二度目の婚約
どうでもいいからさっさと済ませて帰ってくれないかしら。目の前で黄金色の頭がぐんと下を向いたので、わたしはそのつむじを見つめている。美しい青年が許しを請うているのだから、これが演劇ならかなりの見せ場だ。
「マリアナ、本当に申し訳なかった。魔が差したとしか言いようが無い。あんな女に引っかかって、大切な婚約者の君を蔑ろにしてしまった。不甲斐のない私を許して欲しい」
我が公爵家の応接室で、床に擦り付けんばかりに頭を下げて謝っているのは、先日まで婚約者だったモーリアス様だ。
「どうか頭をお上げくださいませ。貴方様との婚約は既に解消されておりますから、蔑ろも何も今更でございます」
全く気にしていないという顔で優雅に微笑んだ……つもりだけど、上手く笑えたかどうかわからない。皮肉な顔をしていなかったかしら。
「それでもっ!私の悍ましい行動でマリアナが謂れのない中傷を受け、深く傷つけてしまったのは事実だから。
私は何という事をしてしまったんだろう。悔やんでも悔やみきれない」
ハンカチを取り出し目元を押さえる男に、わざとらしいと呆れるものの、これは彼にとっての様式美なのだと荒ぶる心を力技で押さえつけた。
「謝罪は受け取りました。これで用件はお済みですわね」
わたしは家令を呼び、お客様がお帰りだと告げた。
「ま、待ってくれ。私が今日こちらに伺ったのは、君との再婚約を申し込むためで」
「あら、まだお耳に届いてないのですね。わたくし、来月から隣国へ留学いたしますの。
婚約者を寝取られた惨めな娘として後ろ指をさされ、新たな婚約探しも公爵家の娘という立場的に難しいとなれば、今後の身の振り方を考えねばなりませんでしょう?」
元婚約者の顔は真っ青だ。今更そんな顔をして己の所業を悔やんでも遅いのよ。
「それならば尚更、私との新たな未来を考えてはくれまいか。必ず君を幸せにする。だからどうか、この哀れな男に慈悲を与えてくれないか」
「結構ですわ。一度裏切られてますし、何より好きでもない方と一緒になるつもりはございませんの」
よしっ!言ってやった、ぴしゃりと。この一年、いつか必ずやり返す事を励みに、我慢を重ねてきたこの心労を、思い知ると良いわ。
モーリアス様は口をはくはくとさせていたが、漸く諦めたように部屋から出て行った。
この日、不毛で不憫な婚約とは完全に決別した。解消されたのはひと月前だが、元婚約者本人がぐずぐずと引きずっていて、『双方の合意』が解消の条件であったのではっきりと理解してもらわねばならなかったのだ。
物分かりが悪く、粘る元婚約者にはほとほと困りました。
仮にも婚約者だったのだから、親愛の情くらいはあっただろうって?
ええ、ありましたとも。幼馴染ゆえに中々切り捨てられなかったのがその証拠。いわば憐憫?その感情も綺麗さっぱり無くなって、今のわたしは生まれ変わったように清々しい。
それにしてもモーリアス様があんなに未練がましいとは知らなかったわ。もっともその未練は、わたしに対してではなく、今まで通りの暮らしが出来なくなる事に対してでしょうけどね。
10歳で婚約者となったモーリアス様は、同い年のせいか甘えん坊な弟的な存在。若い頃は女の子の方が早く成長するとは良く聞く話だけど、実際その通りだった。わたしからすれば、優しいけれど頼りなくて見守ってあげないといけない弟分とでもいうような存在。
きっと、モーリアス様もそんなわたしに恋愛感情なんて持てなかったと思う。子どものお付き合いの延長線で、恋には至らずジタバタしていたのがわたし達の関係なのだ。
