

 当然、よく漫画である高速移動などではなく、そうなると当然俺の背後を取っている訳でもない。

 マスターは突如テーブル席の方向から飛来した物体が頭部に激突し、頭だけ壁を突き破り、一見、身体が壁から生えているように見える格好になっていた。

 今、客が訪れたらシュールという感想以外何も抱けないのではないだろうか。

 マスターの横に見慣れぬ男が伸びていた。

 臭いから相当酒を飲んでいて、もしや酔った拍子に、地面と平行に少なくとも1メートルと少しを移動したのかと思ったが、それは人間の動きではないと思いついた。

 しっかりしろ俺。しっかりしているつもりでもどう考えても動転している。

 原因を探るために俺はテーブル席を見ると、判りやすくあらわされていた。

 飛来した方向にはモーゼよろしく、人垣を掻き分けた道が作成されており、20代後半の鎧を着込んだ女性が拳を振り切った体勢で眉間に皺を寄せていた。

 鎧を着込んでおり背が高かったので最初は男であるのではないかと思ったのだが、顔立ちと長い髪、そして女性特有の鎧越しでもわかる体つきでかろうじて女性と判断できた。

 だが、放たれる殺気を鑑みてしまうと女性であるということは撤回したくなる気分であった。

 いつからであるのだろう。

 先ほどは凄まじい喧騒であり、鼓膜が仕事をしても無駄である状態であったのだが、今は打って変わって鼓膜の独壇場である。

 あらゆる音が消え、もはや原子が静止しているのではないか、もしくは空気が振動することを放棄したのではないかと真剣に考えてしまう普段であればそう居心地が悪いわけではないがこういう場では居心地は兎に角、すぐさま後にしたい空間で棒立ちしている事に気が付いた。

 この静寂は嵐の前の静けさのようであり、その状態で棒立ちしている俺は、戦場で呆けている阿呆の如くである。

 さて、マスターには悪いが代金をカウンターにおいてカードを回収して出口へと向かおうか――やべえ。

 俺と出口を繋いだ直線状に女性がいる。

 間違いなく横切らないと脱出が出来ないではないか。

 女性の周りには唖然としていたりするものもいるが、大半が睨みつけている男であった。

 明らかにあそこを中心とした問題がある。

 極力関わりたくない。

 何せ女性は兎も角、男たちは顔を真っ赤にして怒っているのではなく酔っているのである。

 面倒くさいこと極まりないしややこしい事極まりないのである。

 触らぬ神に祟りなし。

 そういう諺があるが、触らなければならない場合はどうすれば良いのだろうね。

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