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第6話 楽しみな高校生活 クレハ編

「まずは婚約解消が回避できて良かったです……」


 父と一緒にアークライト家を訪ねた日の夜。

 夕食を終え、寝る支度を整えた私……クレハ・フラウレンは、自室で一息ついていました。

 ベッドの上にはいますが、眠るような気分にはなれず、枕を抱きしめて座っています。


「けど、結局は言い合いになってしまいました……」


 最悪の状況は避けられましたが、前世と同様に、私とリュートくんはすぐに口喧嘩をする関係になってしまいました。

 以前のような仲睦まじい関係に戻れるのが理想ではありますが……リュートくんの前だとつい素直になれず、余計なことを言ってしまいます。


「前世の竜斗くんはガッチリした体格で頼もしい感じでしたが……リュートくんのすらっとしたかっこいい見た目でツンツンしているのも、正直ありですね」


 クレハ・フラウレンとして生まれてから一緒にいたリュート・アークライトについての記憶を振り返ると、いつも自分の隣で優しく支えてくれた、紳士的な男の子という印象が強いです。

 あの頃のリュートくんがどこかに消え去ってしまったわけではない……と思っています。

 紳士的な笑みを浮かべる姿とツンツンした姿、どちらもリュートくんであり竜斗くんなのですから。

 きっとあの笑顔は、好きな人に対してだけ向けられるものなんでしょう。

 ……それはつまり、今の私は好かれていないという意味なのですが。


「笑顔が見られないのは残念ですが……それでも私、リュートくんのことが好きです」

「あら、クレハちゃん。あの方と喧嘩でもしたの?」

「ひゃい!?」


 不意に横から声をかけられて、変な声が出てしまいました。

 いつの間にか、クラリスお姉さまが隣に座っていました。

 フラウレン家には五人の兄弟姉妹がおり、クラリスお姉さまは四女です。

 私より三歳年上で、先日高等部を卒業しました。


「クラリスお姉さま……いつの間にいらっしゃったのですか」

「うーん、さっき? 遊びに来たけど返事がなかったから勝手に入ったら、クレハちゃんが面白そうにしてたから黙って見ていたの」

「もうっ……お姉さまは人が悪いです」


 恥ずかしい独り言を聞かれてしまいました……。


「ごめんごめん。私クレハちゃんに嫌われたら泣いちゃうから、許してー」


 悪戯っぽい声を上げながら、クラリスお姉さまは私に抱きついてきます。

 お姉さまやお兄さまは末っ子の私をかわいがってくれるのですが、たまに度が過ぎていると感じる時があります。

 前世では一人っ子だったので、普通のきょうだいがどんな接し方をしているのかは分かりませんが……。


「別に、許すも何もないです。怒ってはいませんから」

「そう? 良かったー……クレハちゃん、お姉ちゃんに甘いから好きー」

「でも、くっつくのはやめてください」

「うぅ……分かった」


 泣く泣く、といった様子でクラリスお姉さまは私から離れます。


「それはさておきクレハちゃん。お姉ちゃんの予感が正しければ、貴女は恋の悩みを抱えているでしょう」 

「……ええ、まあ」


 私は渋々うなずきました。

 予感も何も、こっそり部屋に入ってきて私の独り言を聞いていたのですから、大体のことは把握していて当然です。


「そういうことなら! 人生の先輩であるお姉ちゃんが、お悩み相談に乗ってあげるよ?」


 クラリスお姉さまは、妹の恋愛話に興味津々といった様子です。

 面白がられるのは不本意ですが、お姉さまは長年の間恋人でもあった婚約者と晴れて今年の夏に結婚する予定です。

 恋愛における先輩として何か参考になるかもしれません。


「……では、お言葉に甘えて」 

「わーい、聞かせて聞かせてー」


 また抱きつこうとするクラリスお姉さまを引き剥がして、私は説明を始めます。

 些細なことがきっかけでリュートくんと喧嘩をしたこと、それがきっかけで婚約解消されるかもしれないと思ったこと、でも結局婚約関係は継続すると約束したこと。

 微妙に関係が拗れてすぐ口喧嘩するようになってしまった……などと、前世の記憶について以外はほとんど全てを話しました。


「二人ともかわいいなー……うんうん、あれだけいつも一緒にいたら、反動で照れ臭くなって素直になれないことだってあるよね」

「厳密に言うとそういう話ではないのですが……」

 

 私自身の気持ちはともかく、リュートくんが好意を向けてくれているかは別の話です。


「クレハちゃん。素直になれないからって、リュート殿と距離を取ってしまうのはだめだからね」

「それは……私も本意ではないです」

「うんうん、そうよね」

「素直になれないけど距離を取りたくない場合、どうすれば良いのでしょう……」

「春から高等部に進学にしたら、一緒にいる機会も必然的に増えるとは思うけど……やっぱり、見た目からアピールするのが一番ね」

「見た目ですか」

「もっとも……高等部は制服だから、今までみたいに彼の瞳の色のドレスを着るのは難しいわね」

「私はそれで問題ありません。あまり露骨なのは恥ずかしいですし」

「だめよそんな調子じゃ!」


 勢いよく、クラリスお姉さまがにじり寄ってきました。


「あの人、公爵家の後継ぎとして優秀な人間で顔も良いから、隙を見せたら他の女に取られちゃうんだから」

「そ、それは困ります……!」

「だからクレハちゃんは、「この人は自分のものだぞー」って主張していかないと」

「リュートくんは、ものではありません」

「ハイハイ、ごちそうさまです」 


 正しいことを言ったつもりだったのですが、何故かニヤニヤした顔でクラリスお姉さまは頭を撫でてきました。


「とにかく、ドレスを着られないならそれ以外で主張すれば良いの」

「それ以外とは?」

「例えば、リボンとか。他にも装飾品なんかで、彼の瞳と同じ翡翠色を選ぶのがおすすめよ」

「そうですか……? お姉さまがそこまで言うなら、仕方ないですね。やってみます」


 この前翡翠色のドレスを着てリュートくんと会った時「他に色がなかったから仕方なく」などといった手前、同じ色の装飾品を着けるのは恥ずかしいですが……。

 お姉さまから強く勧められた以上、他に手はありません。


「うんうん、仕方ないよねー」


 クラリスお姉さまの生温かい視線が気になりますが……なんだかんだで、良い知恵をいただきました。

 リュートくんには婚約関係を維持したい理由を素直に説明できず、現状は政略結婚のような関係になってしまいました。

 だとしても、高等部での学園生活の中で、竜斗くんの記憶を思い出したリュートくんとも改めて仲良くなれば良いのです。

 まずは素直になることを目指して、あわよくば恋人に……。


「ふふっ……そう考えると、新学期が楽しみです」


 高等部でのリュートくんとの生活に思いを馳せると、胸が高鳴ってきました。


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