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第26話 一晩明けて様子がおかしい婚約者たち

 寮の部屋で突発的なお泊まり会をした翌日の昼休み。 

 俺は食堂に来ていた。

 昨日、クレハは俺の部屋に泊まっていたので、朝弁当を作る時間がなかったからだ。

 そんなわけで、俺はクレハとテレンス、フレデリカの四人で食堂のテーブル席に座っている。


「思えば、リュートくんと食堂に来たのは高等部に入ってから初めてかもしれませんね」

「言われてみればそうだな」


 俺は隣に座るクレハを見てうなずく。

 今日のクレハは、魚料理を食べている。ソテーだろうか。

 食堂では一流料理人の手掛けたランチが食べられるので、どれも美味しそうに見える。

 俺は肉料理にしたけど、魚料理もアリだったかもしれない。


「……一口食べますか?」


 クレハがフォークに魚を一切れ刺して、俺の方に差し出してきた。

 ……そんなに物欲しそうに見えたんだろうか。


「じゃあ、せっかくだから」


 俺は遠慮なく差し出された魚料理を口にする。


「やっぱりこれも美味いな」

 

 あ、食べてから気づいた。

 これって間接キス的なやつでは。

 あまりにも自然に差し出されたので、何も考えずに食いついてしまった。

 俺が後から照れくさい気持ちを感じていると、正面から強い視線を感じた。


「やけに仲がいいですわね、お二方」

「ここ最近の喧嘩が嘘みたいな感じだよな」


 対面に座っていたフレデリカとテレンスが、俺たちの様子を訝しんでいた。 


「やはり……昨日のデートの後、何かあったのではないですか? クレハさん、昨夜は寮の部屋に帰ってきませんでしたし」

「べ、別に何もありませんでしたよ?」


 クレハはあからさまに動揺しながら否定した。

 ……それだと、何もやましいことをしていないのに何かあったように聞こえないか。

 割と鈍感なテレンスですら、不思議そうに首を傾げているし。


「実は俺、昨日リュートに部屋を追い出されたんだよな。だから他の部屋の友達に無理を言って泊まらせてもらったんだよ」

「これはもう確定ですわ! 男子寮の部屋で二人きりの夜を……」


 何かを察した様子のフレデリカが、妄想を働かせている。


「いや、想像しているようなことは何もないぞ」

「では、昨夜部屋に帰ってこなかったクレハさんはどこにいたのですか!?」

「それは……リュートくんの部屋ですけど」

「やっぱり! 何かあったんですわ!」

「だから誤解だ」

「でしたら、なぜクレハさんはリュートさんの部屋に泊まったのですか?」

「いや、それには人に言えないような事情が……」


 さすがに、家出した王女様を匿っていたとは言えない。

 護衛の人にも、この件は内密で頼むと念を押されているし。


「人に言えないようなことをしていたのですね……!」

「何を言っても無駄そうだから、好きに想像していてくれ……」


 楽しそうなフレデリカを前に、俺は諦めた。

 やれやれとため息をついていると、横から口元をハンカチで拭かれた。


「リュートくん、おしゃべりに夢中で口にソースがついてますよ」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 クレハは機嫌の良さそうな笑顔を向けてきた。

 思わずどきりとする俺だが、今この二人……特にフレデリカの前でこんなことをしていたら、また格好のオモチャにされかねない。


「やはり、お二人の距離感が近くなっている気がしますわ……!」


 案の定、フレデリカは目を爛々と輝かせていた。

 実際、今日はやけにクレハが親しげな気がする。

 デートの後に告白する作戦はうやむやになってしまったが、結果的に俺たちの関係は良い方向に進んでいる……ってことでいいのか?



