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第27話 リュート・アークライトは風邪をひく

 王女であるアリアの婚約お披露目パーティーで、職場体験の一環として裏方を務めることになった。

 裏方と言っても何をやるのか。

 パーティー会場での給仕、案内などの雑用が主な役割だ。

 重要な仕事は、普段から王宮に勤務する人間が担当して、代わりが効く部分は学生が受け持つことになっているらしい。

 放課後、学園内の、空き教室にて。

 俺とクレハは、実行委員としてクラスメイトたちにどの業務を割り振るか考えていた。

 

「基本的には、なるべく希望を聞く形がいいかと思います」

「まあ、それが無難だろうな」


 納得しながら、俺は改めて学生に任された役割が記載されたリストを確認する。


「待て、なんだこの仕事は」

「……? どうしましたか」

「アリア様のお世話役……なんてポジションがあるんだが」

「な、なるほど……」


 俺がリストを指さした先に書いてある文字を見て、クレハも苦笑する。


「こんな重要な役割まで学生に任せるのはどうなんだ……」

「国王陛下はいささか奇抜な発想の持ち主として知られていますから、何か手を回したのかもしれません」


 確かに、中世か近世っぽい文明水準の割に平民にも広く門戸を開いた学園を運営したり、やけに水道周りのインフラを発達させることに重きを置いていたりと、とてもこの世界の人間とは思えない発想の持ち主ではある。


「なんにせよ、この仕事は女子生徒限定らしい。まあ、婚約を控えたアリアの近くに、得体の知れない男を近づけるのはさすがにまずいからな」

「ふふっ、そうですね」


 クレハがうなずきながら、くすくすと笑っている。


「なんで笑ってるんだ?」

「いえ、リュートくんがアリア様の本当のお兄さんみたいに振る舞うのがおもしろくて」

「前から言ってるだろ。アリアは俺の妹みたいな存在だって」

「確かにアリア様はかわいいですからね。私にとっても妹のような存在です」


 相変わらず、クレハは楽しそうだ。

 昔から自分に懐いていたアリアが婚約するというのは、嬉しいような寂しいような。

 めでたいことだから祝うべきなのは分かっているけど、手放しで喜べない複雑な心境だ。


「アリアのお世話役はクレハに任せてもいいか? 一応枠は二つあるみたいだから、もう一人信頼できる女子を探してくれ」

「となると、フレデリカさんにお願いすることになるそうですね」

「決まりだな」

「でもお世話役って何をするんでしょう」

「さあ? 遊び相手とかじゃないか? ちゃんとしたお目付け役や侍女は専属の人がいるだろうし」

「ふむ……まあ、私はアリア様と気軽に楽しく過ごしておきます」


 やけにアリアと仲良くなったクレハは、おいしい仕事にありつけたと考えているようだ。


(少し気がかりなことはあるけど……クレハよりも信頼できる人間がいない以上、任せるしかないよな)


 最近、アリアの周囲には不穏な影がちらついている。

 だからアリアの近くにいる役割というのは、いささか危険を伴う可能性がある。

 ……俺の杞憂だったら、それでいいんだけどな。

 しかし、万が一に備えておくに越したことはないだろう。 


○ 


 実行委員としての役割を円滑にこなしていた俺たちは、アークライト家に赴くことになった。

 つまりは俺の実家だ。

 理由は、礼儀作法を指導する先生を確保するためだ。 

 俺たちの所属は特選クラスなので、高位貴族出身の連中が多い。

 クラスメイトたちの多くは貴族としての礼儀作法は身につけていても、人に仕える側としての立ち振る舞いは知らない学生が多い。

 そんなわけで、俺とクレハは指導役に適任な人物に会うため、王都のアークライト邸に帰ってきた。

 高等部に入学して以来、数ヶ月ぶりの実家だ。

 屋敷に数ある応接室の一つで、俺とクレハはとある人物を待っている。


「お帰りなさいませ、リュート様。お久しぶりでございます、クレハ様」


 程なくして、目的の人物がやってきた。

 俺の専属メイドのネリーだ。


「ああ、ただいま」

「お久しぶりです、ネリーさん」


 俺とクレハは口々に挨拶する。


「本日は私に用件があるとのことでしたが」

「ああ。さっそくだけど、ネリーに頼みたいことがあるんだ」

「はい、なんなりとお申し付けください」


 まだ何かを頼む前から、ネリーは恭しく頭を下げた。

 

「ネリーには、俺と同じクラスの連中に、使用人としての礼儀作法を教える講師をやってほしいんだ」

「使用人としての礼儀作法……ですか。リュート様のクラスは、高位貴族の方が多く在籍されているはずですが」

「だからこそ、だ」

「と、おっしゃいますと」

「もうすぐ学園の行事で職場体験があって、俺のクラスは王宮で開かれるパーティーの手伝いをするんだけど……勝手が分からない連中が大多数だから、ネリーの手を借りたいと思って」

