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魔王物語  作者: ragana
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第三十話 -鉄壁も決意も崩れるときは意図せず崩れる-

「これ、泳いで渡るの無理だな」

 俺の目の前に広がるのは透き通った海だった。

 牢獄島周辺の様な荒れ狂って水の純度等関係なく透き通らない海ではない。

 荒れていないだけでなく水も澄んでいるのだ。

 当然のように光は俺の眼球を伝い海が位置する場所に水がない場合の様相も伝える。

 つまりは、海の底が見えていた。

 それ自体に何ら問題はない。

 いや、問題があるのだろうか。

 だからこそここから進むことが出来ない。

 俺は海のことは牢獄島の時の様に考えてしまっていた。

 完全な思い込みというヤツだ。

 よく考えると、俺は荒れていない海はともかく、きれいな海は見たことがなかったのだった。

 だからこその失念というヤツだろうか。

「だよねー、アタシやベヒスちゃんならどうとでもなるけどなー君はねー」

 透き通る海は、浅瀬のうちはその牙を見せないが、徐々に深くなり、高所と同じような役割を果たす。

 つまり、意識を保つことは非常に困難なのである。

 意識を失ったまま運んでもらうという方法も無いわけではないのだが、目的地は魔族が拠点とする大陸である。

 魔族と鉢合わせする可能性を考慮すればそれは早計である。

 出来るだけそれは回避したい。

 最悪、宇美音子さんに防衛をしてもらうという事もできるが、やはり未知の領域であるし、魔法攻めをされたら宇美音子さんだけでは押し切られる可能性がある。

 ベヒス嬢も協力しての防衛であれば多少それはカバーされるだろうが、魔族の拠点ということを考えると、数の暴力になす我儘にされてしまうだろう。

 俺としては目覚める頃にはベヒス嬢と宇美音子さんが地に伏しているなんて言う状況は避けて欲しい。

 いやいや、その状況になってしまえば俺は目覚めることはなく意識の喪失から永眠へとジョブエクステンドしてしまうに違いない。

 それは最悪の事態だろう。

 実際の所、先の魔族戦を考える限りそれは訪れないだろうが、万が一がなくはないし過信は禁物である。

 だからこそのこの躊躇である。

「取り敢えず、何か案でも考えがてらあの街っぽいとこで茶でもシバきにいこー!」

 海を見て沈黙を続けていると唐突に宇美音子さんが叫んだ。

 無駄に発勁によって周囲に声を響かせるのは止めて欲しいモノだ。

 一歩間違えれば――規模的に半歩間違えれば鼓膜が破損では済まず耳が吹き飛んで原子分解よろしく消滅していただろう。

 そんな事をしている場合じゃなくて思いつかないなら俺を担いで進んでくれと言いたかったが、見てみると宇美音子さんは凄まじい勢いで息を吸っていた。

 このまま芳しくない返事をすれば俺の耳は消し飛ぶ。

 そして、残す俺の耳以外のパーツは彼方へと吹っ飛んでいくだろう。

 ベヒス嬢の身も案じたいところであるので、致し方なく――宇美音子さん、怖い顔しないでくださいお願いしますご検討よろしくお願いします。

 ――喜んで街へと足を向けることにした。

 ベヒス嬢も何も言わずに後を付いてくる。

 こころなしか、宇美音子さん以外は率先して歩を進めている節があったが恐らく気のせいだろう。




「これこれ、これ美味しいよねー」

 と言いながら宇美音子さんは両手を使ってモノを口に放り込む。

 最早、速度的に詰め込むと言ってもいいだろう。

 だが、それを超越する速度で胃へとそれを流し込んでいる。

 胃もそれに合わせてモノを詰め込まれている。

 しかし、自然の摂理は気にくわないらしく、宇美音子さんの腹は膨らむことはない。

 気分的にも物理的にも。

「船を借りればナークが意識を失おうと問題ないのではないでしょうか」

「いやいや、それだと甘いな。事前に意識を借りとっといてくれ。間違いなく意識は失うし、失う際に暴れる可能性がなくはないからな」