そんな彼が恋をした。相手は婚約者のわたしではなく、貴族としては末端の男爵令嬢。
その令嬢とイチャイチャしてるところを目撃して胸が痛んだ事があったのは、遠い昔の気がするわ。
ただ、わたしが胸を痛めたのはモーリアス様の態度であって、2人の仲を見せびらかして婚約者を貶めるような発言を繰り返す彼女に対して、何の注意もしない事に失望して悲しかった。
決して結婚するのが嫌だったわけではない。気心が知れているし、頼りないけれど優しい彼となら波風の立たない穏やかな暮らしが出来ると思っていた。あちらも、モーリアス様にはしっかり者の嫁がいれば多少ぼんやりさんでも、目も当てられない程酷いことにはならないと考えていたみたいだ。
モーリアス様は三男だから、それなりの爵位と領地を与えられる手筈も整っていたのですけどね。全てを無かった事にしてしまったのは、彼自身なのだ。
*
元々幼馴染で、家格と年齢が釣り合う事もあって、あちらからどうしてもと望まれた婚約で、政略的な見地から断りきれなかったのだと、お父様は後ほど謝ってくれた。
彼の身分に相応しくあるようにと、幼い頃から厳しく指導されてきたのを我慢できたのは、お父様お母様を失望させたくないという気持ちからだったわ。
とにかく見た目が美しい人なので、その澄んだ青い瞳がわたしを見るだけで、胸がドキドキする……なんて事も確かにあった。
手が少し触れただけで頬が赤らんでしまって、胸がドキドキする事もあった。そういう時は決まって彼も赤い顔をして小声で、触れてしまってごめんと言われたものだ。
決して性急に距離を縮めたりされなかったから、婚約者を大事に思ってくれているのだと感じて嬉しかったのだけど、どうやらそれは勘違いだったようだ。
必要以上に接触しないわたしに、寧ろイライラしていたのかもしれない。たまに頬を撫でたりされたのは『もっと触れたい』という、婚約者からの遠回しな意思表示。だからと言って結婚までは、守るべきルールは遵守しなくてはならない。
身持ちが固いのは貴族令嬢として当然の振る舞いなのに、我慢できなかったのはモーリアス様の方だ。たとえ触れ合うのが婚約者でなくても、女性なら誰でも良かったところが彼の詰めの甘さと言える。
ほぼ平民といって差し支えない自由気儘な男爵令嬢が近付くのを、うっかりと許してしまったのが全ての始まりだった。
彼女はモーリアス様だけではなく、高位から下位までの、見目が良くて尚且つ婚約者のいる男子生徒に過剰な接触をした。それは文字通り接触で、彼女のその魔法の手に触れられた男子はすべからく落ちてしまった。
そして、彼らを誑かして貢がせた結果、貴族学院内で婚約破棄が流行った。
事態を重く見た学院長が乗り出して、男爵令嬢が軽い魅了の力を持っている事を突き止め、公序良俗に反し風紀を乱れさせたとして退学、そして学院内のみならず貴族社会をも混乱に陥れたとして、彼女は幽閉された。
魅了が解けた男子生徒達は、己の醜い欲望で婚約を破棄した事を後悔して、彼らの元婚約者達に謝罪してまわり、再婚約を願い出るというのが、一連の流れ。
噂では平民の子どもの間では婚約破棄ごっこというのも流行っているらしい。ちょっと見てみたいものだわ。
わたしの元婚約者も流行に乗り遅れまじと、再婚約を求めて我が家を訪ねてきたのだけど、それも見越してお父様が既に留学の手筈を整えてくれた。貴族学院は既に卒業したので留学と言っても、見聞を広めるのは無論の事だけど、新たなご縁を得られるようにという思惑があるのは否めない。
そういう意味では、わたしも気が抜けないのだけど、正直独り身で過ごしても良いかもと考えている。
