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魔王物語  作者: ragana
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第六話 -悪なりにも規則はある-

 目覚めると空は既に青く輝いていた。

 焚き火は既に鎮火していてエドルの姿が見当たらなかった。荷物が置いてあることから近くにいるだろう。そう考えていると俺の腹の住人である虫たちが鳴き声を上げ自己主張し始めたので対処を置こうなうことにした。すきっ腹の状態であるなら飯を食うことは吝かではないのだ。

 朝食は昨日狩った魔物の肉にし、野菜が食べたいなぁ等と贅沢なことを考えつつ平らげた。

 俺が食べ終えて一段落した頃にエドルが道の横に存在する草むらから現れた。草むらは俺からそう遠い位置には無かったので、前触れも無く暑苦しい笑みが現れたので俺は思わず叫び声を上げてしまったので少々恥をかいた。

 そんな俺に笑いながらエドルは荷物から布を取り出し、蓄えていた水で浸し絞り汗をぬぐった。風呂代わりでもあるのだろうか。

 曰く、鍛錬をしていたらしい。

 あの実力は日々の鍛錬の賜物であったのかと感心しつつ暑苦しい笑みから目をそらした。暑苦しいがそれはもう真夏の気温が真冬の気温と誤認してしまいそうな具合に暑苦しかったが、それだけが理由で顔を背けたわけではなかった。昔は兎も角、十数年前から鍛錬を怠りに怠っている俺からすればエドルは眩し過ぎたので、それによるものが多いだろう。

 エドルは俺をこの旅に誘う際に、任務を授かる際に謁見した王に態々許可を取り付けていたらしい。確かに、王が依頼している任務であるから筋は通っているのだがご苦労様である。

 その際に王の横にいたユウトから俺が記憶喪失であると聞いたそうだ。俺は気にするなと言い、わかったと返事があったが、その顔はわかったという顔ではなかった。

 俺がそれについて面倒くせえなと思っているとエドルはそれを察知したらしく急な話題転換を図った。

 エドルは空気を変えようと口をうごめかす。それは目的である勇者についてであった。

 曰く、勇者は合わせて五人いるらしい。

 剣、盾、斧、箱、薬。

 剣の勇者は、神から剣の神器と自身への加護を一つ賜る。

 盾の勇者は、神から盾の神器と護りの加護の使用権を賜る。

 斧の勇者は、神から斧の神器と力と守りを賜る。

 箱の勇者は、神から箱の神器と微弱な加護を賜る。

 薬の勇者は、神から薬の神器と治療の加護の使用権を賜る。

 神は勇者の数だけ存在しているとされ、それぞれに信仰がある。

 そう教えてくれているエドルは信仰について全く知らないらしかったので知ることは出来なかった。エドルの挙動を見る限りどう考えても興味がなさそうだったし、俺も無神信仰だから知る機会は今後無いかもしれない。

 以前なら機会は出来なくは無かったかもしれないが、あのいい加減で役に立たない爺である神を見てしまってからはそうも思えない。

 勇者は魔王討伐の度にこの世界に現れる。それを幾度無く繰り返され、今は7度目。

 魔王の現れる間隔はランダムらしいのだが、今回は大よそ500年ぶりだとか。

 そして、魔王は魔王ではないという異常事態が発生している。魔王――元、だが――が現れ勇者が召還され始めたのは3年ほど前。国から市民に情報が回るのが遅いためもう少し前かもしれないが、兎に角それからきっかり三年後の二日前に異変が起きた。元魔王――その時は魔王であるが――を上回る魔力を持った存在が現れたらしい。が、隠蔽しているのかその所在は感知できず、国が総出で調べているが一向にわからないそうだ。