「わかりました。宙に放り投げれば良いのでしょうか」

 出来れば回避して欲しい方法だけれどそれが手っ取り早いか。

 取り敢えずソレについては頷いておくことにする。

 ああ、そういえば俺は船を所持していないし船の作成方法も知らないのだがらお手上げというものだろう。

「私も知りません。なので購入するか借用するのが無難でしょう」

 そういえば、ここは魔族大陸に最も近い国だったか。

 頻繁とは言わないけれど必ずいつかは使用する機会が多い。

 それが船である。

 この国、ファンドラ。

 盾の勇者が属する国である。

 基本は守りのイメージであるが海には繰り出すらしい。

 国全体が港の役割を果たす。

 いやいや、内陸側は流石にそれは無いが、巨大な川が存在し、中洲の様な形状になっている。

 尤も、中洲程の規模ではなくソレなど比にならない程巨大であるのだが。

 魚介類には困らなさそうな国であることは間違いない。

 ソレ以外にこれは予想でしか無いが、宗教が根づいているのではないだろうか。

 教会らしきものが数多く見受けられる。

 それに、大通りに出れば間違いなく神父というような立ち位置臭い共通的な服装を見にまとった集団が闊歩していた。

 幸いにも今の所一度も宗教勧誘の被害には遭っていないのだけれども。

「なーくーん、これ美味しいってー。ほーらー」

 と言いつつ何かを俺の口へと放り込もうとしたので回避運動へと移行した。

 ベヒス嬢と話しているのだから妨害となる行動は慎んでほしい。

「させないわ!」

 俺の回避運動が始まる寸前に力を阻害され口の中にものを放り込まれた。

 ――この味は。

 何処かで食べた事ある様な味である。

 厳密には、元いた世界には無い味だが、似通った部分が少なからずみられる、そんな味であった。

「で、借りるっつっても俺は銭あんまり持ってねえぞ」

 エドルから借りてるというか預かっているというか、そういう銭ならば無くはないのだが。

「大丈夫です。私の手持ちがありますのでそれを使っていただければ問題ないです。それに、港がこの国だけですので、船がそもそも少ないのですが、魚介類の需要はありますから、相当な金銭が必要になってきます。おそらく、ナークが所持している金銭では賄えないでしょう」

 それだったら尚更出してもらうのは悪いと思うのだけれども。

 俺ならば金額が高いとなると寧ろ出したくなくなる。

 これが当然の帰結であると思う。

「なー君、これもおいしいわよー。ベヒスちゃんは食べた事あるー?」

 俺とベヒス嬢は今後に関わる真面目な話をしているのだが、それをせざるを得ない原因が俺にあるのであまり強くは言えないでいた。

 多少、この状況に陥った原因としては罪悪感ぐらいは感じているのである。

「あー、宇美音子さん? 俺は今腹へって無いんで気にしなくて良いよ」

 嘘ではない。

 寧ろ本音である。

 先程から俺は宇美音子さんによって口の中、結果的には腹の中にだが、相当モノを放り込まれている。

 今の所、口に合うモノばかりであったので大丈夫である。

 この流れであるなら今後も俺の口に合うモノであるだろうと無理に放り込まれた際に不安に駆られる事も無いであろう。

 それぐらい俺にとって安心できるモノを数々放り込まれたのである――

 ――数々?

 俺は凄く重要な事を忘れているというか意識していない様な気がする。

「ええ、私はそれを食べた事がありますね。美味しかったですよ」

 ベヒス嬢を見ると何ら表情も変えずに宇美音子さんの応対をしてくれている。

 何も気にする事はないのだろうか。

 俺がこの異様な不安感というか不思議な虚脱感とも言える感覚を抱くのはただの気のせいやら気の迷いやら気が狂ったからなのであろうか。

 それであるならばいい。

 最後のはあまり良くないけれど。

 取り敢えず、脈絡なく宇美音子さんがベヒス嬢をワキワキしようとし、それを必死――表情はそれほど変わらないがその気配がよく感じられる――に防いでいる光景を温かい目で眺める事にしよう。

