第三十一話 -重要登場人物もモブになりえる-
「ねーなー君。あっちなんか面白そうだよー行こうよー」
文字通り途方にくれていると宇美音子さんがそう言った。
根源的な原因は俺にあるのだが、この状況の根源的な原因は宇美音子さんにあるので空気を読んだ発言をして欲しいものだ。
これがウミネコさんではなければぶん殴っているところだろう。
いやいや、ベヒス嬢も漏れ無く例外である。
完全な失念であった。
一生の不覚とも言う。
「……この街には祭りというものは無い筈なのであの様な人集りが出来るような事はそうそう無いはずなのですが」
というベヒス嬢の台詞に反応し目をやる。
見ると遠くに人集りが出来ていた。
店に入る前は人集り所かそれらしい兆候さえ見受けられなかったのだが。
些か急すぎる変化であると思わなくもない。
待てよもしかすると、俺は今街に普通に入っちゃってるけど指名手配されていて俺がここにいるってバレたから故のイベントじゃあるまいな。
殺気立っている訳ではない集団であるがその可能性は否定できないし、心当たりだけで語るならそれしか無いのである。
「あー、なー君は指名手配されてなかったわよー。もーそれは全然。なー君のなの字も無かったねぇ。証拠無いからじゃない?」
宇美音子さんは空気が読めないので嘘はあまりつかないのである。
その法則を信じるのであれば俺は指名手配されていないのであろう。
先の猟兵所でのイベントは完全に俺の先走りによる不必要なもので無駄なものだったということか。
変にこそこそと侵入したので逆に目を引く形になってしまったのか。
まあ、あれはこそこそしてなくてもジャリのせいだからどうしようもなかったかもしれんが。
ふむふむ。
まあ、周囲を見る限りそれらしい指名手配書は貼り出されていない臭いし当面は宇美音子さんの台詞を信じても問題ないだろう。
最悪、逃げ切れば良いと思うし。
その場合、指名手配されていないであろうベヒス嬢と宇美音子さんは気にしなくて良いし気兼ねなく逃げ切れるだろう。
逸れたとしても宇美音子さんが勝手に来てくれるだろうし。
あ、いやいや待てよ。
詳しくは知らないが、宇美音子さんはユウトの所で一戦やらかした臭いんだった。
寧ろ今はそれが危険じゃないかと思わなくもない。
――いざという時は見捨ててしまおう。
宇美音子さんなら勝手に生き延びてくれるだろう。
それならばあの人ごみは宇美音子さん捕縛部隊か何かじゃあるまいな。
っと、疑心暗鬼になり過ぎか。
殺気も敵対心もなにも感じ無いし大丈夫だろう。
さて、不安も解消されたと言っていい状態だし魔族大陸への渡り方を検討することにしよう。
「――あんなに空気読めなかったっけ?」
見ると宇美音子さんは人混みの方へと進んでいっていた。
完全に空気を読んでいない。
いや、普段はここまでじゃないんだが、おそらくは街に入る機会がなかったから妙にテンションが高くなってしまっているのだろう。
それに祭り並みの人集りに当てられているのもあるだろう。
宇美音子さんはああいう祭り臭い事が大好きなのである。
というかはしゃぐのが好きらしい。
だからこそかもしれない。
今は言うなれば空気を読んだ上で敢えてぶち壊してるという状態である。
確実に一番質が悪いパターンである。
ボヤいても致し方ない。
あの人の集いに便乗するか宇美音子さんを引っ張って立ち去るかは未定だがどちらにしても宇美音子さんを追わなければなるまい。
――あの人集りの奥に見えるのは巨大な教会であった。
そういえばここは宗教が根強い街だったか。
俺は全く興味のない、所謂無神論者というヤツである。
随分昔は仏教か何かだったはずだったのだが、その面影は最早無い。
俺を信仰者へと導いていた両親に少しばかり罪悪感を抱いた時期もあった訳だが、それを釈明することは既に出来ないので悩みは数日の後で消滅するという経緯を辿ることになった。
人集りに近づけば近づく程に人々の会話も耳に入る。
最初はざわめきが重なりに重なって不協和音を作り出し、雑音でしか無かったが、人集りの端から大凡50m程近づいた辺りからそれは雑音から会話へと昇華した効果を俺に示した。
曰く、突如この騒動は発生したらしい。
曰く、この騒動はこの街で大きな権力を持つ新興宗教組織――ホーネイという名であるらしい――の重鎮が魔族大陸侵攻決定を祝して突如決行するものであるらしい。
