第四話 -不幸という面倒は魔王へ注ぐ-
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皆さんありがとうございます。
喜びを表して投稿させていただきます。
未来の絵とは、文字通り未来を表す絵のことだ。
そこに辿り着くまでに聞いた話だと、今代の勇者の決戦の絵は、それはもう素晴らしいものであった。
5人の勇者と一人の魔法使いに対峙する魔王。
ただ対峙するだけでなく、見るからに魔王が疲弊している絵であったらしい。つまり、未来は安泰であり、望むものだった。
「いやー、これは傑作なまでに真逆だなぁ」
絵は全く別のものになっていた。
5人の勇者と一人の魔法使いが手前で傷を負っている。
それだけでなく、服装から何処かの姫様の様な人物と、本来、対峙してしかるべき魔王もが同じ様に傷を負っている。
その奥にこちらへと迫る軍勢。
それを支配しているかのように何らかの影が大きく上空に描かれている。
特に目をひきつけるのは、軍勢の殿を担っているのか、対峙しているのか、黒いオーラを纏う存在が描かれているところであろうか。
「専門家が言うには、どうも魔王と前魔王が協力したか、魔王と第三勢力が強力して軍勢を引き連れてくるらしい」
そう言うユウトの表情はいつものようにさわやかスマイルを浮かべているのだが、少々引きつっている。
絵に描かれた人物は本人に非常に似ている。
剣を持つ勇者は当然、ユウトと瓜二つだ。が、あくまで形であり、顔などの詳細までは描かれていないので、似ている誰か、なんて事がありえそうだ。
上空に描かれている影――おそらく、描かれている戦闘の黒幕なのだろう――は、よくわからないが、黒いオーラを纏う人物は、前魔王とは違う形である気がする。
手前で前魔王が傷ついていることから明らかに登場人物が増えている。
寧ろ、軍勢側は全員新たな登場人物だ。
俺が傷ついている側に交じっていないので、おそらくこの戦には参加していないのだろう。
さて、ここでの問題は、俺がこの戦に参加せずどこでふ抜けているのかでも、第三勢力、第四勢力なる敵がいることでもない。
問題は、未来が望ましくない事であるという事だ。
「グレイン王、前魔王が魔王と協力した線はありませんよ。見てください、構図から言って前魔王は私達勇者の味方になっている方が可能性があります」
とユウト。俺と同じ様な考えに至っているのではないだろうか。
絵を眺めていた、とても貫禄のある男は頷いた。
彼がグレイン王なのだろう。
周囲を眺めると、流石は王と言ったところで、グレイン王だけが焦りを表面上に出さず隠せている。他はユウトを含め焦りを隠せずにいた。
「魔王が味方である可能性は十分にあると思うが、逆に言うと、仲間にしなければこの未来は訪れない事になる。私は早急に魔王の治める地へと赴き手を結びたいが、他の国が許さないだろう。未来の絵の解釈が違い、魔王は味方にならないのではないかという意見の方が多いと思う。どちらにせよ、各国に使者を送り、集まりを行いたい。おそらく、魔王を繰り上げて討伐することになってしまうだろうから、誰か信頼のおける猟兵に使者を頼む事になるだろう」
魔王討伐の準備で軍は動かせない、か。
口調からして数年は魔王は大丈夫であると神に聞いたのだろう。
この世界に来て二日目だが、神から聞いた助言は全て意味を成してないなぁ。別に良いけれどね。
「では、直ちに猟兵所へ依頼してきます」
と、若い兵士。
「いや、使者とはいえ、魔王からの妨害を受けかねないのではないかの? 弱い者が幾ら来ようと意味は無い」
と、大臣とか摂政といったイメージしか見いだせない老人が被せる様に言った。
確かに、使者と舐めていてはいけない。使者を殺してしまえばその分伝令が遅れ、襲撃が遅れる。
俺なら真っ先に王と使者をブチ殺すだろうしな。
「それに僕は猟兵で信頼を置ける人物を知りません。殆どの有名な方々はこの国ではなく、ウヌク国に滞在していますから使者として雇用することは難しいでしょう。無い物ねだりは意味が有りませんから、募集という形で無く、猟兵所で選別してもらう方法が良いと思いますよ」
と、意味ありげな視線を向けながらユウトはそう提案した。唸るお偉い方を見る限り、この提案が進められる事は明白だった。
その提案を聞いたからかフィニーアも意味ありげな視線を向けてきていた。
いや、記憶喪失の頼りない碌でも無しに頼るとは何事だろう。
確かに、誰もが同じ様に知らない人物であれば多少知っている俺を頼るのは頷けるけれど、人選ミスな気がするけどなぁ。知らないだろうけれど俺は犯罪者なのだけれど。
そんな思いが有ってため息をつくと、それをどう受け取ったのか、二人は笑みを浮かべて視線を元に戻した。
どうやら、想像通り、ユウトの案で進めるらしく、兵士が命令され猟兵所の方へ走って行った。
俺もこの場にいても仕方が無いし、何やら難しい顔をして話す重鎮や、兵の配備でもするのか慌てて走っていくユウトやフィニーアを視界から外しその場を後にした。