 お昼明け。

 この日は授業の代わりに、ロングホームルームの時間が設けられていた。

 俺は自分のクラスである総合科特選クラスの教室で席に座っている。


「さて、今日は職場体験についての話をするぞー」


 教壇に立つ担任教師、エミリー先生がそう言った。

 エミリー先生は若い女教師で、年はまだ二十代中盤ほどだと思われる。

 常に気怠げだが美人なので学生人気は高いらしい。


「えー……この学園では、高等部の一年は毎年社会勉強の一環として、学生が様々な店や職場で短期間実際に働いてみる行事がある。だからお前たちも例年通り、やることになった」


 先生は淡々と説明する。

 この学園における職場体験の目的は二つ。

 貴族出身の学生にとっては、今まで知らなかった苦労を体験することで自分に仕えてくれる人間や税を納めてくれる領民への敬意を持つため。

 平民出身の学生にとっては、家業に従事しているだけでは得られない経験に触れることで、自分にとって本当に適性のある職業が何かを模索するためだ。


(要するに、貴族だろうと一日くらいは手を動かして、人々の苦労を知れ……ってことだな


 俺が一人でそんなことを考えている間にも、先生は説明を続けている。


「聞いて驚け。今年の特選クラスは王宮での仕事だぞ。大変名誉なことだから喜ぶように」


 よりによって王宮での仕事か。

 もしかしたら、またアリアと会うかもしれないな。


「内容だが、今度王宮で王女殿下の婚約お披露目パーティーがあるとのことで、その手伝いだ。基本的には裏方だが、王女殿下の晴れ舞台を支える重要な役割だから心してかかるように」


 重要だと言う割には、先生の声は覇気がない。

 ……それにしても、まさかアリアの婚約お披露目パーティーが職場体験の舞台とは。


「職場体験にあたって、実行委員を二名選出したいと思う。クラスのまとめとかリーダー的な役割だ。私が王宮の人間とやり取りするのは面倒……じゃなくてお前たちの自主性を育てるためなので積極的に立候補してくれ」


 最後の方は先生の本音が漏れかけていたが、とにかく実行委員を決めるらしい。


「誰かいるかー?」


 先生が教室を見渡すが、誰も立候補する気配はない。

 王女殿下の晴れ舞台は、流石に荷が重すぎるのだろう。

 職場体験と言っても現代日本であったような、近場の職場にお邪魔して、一方的にお世話になるだけのイベントではなく、もっと実務的な内容だ。

 その実行委員とはつまり、クラスメイトの指導やそれぞれに適切な役割を与えることなど、総合的な指示や管理を行なったり、王宮側の人間との橋渡し的な役割も求められる。

 このクラスにいる大半の生徒は、高位貴族の出身で将来が嘱望されているので、能力的にはその役目を果たすことはみんな不可能ではないはずだ。

 では、なぜ誰も立候補しないのか。


(王族の祝い事なんて大舞台で実行委員になって派手な失敗でもしたら、約束された将来のキャリアに傷がつくかもしれないと思ってるんだろうな……)


 クラスメイトたちは頭がいい故に保守的だ。

 ここは俺が手を挙げるしかないか。

 あと一人はどうしようか……と思っていると。


「リュートくん」


 隣から、クレハがこそこそと話しかけてきた。


「ここは私たちが立候補して、アリア様の晴れ舞台を支えましょう……!」


 何やらクレハは気合が入っている様子だ。


「確かに……」


 俺は最愛の婚約者と一緒に仕事ができるという魅力的な提案を前に、少しだけ迷う。

 けど、他に適役がいるかと言われたら怪しい。

 この中で誰よりもアリアと親しいのは、俺とクレハだ。

 それに、実行委員になればクレハといる機会が何かと増えるはず。

 その中で、クレハに告白して恋人になるような機会もあるかもしれない。

 クレハから誘ってきてくれたんだから、乗らない手はない。


「よし、一緒にやってみるか」


 そうして俺は、クレハと共に実行委員に立候補することになった。

 ……前々から客の側で招待されていたけど、そっちで参加するのは難しくなったな。

 まあ、裏方に回ることになっても、アリアと顔を合わせる時間くらいはあるだろう。


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