他にも色々と会話はあったが、とるに足らないものばかりであった。
が、一番引っかかる台詞が聴こえた。
どうも会話からしてその話し手は情報通であるらしい。
その発言を聞く限り俺はこの場から立ち去るという選択肢を無いものとして扱わなければならなくなってしまった。
――曰く、多大な権力を持つホーネイの姫君が初めて大衆の前に姿を現すらしい。
未来を映す絵で解明できないうちの一つ、姫の様な格好の人物はもしかするとその人物であるかもしれない。
「なーくーん。この中が会場みたいなんだけど、限られた人間しか入れないんだってー」
と、言われて入る人間に目をやる。
格好を見る限り、貧富の差で決まるものではないらしい。
おそらくは、新興宗教らしく、これまでの信仰度みたいなモンを記録してそれで決めているとかだろうかかな。
何にせよ無神論者の俺には入る資格は無いだろうが。
教会など入ったことどころか見たこともなかったからなぁ。
作り的には俺が元居た世界の教会に似た様な形である。
ステンドグラスは無く、変わりに錬金辺りで作られたらしい合成物質が使われているようだ。
あれは扱ったことがないのでその詳細はわからないが。
何にせよ、教会独特の神秘感に似たモノを感じることが出来る内装であることに違いはなかった。
おそらく、元居た世界でも教会で通るだろう。
そういう出来であった。
「宇美音子さん。どうせ俺が言わなくてもやっただろうけどこの中にバレ無いように入るから。中に用事が出来た」
そういうと、ニヤリと口の端をいやらしく持ち上げたかと何とか認識出来る間隔を空け消失した。
気配は既に教会の中から感じられた。
どうやら、許可された人間が入るために扉を開けた一瞬で滑り込んだらしい。
教会の扉はバカでかいのだ。
横にも縦にも。
つまりは、飛び上がって上の方から滑り込んだのだ。
そんな所を普通は通らないし通れないので誰も見ていないだろうし見ていても一瞬の出来事だろうから見間違いと思うだろう。
それに上空は人混みなど無いのである。
つまり、迅速に移動ができる。
ソレ故の選択でソレ故の成功なのだろう。
残念ながら俺はそれを実行できないし、実行出来るならこの場に居ない。
さて、取り残された俺とベヒス嬢。
――あれ。
ベヒス嬢、普通に入っていったな。
もしかして、許可もらえてる人間なのか?
よく考えたら唐突なものらしいから事前にチケットみたいなものを購入したりなんて暇は無かったはずだ。
となると、一定以上の権限やコネがある人物が入れるということなのだろう。
現状を見る限りはその様に考えるのが妥当である。
「何か皆冷たいなー。黙っていっちまうなんてよ」
ま、中の人間の気配の位置的にもうすぐ始まりそうだし急いだほうがいいのは確かだ。
何はともあれベヒス嬢は教会内部へと入ることに成功したようである。
残すは俺だ。
幾らかの制限がある俺は、よくよく考えてみると一番難度が高いのではないだろうか。
宇美音子さんは上空という死角からの侵入が可能であるが俺はその死角を使用することは出来ない。
そして、ベヒス嬢は許可を得ていたのか何かは知らないが、少なくとも平然とあの中に入ることが出来る権利か権限かを行使して内部に入った。
当然、俺はそれも行うことは出来ない。
魔法での認証であれば或いは偽装できただろうが、それらしい素振りは全く無いのである。
認証方法が不明であるので迂闊に手を出せないというものもあるが。
削除法から言って侵入経路はあの入り口だけである。
宇美音子さんもベヒス嬢もあの入り口からの侵入であった。
今回はバレてはいけないのである。
だから壁をぶち抜いて入る事や地下通路を作成して侵入するという方法はバレるだろう。
仕方がない、普通に行くか普通に。
「お疲れさんっす」
と、妙な会釈をして侵入を試みる――
が、普通に止められてしまった。
やはり、誰も彼もが通れるわけではなく、そして俺はその通れない側の人間であるという事が判明した。
ふむ、ふむ。
門番は別段強者って訳ではなさそうだ。
レベル的には軍の兵士程度か。
ならば今度こそ普通に通らせてもらおう。
「――闇代」
カタブキが扱う箕田月と同じ様に歩法が主軸として組み立てられている転白という流派の歩法である。
