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第29話 お見舞いに来た婚約者は魔がさす

 アークライト家を訪ねた翌日。

 リュートくんが風邪をひきました。


「私が看病いたしましょう。リュート様の専属メイドですから」


 今日はネリーさんが学園に来ています。

 特選クラスに属する貴族出身の学生たちに、メイドとしての流儀を教えるためにやってきました。

 私とネリーさんは、学園内にある来客用の応接室で話しています。


「いえ、ネリーさんには学生たちに礼儀作法の指導がありますから、そちらを優先してください」

「主よりも優先することなどございません」

「その主からの依頼なのですから、役目を果たすべきです」

「それは……おっしゃるとおりです」


 ネリーさんは納得した様子で引き下がりました。


「専属のメイドであるネリーさんの手が空いていない以上、ここは私が代わりに看病をしてきます」

「ああ……そういうことでしたか」

 

 いつも無表情のネリーさんがじっと私を見てきます。

 この人と目を合わせると、心を見透かされているような気分になります。


「きっとリュート様もお喜びになるでしょう」

「べ、別にリュートくんを喜ばせたいわけでは……」


 そう、これはあくまでも婚約者としての義務を果たすためです!

 ……なんて、意地を張っているから一向に関係が進展しないことくらい、私にも分かっているんですけどね。

 でも、実行委員の仕事はどうしましょう。

 リュートくんは風邪で寝込んでいて、私がその看病をしていたら、誰もいなくなってしまいます。

 ……仕方ありません。

 今日だけフレデリカさんに代役をお願いしましょう。

 そうして私はリュートくんの看病をすることになりました。



 昼休み、私はお手製のおかゆを携えてリュートくんのいる医務室に行きました。

 風邪をひいているせいか、リュートくんはいつもより弱々しい感じで、甘えるように積極的なスキンシップを計ってきました。

 いつもと違って変な気分でしたが……あれはあれでありです。

 熱で火照っているリュートくんも、かっこよかったと思います。

 でも胸がドキドキと高鳴りすぎて、本当は一日中看病する予定だったのに逃げ出してしまいました。

 これでは看病というよりお見舞いです。

 そんなわけで、気を取り直して放課後。

 私はリュートくんに宣言した通り、また会いにきました。

 今度はおかゆではなくリンゴを持参しています。


「リュートくん、また来ましたよ」


 私はベッドを囲うカーテンをどけて、リュートくんの顔を見ます。


「あ」


 リュートくんは眠っていました。

 昼休みに様子を見に来た時よりは、落ち着いた様子です。


「今の内に、皮を剥いておきますか」


 私はベッドの横に置かれた椅子に座ります。

 寮の厨房から調達してきたリンゴとナイフを手に取って、皮を剥き始めます。

 厨房の人たちは、初めの頃は「貴族のご令嬢が刃物を扱うなんて」と私を止めてきました。

 最近では、毎日のようにリュートくんのお弁当を作っている内に厨房の人たちと親しくなったおかげで、厨房の食材や道具を自由に使わせてくれます。


「せっかくなので、ウサギ型に切ってみましょうか……」


 私はリュートくんを起こさないよう、小声で独り言を呟きながら、小型のウサギを量産します。

 

「ふぅ……我ながら、少し張り切りすぎてしまいました」


 リンゴを余さずウサギ型にしたところで、一息つきます。

 せっかくなので、一口リンゴをつまみ食いしましょう。


「甘くて瑞々しいですね……これならリュートくんも美味しく食べられそうです」


 かじったリンゴを一度皿に置いてから、私は今も眠るリュートくんをちらりと見て、あることを思いました。


「ふむ……これがリュートくんの寝顔ですか」


 この前、デート中に眠ってしまった際はリュートくんに寝顔を好き放題見られてしまいました。

 なので今度は私が見つめて堪能する番です。


「そう言えば、最近はリュートくんの顔をじっくり見る機会が減った気がします」


 前世の記憶が蘇ってからは、恥ずかしさのあまりリュートくんの顔を直視できないことが多かったです。

 ……いつの間にか、少し大人っぽい顔つきになりつつある気がします。


「……」


 もっと、近くで見たい。

 そう思った私は、少しずつリュートくんの顔に、自分の顔を近づけていきます。

 見れば見るほど、私好みの顔をしていますね、この人。

 しかも無防備かつ気持ちよさそうに眠っています。


「無防備……」


 私の頭に、ふとよからぬ考えが頭をよぎります。

 今なら、何をしてもリュートくんに知られることはないのでは。

 魔がさした、とでも表現したらいいのでしょうか。

 気づいた時には、私はリュートくんの唇に、自らの唇を触れ合わせていました。


「……クレハ?」


 キスをして、離れようとしたその時。

 リュートくんが目を覚ましました。


「リュートくん!? あ、えっと」


 こ、これはまさか、キスをしたことがバレた……!?

 普通、こんな至近距離まで顔を近づけたりしませんし……いや。

 まだごまかせるはず。

 私はとっさに、自分の額をリュートくんの額に合わせました。

 そう、私はあくまでもリュートくんの熱を計るために顔を近づけたのだと主張するために。


「お、おい?」

「さっきよりも、だいぶ熱が下がったようですね。これなら、明日には回復しているでしょう」

「それは……よかった」

「私は寝込んでいるリュートくんの分まで実行委員の仕事を頑張ってきますので、それでは!」


 とはいえ、言い逃れするのは苦しいでしょう。

 リュートくんがまだ寝起きで戸惑っている間に、私は逃げ出しました。

 病室を出てから、私は思います。


「でも……もしリュートくんに勘付かれていたなら、チャンスかもしれません」


 ある意味、私の気持ちをリュートくんに示せたという見方もできます。

 もしかしたら、私の好意に気づいたリュートくんが何かしら行動を起こしてくれるかもしれません。

 我ながら虫のいい話ではありますが……私は少しだけ、そんな期待を胸に抱くのでした。


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