俺は俺で期待に応えるとしようか。
ああ、期待なんてされたのは久しいからうれしいこの気持ちは嘘じゃないんだろうな。
「……使者の選別って今から猟兵所に登録してもいけるのかなぁ」
そこは心配だが、大丈夫だろう。制限なんて行って強い者が募集できなければ本末転倒無訳だし。
まあ、使者が魔王につぶされるってのは予想に過ぎないからそんなに頑張って集めなくてもいい気がするが、万が一が有るから、なんて不安を抱くんだろうな。
この国って、お人よしばかり、なんて事は無くちゃんと疑り深い奴もいるからバランスが取れているんだろうなぁと、何だか納得してしまった。
いざ、猟兵所へ登録をしようと思って足を向けてみたが、どうも登録は必要無いらしかった。
決して、猟兵所が登録なしで利用できるものではなく、使者を選別する集いが一般市民も含め、誰でもいいらしかった。流石に、前魔王の家来である魔族は無理らしいが。
そんな訳で、よくわからない可能性のある猟兵所の登録を行う手間が省けてよかった。
更に嬉しかったのは、その選別の集いに申請するには身分証を見せるだけでよかった事だった。
今回はユウトとフィニーアは忙しいので来れないために頼れる人物がいなかった。なので、書類の書き方が判らなければ一巻の終わりである。
どうやら、予想以上に重鎮はこの事態を重く見ているらしく、大凡一時間後に選別が始まるとか。
申請者同士での大会が開かれるらしい。うん、テンプレだね。好ましくないけれど。
平和的で安全な方法で決めてくれるとありがたいんだけどそれは叶わなかったなぁ。
なにはともあれ。
「さてと、装備を整えに行くかな」
服装はどうでもいいとして、武器が心もとなさすぎる。
最初はいけるかなって思ったけれど、ぱっと見える範囲で槍使いやら、自分の背丈ほどの大剣を扱う人間が多かったからなぁ。
一応、記憶喪失者として国から補助として少しのお金を受け取っているのでそれで多少整えた方がいいかもしれないな。
国側としては使者は時間がかかるし危険だと判断しているからだろうか、報酬が前払いなので後の事はあまり考えなくていいだろう。もし、選ばれなくてもその足で猟兵に登録して仕事をこなせばいい。
と、考えている間に武器屋へと到着した。
中に入ると店主らしき男からそこそこの礼儀を弁えた業務的な歓迎の声が聞こえた。
所謂、いらっしゃいませというヤツである。
中々に繁盛しているのか、恰幅の良いその男は顔に笑みを浮かべていた。これもまた、業務的な笑みである。
そう取れる内はそう呼ぶ事さえ憚られるのだが今はそれについて言及している時ではないので気にしない事にした。
男はこの世界では珍しい――いや、元の世界でも一般市民はあまり着なかったか――服を見て笑みを消した。
変貌した顔は、さっさと商品を購入して立ち去るか、今すぐ立ち去れと物語っていた。
男からすれば、少なくとも外見は変人であるヤツに客面して店内を闊歩してもらいたくは無いのだろう。
俺もこの服は着なれない。寧ろ、俺ならば着ないだろう。だが、今はこの服しかないのだ。神の計らいによるモノなのだろうが、やっぱり神は碌な事をしないようだ。
この服なら、以前の白と黒の二色を惜しみなく使用した囚人服の方が着なれていた分良かったというものだろう。ポケットが大量にあり便利と言えば便利なのではあるだろうが、ポケットに入れるものが無いので、その便利さを実感するに至る事は出来なかった。
詰まる所、俺の恰好は迷彩服であった。俺は何処かの砦に潜入するわけでもないし、戦争するわけでもないのだ。そう、思い、称号はこの服が原因じゃあるまいな、と思わなくもなかったが服装程度でコロコロと変わる称号ではないだろうし、そもそもこの世界に来てからずっとこの服であったので、最初の判別の時もこの服であったと思い至り考えるのは無駄だと止めることにする。
そんな無駄な思考を巡らせつつ店内の武具を見回ったが購入に至らなかった。
決して粗悪品ばかりが置いていた、なんて訳ではない。
男の恰幅の様に景気よく品質の良いモノが置かれていた。いや、寧ろ品質の良いモノばかりであった。
そこで購入に至らないのは明確で絶対な問題があったからだ。
他にも武具を取り扱う店の看板が目に入るが、俺は店を出た後、ほかの店を回る事無く猟兵所で事が始まるのを大人しく待つことにした。
「やっぱり武器って高いなぁ」
よくあるRPGの様にそこいらの魔物を倒せばお金を落とす訳ではないし――換金できる部位が無くは無いが――物価もゲームの様に安くは無い。
そう、武器が高くて買う気が出ないどころか、買う気が出ていても買う事を許されなかったのだ。
国から金を受け取った時は無知であるが故に何も思わなかったが、ところがどっこい、いざ武器を買おうと街に出て商品の値段を目にすると、それは雀の涙どころかそれ以上に意味の無い金額であった事を知る事になった。
今の手持ちだと新しい服にする事さえ叶わないだろう。
それ故に至れる未来は唯一つだった。
ナイフ一本で頑張りましょう!