「そういうことでしたら、喜んで」


 ネリーは再び一礼した。


「屋敷の仕事が忙しかったら、断ってくれてもいいんだぞ」

「いえ、むしろ最近は比較的手が空いておりました。私はリュート様の専属ですので」

「それもそうか」


 普段世話をしている相手が不在だったら、当然仕事は減るだろうな。 


「無論、いつリュート様がお戻りになられても問題ないよう、お部屋は常に清潔に保っております」

「さすがだな」

「この程度は当然です」


 ネリーは無表情で謙遜する。

 彼女は俺が相手だと言い返してきたり、メイドの域を超えた注意をしてくる時がある。

 そうした発言はネリーと俺との間に信頼関係があってこそだ。

 俺の父や客人などを相手にしたら完璧な振る舞いを見せるので、講師として適任だろう。


「じゃあ、明日からよろしく頼む」

「はい、お任せください」


 ネリーの返事を聞くと、俺はクレハの方を見た。


「クレハ、悪いけど少しここで待っていてくれるか? ちょっとネリーに用事があって」

「……? ええ、構いませんよ」

  

 快くクレハから返事を受けて、俺はネリーを伴って近くの別室に移った。




「ネリー、例のあれの用意を進めてほしい」

「それは……最近、調査を依頼された件と関係が?」

「ああ、そんなところだ」


 ネリーの疑問に対して、俺はうなずく。

 実は最近、アリアの周囲で不穏な動きがあった件について、俺はネリーを通じてアークライト家の方で調査するよう指示していた。


「事情は察しますが……持ち出すことに関して、当主様の許可は取らなくてもいいのですか?」

「あれの扱いは俺自身に委ねられているから、その点は問題ない」

「では、やっとその気になったということですか。クレハ様と仲直りできたようで何よりです」


 ネリーに用意させようとしている品は、アークライト家の人間が特別な相手に渡す物だ。

 それを分かった上で、ネリーは小言のようなことを口にしている。


「……とにかく、手配を頼む」

「かしこまりました。礼儀作法の指導の件で学園に伺う際にお渡しできるよう進めます」

「ああ、よろしく」

「調査の方は、当主様と王宮が本格的に動いているようなので心配ないかと思いますが、いかがいたしましょう」

「そうだな……引き続き、情報の共有は頼む」


 俺がそう指示すると、ネリーは一礼した。




 用件を済ませた俺とネリーは、クレハが待つ部屋に戻った。


「さて、用が済んだし学園に戻ろうか」

「もう戻るのですか? せっかくお家に帰ってきたんですから、少しはのんびりしてもいいんですよ?」

「そうしたいのは山々だけど、寮の門限があるからな」

「言われてみればそうでした……」


 俺の言葉に、クレハは苦笑する。


「では、帰りの馬車を手配いたします」

「あ、待ってください」


 部屋を出ようとするネリーを、クレハが呼び止めた。


「この時間なら、学園まで歩いても門限には間に合いますよね?」


 クレハが上目遣いで俺の方を見てくる。

 ……これはもしかして、一緒に歩いて帰りたいって意味だろうか。


「せっかくだし、歩いて帰ろうか」

「はい……!」


 クレハは嬉しそうにうなずいた。

 ……俺の婚約者がかつてなく素直でかわいい。

 俺が軽く感動していると、何やら視線を感じた。

 ネリーがじっとこちらを見ている。

 彼女の口元が、微かに緩んでいるように見えた。

 


 帰り道。

 ひょっとしたら、いい感じの雰囲気でいちゃいちゃしながら学園まで歩くのかなと思っていたら。

 急に雨が降ってきた。

 俺はクレハが濡れないように制服を彼女の頭に被せて、駆け足で帰る。

 ずぶ濡れになりながら、大慌てで学園までたどり着いた。


「やれやれ……前にもこんなことがあったよな」


 校舎の前。

 俺とクレハは屋根の下で一息ついている。


「前? あ、前世の話ですか。あの時は確か、私の家でシャワーを浴びたんでしたっけ」

「今回は……寮の部屋でシャワーを浴びれば済むか」

「どちらかの部屋に行く必要は……なさそうですね」


 クレハはそう言って、俺に制服を返してきた。


「ありがとうございました。風邪をひかないように、早めに体を温めてくださいね?」


 クレハがお礼を言いながら、心配してくれる。

 前世の記憶を思い出した頃、口喧嘩ばかりしていたことを考えるとかなりの進歩だ。


「クレハこそ、風邪をひかないように気をつけてくれ」

「はい、それでは」


 クレハは一足先に女子寮へと帰っていった。

 その後ろ姿を見送っていた、その時。

 俺の口から、くしゃみが出た。

 ……少し、肌寒い気がする。


 翌日、俺は風邪をひいた。


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