第25話 末っ子のクレハ・フラウレンは妹に応援される
リュートくんがお風呂に入っている間に、私とアリア様はベッドに入っていました。
二段ベッドの上の方。
リュートくんのベッドです。
未婚なのに男の人のベッドで寝るなんて、貴族の令嬢としてどうなんだろうとは思います。
(まあリュートくんは婚約者ですし、やましいことをするわけでもないので大丈夫でしょう)
私とアリア様が二人で寝た時点で狭いので、リュートくんは今夜だけテレンスさんのベッドで寝てもらうことにしましょう。
……いや、広さに余裕があっても別々のベッドで寝ますけど。
それにしてもこのベッド、リュートくんの匂いがしますね。
私は好きな人の匂いがするとドキドキするというよりは、落ち着くタイプです。
なのでこのベッドは私にとってよく眠れる場所に違いありません。
「あの、クレハ姉様」
布団に顔を半分潜り込ませてすんすんと匂いを嗅いでいると、アリア様が話しかけてきました。
アリア様と私は、ベッドで向かい合うような体勢で寝転んでいます。
「どうしましたかアリア様」
「私、実はクレハ姉様に謝らないといけないことがあるの」
「……? なんでしょう」
「私が婚約者候補から逃げてるのは、その人よりもリュート兄様に憧れているからなんだ」
「そうでしたか。でも憧れていること自体は悪いことではないと思いますよ?」
まあ、アリア様がリュートくんに懐いていることは、見れば分かります。
「私、リュート兄様に甘えたいからって、クレハ姉様の邪魔をしちゃった」
「いいんですよ、そういう年頃でしょうし」
「ありがとう、やっぱりクレハ姉様は優しいね!」
さっきまでしゅんとしていたアリア様は、笑顔を見せました。
「ずっと気になっていたのですが……その姉様というのは?」
「リュート兄様の婚約者なら、私にとっては姉様だもん!」
なるほど。
それにしても、さっきから姉様と呼ばれるのはなんだか気分がいいです。
「あとは、私にとって理想的な年上の女の人って感じだから!」
「理想的、ですか」
そもそも私は年上の女の人、というほどの年齢ではない気がします。
三歳年下のアリア様から見たら、私でも大人びて見えるのでしょうか。
「それに、知的な感じがしてかわいくて頼りになって……」
「あ、ありがとうございます」
年下の女の子からやたらと褒められて、悪い気はしません。
ずっと末っ子だったので、今までにない感覚です。
本当に妹がいたら、こんな感じなのでしょうか。
でも、アリア様からしたら兄同然であるリュートくんを婚約者である私に取られたような気分でしょう。
ここはせめて、姉様として慕われている私が代わりに頑張らないと。
「アリア様は、婚約者に関して悩みがあるんですよね?」
「婚約者じゃなくて、まだ候補だもん」
アリア様は頬を膨らませながら、言葉の一部を否定してきます。
とはいえ、国同士の決め事となると、貴族間の約束よりも断る難易度は高いように思えます。
「では、婚約者候補の方について、アリア様は何が気に入らないのですか?」
「最初は私も歩み寄ろうとしたんだよ? 見た目はその、結構悪くないと思ったし……」
アリア様は意外と面食いなのかもしれません。
リュートくんの顔もかっこいいですし。
「歩み寄るとは、例えばどんなことを?」
「最近刺繍を練習してたから、プレゼントしてみたり」
「おお、それはいいですね」
「でも、受け取ってくれなかったし……それどころか文句まで言ってくるんだよ!?」
「アリア様がそこまでしてくれたのに文句を言うのは、なかなか頑固な方ですね」
アリア様は婚約者候補のことを思い出して憤慨しています。
相手は隣国の王子様だったはずですが、もしかすると気難しい人なのかもしれません。
「それで私も、売り言葉に買い言葉ですぐ喧嘩しちゃって……」
「じゃあ、その方が嫌いなのですか?」
「えっと、そういうわけじゃないけど……その人の前だと私、素直になれなくて」
