表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/33

第5話 楽しみな高校生活 リュート編

「とりあえず、婚約解消が回避できて良かった」


 クレハがフラウレン侯爵とともに帰った後、夜。

 夕食を終え、寝る支度を整えた俺は、自室で一息ついていた。

 読書机の前に座っているが、本を読む気分にはなれない。


「けど、結局言い合いになったな……」


 最悪の状況は避けられたけど、前世と同様に俺とクレハはすぐに口喧嘩をする関係になってしまった。

 以前のような仲睦まじい関係に戻れるのが理想ではあるけど、クレハの前だとつい素直になれずに言い返してしまう。


「前世の紅羽は黒髪美少女って感じだったけど、クレハの姿でツンツンしているのも……ギャップがあって良いな」


 リュート・アークライトとして生まれてから一緒にいたクレハ・フラウレンについての記憶を振り返ると、いつも自分の近くで柔和な笑みを浮かべていた、優しい女の子という印象が強い。

 あの頃のクレハがどこかに消え去ってしまったわけではない……と思いたい。

 優しい笑みを浮かべる姿とツンツンした姿、どちらもクレハであり紅羽なのだ。

 きっとあの笑顔は、好きな人に対してだけ向けられるものなんだろう。

  ……それはつまり、今の私は好かれていないって意味なんだけど。


「クレハの笑顔が見られないのは残念だけど……これから改めて関係を築いていけば良いよな」

「おや、喧嘩でもされたのですか」


 不意に、後ろから声をかけられる。

 メイドのネリーがお盆を持って立っていた。

 お茶を持ってきてくれたようだ。


「ネリー……いつの間に」

「ノックをしてもお返事がありませんでしたので、一言断ってから入ったのですが……どうやら考え事に夢中になっておられたようですね」


 ネリーは机にカップを置いてから、表情の読めない顔でそんなことを言う。


「ありがとう。考え事か……まあ、そんなところだ」

「クレハ様との関係は良好かと思っておりましたが、たまにはこういうこともあるのですね」

「人が悩んでるのに、呑気な言い方だなあ……」


 淡々と言うネリーに、俺は愚痴っぽく呟く。

 俺とネリーは主従ではあるが付き合いが長く、ちょっとした軽口を言い合えるくらいの関係だ。


「正直、リュート様が恋の悩みを抱える日が来るとは思いませんでした」

「恋の悩みって言われると少し恥ずかしいけど……まあ、合ってるか」

「クレハ様と何かあったのですか? 私でよろしければ、お聞きしますが」


 そう言うネリーは、相変わらず無表情だ。

 幼い頃から彼女の世話になってきた俺にとって、ネリーは家族同様の存在ではある。

 悩み事だって話せるくらい信頼はしているけど、いつも無表情なネリーに感情の機微が分かるのか……?


「ネリーって、恋愛経験とかあるの?」

「ええ。将来を誓い合った恋人がおります」

「え、そうだったの!? どこの誰だ」


 姉同然の存在が惚れた相手というのが誰か、実に気になる。


「名前はニールと言って、この屋敷で警備兵をしています」

「ああ、あいつか……」


 門番をしているので、よく見かける。ネリーと同年代くらいの男だったはず。

 ネリーの話も掘り下げたいけど、今は自分の悩みが優先だ。 


「そういうことなら、分かった。恋愛の先輩として相談させてくれ」

「はい、喜んで」


 小さくうなずいたネリーに対して、俺は説明を始めた。

 些細なことがきっかけでクレハと喧嘩をしたこと、それがきっかけで婚約解消されるかもしれないと思ったこと、でも結局婚約関係は継続すると約束したこと。

 微妙に関係が拗れてすぐ口喧嘩するようになってしまった……などと、前世の記憶について以外はほとんど全てを話した。 


「ははーん、惚気ですか」

「いや、どうしてそうなるんだ。こっちは真剣に悩みを相談しているんだが」


 それもだけど、ははーんって。

 ネリーがそんな砕けた口調で話しているところは、流石に初めて見た。


「なんだかんだとおっしゃっていますが、結局クレハ様のことがお好きなのでしょう」

「その通りではあるけど……問題はクレハの気持ちだろう」

「お話を聞いた限りでは、その点についても問題ないかと」

「本当に問題ないなら嬉しいけど、何を根拠に言ってるんだ」

「とにかく、お二人も多感な時期ですから。痴話喧嘩をすることだってあるでしょう。こういうものは、時間が解決してくれます」


 ネリーは太鼓判を押してくれるが、細かい説明はしてくれない。


「時間が解決してくれるって言ってもなあ……取り急ぎ、今はどうしたらいいんだ」

「春からリュート様が高等部に進学されたら、三年間はこの屋敷を離れて寮で暮らすことになります。学生生活の中で、一緒に過ごす機会も増えるでしょう」

「確かに……その中でまた仲良くなればいいってことか」

「はい、そういうことです」


 クレハは家のために婚約関係を維持すると言っていたので、現状は政略結婚のような関係になってしまった。

 だとしても、高等部での学園生活の中で、紅羽の記憶を思い出したクレハとも改めて仲良くなればいい。

 まずは素直になることを目指して、ゆくゆくは恋人に……。


「……そう考えると、新学期が楽しみになってきたな」


 心躍らせる俺の横で、ネリーの表情は動いていなかったが、少しだけ笑っているように見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