我が公爵家は跡取りがいるので、わたしは婿取りなどしなくて良いのだし、ひとりが気楽でもある。
留学の準備は万端、あと少しで国を離れるというその時に、モーリアス様が押しかけて来た。全て魅了のせいだと言い訳ばかりするのでわたしは閉口した。
お父様は怒りながらも意気揚々とあちらへ抗議に向かったので、慰謝料の上乗せでも交渉するつもりなのかもしれない。
*
「それでも引っ掛からなかった方もいらっしゃったのだから、全てを魅了のせいにするのはおかしいと思うのです」
香り高い紅茶の湯気に心を鎮めながら、わたしが目の前の人にそう告げると、
「確かにね。モーリアスは馬鹿だよ。あいつがあんなに愚か者だとは思わなかったね」
同じく香りを楽しむように、お行儀悪くカップを小さく揺らしていたセイシェル様は、元婚約者を一刀両断した。なんだか小気味良いけどセイシェル様はこんなにはっきりと仰る方だったかしら。
モーリアス様と半分だけ血の繋がった兄であるセイシェル様は、つい先日隣国から戻ってこられたところなのだ。
腹違いの兄と弟に挟まれた次男で、国内にいても諸々の煩わしい争いに巻き込まれてしまうからと、早々に王位継承権を放棄して、留学されてそのままあちらの国で過ごしているので、お目にかかるのは数年振り。
弟君であるモーリアス第三王子とわたしとの婚約が、王子の有責で解消されたと知り、身内の不始末のお詫びと、帰国の挨拶に来られたのだけど、生憎と両親が留守なのでわたしが対応しているというわけだ。
「あいつが焦っているのには理由があるんだよ。これはまだ内密の話だが」
セイシェル様がそっと目配せをするので、わたしは侍女達を下がらせた。もちろん扉は半分ほど開いているし、いつでも中に入って来れるよう、セイシェル様の侍従がらんらんと目を光らせている。わたしが、独身の第二王子殿下に対して、不埒ではしたない真似をしないように見張っているというわけね、お役目ご苦労様。
わたしの隣に腰を下ろすと、セイシェル様は耳元に口を寄せたので一瞬ドキリとする。唇が耳に触れそう。
「モーリアスは、西国の女王の三番目の夫として迎えられる事に決まったんだ」
「まあ、それは本当ですの。おめでたい話でございますね」
わたしは元婚約者の、モーリアス第三王子殿下の中性的に整った美しい顔を思い浮かべた。
確か西国の女王陛下は30半ばだったと思う。母と子ほどの歳の差があると言っても過言ではない。
まあ、彼なら上手く甘えて女王陛下に可愛がられるでしょうね。
わたしは口先だけの、心のこもらないお祝いの言葉を述べた。
「女王陛下には既に王配殿下、第二夫君が居られるし、後継たる王太子も王女もいらっしゃるから、モーリアスとの間に子は必要ないだろう。
まあ、いわば若い愛人というか刺激剤というか、そんな役割だろうな」
「それでも女王陛下の三番目のご夫君ともなれば、一生安泰で暮らせますわ。わたくしに再婚約を願わなくとも」
「彼は君の事が心底好きだったのだよ。とてもそんな態度には見えなかったかもしれないけどね。そこは信じてやってくれ。
ともかく真摯に謝って、それが君の心に響いて再び受け入れて貰えるような事があれば、婿入りを避けられると思い込んで必死だったのだろう」
その言葉にわたしはカチンと来た。
「それはまた、随分と西国の女王陛下をを舐めた態度でいらっしゃいますね。わたくしが我慢すれば解消出来るような契約を結ばされて、西国は大層な迷惑でしょう。国同士の決め事を守らないとは、これが万が一、戦に発展でもしてしまったら、その責任をどう取るおつもりなのかしら?