その系統は隠密歩法。
その中でもこの闇代という歩法は紛れる事に特化している。
擬態を更に進化させた領域にあるそれは阻害認識とも言えるモノである。
「――すんなり入れすぎな気がするな」
門番は少しも気づく素振りも見せなかった。
あれで良いのかと突っ込みたいところだが今は空気を読んでよしておこう。
――教会内部も教会らしかった。
ただ少し違うのは、教会というよりも劇場という表現の方が近しいのではないかという形状であった。
その台上には巨大なオルガンが鎮座しているだけである。
ただ大きいだけのオルガンである。
天井まで届きそうなそのオルガンはその大きさから多少物珍しい訳だが、明らかにソレ以上の何かを持って会場内の人々はそれを眺めている。
皆が皆、目が輝いている――そう表現していい。
一体何があるのか。
ホーネイの姫君とやらはそれ程の期待を抱くに値する又はそう錯覚する程の人物という事だろうか。
まあ、未来の絵を知っていればそれも無駄だということがわかるだろうが。
ちょいと否定的になりすぎたか。
と、反省していると台上に仰々しい白に近い青が主軸の色彩のドレスを纏った人物が現れた。
遠方からであるので断定はできないが背丈は160cm程で肩程度までの金の髪。
この辺りは普通であるが、眼の色が違う。
いや、色がどうこうではない。
肉眼ではわからないが、その魔力の奔流が魔族に近い。
が、魔族という訳でもない。
よくわからない。
人間とも言えるし魔族とも言える。
魔力の質はどちらでもない。
よく判らない存在だった。
全身を見るのならそう違和感はないが、目や指という重要な神経系が通う場所付近がおかしいのである。
――、どうやらホーネイの姫君はなにやら挨拶か演説かをしていたらしく、今は何らかを言い終え、それを称える人々の声が聞こえ始めた。
他に誰か出てくることもない。
これで終わりかと思ったのだが、巨大なオルガンを弾く体制へと移行した。
一音。
それだけであるなら普通の音であると思った。
が、二音、三音と続くに連れてそれは只の音ではないことが判明した。
あれは――魔法か――?
これまでの魔法というものは魔法らしく詠唱によるものだった。
厳密には詠唱の後にその魔法の名前を宣言する事によって発動するという形式であった。
「あれは音響魔法です。一般的に広まっている発声魔法。私が扱う媒体に術式を刻んで扱う刻印魔法。高位の魔獣と一部の魔族が扱うらしい呼吸魔法。そして、ホーネイという宗教組織のみが後継しているというあの音響魔法。これらが主な魔法体系です」
名前からしてそして光景からしてやはり音によるものだろうか。
「音響魔法は音を媒体に、とも言えますが違うとも言えます。ただ音であれば良いというものではないのです。特定の楽器とそれが発する特定の音が揃っての魔法で、存在する魔法体系の中でも最も才能を要求される使用者を選択する魔法体系だそうです」
全て、オッドルからの言葉ですが、とベヒス嬢は付け加える。
口ぶりからして緘口令らしきものが敷かれているのかもしれないな。
オルガンによる魔法は遊園地のパレード宜しく派手な照明効果を及ぼす魔法らしく、会場を華やかにした。
――ホーネイの姫君があの絵に写っていた理由はこれにあるのだろう。
現在確定しているか否かは置いておいて、おそらく、独自の魔法体系を持つホーネイの助力を得るのだろう。
魔族も扱わないであろうそれはもしかすると魔族との戦いの決め手になるやもしれないのだ。
未来の絵を見る限りはそうではないのだが、あの絵が変わることが証明されている今としてはどんな方法でも講じてみる必要があるだろう。
俺ならばそうするし、ユウトもおそらくそうするだろう。
俺は最後まで見ること無く会場を後にした。
俺としては用は済んだのである。
そうなったらすぐに魔族大陸へ行く方法を考えなければならない。
機能停止した俺を宇美音子さんかベヒス嬢に背負って貰うという方法以外に思いつきそうもない。
いや、一応、船を奪うという方法もあるが、折角指名手配されていないのだ。
出来るだけ事を荒立てたくはない。
俺や宇美音子さんはともかく、奪った船にベヒス嬢が乗船している所を見られるのはまずいのではないだろうか。
ただ、背負って貰うよりかは安全である事には違いないとは思うが。