 勇者を筆頭にしているであろう混成軍というか人間の軍隊が攻め入るのはすぐではないはずだ。

 常人の足で進むのであれば少なくともユウトがここに来るまでに数日は必ずかかる。

 撹乱程度ならそれぐらいの猶予があれば可能だろう。

 寧ろ余裕があるだろう。

 ユウトが到着してすぐに出られる訳ではないだろうからその辺りも考えれば、という事も入れればという限定条件があるにはあるのだけれども。

 かつて見る事が出来た未来を写す絵――

 あれを常時見る事が出来ない為未来が変わったかどうかが分からない事が辛い。

 もしあの未来が俺達が撹乱やらをする事によって訪れる未来であるならば元も子もないからである。

 気になるのは、あの未来の絵に写っていたキャストが揃っているのかはともかく、俺が知らないという事だ。

 対応しづらい。

 言ってしまえばあれに写るキャストの誰かを殺してしまえば確実にあの絵の内容は変わる。

 まあ、あの絵の構図は変わらず未来も変らずに、あの絵からただ単にその殺したキャストのみが消失するという結果に終わりそうだが。

 今の所、見ているのは、ユウト、カタブキ、フィニーアである。

 他の勇者は箱以外は大凡見当がつきそうである。

 勇者自体はある意味その名に縛られた動きしかできない為大凡見当がつく。

 問題はあの絵に写っていた姫っぽいヤツと黒いオーラみたいなのを纏ってるヤツの二人が完全に誰かわからない。

 姫っぽいのは勇者側だから良いとしても、黒いオーラを纏っている奴は捨て置けない。

 もしかすると、覇王かもしれない。

 そうであるならあの黒いオーラについて考えておく必要があるだろう。

 あれが覇王の戦闘方法に関わってくるものであるだろうと思うからである。

 それはさておき、多少未来は変わっているのでは無いだろうかと思う。

 いや、思いたいだけか。

 俺がこの世界に来たからかは知らないが、タイミング的に俺が来たからだろう。

 それで世界の未来が真逆に変わった。

 厳密にはそうではない。

 俺が来た事自体はどうでもいいことだ。

 人一人なのだ。

 大した差はない。

 問題は、俺が魔王であることだろう。

 前魔王が勇者共々傷ついていたのは、恐らくいるであろう黒幕と手を取り合っていたのは、前魔王が魔王であったからなのではないだろうか。

 そして、前魔王は俺の出現によって魔王では無くなった。

 それだけであるなら、まだ黒幕としては懸念する程ではないだろう。

 魔王が変わったとしても魔力が膨大である種族、魔族に魔王が必ず現れる。

 これまでは、だ。

 俺が現れてから絵が変わるまでの空白期間は、魔族の中の誰が魔王になったのかというのを捜査する期間だったのではないだろうか。

 そして、魔族に魔王がいないと知るや否や戦術を変える事になった。

 前魔王が裏切られたのは、その裏切りが必要な戦術であったのか、前魔王がそれ以前の戦術ならともかく、変更後の戦術に賛同してこなかったからだろう。

 ただ、一つ言えるのは、実力は兎も角、総合的に覇王は前魔王よりも強いという事だ。

 その程度で変わるとなると、宇美音子さんは恐らく彼らより遥かに強い存在だ。

 それが現れたとなると未来は変わって然るべきではないだろうか。

 未来の絵に俺や宇美音子さんやベヒス嬢というメンバーが写っていないのは俺達がその未来の絵に対応していなかったからではないだろうか。

 最悪を考えるのであれば、俺達が撹乱に専念していたのでその戦場にいなかっただけ、という事も考えられなくはないが。

 少なくとも、その時は、ベヒス嬢は俺の味方ではなかったし宇美音子さんもこの世界に来てはいなかった。

 宇美音子さんがこの世界に来たのは神としてもイレギュラーといえる程のことだっただろう。

 神を脅迫してくるなど考えられるはずもない。

「ナーク」

 ふ、と声の方を見ると、ベヒス嬢が俺の横まで歩み寄ってきていた。

 何やら深刻そうな顔をしている。

 視線は俺には注がれていない。

 方向的に宇美音子さんが座っていたであろう席の方を向いている。

 そこに鎮座していたであろう宇美音子さんは何やら土下座をしている。

 あ、いや、今俺の沈黙に耐えられないからかふざけが入って土下寝にシフトチェンジした。

 一体何だっていうのだ。

 今までワキワキして御免なさいとかか?