一応、魔道書が有るわけだけど、下手に使用して神の武器なんて思われたら困る。規定以外の勇者。既存の勇者と俺のどちらが規定外の存在かはすぐにわかってしまう。
勇者は魔法を使わない――そう考えると、俺の魔道書はその勇者でない事を証明する事に徹底的に反抗した存在と言う事だ。
強ち、魔王という呼び名はそれ故に相応しいのではないかと思えてならない。
と、言う訳でだ。
魔道書の使用は大いに控える必要がある。調子に乗って乱用すれば、もしかすると、規定外の勇者と思われてしまうかもしれないし、魔王だとバレる可能性もある。
それに比べ、メリットはあまりないのである。
考えてみればわかるだろう。大凡使用するタイミングというのは戦闘ぐらいである。
日常生活での魔法は、街並みを見る限りは俺がいた世界でいう科学の様に発展し溶け込んでいる。
魔法の生活用品も、魔力の補充さえすれば動くようなのだ。
俺が夜を明かした部屋では、蛇口の様なモノから魔力を感じ、そこから水を出すと、それだけ魔力が小さくなってきていた。
そして、目に入った店を見る限りは、魔力を補充する為の魔力の固まりの様な液体が売られている事も目撃していたことから、誰もが使用している技術なのだろう。
全部が全部、魔力を補充しなければならないのが面倒そうだったが――誰でも扱えるという事は素晴らしく思った。
――閑話休題としておこうか。話が逸れ過ぎた。
俺の所持するお金が予想以上に価値を持たない少額であった為に、ユウト達の期待に応える事もそうだが、現状ではそれ以上に生きる為に何とかしなければならないと思う。
ある意味では俄然やる気が出てきているので良い事だけれど、生存本能からくるものなので聊か気に入らない。
どうしようもないのだけれど。
他に何かをするにしても、この慌てふためいた状況では国の仕事を斡旋して貰う事は難しいだろう。余裕が無い様に見えたし。
町で仕事をするにしても、仕事は無い。全て人が足りているという不思議な状態だ。足りているだけであればそうでもないのだけれど、どうもきっちりと足りているらしい。
見る限り、店員同士が異常に仲が良かったりしているし、顔つきが似ていることから、血族総出で、というか、血族やら知り合い同士のみで店を切り盛りしているのではないかと当たりを付けるにいたったが確認するには至れなかった。
確認したところで意味は無いわけだし。
「ん? そろそろか?」
水のみで猟兵所の一角に粘る事数十分。集まっていた人々が動き始めた。
これから行われる事の詳細は知らないが、大凡見当がつく。だからこそ武器を見に行ったのだ――結局意味は無く無駄足だったが。
見てみると、人の流れは二つに分かれている。
一つは装備を固めた者たちが、一つはよくわからない。恰好がばらばらだ。多分、野次馬的な観客だろう。
大会というぐらいなのだ。観客がいてもおかしくは無い。
俺としては晒されれば晒される程手札を切りにくくなるので望ましくないのだが、仕方ないか。
俺は出場者らしき者たちの列に並ぶ事にした。
少し進むと、大きく開けた場所に出た。
通常であれば広大で、一人で佇めば心細さを感じそうなその広場は円形で、それを覆うように壁が有り、その上に観客席らしき座席が多数設置されていた。
これ程の座席は埋まらないだろう、と思えるのだが、現在ではそのほとんどが埋まっている。
彼らの何とない雑談の重なりあいでさえかなりの大音量となり活気が感じられる。
そして、その活気につられ、その雑談が勢いを持ち、今では際限なく勢いが付いていく一方であった。
入場して最初に、観客の量に圧倒される訳だが、実の所、それ以上に出場者の方が多い。
広場の殆どが人で埋まっているのだ。そして、入口からはまだまだ人が入場してきている。
焦りを感じるところだろうが、俺は口元を緩めざるを得なかった。
人が多ければ乱戦になり、回避に努めていれば勝手に数が減る。それだけでなく、例えば手札を切ったとしても、それを確認する人間――確認する余裕のある人間は少ないだろう。