「お、ナークじゃないか。こんな所まで来てどうしたんだ?」
俺の名を呼ぶ人物。
それも男。
現状、宇美音子さんが居るのでユウトとはあまり行動を共にしたくは無いのでユウトであるなら早々に切り上げようと考えつつ視線を向ける。
「オッドじゃん」
完全に予想外である。
俺の中でオッドはあの建造物の中で引きこもっている変人という内容であった。
が、外に出ている。
それだけではない。
俺達はそこそこの速度でここまで来たのだ。
馬車を使用しても限時刻に到着できるはずが無いのである。
「一応、質問に応えておこうか。取り敢えず、船を入手する方法を思いつかないから暇つぶしに来た」
オッドは友人であるので比較的俺の対応は素直になるのである。
ところで、オッドという呼び名であるが、非常に呼びやすい。
オッドルを早口で言うとルが聞き取れないのでおそらくは、提示されていなかったとしても自然とオッドになっただろう。
俺の中では不変の事実でこれは平行世界があったとしてもかわらないだろう事実である。
なにせ、オッドは早口なのだ。
後は言わずとも理解できるだろう。
「じゃあ、この中で行われている姫の何かは興味ないって事か? いやー信じられないなぁ」
それとなく棒読みである。
「お前も何をやっているか知らない上にまだその姫さんが頑張っている最中なのに外にいるだろ。お前も同類だ」
というと、オッドはクヒヒっと猟奇殺人者でも演じたいのかと問いたくなる音を口から漏らした。
「それでまだここにいるって事は船の入手方法が思いつかないってことか。一体全体、船にどんな用があるんだ?」
オッドになら言っても良いだろうか。
俺の事をバラしていない様だし一応は大丈夫か。
それに、オッドとは友人である。
話して裏切られてもそれは俺の見る目が無かったと諦めるし宇美音子さんとベヒス嬢にも諦めて貰う事にしよう。
「散歩コースに魔族大陸を入れようかと思ってね」
というと、オッドは表記できない程良く分からない音を口から発した。
多分、あれは笑っているんだろう、と身体の動きで認識する事が出来た。
あれが声だけ聞こえているのであれば、笑い声であると認識する事はおろか、人間の声であるという事さえ認識できないかもしれないという程凄まじかった。
周囲からは奇異の目線が注がれている。
俺は少々オッドから距離を取る事にした。
オッドは周囲の目線など無いかのようにその挙動不審、それだけで一気に不審者又は変質者へとジョブチェンジしてしまうこと請け合いの音を発し続けた。
「――ッフクヒヒ。いや、申し訳ない。ツボに入っちゃったよ」
そのようで。
楽しそうで良かった。
俺はお前の変態行為が収まるまでの10分を無駄にして更に羞恥心にかられる羽目になってしまった。
どうしてくれる。
「船、ねぇ。――魔族大陸へ行く事が出来る乗り物ならなんでも良いんじゃないのか?」
別に船に固執する癖がある訳ではないので問題はないのだが、海を渡る技術はそれ程発展していないはずだから船しかないと思っていたのだが。
「今から使う用事があったんだけど、それを使わなくて良い方法があるからそれを手伝ってくれたら貸してやるよ。事実上俺の私物だし」
無論、俺は首を縦に振る以外に選択肢はなかった。
どうやら宇美音子さんは、海を自力で渡りたくはないらしく、この案に肯定的であったのだ。
というのも、どこで聞いていたのかは知らないが、瞬間的に俺の首元には俺が作成したナイフの一振りが当てられていたのである。
そして、「断れば――」と意味深に途切れさせた台詞を言ってのけた。
この状況の原因の一端は宇美音子さんの暴食にあった訳だが、それを主張する余裕も状況も存在しなかったのである。
そして、このナイフは下手をすると確実に俺の首を掻っ切ると本能がそう訴えたのである。
俺が頷くと宇美音子さんは先の出来事など無かったと言わんばかりに満面の笑みである。
「なー君、冗談に決まってるわよー。本当になー君を二分する訳ないじゃない。首が取れたら流石に死んじゃうでしょ」
掻っ切るどころか、俺の頭と胴体を生き別れに――すぐに死ぬので死に別れかもしれんが――するつもりだったのか。
恐怖が襲いかかるが振り払って律義にまだ姫さんを鑑賞しているであろうベヒス嬢を呼びに足を動かした。