 あれ? もしかして、それって俺じゃないか? いや、気のせいである事を願いたい。

 兎に角、今、俺たちのすべき事はその勇者全員にヌーダイセ王国に集まれと伝えることだ。

 魔法があれば念話の様な所業が出来てもおかしくないのじゃないかと言ってみたが、どうもそれは高難度魔法で実現は現実的ではないらしい。

 地図上では国同士隣接してるが、間に山があったりする訳なので、それを超える高度、または迂回する長距離での風魔法は魔王でないと無理じゃないかと言われてしまった。

 エドル自身、魔法が得意ではないらしく詳しくなかったのでそれ以上はわからなかった。

 当面の俺たちの目的は、斧の勇者に会う為にウヌク国へと向かうことだ。

 ウヌクへ行けば有名な猟兵が数多くいるらしく、俺達使者の戦力を増大しようとも考えているとエドルは笑って言った。エドルは焚き火で焼いていた肉を手に取り、俺が止めるまもなく平らげ荷物をまとめだした。

 腹の住人はある程度満足し、一揆を行わないと言ってきていたのでエドルに文句は言わず荷物をまとめた。と、言っても在庫の肉は平らげた為何も無いのだが。強いて言えばナイフの柄か。

 昨日の魔物と戦っていて思ったのだが、やはり魔力の扱いは練習したほうが良いと思う。戦闘を行った魔物は一般市民でも武装次第では追い払える程度の魔物であったらしいのだが、俺は非常に苦戦した。軽々狩って来たそぶりをしていたが現実はそうであったため、エドルにあれが雑魚中の雑魚で、ゲームで言うならスライム並であったことを聞いて、命の危機を感じた。一見、何の変哲も無いウサギなのに強いなぁと思っていたらまさかの俺が弱すぎるという事であったからである。

 元いた世界では少なくとも一般人よりは強いと思っていただけに必要以上にその衝撃は大きくなっていた。

 荷物をまとめたエドルを先頭に俺はエドルに教えてもらった体内の魔力を認識する訓練を行うことにした。

 普通は魔力を認識するまでに2~3ヶ月かかるらしいのだが、魔道書のお陰で一時的に強制的に熟練の魔法使いになっていたので、その影響かすぐに魔力を認識していた事から流石は神の神器(神器かは不確定であるが)は凄いなぁと感嘆することになった。

 最初の戦闘から二日が経過した現在は、あの時以上に魔力の認識が出来るようになってきている事を練習で実感した。

 少なくとも以前より、昨日よりも魔力の流動が容易に行える。エドルほどではないが、エドルにそれを見せると驚いていた。

「昨日は手加減をしていたのか? 昨日の戦闘だと一般市民に毛が生えた程度だったが、今はEランクの猟兵の平均程度だな」

 Eランクとかよく知らないが、テンプレでくるなら低い順から少なくともE、D、C、B、Aと続くんだろう。場合によってはEの下にF、Gと続いていったり、Aの上にSがあったりなどするのだろう。

 エドルに聞こうと思ったが、身分証明書を入手した現在では猟兵に登録するつもりなど皆目無かった為にそのまま聞くことなく練習に励むことにした。

 今、体の指定した場所に魔力を移動させていく練習を行っているのだが、これが存外難しい。元いた世界で魔法どころか魔力なんてものは存在しなかった為に間隔がつかめずにいたのだ。

 魔道書での経験は残る為にある程度それは緩和されているのだろうが、エドルを見る限りその緩和は焼け石に水であるのだと頷かざるを得ない。

 エドルという良い見本がいる為、滞りなく練習は進んでいるように思う。とは言っても上達具合には限界があるわけだが。

 何、次の国に到着するまで大分時間がかかるらしいから気にせず気長にやれば良いだろう。最終的に軍勢との戦闘が始まるまでに魔法が扱えれば良いのだ。

 時間は吐いて捨てるほどある。

 次の国は交流が比較的あるらしく、道が出来ているため非常に楽な旅になりそうだ。尤も、道とは言っても田んぼ道の様なものであるので、左右に広がる草むらから魔物が襲い掛かってくる可能性はあったが、売り飛ばせる部位を持たない下位の魔物ばかりが生息しているらしいのでエドルがいる現状ではそれほど気を張る必要も無い。

