第三話 -面倒は避けてもやってくる-
ようやく明るくなってきたなという時間帯にフィニーアが訪れた。
彼女の服装は、昨日のローブと同じ形状であったが、どうも布の品質が良いモノに感じた。気のせいかもしれないけれど。
「おはよう。昨夜は眠れたかしら?」
「ああ、お陰さまでね」
本当によく眠れた。中々に良い宿である事は一見で理解できる程であった。それ故という事もあるだろうが、フカフカのベッドに身を任せる事等、何年振りだろうか。
牢獄のベッドはベッドと呼ばれているだけでベッドではなかった。あれは唯の鉄塊でしかない。
「それじゃあ、朝食を食べに下へ行くわよ」
「わかった」
朝食という単語を聞いて腹の住民共々うきうきしながら準備をした。準備と言っても特に荷物は無いので、寝るには不適切だと机の上に置いていたナイフ辺りを装着しなおす程度である。
腹の住民が急かすので少々急ぎつつ装備を整えると数秒で事が済んだ。
それを見てフィニーアは下へと向かったので俺も後を付いていくことにした。
結論から言うと朝食は素晴らしいものだった。味もそうだが、ボリュームもまずまずだったのでそれはもう好評だった。腹の住民も一揆を起こすつもりは無く、今の俺の腹の中はラブ&ピースを謳歌できる状態へと改善されていた。
俺が食後に水で喉を潤しているとフィニーアが声をかけてきた。
「さっそくだけど、今から向って貰う所があるわ。貴方の身元情報はそこで調べてもらっているのよ」
仕事が早いな。この時間帯に調べてもらっていて俺が行くという事はおそらく結果が出たのだろう。と、言う事は夜通し誰かは俺の為に奮闘してもらった事になるのか? 申し訳ないばかりだ。
朝から慌ただしく動く事になたが気にすまい。気にすべきはその後どうするかだ。身元が無い事は明白なので、その後に身元がもらえるかだ。貰えなければ俺が単独でなんとかするしかなくなるのだ。昨日、単独でどうにかしようとしたが途方に暮れるばかりといっても過言ではない状況だったから心配すぎる。一応、この世界の常識やら何やらを学べばもう少し対処法が見いだせるかもしれないが自力で学ぶには時間が必要になってくるだろう。
俺が頷くとフィニーアは「行くわよ」と言い、すぐさま立ち上がって代金を支払ってから店を出て行った。
何か味気ないな。別に良いけれどね。
フィニーアの姿を見失いそうになったので小走りでフィニーアの横に並んだ。
「でっか!」
フィニーアに連れられた場所は、市役所の様な場所だった。
住民の情報を管理する重要な機関であるからなのか、管理所という看板がぶら下げられた建造物は凄まじく大きかった。横にもだが、縦にも大きい。他の建造物が2~3階程度にもかかわらずここは5階である。壁も他の建造物はゲームでよくある木製建造物であったりするのだが、ここは白い何かで壁が構成されていた。見た目はアスファルトの様な感じである。更に魔力も感じられるので魔法での強化でも施されているのかもしれない。
フィニーアは俺を無駄にちらちら見ながら管理所へと進んでいくので、俺が記憶喪失だという事をまだ気にしているのだろうか。ここに連れてくるまでに記憶が戻ったか聞かなかった所を見ると恐らくそうなのではないかと見当をつけられるというものだ。
「驚くのも無理は無いわ。ここ、ヌーダイセ国の最大の管理所は他の国の管理所よりも遥かに大きくて、それだけで観光名所になっているほどだもの」
と、言われてもヌーダイセとかいう国なんて聞いたことも無いのだからわからない。別に良いけれど。
フィニーアが受け付けカウンターへ行くと、受付嬢が急に背筋を伸ばした。シャキッっとかいう擬音が聞こえそうな挙動であった。
フィニーアが受付嬢に何だか話しているので、俺はボーっと突っ立つことになった。
