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魔王物語  作者: ragana
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第十四話 -探究とは危機であり狂気である-

「それでは私は報告を済ませてきます。ナークはうろついてくれていて問題ないですよ」

 と、言われたので俺はうろちょろする事にした。

 軍事機密らしき建造物の中であるのでうろつくべきでないと思うかもしれないが、ここに入った時点で手遅れである。

 内装は外観と同じ様にカクカクしている。曲で象られている部分が無いのかと思える程というか事実ないのだが。

 四角い物質を作成して四角い何かでくり抜いたかのような作りなのである。

 なので遮蔽物と言える遮蔽物は無く、強ちこの作りは良いのかもしれないと最初見た時は微妙な心象であったが訂正しようと一人心の中で結論づいた。

 そういえば、遮蔽物がないにもかかわらず人とすれ違っていない所か、人を見ていない。

 過疎地かと思いそうであるが、戦争はもう少し後であるしここは国の重要機関の様な印象を受ける場所である。

 人がいないはずもないのだが。

「おい、君」

 不意に背後から声が聞こえた。

 ベヒス嬢かと思ったが別段声色が似ている訳では無し、口調も確実に別人であったので周囲を見回してみた。

 俺に声がかけられているのではなく、別の人に声がかけられているという漫画でよくありそうなパターンであるのではないかという有るようで実際全くない希望に縋りついてみた。