 それなら大いに嬉しい謝罪であるが、ベヒス嬢の顔を見る限りそれではなさそうである。

 謝罪をもってしても悲しさが持続するモノ――

 そういうものではないだろうか。

 まさか、ワキワキの攻防で店の壁を破壊したとかじゃないだろうか。

 それならば大丈夫である。

 全損したとしても修復できる能力が俺にはあるのである。

「あー、どーしたんよ。壁でもブチ壊したんなら直してやるよ」

 と、言ってみたがベヒス嬢の憂いは晴れないし、宇美音子さんの土下寝――飽きたのか既に普通に寝転がっているだけになっている――は解除されない。

 宇美音子さんに関してはある意味解除されている訳だけれども。

 視線の先に目をやるがなんら異常は無い。

 白い壁は健在である。

 ん?

 この店は木造で、内部は木目を数えられるレベルで気であったはずだが。

「船を借用するという案は、どうやら選択できなさそうです」

「ごーめーんー。カッとなってないけどやった、今は特に反省していない」

 宇美音子さんの言葉は、普通に寝転がっちゃってる所を見れば大いに伝わるわ。

 取り敢えず、合点が言った。

 この白い壁と認識したものは白い壁ではなかった。

 白い事には違いないが、その用途は壁ではなく元は皿。

 つまり、宇美音子さんが馬鹿食いした結果だ。

 明らかに身体全体の体積よりも多いのだが、魔法をいつの間にか扱えるようになったのだろうか。

 料金表を見る限り、高いものばかりを頼んでやがる。

 ベヒス嬢を見る限り、金が足りないという訳ではなさそうだが、それを支払った後に残る金では船は借りられないようである。

「取り敢えず、ここから出るか。被害が増大する前に」

 俺が今できる事は、食事処で宇美音子さんから目を離すべからず。

 ただそれだけである。





「ナーク、どうします?」

 このままだと俺は担がれて、二人は魔族大陸まで泳ぐ事になってしまう。

 ベヒス嬢は鎧やらがあるし、宇美音子さんも見た目ではわかりにくいが、ナイフを隠し持っている。

 それ故に泳ぎわたるのは相応の体力を消耗する事になる。

 常人なら沈む所だ。

 現在、無事にそして穏便に食事処から出ることに成功していた。

 俺達は無事である。

 ただし、財布は無事ではなく、養分を吸い取られてガリガリのペラッペラになってしまっていた。

 エドルから貰った金なんて残ってなかった。

 きっとそうに違いない。

 頬が濡れるが、恐らくこれは雨が降っているのだろう。

 見えない雨だ、そうに違いない。

「マジで担いでもらうしかねえかもしれねえな……」

 俺の高所恐怖症をどうにかするのは絶望的だろうし。

 海を荒らせば宇美音子さんは言うまでもなく、ベヒス嬢は兎に角、勇者の軍勢が渡れなくなるだろうから不可。

 瞬間移動も魔族大陸の座標やら形状やらがわからんのでパス。

 大体の方向しか判らないのだ。

 後は気配を頼りに進むという方針だ。

 宇美音子さんはここからでも魔族の気配がわかるらしいし、遭難することはないだろう。

 なんて、若干良い事を考えてみたが、金が無くなったのは痛い。

 そう思うと、俺達は大通りで途方にくれるしか無いのだった。

身勝手ながら、先に述べましたとおり忙しくなってまいりましたため、文章量が減量を企ててしまいました。

あたたかい目で見守ってください

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