「ねえ一応聞くけれど、貴方って身分証明書ある?」
「……ん? ああ、ちょっと待って」
もしかしてもしかすると神が気を利かせてポケットの中にでも入れておいてくれているかもしれない。
なんて言うのは淡い期待で無駄でした。
「……今着てる服とナイフしか無いわ」
若干なみだ目。流れ的に身分証明書無いときついのはわかってますよ。
「えっと、顔で検索しますね」
と、受付嬢が気を利かせてかこの場の空気に耐え切れなくなってかは判らないがそう切り出した。
暫く受付嬢が書類の束を探していたが、申し訳なさそうな顔でこちらを見た。
うん、結果は聞かなくてもその表情でわかるよ。
「やっぱり?」
「ええ、残念ながらお力になれそうにありません」
フィニーアも俺と同じ事を感じ、一応確認を取ってくれたが結果は予想通りだった。
はい、俺詰んだな。
身分証明書も保護者もいないんじゃ何も出来ないじゃんよ。
「お! フィニーア! どうした?」
出入り口のほうからやけに高価そうな西洋鎧を着込んだ青年が右手を上げて挨拶の意を表しつつこちらへと歩んできた。
背は俺とは違い高い。180程だろうか。160前後の俺からすれば羨ましいどころか妬ましい。顔も整っているので今すぐしばき倒したい気分になれる。
「……ユウト様」
と、俯き加減で青年の名前を読んだ。
「……どうした? フィニーアか疑ってしまうぐらい落ち込んでいるじゃないか」
「その、彼は記憶喪失で、身元を調べようにも何も手がかりが無くて……」
俺を指差しぽつぽつと話し始める。
ユウトが俺のほうを向いて驚いた顔をしてから哀れみの目線を送ってきた。
俺は肩をすくめるばかりである。
「いや、俺は身元がわからなくても良いんだけどね。問題は身分証明が出来ないから働くことも出来ないのでどうしようもないって事ぐらいしか困ってないよ」
と、苦笑いを隠せず素直に気持ちを話してみる。
「よし! 僕がグレイン王に何とかして貰える様に言ってみるよ!」
好青年も好青年。素晴らしい好青年笑顔で手を握った状態から親指を上に立てて歯がキラリと光りそうなポーズでそう言って来た。
ところで待て待て。
「……王? 王って王様の事か? そんな偉い人に物言えるなんてユウトさんは国の重鎮か何かか?」
敬語にはしないけれど一応、さん、付けにしている事で多少汲み取ってほしい。俺は俺を曲げてまで生きるつもりは無いからな!
「ユウトさんはこの国の勇者なのですよ」
と、フィニーア。彼女が彼に向ける目線は尊敬の眼差しであったので事実かもしれない。信じがたいが、いや信じたくないが。
勇者ってあのRPGゲームとかでよく主人公を努めている野郎の職業とも呼べない職業の事か? 何か別の職業があるんじゃないかと淡い期待を抱くがおそらく予想通りだろうな。
「マジか?」
「ああ、僕は魔王を倒す5人の勇者の一人『剣』の勇者さ。この剣がその証である神に与えられた剣『エル・メキ』だよ」
腰を見ると、観賞用でも実践用でも使えそうな片手剣が携えられていた。装飾の施された鞘の形状と剣全体の重心から片刃剣である事が見て取れた。
うん、やっぱり勇者か。確かに見るからに勇者って感じだもんなぁ。
「そうなのか。ところで、覇王ってのを倒すのか?」
魔王って聞こえたんだよね。聞き間違いだと信じている。
「うん? 覇王? 今、世界的に危険なのは魔王だけのはずだよ? もしかして他にもいるの?」
「……いや、覇王って聞こえたから何かなと思っただけだよ。聞き間違いみたいだから気にしないでくれ」
神の野郎、言ってる事と全然違うじゃねえか。このままだったら俺が殺されるよ!
勇者が魔王を討伐しようとするのはまだ良い。誤解をとけば良いだけだ。だけれど覇王の存在も知らないんじゃ俺の妄言と笑って切り捨てられるだろうが!