アリア様は愚痴っぽく言う割に、頬を赤く染めています。
もしかして、本当は婚約者候補の王子様のことが好きなのでは。
「ちなみに、相手の王子様から婚約のことについて拒絶されたことはありますか?」
「それはないかも。むしろいつもツンツンしてる癖に、婚約の話だけは積極的に押し進めようとしてくるから不思議なんだよね……」
アリア様は、婚約者候補の王子様について、不可解そうに語ります。
「ふむ……」
なぜでしょう。
アリア様と婚約者候補の方の話は、どこかで聞いたような覚えがある話です。
おかげで、アリア様がどうするべきかすぐに答えが出てきました。
「おそらく、本当はお二人とも、お互いのことを悪く思っていないはずです」
「そんなことは……なくは、ないけど」
アリア様は照れくさそうにしていますが、否定はしません。
「きっと、お二人は素直になれないだけです」
「……そうなのかな?」
「はい、きっとそうです。だから一度腹を割って話してみれば全部解決すると思います」
「でも、なんで姉様は私の婚約者候補と会ったこともないのに分かるの?」
「それは……」
私とリュートくんが同じような状況に陥っているからだとは、言えませんでした。
今まで半信半疑だった私ですが、リュートくんが私のことを好いてくれている気配を感じるようになっています。
先ほどのデートで、リュートくんは私に告白しようとしていた気がしますし。
「とにかく大丈夫です。アリア様はかわいいですから。素直に好きだと言われて落ちない男の子はいませんよ」
「そう、なんだ……? 私、がんばってみるね!」
そう言って、アリア様は私に抱きついてきました。
「クレハ姉様、すべすべであったかい……」
頬擦りしてくるアリア様は、さっそく自分のかわいらしさを存分に発揮して甘えてきました。
……私はこの方に、とんでもない武器を自覚させてしまったかもしれません。
○
翌日の早朝。
アリア様の護衛の方が迎えに来ました。
こちらから伝える前にやってきたので、とっくに居場所がわかっていた可能性が高いです。
私とリュートくんは、護衛に連れていかれるアリア様と、校門の前で挨拶を交わしていました。
「あ、そうだ兄様。この前の招待状に書いてあったことは忘れていいから!」
別れ際、アリア様がリュートくんにそんなことを言います。
「……なんの話ですか?」
そう言えば、初めてアリア様に会った時、リュートくんに封筒を渡していた記憶があります。
「あの封筒はアリアの婚約お披露目パーティーへの招待状だったんだけど……パーティー中に自分を誘拐して台無しにしてくれ、みたいなことが書いてあったんだ」
「……アリア様らしいですね」
「さすがにそんな依頼は受けられないけどな」
「まあ、そうですね」
私とリュートくんは顔を見合わせて苦笑します。
「でもパーティーには来てね! クレハ姉様と一緒に!」
リュートくんの方を見ていたアリア様は、私の方に視線を向けます。
「じゃあ、また会おうねクレハ姉様!」
「随分仲良くなったんだな?」
「うん!」
アリア様はリュートくんの言葉にうなずきます。
「……姉様も頑張ってね」
アリア様は私に抱きつくと、耳元で囁いてきました。
「……!」
「へへっ」
去り際にもう一度笑顔を見せて、アリア様は護衛たちと一緒に王宮へ帰っていきます。
中等部の授業があるはずですが、今日は代わりに説教を受けることになるのでしょう。
私は去っていくアリア様の背中を見ながら、思います。
アリア様の言うとおり、私もリュートくんと恋人になるために頑張らなくては。
では、頑張るとは具体的にどうすればいいのか。
その答えはもう出ています。
私がアリア様に対して言ったように、素直になればいいのです。
今までの私は、それができずに苦労していました。
でも、リュートくんが自分のことを好いてくれていると言う確信が持てるなら、前より少し素直になれるかもしれません。