 レーダーよろしく、エドルは敵が現れるより早く、俺が気配に気がつくよりも早くに魔物の数と位置を言い当てるのでそれはもう安心である。

「……ん?」

 特に何も問題なく進んでいたのでこのまま一気に行ってしまおうとしていた矢先であった。

 俺の耳に何か聞こえる。何故だかひどく気分が悪くなる。

 何だろうと耳を済ませるが日常的な音しか聞こえない。だが、気になった。

「エドル、この近くに集落みたいな場所はあるか?」

 と、聞くとエドルも何かを感じたのか真剣な顔つきで「あっちだ」と、言うと道を反れて進んでいった。

 エドルは走っているらしく付いていくのでも大変だと思えそうな速度であった。

 およそ5分。

 その距離を走り抜けると村があった。木造の家が建ち並び、店も多数あるような村であった。

「おおおおお!」

 エドルは剣を抜き剣を振るう。

 村であったそれは魔物の襲撃を受けていた。俺が戦った魔物である狼のようなヤツでもウサギのようなヤツでもなく、悪魔のような人に翼が生えたような形状の魔物であり、感じられる気配はそれまでの魔物とは段違いで巨大だった。

 そんな魔物が数十。

 エドルが剣を振り活躍を見せるが、逃げ惑う住民を護りきれるほどではない。

「キキキキキ!」

 そう叫びながら魔物は俺の近くにいた住民へと襲い掛かろうとしてた。

 俺が唖然としていると急に剣を構え鎧を着込んだ青年が現れその攻撃を阻んだ。

 鎧の下から見える服からここの住民であることが見て取れた。

 青年が剣を振るうと剣から炎が飛び魔物を追い払った。

「逃げてください! 今この村は魔族の襲撃に遭っています!」

 言われなくとも襲撃に遭っているのは明白であったが、アレが魔族、か。

 人間ならざる存在であるが、その容姿は人間のそれに近いと思う。

「いや、手伝うよ」

 俺が魔力を込めた拳で魔族に殴りかかるが悠々と回避されてしまった。その翼を有効活用し空中へと逃げたので追撃は叶わなかった。

 ふ、と見ると近くの民家に弓矢が立てかけられていた。狩りに使うものなのだろうか。

 今はそれどころではないだろうし非常事態であるから無断で借用することにした。

 俺が弓を放つと面白いように魔族へと吸い込まれていく。

 次々に命中してそれに危機を感じたのか魔族は空高く飛び逃げていった。

「よぅ! 大丈夫だったか!」

 エドルが剣を担ぎ笑いかける。

 笑みとは真逆に、周囲には魔族の残骸がたくさん落ちている。それが何人分の魔族なのか判らないほどの数である。

「なんとかな。これがなかったら攻撃当たらん所だったわ」

 と、良いつつ弓矢を元の場所へと戻しておいた。無断借用は良いのだが、よく考えてみれば横にいる青年はこの村の住人かもしれないのだ。あるかは知らないがこの世界でも牢獄島に入れられるなんて事になってしまっては目も当てられないからな。エドルにも迷惑かかるし。

「助かりました。援助感謝します」

 青年は礼儀正しく頭を下げる。

 魔族が去ったと知ったのか続々と村人が集まり始め、頭を下げる

「いや、それは良いんだ。それより何故この場所に魔族なんかが!?」

 エドルのせいで鼓膜が破れそうになり抗議をしようとしたがその台詞は重要であったために話を促すことにした。

「新たに現れた魔王が見つからないので覇権争いになっているらしく、魔族は今のように自由に暴れ始めているらしいんです」

 話から、魔王が居ないので命令するものが居ないから通常は現れない場所にまで現れてやりたい放題しているらしい。

 やっべえええ、俺のせいじゃん!

