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第4話 数日後、再会する二人

 打つ手がないまま悶々としていた俺だったが、すぐに再会の時がやってきた。

 三日ほどたったある日、クレハが父親のフラウレン侯爵に連れられて、アークライト家の屋敷を尋ねてきたのだ。


「よく来たなフラウレン侯爵!」

「こちらこそ出迎え感謝いたしますぞ、アークライト公爵」


 屋敷のエントランスにて、父親同士が挨拶を交わしあう。

 クレハは父の用事のついでに同行したらしい。

 婚約者の来訪とあって、俺も父であるアークライト公爵とともに客人を出迎えている。


「久しぶりだな、リュート殿。クレハとは仲良くしてくれているかね」

「え、ええ。それはもちろん」


 先日、お互いに前世の記憶が蘇ったと打ち明けた際のことを思い出し、俺はやや言葉を詰まらせたけど、なるべく平静を装う。

 フラウレン侯爵……俺にとっての将来の義父は、異変に気付く様子はなかった。


「はは、そうであろうな。私がアークライトの屋敷を訪ねる予定があると、クレハは必ず同行したがるのだから。今日も――」

「お、お父様、おやめください……!」

「ふむ。娘の色恋に口出しするのは野暮であったな。クレハは末娘だから、親から見てもかわいくて堪らんのだ」

「も、もう……公爵やリュートくんの前ですよ」


 親バカ気質なフラウレン侯爵が、クレハにたしなめられる。

 俺からすると、クレハの照れ顔を引き出してくれたので感謝だ。

 今日のクレハは長い亜麻色の髪を少し編み込んでいて、とてもかわいらしい……なんて見惚れている場合じゃなかった。

 クレハが前世の記憶を思い出した今、俺は婚約解消の危機にあると言っても過言ではないからな。

 ここは思い切って行動あるのみだ。


「侯爵。ちょっとクレハと二人で話したいのですが、よろしいですか?」

「もちろんだとも。そのために娘を連れてきたのだから。なあクレハ?」

「はい。私もぜひリュートくんと二人で話したいと思っていたところで……っ!?」


 クレハは何気なく答えようとして、途中で口を閉じた。

 その言い方だとまるで、クレハが俺と二人きりになりたくて堪らなかったみたいに聞こえるんだけど……これはその通りに受け取ってもいいんだろうか。

 本人がもどかしそうな表情をしているのを見ると余計にそうなのではないかと勘繰ってしまうけど、過度な期待はやめよう。


「はは、そうかそうか。若い二人をいつまでもこんなところで立ち話させてしまって悪かった。ではアークライト公爵、我々も仕事の話に取り掛かるとしましょう」

「そうだな。フラウレン侯爵は私が執務室に案内しよう。用が済むまで数時間はかかるだろうから、クレハ殿はそれまでリュートとくつろいでいてくれ」


 父たちも、俺と同様に解釈したらしい。

 フラウレン侯爵が仕事の話を切り出すと、アークライト公爵……俺の父も同意した。

 その上で、屋敷の主人としてクレハへの配慮を欠かさない。


「あ、ありがとうございます……アークライト公爵」


 色々言いたいことがありそうな顔をしていたクレハだったが、もてなしを受けた手前、礼を言うしかない様子だった。


「では、若い二人のことは当人たちに任せて、我々は一足先に行くとしよう」

「そうですな」


 父たちは俺とクレハのことを微笑ましげに一瞥してから、執務室の方へと向かって行った。

 婚約者だから当然と言えばその通りだけど、俺たちはお互いの親公認のカップルだ。

 どちらも王国で強い影響力を持つ貴族なので、政略結婚的な意味合いも少なからずあるが、この婚約話は当人同士が幼い頃から仲睦まじかったからこそ持ち上がった。

 なので親たちは、俺とクレハが当然仲が良いものだと認識している。

 前世の記憶のことなど、露知らずに。


「リュートくん」


 名前を呼ばれて、俺はクレハの方を振り返る。

 そこには、親たちに翻弄されて少し疲れた様子の婚約者がいた。


「どこか、座れる場所に行こうか」


 俺がそう言うと、クレハはこくんと小さくうなずいた。



 俺とクレハは、屋敷にいくつもある応接室の中の一つに移動した。

 俺が適当なソファに座ると、何故かクレハがすぐ隣に腰を下ろした。


「く、クレハ……?」

「あ、つい……今までの癖で隣に座ってしまいました……」


 俺が戸惑いの声をあげると、クレハはあたふたと慌てて立ち上がり、向かい側に改めて座る。

 確かに、以前までの俺たちは、プライベートな場だと対面ではなく隣同士で座ることも多かった。

 とはいえ今は、前世の記憶があると認識している状態だ。

 あまりに自然と近い距離感に入ってきたから、少し驚いてしまった。

 

(やっぱり、紅羽はクレハなんだな……)