「ったく、何きょろきょろしているんだ?」

 全くない希望はやはり全くなく、奇跡が起きて捻出される事は無かった。

 振り向くとそこには白衣を装着した男がいた。

 俺よりもファッションに興味がないのか、髪はボサボサで髭も随分剃っていないのかいい加減に映えている。

 その髪はボサボサ過ぎてアフロもどきを再現している。

 鉛筆やらを収納できるであろう形状である。

 髪の色はそれに似合わぬ金。

 折角の金髪なら綺麗にしろとまでは言わないがアフロは脱出すべきじゃないかなと思わなくもない。

「なんでもないです」

 と、取り合えず返事をしておく。

 返事をせずに他人を蔑にするのはあまり好きではないのだ。

「そうか。取り敢えずこれを運んでくれ」

 と、脈絡なく何やら頼みごとをしてきた。

「何をですか?」

 と言われても何も見えない。

 見えないというか、このボサボサ白衣と俺以外にこの通路に誰もいないのだ。

「君――」

 何やら眉間にしわを寄せている。

 もしかしてもしかしなくても、何やら不手際をしでかして俺がここの職員ではないとばれたのだろうか。

 俺はベヒス嬢の権力の御蔭でここにいるのである。

「――新入りか? ったく、認識許可(コンタクト)もかけていないとはお前の担当はなってないな」

 と、言い終えるとボサボサ白衣は何やら呪文を唱え始めた。

 凡そ2秒。

 それだけの時間を消費して詠唱を続け、最後に認識許可(コンタクト)と呟くと閃光手榴弾をモロに喰らった時を思い出す程の光量が発生し目が潰れるかと思った。

 光だけで目が痛くなるのである。相当苦痛だ。

「ん? 驚かないのか?」

 と、ボサボサ白衣が寧ろ驚いている。

 残念ながら外見はそう見えないかもしれないが相当驚いているよ。

 もし目の前にいる人物が知り合いやらここが別段不審行動しても捕縛されそうにない場所であるなら慌てふためいているさ。

 閃光手榴弾を目の前に投げ込まれた経験が無ければそれさえ気にする余裕も無く慌てふためいていただろう。

 過去の経験に感謝する数少ない機会である。

「いえ、結構驚いてますよ」

 視界の変化に、である。

 今まで何もない白い死角が続く通路であったが、今は部屋の出入り口が所せましとあるのが見える。

 そして、俺の横にある部屋には大量の箱に詰められた名称の知らない何かが有った。

 これが運べと言われた代物なのだろうか。

「……これを運べばいいのですか?」

 と、聞いてみたが、ボサボサ白衣は俺の声等聞こえていない様だ。

 あらぬ方向を向いて何か話をして言る。

 手に持つ何かを鑑みる所によるとあれは携帯電話の様なものらしい。

 何か急用でも思いついたのかかかってきたのか知った所ではないが、ここで逃げれば後で何やら問題が起きそうであったので仕方なく佇む事にした。

 どうやら通話が終わったらしい。

 携帯電話らしき四角の何かは霧の様になり、移動し、腕輪の形状に変化し、そのまま腕輪になった。

 腕輪はベヒス嬢が装着していたあれと同じ形状である。

 だが、素材が違う。ベヒス嬢よりも階級が低いのだろうか。

 いや、それは無いか。

 ボサボサ白衣の魔法の御蔭で見えるようになった部屋の中にいる他の白衣やら兵士がこぞって装着している腕輪はベヒス嬢のものと同じ素材であった。

 違う素材で作成されているのは彼の腕輪のみである。

 少なくとも見えている範囲では、であるが。

「どうした? 腕輪なんてここでは珍しくないだろう? ああ、新入りだから見慣れないのか?」

 平然としている所からこれは普通の事なのかなぁ。

 周囲に緊張が走っている訳ではないので凄まじく位の高い人物であるという訳ではないのかもしれない。

 ただ単に気軽に過ごせる良い上司というパターンも無くはないのだけれど。

「どうした? 急に身体が強張ったぞ?」

 少なくとも特別な人物であるのは変わりないだろう。

 彼の腕輪の素材が他よりも質の悪いものであれば位の低い者であると思えたのだが、耐久値などあらゆる性能が他よりも凄まじいのである。

 確実に凄い意味での特別である。

 ならば、先程挙げた後者の方の結論なのだろう。

 周囲の職員が強張っていないのは彼がフレンドリーだとかそんな理由で気兼ねなく触れ合えるのだろう。

 だが、俺はその補正が無いのである。

 ベヒス嬢よりも位が高いとなると、そのベヒス嬢の権力で入ってきた俺を捕縛する事も、軍事機密の建造物に侵入した罪で処刑とかあり得そうだ。

 そう考えると強張らないはずが無いのである。

 俺一人なら逃げ切れるだろうが、ベヒス嬢が変わりに責任を取らされかねない。

 そうなるのは良い結果ではない。

 という訳なのでヘマ出来ない。そう考えると緊張の1つでもする方が丁度いい。

「気のせいですよ」

「で、こいつが怪しい奴か?」

 今日は俺の背後から声をかけるのがラッキカラーの如くラッキー行動なのだろうか、

 それとも俺の背後に回って声をかけるのがブームとかいう意味のわからない局所的に扱える困った出来事が発生でもしているのだろうか。

 そうであるなら即刻中止を求める。

 背後を向くまでも無い。

 怪しい奴とは俺の事で、これを招く通報は今しがたの電話である。

「そうそう。彼が怪しいんだよね。君に敬礼もしないし」

「それはそうだな」

 なんだなんだ。

 訳も分からない内に展開していく状況に俺はついていけていない。

 混乱の極みである。

 取り敢えず、背後の人物に敬礼しておく事にする。手遅れだろうけれど。

 何故ばれたんだ。

 今回の敬礼は通報があったから露見した事で、その通報に至る条件は無かったはずなのだ。

「うむ、こいつ、階級章付けてないな」

 あ、なんだ。初歩的ミスか。

 そりゃそうだよな。軍なんだし階級はある訳で、それを示すモノは当然あるよな。

 だけれど、この通報によって現れた黒髪の青年も階級章らしきものは身につけていない。

 いや、まてよ?

 門番も日本の自衛隊みたいな階級章は装着していなかった。

 もしかすると、別の何かか?

 だが、それ以外に共通して装着しているものは――

 あ、腕輪か?

 俺はそれを装着していない。

 周囲を見てみると、全員腕輪を装着している。

 そうなると、俺が腕輪に注目したこと自体不自然なのではないだろうか。

 ああ、それなら最初から俺は怪しい人物であった、と。

 いや、しかし、黒髪の青年は位が高い様な話であるが腕輪の形状は同じだし素材はそこいらの人と同じ素材である。

 付加されている効果も見る限りは同じ様だ。

 ううむ、よくわからない。

「おい、見せてみろ」

 と、黒髪の青年は俺の腕を乱暴に掴み袖をまくりあげた。

「やはり、腕輪が無いな」

 ああ、やっぱり腕輪が階級的なものを表すものだったか。

「今更敬礼しても遅い」

 ですよねー。やっぱりその程度じゃ見逃してもらえないよな。

 腕輪無いのバレているし。

 あ、腕輪は新入りだからまだ貰ってないとかで逃げられるか。

 と、なるとボサボサ白衣に敬礼でもしてその勢いで逃げ切るか。

 取り敢えず、ボサボサ白衣に敬礼をする。直後に開こうとするが、それより先にボサボサ白衣が口を開いた。

「どうして彼でなく僕に敬礼しているんだい?」

 ん!?