大凡、その状況で確認できる余裕のあるものは、手札の意味を知っているだろうから口外する事は無いと信じている。まあ、確証が無い訳だけれど。
なにはともあれ、タイマンよりかは少々都合がいい、と考えておけばいいかと思う。
入場は開始しているのだが、全員が入場するまでまだ時間がかかりそうだった。
暇なので入場する際に渡された紙を眺める事にする。
「ふぅむ、ルールか」
大会というからにはやはりルールはあった。
ルールとは言っても簡易的なものだ。故意に殺さない、程度である。
つまり、やむを得ないならば殺してもいいという事である。それを知ると、周囲より明らかに小柄で、筋肉の少ない俺に向けられる嫌な視線を感じる。
いやはや、弱者は咀嚼されるべき、弱肉強食ってか。
観客のテンションが急激に増大した。叫んでいるものも多数みられる。
出入り口が閉ざされたことから、どうやらそろそろ始まるらしい。
「さー! もうすぐ歴史に残るかもしれない人物の選定が始まります! 強き者が選ばれ、弱き者は消え去る弱肉強食! この会場は法に定められる国の中でありながら無法地帯! 観客の皆様はこの歴史の動く瞬間をその目に焼き付けてください!」
少し距離を置かれた場所に設置された座席。そこに声の主はいた。
20代前半の男である。恰好はよくいる村人というイメージであり、少し赤色の入った髪は適度に切りそろえられ男を格好良く見せていた。
この台詞に反応して、観客は更に大きな声で叫んだり、誰かを応援したりしている。
出場している者達は、その声に応えるかのように武器を手に取り構え、周囲を睨みつけ牽制している。
「それでは、選定! 開始!」
実況の男がそう声を上げると、観客席以上に出場者からの声が響いた。
開始してすぐに俺は四方八方から剣や斧や槍といった武器が襲いかかってきている事がわかった。
現状で狙われているのは、明らかに弱そうな者、又は強い者。
前者は為すすべもなく端の方へ弾かれていった。
弾かれると同時に転送魔法か何かによって姿を消した。
どうやら、一定以上端へと飛ばされるとどこかへ転送されるらしい。
後者の強き者は二つに分かれる。
善戦するが数の暴力により消えていく者。はたまたその暴力を見せつける者。
前者は既に会場から姿を消していた。後者は見る限りは3人程。現在もその力を振るっている。
俺は当然、ナイフ一本でどうにかできると思っていないので回避に専念していた。
時には脅威を見切り避け、時には脅威同士を衝突させ間を掻い潜り、時には脅威の軌道を逸らし避ける。
俺は一切の反撃を行わなかった。
鎧の着込んだ人間もいるのだ。ナイフでどうにかなるはずが無いと目に見えている。
鎧ごと切り裂く事も出来なくはないだろうが、ナイフが持たないだろう。
現在でも攻撃を晒すだけで耐久値が減っていっている。
能力の恩恵によりその辺りが理解できなかったなら俺は既にナイフを消費した後だっただろう。俺が回避を続けるだけでも、結構相手にはダメージというか、損失を与えられているのでこのまま続けるつもりだ。
床が強固な石畳なので、攻撃が外れた延長線としてそこへと衝突している。それだけでそこそこ武器の耐久値が減っていっているのだ。
このまま続けていれば武器は壊れる。
それを知ってか知らずか、顔には焦りが浮かんでいた。
「ぐわああああ!」
開始直後から辺りから聞こえていた叫び声。大凡誰かが誰かにやられた時の叫びである。
それが段々と近づいてきている。
「!?」
見ると、俺の周囲に人が固まっていたのだが、そこからある一定の方向はガラガラであった。最初は人が犇めいていたその場所には一人しかいない。
圧倒的な暴力を振るっていた人間である。
背丈は180cm程で、赤い線が所々に見られる金色の髪。短く切られたそれを振り乱して、笑みを浮かべながらこちらへと向かってきていた。
その軌道上の人間は例外なく吹き飛ばされ消えていっている。
背筋がゾクリ、とした。
俺の生存本能が避けろと逃げろと叫んでいるので特に思考もせずそれに従った。
跳躍による空中への回避が尤も容易であったが、諸所の事情で却下。