「先程の魔族は最近、少し離れた場所に拠点を作り、近隣の村を荒らして回っているようなのです。そのせいで農作物は荒らされ、何人もさらわれたりし、復興もままならないのです」

「エドルこの村護っとけ」

 俺はその悪役の風上にも置けないカスをつぶしに行くよ。と、言おうと思ったがエドルは既に村人から拠点を聞きだしたのかどこかへ走っていってしまった。

 俺よりも猪突猛進とは考えものだなぁ、と頭痛がする頭を抱えた。

「……どうすっかな」

 エドルが言ったんじゃやることないんじゃないだろうか。第一、俺の攻撃当たらんしな。

 そう思うと、あのまま俺が言っていたら魔族のご飯になっていたのではないかと思い至り顔を青くしておいた。

「エドルとは、あのエドルさんですか?」

 と、武装した青年が俺に問うてきた。

 あのエドルと言われてもそれがどのエドルを指すのか見当もつかなかったが、双子が言っていた通りあのエドルなのだろうか。

「多分そうだけどそれがどうした?」

「多分、あのエドルさんでも魔族、特にリーダー格を倒すのは難しいかもしれないです。……僕、行って来ます!」

 というと、微かに炎を纏った剣を握る力を強め走っていった。

 俺は消え行く青年の背中を見送るという名目の中で呆然としていた。

 文字通り木偶の坊とならんばかりに突っ立っていたが、我に返った。

 エドルがヤバイのならあの青年が言ったところで何の足しにもならないのではないだろうか。青年の魔力は住民の平均程度しか存在していない。

 いや、あの武装が、特に炎を纏った剣が強力であったので何とかなるかもしれないと思ったわけだが、青年が住民に襲い掛かる攻撃を防ぐために立ち回った動作を見る限りは剣は素人どころか、戦闘の経験もあまりないのではないだろうかと感じる次第である。

「猟兵の方! どうか、どうかグンを救ってください!」

 グン、とはあの青年のことだろうか。ならば今話しかけてきている女性は年齢から言って彼の母か。

「無理だ! あきらめろ!」

「グンと戦うなんて出来ない!」

 と、言っている。ん?――

「グンとは炎を纏う剣を持っていた彼だろう? 諦めるのはわかるとして、何故彼と戦うなんて?」

 彼の母親らしき女性に聞いてみると、なにやら限界が来たらしく涙を流し始めた。

 女性の涙に慣れていない俺は内心慌てふためきつつも平静を装った。

「魔族は殺した私たちの仲間の死体を操って襲わせることがあるのです。毎回、動けないようにして埋葬しているので数は少ないですが――」

 そういうと、両手で顔を覆って泣き始めた。

「そうか。どうやら少なくともここを襲う魔族は罪人とも呼べないクズらしい」

 やる気は出ないがやる理由は出来たという所か。

 だが、どうやろうとも攻撃が当たらないのでどうしようもない。エドルの足を引っ張るだけだろう。

「彼が持っていた様な不思議な武器は他に無いのか? あるなら貸して欲しいのだけど」

「魔法武器はこの村にアレ一つしかないですのぅ」

 と、奥から出てきた村長やらおばば様としか呼べないおばあさんが出てきた。

「魔法武器?」

「魔法効果を付加された武器のことですじゃ。猟兵様ならば知っておられると思いましたがのう」

「いや、知ってたさ、はっはっは」

 聞いたことも無いですありがとうござます。

 よくゲームにある効果のある武器って事か。なら、何とかなるかもしれんな。

「魔族のリーダー格って一番魔力がデカイやつか?」

「そうですじゃ。魔族だけなら依頼をすれば猟兵様でも十分に倒せるのですが、リーダー格の魔族だけは話は別なのですじゃ」

 そうかそうか。なら、俺は相手したくないからエドルに押し付けたいのだが。

 世の中巧くいかないんだろうな。拠点らしき気配の密集していた場所は二人を残して――エドルとグンだろう――消えていたのだが、大きな気配と多数の比較的小さな気配がこちらへと近づいてきている。