「そうかい? じゃあ、グレイン王の所へ行こうか」
見も知らぬヤツを王様の所へ連れて行っても良いのだろうか。
コイツ、お人よしにも程があるぞ。
「いや、何処の馬の骨かもわからないヤツが王様の近くに行くなんて良くないだろう。良いよ、何とかなるだろうし」
討伐される可能性があるからボロが出る前におさらばしたい。
怖くて怖くて仕方が無いぞ。足が震えそうだ。
「大丈夫だよ。君は悪い人には見えないからね」
「え……おい! 大丈夫だって!」
俺の言葉を無視し、ユウトは手を引っ張って俺を強制的に移動させた。
進む先には大きな城が見える。帰りたい。
「じゃあ、グレイン王と話してくるからこの辺りで待っていてね」
と、さわやかスマイルを浮かべ大きな扉を開け中へと入っていった。
っつか、あんな勇者いるなら俺要らないだろ。しかも、5人って言ってたから後4人もいるんだろ……。
「ん? これは?」
廊下をうろついていたら大きな絵の前に行き着いていた。
そこには、5人の武装をした人が描かれ、それと対峙するように悪魔の様な形状をした人物が描かれている。
一人は剣、一人は盾、一人は斧、一人は箱、一人は薬。
「それは二代前の勇者様ご一行と魔王との最終戦の一シーンを予言した絵よ」
俺の呟きに態々応対してくれるフィニーアもやっぱり良いヤツだな。この世界にはお人よししかいないのだろうか。
「予言?」
「ええ、勇者様がいない時は何も描かれていない真っ白の状態なの。勇者様が現れると絵が浮かび上がってくる仕組みなの。これは未来を写すから偶に変わることもあるわ。現勇者様の絵は少し離れた場所にあるけど、それ以外は全てこの廊下に置かれているわ」
見てみると、あと幾つか同じサイズの絵が規則正しく飾られていた。
ここに6枚の絵があるので、現在は7代目の勇者ということか。
「それと、絵の下に勇者様の能力の言い伝えが書かれているわよ」
絵に注意を取られがちで気が付かなかったが、確かに絵の下に黒い石版に白い文字で何かが記載されていた。
文字によると、俺の今見ている絵は、5代目の勇者達の絵らしい。
剣の勇者は、剣の一振りで三つの傷跡をつける事が出来、盾の勇者は、あらゆる魔法を防ぎ、斧の勇者はあらゆるものを叩き切り、箱の勇者は箱に入れたものの時を止め、薬の勇者は死者をも奮い立たせる事が出来たらしいと刻まれている。
他の絵も見るが同じように少し大雑把に能力が書かれていた。
全ての絵は共通して、片手剣の勇者と盾の勇者、大剣か斧の勇者と箱や鞄といった入れ物を持つ勇者、それに医療系統に関連するものを持つ勇者が刻まれ、それと対峙するように誰かが一人描かれていた。
全てが同じ構図ではなく、ひとつも同じものは無い。魔王――覇王と思いたいが――は、毎回格好が違った。
「そういえば、魔法使いって勇者にはいないんだな」
勇者パーティーに魔法使いは必須なのだと思うのだけれど。
「魔法は、魔王――つまり魔族が扱うものとされ、初代勇者から三代目勇者までは私たちも使えなかったそうよ。勇者様達は魔法とは違い、加護と呼ばれる神の業を用いられるのよ。加護は勇者様と神様にしか扱えないから、加護を使うことが勇者様である証とされているわ」
はい、俺使えないですねありがとうございます。
いやー、もしかして俺勇者かも、とか思ってたんだけど口に出さなくて良かった。凄く恥ずかしい。
ところで、俺なんでこの世界に転送してきたんだろうな? 意味ないよな。
「勇者様は神様に別の世界からこの世界へと転送されて来られるのだけれど、その際に貰う神の武器も証になってるわね」
「そっかー」
なら、俺は魔道書が神の武器になるんだな。でも、勇者は魔法使わないらしいからなぁ。隠しといてよかったよ。バレたら碌な事になりかねん。
「今回は今までと何かが違うみたいなのよ。魔王が倒されていないのにそれ以上の魔力を持つものが現れて少なくとも魔王級の存在が二体以上存在することになるし。まだ、何か起こるような気がするのよね」
「だからなのか、今回から勇者以外にも魔法使いが同行することになったのよ」
と、言いつつフィアーネは袖からバッジらしきものを取り出した。
見てみると勇者補助、と書かれている。どうやら彼女がその同行する魔法使いらしかった。