 腕輪の差的にこっちのボサボサ白衣の方が階級が高いと踏んだのだが。

 それに、通報で来る程度の警備の人間がそれ程階級が高いように思えない。

 しかし、敬礼しないのが不自然と取られている。

 頭の中はごっちゃごちゃである。わっはっはー。

 それになんでもう意味が無いのに俺は敬礼しいるんだ。

「ああ、もしかして僕が凄まじい上官だから混乱していたのかい? ならこれも仕方ないね! 腕輪が無いのは新入りか何かなんだろう? なら余計に混乱するだろうね!」

「そういう事か。おい、よく確認してから通報しろよ」

 とボサボサ白衣の台詞にそう黒髪の青年は続けた。

 どうやら、話を聞く限りボサボサ白衣は凄まじいくらいの人物で、それにたまたま遭遇した新入りである俺が混乱したという風に解釈されたらしい。

 幸いである。

 とりあえず俺は頷いておいた。

 上手くいくとこのまま事なきを得られる――

「――どうして僕の位が高いと気がついたんだい?」

「いえ、それは当然腕輪の素材、が――」

「ああ、そうなのかい。カタブキ、すまないね。本当に勘違いだったようだ」

 と俺の言葉をさえぎるようにボサボサ白衣がそういうとカタブキと呼ばれた黒髪の青年は舌打ちした後にブツブツ言いながら去って行った。

 ああ、幸いだ。

 相手の勝手な解釈の祖語で事なきを得られた。

「君、何者だ?」

 そんなに世の中甘くないらしい。

 何者と聞かれても何の変哲もない犯罪者であるとしか言えないな。

「何者と言う程大層な人間じゃないですよ。ただの人です」

「そうかい。まあ言いたくないなら言わなくて良い。悪い人間じゃなさそうだからね。追求するつもりはないよ」

 犯罪者を取り上げて悪い人間でないと申すか。

 どういう意味で悪くはないと言っているのかは敢えて分からないと言っておくけれども、犯罪者であるので悪人に違いないのが俺である。

 どちらにしても悪い人間じゃないから追求しないという台詞は無防備の極みという台詞である。

 そもそも、自身の勘を信じきっている。

 それとも、自身の勘を信じられるほど生きることを諦めているのだろうか。

 もしかすると、その台詞を吐けるほど他者を信じているというのだろうか。

 どす黒く濁っていそうなその目を見る限り、自身を信じているのではないかと思う。

 まあ、俺としては追及されないなら都合が良い。

 只でさえ俺の身の上は話せないというのに、ベヒス嬢の手引きでここにいるなんて知られてしまったらベヒス嬢に迷惑をかけることになる。

 私的にそれは望ましい状況ではないのだ。俺はベヒス嬢を必要以上に気に入ってしまっている。

 それはおくびにも出さないつもりであるが。

 追求されないのはそういう訳で大歓迎であるのだ。だが、歓迎できないこともあるだろう。

 それは――

「何が目的ですか?」

 そう俺が問うと、どす黒く濁っていそうな目はどす黒くなる訳ではなく、透き通った印象を受ける目になった。

 悪ではなく、純粋なあくか何かあろうか。

 尤も、この評価が俺の個人評価であるので信憑性は無いのでここでの推論は無意味であるのだけれども。

「難しいことだけど君にとっては簡単なことだろうね」

「俺に何をさせるつもりですか?」

 ボサボサ白衣が手でこちらへ来いと示し、近くの部屋の奥へと進んでいったので、俺はそれの後を追った。

 部屋の中には幾人もの白衣を着た人々――それ以上に目を引く巨大な訳の判らない機械を見る限り研究者だろう――はこちらに興味があるというか、珍しいものを見たという顔でちらちらとこちらを覗き見ていた。