それに、真摯に謝ればわたくしの気持ちが変わると思ってらっしゃる、そういう所が問題だと思いますわ」
「確かにその通りだ。無神経な言葉を使ってしまった。西国にもマリアナ嬢に対しても、考え無しの無礼な発言だった。申し訳ない。
俺が謝って済む問題ではないが、改めて弟の不始末を謝罪させて欲しい。この度はドーヴァー公爵家と御息女マリアナ嬢に多大なるご迷惑をおかけした。誠に申し訳ない」
なんて事、わたしは無関係のセイシェル第二王子に頭を下げさせてしまったわ。先程までの幼馴染の気安い態度と打って変わり丁寧で真摯な謝罪だった。
「セイシェル殿下、貴方様には何の非もございません。王族がそう簡単に下々の者に頭を下げてはいけません」
「俺はもうじき王族ではなくなるのだが、許してくれてありがとう。
敬称は不要だ。昔みたいにシェル兄様と呼んでくれて構わないが、君の方が嫌な事を思い出しそうだね」
王家の三兄弟とわたしは幼馴染だ。母と王妃様が仲良しなのでしょっちゅう王城にお邪魔していた。
王太子殿下は少し年が離れているが、同い年のモーリアス様、ひとつ年上のセイシェル様とはよく一緒に過ごしたものだ。
セイシェル様のお母様は側妃様で、それもあっていつも控え目に目立たぬ様に過ごされていたけれど、何しろ子どもだったから、そういう複雑な事情はわからない。ひとつ年上の物知りで静かな少年の事を、シェル兄様と呼んで慕っていた。
だから、王家から婚約の打診があったとき、相手はセイシェル様だと思っていた。だってほら、そういうのは歳の順だと普通は思うでしょう。
金髪キラキラのモーリアス様は可愛らしく無邪気で眩しさに満ち溢れて、王子様を体現したような存在だけど、どうも考えなしの所がある。だから、セイシェル様はいつもモーリアス様のやらかしの尻拭いをさせられていた。時にはモーリアス様の代わりに怪我を負う事もあって、徐々に3人で交流する事が少なくなった。
セイシェル様がいなくてわたしはつまらなかったけれど、モーリアス様は機嫌が良かった。それでどうなったかと言うと、尻拭いの役割が大人の侍従に変わったので、モーリアス様は考えなしの我儘が言えなくなりました。どうせならもっと早くにそうすれば良かったのに。
セイシェル様は貴族学院に入る年に王位継承権を放棄すると宣言して、隣国に留学してしまったのだけど、それを知った時は本当に残念に思ったものだ。
それでもいずれ親族になるのだから、これからも会えるし相談も出来ると思っていたけれど、セイシェル様は戻っては来られなかった。
*
そんな事をつらつらと思い出していたら、声をかけられた。
そもそも今日は、弟君の失態を謝罪する為に来られたのだ。セイシェル様が謝る必要なんで全く無いというのに。
「そういえば君は留学から戻ってきたら、どうするつもりなのだ?ドーヴァー公爵は何と仰っている?」
「父はわたくしの好きにすると良いと申しております。曲がりなりにも王族の婚約者でしたので、この国で新しい婚約者を見つけるのはなかなか難しいと思いますわ。それに我が家は公爵家ですから、お相手は侯爵家以上をと、父は望んでいるでしょうし。
そうなればどうしても限られてしまいますけど、年齢の釣り合う方には既に婚約者がおられますからね」
「ふうむ。そんな弊害があるのか。隣国は俺の逗留先でもあるから、力になれるかもしれない」
「いえ、セイシェル様にご迷惑をおかけできませんわ」
ご友人を紹介してくださるつもりなのかもしれないけれど、それはそれで惨めになる。
「セイシェル様こそ、王族から抜けるとはどういうお話ですの?わたくし口は固いので誰に話しませんわよ」
「それは君が俺に興味があると受け取っても?あ、いや冗談だよ。
実は母の実家の爵位を受け継ぐ事になったんだ。だから逗留先を引き払い、領地へ赴く」
側妃様と言えば、元辺境伯令嬢。え、辺境伯になるの?
「伯父が現辺境伯だが嫡男が生まれなかった。従姉妹はいるんだが」
「でしたらセイシェル様が従姉妹様とご結婚されるという事なのでしょうか」
まさかの展開に驚いてしまう。いとこ同士の結婚は認められてはいるけれど、血が濃くなってしまう。
それに辺境伯令嬢と言えば、たしか婚約者様に溺愛されているのではなかったかしら。
わたしの様子がどこかおかしかったのか、セイシェル様は眩しそうに目を瞬いた。
「勘違いしているようだけど従姉妹と結婚するわけじゃない。俺が伯父の養子になる」
そうなのね、戻って来られるのね。