だからあんなに強かったのか
俺が驚いて見せていると誰かに肩を叩かれた。
振り返ってみるとユウトがさわやかスマイルを浮かべていた。
「グレイン王の許可が出たから僕が君の身分を仮で保証して登録しても良いことになったよ」
自分の事の様に嬉しそうな顔をしている。
本当に良いヤツだ。
「おお! ありがとう!」
となると身分貰った瞬間働くかドロンだな。
なるべく勇者関連から離れて――いや、でも恩があるからな。
ドロンは流石に止めておこうかな。身分証明取り消しとか妙にありえそうだし。いや、恩があるってのがデカイんだけどね。
うん、この恩は忘れるまで覚えておくよ。
「お安い御用だよ。じゃあ、早速身分証を作りに行こうか」
ユウトに保証人になってもらえるなら安心だ。
俺は今後それを裏切らないように行動すれば良い。
「ああ」
「――それでは、この書類に本人のお名前と保証人のお名前をお書きください」
手続きとかよくわからないからとフィニーアに書いてもらっていた。
「ねえ、貴方の名前はどうするの? 呼び名ぐらい無いとどうしようもないわよ」
そういえばそうだった。
呼び名、ねぇ。俺としては”お前”とか”君”とかで全然問題ないんだけどな。名前持つと”不審者A”から固有名詞を持つ重要人物へと昇華してしまいそうで怖いのだけれど。
「なー君」とかって昔は呼ばれていたな。今の今まで忘れている程に昔の話だけれど。
子供の頃の記憶は、というか、それ以降は碌な事をしてこなかったからな。今から考えたら阿呆の極みだよ本当に。
ん? なんでユウトは訝しげにこっちを見ているんだ?
「ナークっていうの? 貴方、記憶が無いんじゃなかったの?」
おおぅ。もしかしてもしかしなくても、なー君って口に出てたか。
いや、恥ずかしい――じゃなくてだな。
「お? 何かそう呼ばれてた気がしたんだよ」
テンプレ的な徐々に記憶復活してますよーパターンでいくとしよう。下手にボロっても記憶復活してきたわー、で済むしな。
いや、無意識って怖いな。名無しの権兵衛的に適当な名前を考えて貰うつもりだったんだけどまあ、こっちの方が慣れてるっちゃ慣れているから結果オーライでいいか。
まあ、問題点としては怪しすぎるってところか。どう考えてもこんな都合の良い記憶の復活の仕方無いだろう。
「そう、よかったわね! 何かお祝いしなきゃかしら!? なら、早く――」
「あのお名前を」
またしてもお人よしは自分の事のように喜んでくれていたのだが、時と場合は選んだほうが良いだろうと思う。いや、自分の事で喜んで貰っていたから凄く言いにくいんだけどね。
受付嬢も彼女という人に当たりが付いているのかとても言い辛そうに言っていた。いや、それはもう悪戯したら母親を泣かしてしまったかのような程にだ。
「ああ、御免ね。今書くわ。えっと、ナーク、と……」
ユウトも先の訝しげな表情は嘘だったかの様に今は満面のさわやかスマイルだ。
コイツモテるんだろうなぁ。羨ましい限りだ。
ユウトの顔は凄く整っているからなぁ。俺は散らかるばかりだ。
「ユウトさんの様な名前って珍しいのか?」
フィニーアが書類を書いている間は完全に待ちの体制だった。
「ん? ああ、そうみたいだな。この世界には俺――というか、俺達勇者がやってきた国の名前の形式は無いみたいだ」
そうだったか。いやいや、俺のあだ名を聞いた時のユウトの表情で大方の予想は付いていたけれども。
そして、もしかして勇者全員日本出身だったりするのか。名前だけでは判断できないけれど。
「と、言うと勇者全員が同じく国の出身だったのか?」
「ま、そうなるね。どうも、俺達の世界の俺達の国――日本は妄想豊かで都合が良かったらしいよ」
あー、そうか。俺もその口だな。
只の偶然かなって思っていたけれどそうでもなかった訳か。
「そうか。まあ、大変だったね」
「ナーク! 書類書き終わったわよ。ほら、これが身分証!」
何時の間にかこちら側へと来ていたフィニーアに手渡されたそれは一枚のカードだった。
ICカードと同じような物だ。
表面には何時の間に撮ったのか俺の顔写真。それに名前が記載され、あとは空欄になっていた。
「この空欄はなんなんだ?」