「ああ、気になるかい? 気にしないでもらえるとありがたい」

 気になるが気にしないように出来ないレベルではないので問題は無いが。

 いや、この目線の理由が気になるな。

 興味による視線であるなら何ら疑問に思わないし、言われるまでも無く気にしないのだが、感じる視線は珍しいものを見る視線であるのである。

 普通とは違った目線であるので気になるのは当然だと思う。

 そんな風に妙な目線に晒されていると、部屋の奥にある扉らしきものがあった。

 扉、らしきである。

 ここで見た扉は大体開け放たれていたのであまり確認は出来ていないが、目の前にある扉とは形状が違う事は理解出来た。

 それまでは鉄らしきもので作られた片開きの何の変哲もない扉であった。

 目の前にある扉らしきものは、壁に枠があり、そこに城門の閂の様に棒が幾つも配置されていた。

 それらの横に番号を打つようなモノが埋め込まれているのでこれら全ての棒は鍵の役割を果たしているのだろう。

 それまでは開け放ちであったのだが、打って変わって扉は施錠され、そもそも形状が一般的なモノから近未来的なモノに変化している。

 それだけでここが何か特別な場所である事は理解出来た。

「ふうん。これがどういったものかわかったのかい?」

 と、ニヤニヤと嫌らしい顔をこれでもかと表現しこちらを見てきた。

 先まで悪あがき的に正体を隠そうとしていたがどう考えてもバレているだろう。

 いや、ベヒス嬢の手引きでここに居るとかはバレていないだろうが、俺が少なくともここにいる研究員とはまた違った知識が有ると考えているのだろう。

 それは、間違いではないし、恐らく俺が腕輪の素材が違う事を指摘したので能力についても幾らかバレているかもしれない。

 ボサボサ白衣の腕輪の素材が違うのは階級とはまた別に何か理由があったのだろう。

 漫画とかで良くあるパターンだと、彼は他の研究員とは一線を画してマッドサイエンティストよろしく一人技能が特化しているから、その技能を使用して自分の腕輪のみを勝手に改造したとかだろう。

 まあ、そのまま当てはまるとは思ってはいない。だが、どうも幾つかは当てはまっている様な気がしていならない怪しい雰囲気がボサボサ白衣からビンビン感じるのである。

 その技能があるからこそ俺は失態をしでかした訳で、その技能があるからこそ俺の異質さに幾らか気がついたのだろうな。

 侮れない男である。

「扉じゃないですかね? まあ、断言はできないですが」

 俺がそう答えると俺の心境の変化に気がついたのか更に笑みを深く示した。

 警戒してはいたが、あの黒髪の青年に俺をつきださなかった理由を鑑みるとその警戒は現状無意味であると分かったのだ。

 理由は恐らく、俺の異質さに気がついたから。いや、あの腕輪の素材が違う事に気がついたからか。

 自身の興味を自身の安全より優先する研究者――いや、探究者と表現した方が当てはまるかもしれないな。

 そんな訳なので役に立つと判断されている場合か、興味がある場合はそう酷い扱いは受けないだろう。

 最悪、もう何もできない様にしてから逃走すれば良い。

 生憎と俺は彼とは真逆で、他の要素を全てよりも自身の安全を優先する場合があるのである。

 まあ、例外はある訳だけれども。

 寧ろその例外が無ければ今の俺は無いのだが。


 ――閑話休題。


 ボサボサ白衣に対しては警戒するよりも友好的にしておいた方がメリットがありそうな雰囲気なのだ。

 彼の様なタイプは何かと気前が良い。

 その恩恵を賜れるかもしれない――そんな事を考えないとこの場に居続ける事は難しい。

 正直、今すぐこいつの意識を奪って逃走した方が安全であるのは明白なのだ。

 先は見つかったという事実に圧倒されて混乱気味になり判断が甘かったが、実際、こいつに声をかけられた瞬間に意識を奪う事は出来たし、あの黒髪の青年も一般人より遥かに強い様だったが倒せない事も無さそうだった。