わたしが隣国へ留学を決めたのは、セイシェル様がいるからなのに。どうしていつもすれ違ってしまうのだろう。
*
わたしがすっかりしょげた顔をしていたのか、昔話を聞いて欲しいとセイシェル様は言った。
「モーリアスとの婚約の話だが、初めは君の婚約相手は俺だった。そこに横槍を入れたのが王妃殿下だ」
初めて聞く話だ。
子どもの頃のモーリアス様と言えば、何かとセイシェル様と張り合ってセイシェル様より優位に立とうとしていた。入ってはいけない部屋に忍び込もうと言い出したのはモーリアス様、止めたのに無理やり付き合わさせられた挙句叱られるのはセイシェル様。
モーリアス様はそれを悪い事とは思っていないから、小さな問題を繰り返していたのだったわ。セイシェル様はそれを黙って受け入れていた。
わたしは父に『モーリアス様が悪いのに、どうしてセイシェル様が怒られないといけないの?』と、その日の出来事を全て父に報告していたので、父には全てわかっていたのだと思う。
王妃殿下は、自分の息子ではないセイシェル様を少しだけ不遇な目に合わせても、何とも思わなかったのだろう。
「俺が不自然な怪我をする事があってそれに気がついた陛下が留学を勧めたんだ。
モーリアスはあんな性格だから自分から何か指示するわけじゃないし、良くも悪くも悪知恵なんて回りそうもないやつだ。
ところがあいつの取り巻き達が誰もいないところで俺を突き飛ばしたりしてね。姑息な奴らだったな」
つまりモーリアス様は、取り巻きがしている事も把握出来ていなかったお間抜けと言う事だ。すごくわかる。煌びやかな微笑みは観賞用としては最上だし、穏やかと言えば聞こえはいいが、物事を深く考えないタイプの人だ。
「臣籍降下してそのまま隣国で暮らしても良かったんだが、今回のモーリアスのやらかしで、王妃殿下が離宮に蟄居となり、側妃の母上が王妃代理として公務に関わる事になった。
兄上、いや王太子殿下からは、補佐として側にいて欲しいと頼まれたが、ちょうど辺境伯家の後継者問題があって、俺はいよいよ覚悟を決めないといけなくなったんだ」
「覚悟……」
「そう、覚悟だよ。ずっと好きだった女の子が、婚約解消されて傷心でいるところに、付けいる覚悟だ」
ハッとしてセイシェル様を見つめる。ずっと好きだった子って?
「王族から離れ辺境伯を継ぐにあたり、陛下から何か餞別はいらないかと聞かれたから、王妃の横槍で諦めた好きな子に、好きだと告げ婚約を申し込む権利が欲しいと言ってみた」
セイシェル様は微笑んだ。わたしは彼から目が離せない。
「元王族なんて嫌な思い出しかないかもしれないけど、マリアナ嬢の二度目の婚約の相手に次期辺境伯なんてどうかな?
まあまあ優良株だと思うんだが?」
「セイシェル様、それって…」
「子どもの頃からずっと好きだった。どうか俺の求婚を受け入れてくれないか」
少しだけ震える手を差し出したセイシェル様。
わたしは迷わず、彼の手を取った。
「もちろんお受けしますわ!嬉しい!わたしも、婚約者がセイシェル様だったら良かったのにと、ずっと思っていました」
「それは、自惚れでなければ君も俺の事を好いてくれていると?」
「ええ!お慕い申し上げております、シェル兄様」
*
その後、わたしに抱き着こうとしたセイシェル様を、侍従が止めた。彼はセイシェル様が先走った時に抑えるために目を光らせていたらしい。
帰宅した両親を前に改めて婚約が申し込まれ、わたしの意思を確認した父は満足げな顔をしていたが、
思い出したかのように
「で、留学はどうする?」と尋ねられた。
「留学は変更出来ないのだろうか。やっと君と婚約出来るというのに。愛しい婚約者と離れがたい」
「まあ、セイシェル様ったら。嬉しいお言葉ですが、留学といっても実は2ヶ月なのです。留学と言うのは建前で、単なる旅行?」
「それなら俺も付き添おう。隣国の見どころをたっぷり紹介出来る」
周囲の雑音を遮る為に作った口実なので問題はない。それならば早速陛下に婚約を認めてもらおうと、お父様は直ぐに行動してくれた。セイシェル様と連れ立って王宮に向かう姿はなんだか頼もしい。
というわけで、わたしの二度目の婚約は何の障害もなく、祝福されて整った、というお話。
お読みいただきありがとうございます。
特別な山も谷もない、マリアナの二度目の婚約のお話でした。
モーリアスは嫌々ながら女王の三番目の夫になりましたが、政治的に敵にならないと早々にわかった王配、第二父君から意地悪されることなく、王太子や王女とも兄弟妹のように仲良くなって、それなりに幸せになって結果オーライ。