 エドルが気がついたのかこちらへと向かっているようだが先にこの村へと到着するのは魔族だろう。

「この村から出るなよ」

 俺は村から被害が出ないようにその気配の足止めをする為に脚を動かした。



「コロス!」

 そう叫びながら空を滑空し村へと向かっている魔族が見えた。

 よくある漫画のようにリーダー格だけ特殊な形状であったり体が巨大であったりなどはなく、特に変哲も無い魔族であった。いや、魔族の時点で人間である俺からすれば変哲ありまくりなのだが、他の魔族と比較すると変哲は無かった。

 ただ、そこから感じられる気配が強大であるという差が圧倒的にあるだけである。

 俺は弓を構え幾つもの矢を連射と呼べる速度で放ち、魔族全員を狙うが、数匹の魔族を狩るだけで後は回避されてしまった。

 リーダー格は当然回避し、おまけに俺のほうを睨み殺気を飛ばしてきた。

「やべえな」

 余裕で見つかってるよ。そして、全員に捕捉されている。

 数匹の魔族が「キキキキ!」と、叫び、俺からすれば子供なら一生のトラウマになり、年老いていたり心臓が弱ければ白目をむいて泡を吹いて死に至っていただろう衝撃的映像を確認しながら弓を構える。弓は当然、ここへ来る際に再びパクった代物である。