 前世の記憶が蘇っても、リュート・アークライトとクレハ・フラウレンとして生きてきた15年間がなかったことになるわけではない。

 先ほどのクレハの振る舞いなんて、その象徴のようなものだ。

 前世の記憶があろうと関係ない。

 これまで通り、クレハと向き合うべきだ。

 改めて、俺はクレハを見つめる。


「今日の髪型、よく似合ってるな」

「そ、そうですか……? アークライトのお屋敷に行くと言ったら、姉が編んでくれたのです」

「へえ、そうだったのか。ドレスの方も、よく似合って……」


 ふと、クレハの着る翡翠色のドレスを見て思う。

 翡翠色とは、クレハの婚約者……つまりは俺の瞳の色だ。

 昔から彼女は、好んで翡翠色のドレスを着用していた。

 この国では、異性の瞳の色と同じ色のドレスや装飾品を見に纏うのは、相手に対する好意の証明だ、なんて文化がある。

 前世の記憶を思い出した上でなお、同じ色のドレスを着てくれているってことは。

 婚約解消する気はないという意思表示なのかもしれない。


「……今日も、翡翠色のドレスを着てくれているんだな」

「こ、これは……! もともと私はこの色のドレスしか持ってませんでしたから……前世のことを思い出して数日では、違う色のドレスを用意できなかっただけです! 他に意味はないんですからねっ」

「そ、そうか……」


 俺の指摘に対し、クレハは必死に否定してきた。

 心の中にあった淡い期待が、へし折られる。 


(あー、この感じ……種崎紅羽っぽい)


 俺が何かひとつ言ったら、三つくらいの言葉で否定してくる。

 これまでのクレハ・フラウレンにはなかった反応だ。

 やはり、彼女が種崎紅羽であることもまた、事実なのだと俺は実感する。

 これまでの十数年間、何も知らずにクレハといちゃいちゃ仲睦まじく過ごしてきたあれこれが、実は前世で喧嘩ばかりしていたクラスメイトとの出来事でもあった。

 そう考えると、途端に恥ずかしくなってきた。 

 相手が自分に対して好意を抱いていないどころか、疎ましく思っていそうな気配を感じると、余計に。


「……これはもう、ダメかもしれないな」

「婚約破棄は駄目です……私は絶対いやですから!」


 つい、俺の口から弱気な発言が溢れた次の瞬間。

 クレハがソファから身を乗り出して、大きな声を発した。

 まるで、俺が二人の関係を諦めようとしたのを察して、慌てて止めようとするかのような反応だ。

 ……もしかして、まだ脈ありか?

 ここは思い切って聞いてみよう。


「なあクレハ。それってつまり、俺との関係を悪くは思っていないって意味で良いのか?」

「へ……? あ、えっと……そうではなく! あくまでも、両家の関係のためです!」

「両家の関係……」

「はい。今になって前世の記憶が蘇った結果、私たちの思いが変わったとしても……いきなり婚約解消を申し出たら両家の関係に傷がつきます。フラウレン家とアークライト家の関係が悪化するのは、私たちにとっても、この国にとっても望ましくないはずです」


 俺が一つ尋ねたら何個も言葉を返してくるあたりは種崎紅羽らしいが、貴族としての責任を語る様は、クレハ・フラウレンらしい。

 どちらにせよ、彼女の言っていることには納得はできた。


「……確かに。アークライト家はこの国の宰相で、フラウレン家は財務大臣だからな。良好な関係を気付いていた方が、都合がいいだろう」

「その通りです。過去がどうであろうと、今の私たちは貴族ですから。その責任は果たすべきです」


 もっともらしく、クレハは語る。


「分かった。とにかく、俺たちは今まで通り婚約者ということで」

「はい、そういうことでよろしくお願いします」


 よし。

 何はともあれ、クレハとこれからも婚約者であり続けることができると、言質が取れた。

 ……まずい。ニヤニヤが抑えきれなくなりそうだ。

 頬がヒクヒクと動いているのが自分でも分かる。

 バレていないかと思ってクレハの方を見たら、なんとも言い難い表情をしていた。

 クレハの柔らかそうな……というか過去に触った時は実際に柔らかかった頬が、小刻みに動いている。

 

(あれはどういう感情なんだ……?)


 じっと見つめようとしたら、クレハがそっぽを向いた。


「……どうして目を逸らすんだ」

「べ、別にいいでしょう。それよりも!」


 クレハが再び俺の方を見て、露骨に話を逸らしてきた。


「さっきのリュートくんの発言はなんですか。『俺との関係を悪くは思っていないって意味で良いのか?』って。まさか脈ありかも……って期待しちゃったんですか?」


 からかうような、クレハの問い。

 ……ああそうか。やはり彼女はクレハではあるが、紅羽なのだ。

 前世ではこんな調子で、よく煽られていた。

 前言撤回。これまで通りのクレハと同じように接するのは不可能だ。


「クレハだって『私は絶対いやですから!』って、どうしても婚約者でいたいかのような口ぶりだったぞ」

「なっ……! それは誇張しすぎです! 第一、その件については先ほど説明したでしょう」


 そこから先は、売り言葉に買い言葉。

 俺たちはメイドのネリーがお茶を持ってくるまでの間、言い合いを続けていた。

 何はともあれ、婚約解消という最大の危機を回避することができたので、良しとしよう。


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