「ああ、これを持って” 認証”って言えば埋まるわよ」
と、渡されたのは鉄の延べ棒みたいなものだった。手触りや重量感は鉄そのもので、色は黄土色だった。決して金ではない。
「 認証」
と、呟くと延べ棒が僅かに発光し、おおよそ半秒でそれは収まった。
身分証を見てみると確かに空欄がひとつ埋まっていた。
「それで二つ名が埋まったでしょう? 普段は使わないけど、魔法を全力で扱う際に世界に許可を得る際に宣言する必要があるのよ。今ではそんな機会は魔王との決戦ぐらいだから殆ど飾り扱いだけどね」
つまり、気にしなくていいと。
ユウトとフィニーアを見る限りは凄く知りたそうにしているが。
「俺の二つ名は――……ひでえなこれ。何かのいじめか? 『張りぼて 』だってよ。役立たずなのは違いないがなぁ」
「ええ!? 冗談でしょ? ナーク程の実力ならもっと凄い二つ名が付けられてもおかしくないのに! 寧ろ、付かないとおかしいわよ!」
と、言われても俺は嘘は言ってないし不可抗力というものだろう。
俺も全力を出すようなシリアスシーンで張りぼてなんて名乗りたくは無いがな。
「ナークはそんなに強いのかい? 張りぼて――いや、すまない。何か隠された意味があるのかもしれないと思ってね。その二つ名制定板は持っていくといいよ。流石にそんな二つ名は嫌だろう? 二つ名は3種類まで登録できるから時間を置いてやってみるといいよ」
ふうむ。
まあ、貰える物は貰っておくけれど別に名乗らないからこのままでも良いのだけれど。
張りぼて――ああ、もしかしてもしかするな。
ユウトの言う様に意味があったかもしれないな。
一応、張りぼて――魔力だけの野郎にならない為に能力を決めたほうが良いかもしれないなぁ。
まあ、候補は決めておいたから後は神と相談できれば相談し、無理ならよく考えて――『それ、全部使えるようにしておいたからのう。いやーこれで心置きなく番組見れるわい』――ちょっと待てや。
……おーい? ああ、最初予想したとおり本当に神は空気になっている。返事さえしないとはどういう事だ。
問い詰めたいことが幾つかあったのだが逃げたか?
「ナークは強いわよ。猟兵所に入ったら高ランクにすぐ入れると思うわよ。どんな魔法が使えるかは知らないけど、魔力による肉弾戦だけで数十体のライウルを撃破して見せたから相当強いはずよ?」
「そうなのかい? それは凄い。ここに来て数週間は僕でもライウル数十体は単独撃破出来なかっただろうね。ジュンヤに知れたら戦いたがるだろうなぁ」
二人は話し込み始めた。
一応、公共の場なのだが良いのだろうか。いや、このお人よしが統治する国だったら別に良いんだろうな。
いや、それにしても二つ名が”魔王”とかじゃなくて良かったなぁ。
二つ名って聞いた瞬間にその辺りからバレるかと思ったけど杞憂で済んでよかった。
「それにしても 認証って呟くだけで身分証に刻まれるのは良いとして、どうやって決めてんだ? マジでわかんねえなこれ」
お、やべえ。板持ったままだったわ。
これ、同じ二つ名が登録されちまったらどうなるんだろ。
3つ全部張りぼてだなんて格好が付かないにも程があるぞ。
「……」
俺は慌てて身分証と板をポケットにしまった。
幸い、二人は答弁に熱中しているのでこちらを注目していなかった。
「ユウト様! フィニーア様!」
大凡、十分。
それだけの答弁が繰り広げられ、内容は俺の二つ名から、戦ったらどうなるかの構想に至っていた。
それは扉を開け放って息を切らせながら飛び込んできたと言ってもさして問題が無い程度の挙動でやってきた兵士の声によって中断させられた。
少し不満そうにする二人であったが――
「未来の絵が!」
――引き締まった。
それを聞くや否や俺なんて放って兵士と三人で走っていってしまった。
俺も慌てて登録所を出て通りを見回すが、人ごみのせいもあってもう姿は見えなかった。
「まあ、未来の絵とかいうヤツを探せば良いか」
俺は『張りぼて』の下に刻まれた『歩く戦場』という文字を眺めてから少し煩い方向へと歩を進めることにした。
あれだけの慌てようなら、たくさんの兵士も慌てている事だろう。
さてさて、俺のせいで面倒ごとが起きて、本当に面倒だ。