 矢を放つが、先程の命中は全て気がつかれていなかった賜物であり、一発も当たることなく空を突き進んでいった。

 弓はそれ程やりこんでいないので技術が甘いことも原因だろう。弓ももっと練習して置けば良かったと嘆く間も惜しく俺は魔族の攻撃をかろうじて回避した。

 回避は転がり、土にまみれるというそれはもう無様な回避であったが危うく頭が持っていかれそうな攻撃であったので仕方ないというものだろう。

 数匹の魔族は数に物を言わせて次々に間もなく攻撃を繰り広げている。

 魔力を込めた手であれば防御に使用しても持っていかれないだろうとは思うが、下手をすれば腕がなくなるので恐怖を抱き、無様な回避を繰り広げるばかりであった。

 エドルが来るまで時間を稼げばいいのだが、どうやら他にも魔族は居るらしく、気配が増えていた。

 そして、エドルはそれに遮られているのかこちらへはあまり進んできていない。

 このままでは俺もそう長くは持たない。

 反撃を行おうと試みたが、魔族は攻撃して直ぐに空へと戻るのでそれは叶わない。

「くっそ」

 自身の弱点を恨みつつ魔道書を展開しようと考えたが俺の手は止まった。

 ここは村から離れているとはいえそう遠くは無い。と、なると少々の規模の魔法でも見られてしまう。

 魔法自体は扱える人間が居るのだが、エドルに知られると面倒である。

 そんな事を言っている場合じゃないのだろうけれど俺からすれば死活問題と言って過言ではない。

「ならば――」

 神に与えられたのは、扱いきれない魔力と見せられない神器だけではない。

 残されたそれを使えば良いだけの話だ。あれなら地味だろうし見つからないだろう。

 幸いにも同じ結果の技術がこの世界にあるらしいし扱っても怪しまれることは無いだろう。

 問題点としては、それをこの世界に来て扱ったことが無いことだろうか。

「だけどなぁ、それどころじゃないしな」

 明らかにである。

 俺は矢を放ち魔族を追い払おうと奮闘するがそろそろ矢が尽きる。

 魔族は俺が雑魚であると理解しているのかリーダー格は見ているだけという遊びの時間が始まっている。

 状況は危機的、隙は万端。

 ならぶっつけ本番で失敗しても何とかなるんじゃないかと思う。

 だが、その前に魔法を試してみようと思う。見られない程度の小規模の魔法であれば問題はない訳だからそれで撃退できれば最善だからである。

 俺は小さい魔道書を引っつかみ「でかくなれやぁ!」と、念じると応えるように淡く光り、本程度のサイズへと変化した。同時に魔法の知識が頭に入り込む。

「おらぁぁ!」

 火炎弾を作り出し襲い来る魔物へと放つ。

 矢よりも早く襲うそれは、流石の魔族も回避が難しいらしく命中し、叫びながら草むらへと落ちていった。

「何とかなる――か?」

 草むらに火が燃え移ることを懸念して氷の魔法へと切り替え氷柱を放つ。

 次々に魔族へと命中し、先程の矢のデジャヴを覚え優越感に浸りそうになったが、それは叶わなかった。

 どうやら俺は良い方向へ進んだと思っても随時運命とやらにでも妨害されているのだろうか。

 規模を絞ったその魔法はリーダー格に何のダメージも与えられていない。

 命中はした。命中はしたのだが、魔族も魔法が使えるのだ。

 エドルが使用したウィング・アーマーの様な魔法によってリーダー格には攻撃が通らない。

 無駄だと思いつつも矢を放つが同じような運命をたどり、あらぬ方向へと飛んでいくか、衝突して粉々になって消えていくかの二つに一つであった。

「ぶっつけ本番って好きじゃないんだがなぁ」

 今度こそそう言っている場合じゃない、な。

 俺は魔道書をキーホルダーサイズに戻し、神に与えられた最期のものを扱うことにする。

 魔道書の展開を止めると同時に流れ込んできていた知識は霧散し、経験と記憶のみを残す。この感覚は何度体験してもなれないだろうなぁ、と思いつつリーダー格の放つ氷をかろうじて回避する。

 漫画だと固有能力は何らかの名称があり格好良い様に見せるのだが、そんなものは無いらしく、決めた際に神によって勝手に刻まれた扱い方に名称は無い。ただ能力の扱い方と効果、応用方法があるばかりだ。

 能力は、魔法の一端なのかもしれない。

 武器というものがこの世界にあり、あるのだから製造する技術もあるのだろう。

 見たところ科学は発展していないので魔法で作られていることは容易に想像できる。俺のそれは測らずとそれと同じような能力になってしまった訳だ。

 俺はポケットから刀身の無いナイフを取り出す。

 リーダー格の攻撃を紙一重で回避し、冷や汗をかきながら辺りに落ちている石や、土を一箇所にかき集める。

 この作業の時点で既に数回死ぬかと思ったが、背丈程ある草が俺を隠しているらしく命中が甘くかろうじて生きていた。

 傷こそ負っていないが、精神的に折れてしまいそうだった。

 最後に、ナイフを握っていない手でポケットを漁り、破損しているナイフの刀身を取り出した。

 慌てて取り出したために誤って切ってしまい手のひらから血が出たがそんなことかまわない。

 というより、迫り来る回避は難しいであろう氷を目の端で確認してしまったのでそんな余裕がなかっただけなのだけれど。

 兎に角俺は何とか準備を終え最後の締めに取り掛かる。

形状実装(リード)!!」

 俺がそう叫ぶと握っていた柄と破損した刃、そして地面の土くれが空気と同化していくかのように徐々に姿を消してゆき、それと反比例するかのように俺の右手に重量が感じられ、増えていった。

 手に握られるは俺の牙と成り代わるモノ。

 俺は迫り来る氷に目を向ける。

 扱いなれたそれの重量は懐かしく、安心感を俺に与えた。

 迫り来る氷を切り裂き衝撃で氷は粉々になり結合が解かれ魔力へと戻っていった。

「さて、時間を稼がせてもらいますか」

 俺は、犯罪者とも罪人とも呼べないカスの親玉に目を向け、自身の憤りに従った。

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