襲いかかる何人かをナイフと全身を駆使して吹き飛ばし、人の間を縫って包囲網を突破した。
その突破に要した時間は2秒程。
その直後に包囲していた人間全員が吹き飛んで消え去った。
原因は一つの剣。
「よぅ。もう俺達だけみたいだな。ひょろりとした身体だが中々やるらしい」
背丈以上の剣を肩に担ぎ嫌な笑みを絶やさず話しかけてきた。
「……どうも」
と、会釈をする。
「いやいや、まだいるよ」
と、上空から二人降ってきた。
どうやら俺が却下した空中への退避を選択したらしい。
「そうか! そりゃあ良い! 一筋縄でいかなさそうだ!」
笑みが深くなる。
その笑みは非常に恐怖を与える笑みであった。今すぐ逃げ出したい気持に駆られながら重心を低くした。
「「確かにそうだ、本気を出さねば名乗らねば」」
降ってきた二人――双子なのか、顔つきが似ていて、服装は統一されているのでどちらがどちらかは俺には判別できないが――の大凡15~6の少年も笑みを浮かべてそう言った。
余計な事を、と思い、苦虫をかみつぶした気分になる。
少ししか見ていないが、大凡見当をつけた大剣を持つ男の性格からして望まない方向に進む。
「そうだな、では名乗ろう! 俺は『巨大な恐怖』エドル・ヴァンド!」
”名乗る”と大剣の男から感じられる力が増大した。いや、増大程度で表現できるのだろうか。
この世界に来て初めて他者の本気を見る訳だが、前の世界の比ではない恐怖を――危険を感じる。
双子の片割れは弓を構え少し驚いた表情で呼応した。
「あのエドルなんて大物が名乗ってくれるなんて恐悦至極。ボクも名乗ろう、『半月の雨』クライス・エドミン」
残る片割れもエドル程ではないが、常人では扱えないであろう大剣を軽々と構えそれに続く。
「これで名乗らないなんて失礼だな。なので名乗らせてもらおう、『水面の砲月』グラヌ・エドミンと」
”名乗る”と共に双子から感じられる力が、エドル程ではないが大きくなった。
流れからいえば俺も名乗るべきなのだろうが、そんなつもりは毛頭ない。
「悪いが俺は名乗れない。決してお前たちに失礼を働くつもりはないが、大目に見てくれるとありがたい」
なんて、言ってみたが、どうも俺は蚊帳の外。
エドルと双子の戦闘は既に始まっていた。
エドルの振るう大剣は風圧だけで強固であるはずの石畳をえぐっていた。
対する双子は、片方が大剣でエドルの攻撃を逸らしたり受け止めたりしているが、剣の耐久値が著しく減っている。このままでは長くは持たない。
片割れの双子はそれを感じ取っているらしく、矢を連射と言える速度で射出するがすべて切り落とされている。
どう見てもエドルの方が上手である。
矢が通じないとわかると、詠唱を行い魔法での攻撃を試みるが、事如くが剣圧によってかき消されていた。
あの、エドルという男、どうやら規格外的な強さらしい。
力事態もエース級程を感じるのだが、それ以上に、あの思うがままに振るっているように見える暴力から、長年の積み重ねを感じなくもないのだ。
一見、力に物を言わせた暴力的な戦闘だが、実際の所、剣技の極地へと片足を踏みこんだ戦闘であり、驚嘆するばかりである。
対する双子はそれさえ気がつけてない様子――いや、実際は気がつけていたのだろうが現在はそこまで余裕が無い。
傍観に徹している俺だが、流れ弾的に飛んでくるエドルの剣圧に直撃して吹き飛ばされそうになり焦っているという醜態を晒していた。
「あっぶねえ。もし双子がいなかったら真っ先に吹っ飛ばされて死ねてたなぁ」
余裕ぶって見せているが、本当の所は危なかった。
剣圧を辛うじてナイフで反らせられたから良いものの、直撃していたら端に飛ばされるどころか観客席まで突っ込んでいた所だ。
逸らせたからと言って楽観視できない状況にそれとなく追い詰められている事には変わりない。
「終わったな俺」
ナイフの耐久値がもう少しで底をつきそうだった。
視線を上げると、双子を剣圧にものを言わせて吹き飛ばし消し去り、更に嫌な笑みを深くし大剣を肩に担いだエドルがこちらを見ていた。
俺は背中に嫌な汗を大いにかいた。これが俗に言う冷や汗というものなのだろうか。