 それを選ばなかったのは混乱していたからなのだと思う。

 俺がそんな意味の無い後悔の様な――困惑に近いそれを思考し、噛み締めている間に扉が解放されていた。

 部屋に入っていない所から見える部屋の一部でさえ他の部屋よりも明らかに重要なモノがある事は見て取れる。

 簡単に言うなら、外でエアガンを作っているのにそこでは本物の拳銃を作っているような感じだ。

 重要というよりも本物。

 他の場所――例えば俺が今居る部屋だ。

 そこで作られているものは偽物なんじゃないかと勘違いするモノが作られている事が何となくわかった。

「ほう。一目でここの凄さが、重要さがわかったのか」

 と、演技でも何でもなく本当に驚いている素振りをしている。

 理解したのは能力の恩恵である。

 外では市場に出回っていそうな鉱物や材料の研究がされており、ここでは出身世界でも見た事の無いモノが幾つかあった。

「ここにあるモノは研究中に偶然出来たモノや、発掘された新種の鉱物であったり、隕石であったりするんだ」

 言ってしまえばオーパーツに近いものか。

 ここにあるモノの大半は信じられない耐久値を秘めていた。

 鉄で大凡数百から数千である耐久値が、例えば近くにある一見鉄に見える鉄で無い何かは数万もある。

 耐久値が高ければ良い素材という訳ではないが、頑丈なモノが出来るのは間違いない。

 これを建造物の材料に使用すれば、家ならば地震でも倒壊しにくくなるだろうし、砦ならば強固なモノが作れるだろう。

 それだけではない。

 大半はそれそのものに魔力が秘められている。

 それも並大抵の魔力ではない。それが何十種とあるのだ。

 この扉が開け放たれてから感じたのだが、そうなるとこの扉――いや、部屋丸ごとか――は魔力を遮断するモノで出来ているのだろう。

 ボサボサ白衣の腕輪からは魔力を幾らか感じたのでこの部屋にある様な物で作られたのかもしれない。

「……俺に何をさせようって言うんですかね」

「何、好きにしてくれれば良いんだ」

 また訳のわからない事を。

 何を企んでいるというのだ。

 好きにしていいなら帰っても良いだろうか。

「ああ、帰るのなら少しだけでもこの素材を加工して何かを作ってくれないか?」

 ――もしかすると。

 ここにあるモノは一部を除いて耐久値が高い。

 つまり、頑丈である。

 溶かそうとも頑丈なので普通以上の温度が必要になるし、他の物での加工は難しい。

 だからここにあるモノを加工する事が出来ないのではないだろうか。

 それで、俺に何かやらせて何か出来たならその際の技術を盗もうと考えているのではあるまいな。

 使用してタネを黙っていれば盗まれる事はないが、拷問を受ける可能性がありそうであった。

 それ程までに目的に手段を選ばなさそうな相手である。

「研究員でもない俺に頼まず研究員の誰かに頼んでみてはどうですか?」

 正直、余計なことを見せて執着されるのは望む所ではない。

 これが麗しの乙女であるなら話が変わる可能性も無くは無いのだが、残念ながら彼はボサボサ白衣で男でそれ以上でも以下でもない。

「研究員程度じゃ――いや、私を含め例外的なヤツも魔族もひっくるめて探したが今の所、これらを加工できる者は見つかっていない。私の腕輪はこの中の一番質の悪いものを二度と取れない方法で加工できたに過ぎない。もう一度やれといわれても不可能だ。もう一度出来る条件が整ったとしても良くて中質程のモノまでの加工が限界だろう」

 そんなモンを俺に加工させようとしたのか。

 会った事も無い相手に、実力さえ知らないはずなのに頼むとはどれ程自身を信じているのか想像もつかない。

 自分を信じてやまないそれはどこか師匠に似ていた。

 俺が犯罪者でなく只の子供であったあの時を思い浮かべる。

 正直、こんなドロドロしていそうなヤツで思い出したくは無い過去であったが――いや、俺の過去は血まみれでドロドロしているから文句は言えないか。

「そう言われても――例え俺にしか出来ないことでもやる意味は無いですよ。メリットが存在しないですしね」

 当然のことである。そして、これが全てである。

 デメリット以上のメリットがそれに存在するのであれば幾らか考えただろうが、これだと論外である。

 デメリットがメリットを上回っている所かメリットが存在しないように思える。

 それだけではない。

 気になる点があるのだ。

「一切触れていないけれど、もし、加工する術を知ったとして、それをどう扱うつもりですか?」

 恐らく、コレほどの耐久値と魔力を秘めているのであれば武器として必要以上の力を発揮するだろう。

 この国に来る途中で見かけた魔法武器は初心者でも魔族と戦える程の力を秘めていた。

 あれで普通の素材から作られたものなのだ。

 どれ程の力を発揮するか想像も出来ないことはわかるだろう。

 この国には大勢の強者が集まるのだ。

 今はそうではないとしても武具に転用されるのは時間の問題である。

 そうなると、作成者である俺は何らかに関わる羽目になるだろう。

 そう考えるとデメリットが大きすぎた。

 例え、過去を思い出すような人物の頼みであっても、だ。

「聡明な君なら理解していると思うが、現状で私がどう言おうと武具に使用されるだろう」

 やはり、である。

 争いの根源に近い物にはあまり関わりたくないのが本音だ。

 良い事など何一つなかった。

「なら、協力できないですね。戦闘に使われるものを作成するということはそれだけで恨まれますから」

「そうだ。だから私は他にその技術どころか、君の能力の存在も漏らすつもりは無い」

 俺の顔は眉間に皺がよって酷く疑っているという顔であるだろう。

 そんな口から適当に言ったようなことを言われても信じるはずが無いし信じられるはずが無い。

「ああ、だから代価として私の能力――まあ、技術や資料と考えてもらってかまわない。それらを君に提供しようと思う」

 それに何のメリットがあるというのか。

 確かに、それを売るなり自分のものにするなりすれば金は手に入るだろう。

 俺にはそれをメリットと捕らえられなかった。

 それに、俺にとってはたいした事はないが、常識的に考えると一つの情報に自身の全てと言って良いものを提供するなどと言ってくれば逆に信じられなくなる。

 だが、今のボサボサ白衣からはドロドロとした何かは感じない。

 ただ純粋に知的好奇心になすがままになっているという印象を受ける。

 事実、そうなのだろう。

 短いながらも彼と応対しているのだ。

 少しは解るというものだ。

「勿論、加工したものも持って行ってくれていいし、ここにあるものも持って行ってくれていい。欲しいなら魔法で私の知識も与えよう」

 それは、破格過ぎるのではないだろうか。

 何故そこまで知識を欲するのか理解できない。

 何か危ういものを彼から感じる。

「いや、気にしなくて良い。どうせここにあるものは性能が段違いであるが一番魔力が無いものでも少し形状を変化させる事も出来ないんだ。私からすれば宝だが、国からすれば只のゴミ。保存や場所の確保にかかる費用を出したくないらしくてね。そろそろ破棄しないといけないんだよ」

 だが、ボサボサ白衣は偶然といっているが一度加工に成功している。

 それも、他の腕輪と形状が全く同じという精度でである。

 その際の技術を研究すれば解決しそうに思える。

「いや、成功した方法はもう使えない。――一応、数千年経過すれば使えるようには理論上なるけれどね」

 どうやら俺は気持ちが顔に出ていたらしい。

「この腕輪を作成した時はあの魔力炉を使ったんだよ」

 と、部屋の中心にある柱かと勘違いしそうな大よそ直径30m程の魔力炉を指差した。

 魔力炉であるが魔力の残滓程度しか残っていない。

「鉱石などに魔力が秘められていると、その魔力に比例して物理的にも魔法的にも強固になる。それを打ち破るにはそれ以上の魔力が必要になるんだ。この腕輪の際に必要だった魔力は地脈一つ分。厳密にはその土地が死なないギリギリの魔力と言った所か」

 人や魔族といった生物の枠では考えられない魔力量が必要になってくるということか。

 そりゃあもう一度の使用は出来ないな。

 例え、土地が死ぬのを厭わずに魔力を汲み上げても、確実に魔力が足りないだろう。

 そして、その魔力が回復するまで数千年必要ということか。

 そんなお手上げのようになってしまったのならある程度俺に頼んだ気持ちが判らないこともないな。

「私はどうしてもこれらを使用した武具が見たいんだ。どれ程の力が秘められているか。とても気になる」

 向けられるのは純粋な眼。

 俺はどうも麗しの乙女に弱いという訳ではないらしい。

「……成功するかはわかりませんからね?」

 いや、決してボサボサ白衣の様な男に弱いという訳ではないからな?

 俺が過去を捨てられないから懐かしいモノに弱いのだろうな。

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