第21話 婚約者たちの出来レース リュート編
時は少し遡る。
クレハからテストでの勝負を持ちかけられた日の夜。
学園の男子寮、自室にて。
俺、リュート・アークライトは、衝撃的な話を聞かされた。
「そう言えば、今度のテストでクレハの点数がリュートより高かったら付き合うらしいな」
「うん……?」
ルームメイトのテレンスが、おかしなことを言っている。
「一体なんの話をしているんだ」
「テストの点数でクレハと勝負するんだろ?」
「ああ、そうだけど?」
どうにも話が噛み合っていない。
「だから、勝った時の願い事だよ」
「誰の?」
「クレハの」
だめだ。
テレンスの言っている意味が分からない。
改めて整理してみよう。
「その言い方だとまるで、クレハが俺と付き合いたいから勝負を挑んだみたいじゃないか」
「だから、そういう話だろ?」
テレンスは不思議そうに言ってから、ハッとした顔をする。
「あ、もしかして聞いてないのか」
「……君は誰から何を聞いたんだ」
「フレデリカから、色々と……『クレハさんが周りくどい作戦を考えています』って」
なんとなく、事情を察した。
クレハは俺に勝負を挑む前に、親友のフレデリカに相談したのだろう。
テレンスはその内容を、フレデリカから聞いたのだ。
「分かったような、分からないような……」
テレンスが口を滑らせたことは理解した。
しかし、内容については理解できない。
クレハが俺と付き合いたいと思っている。
前世から散々喧嘩ばかりしてきて、犬猿の仲だった相手が。
何かの間違いじゃないかと思ってしまう。
でも俺はクレハのことが好きだ。
「もう少し詳しく話を聞かせてくれないか?」
「あ、ああ」
真剣な俺を前に、テレンスはやや気圧されながらうなずいた。
テレンスの話を聞いた後。
夜が更けてきたので、俺は明かりを消してベッドで横になっていた。
テレンスがフレデリカから聞いた話を纏めるとこうだ。
クレハはテストでの勝負に勝ったら俺とデートをするつもりらしい。
その途中で、なんだかんだで俺を惚れさせて告白してもらい、それをクレハが了承して恋人になる。
以上がクレハの考える作戦の概要だ。
正直、色々と穴が多い気がする。
友人たちを経由して俺の耳に届いてしまっている点もその一つだ。
だとしても、仮にこの話が本当なら、確実に成功するだろう。
俺は既にクレハ・フラウレンに惚れているからだ。
(でも、そんな都合のいい話、あるわけが……)
前世のことや記憶が蘇ってからのことを考えると、疑問に思う。
ただ、クレハがやけにこの勝負に気合を入れていることも事実だ。
(もしかして、本当の話なのか……?)
クレハは俺と恋人になりたいと思っている。
もうこれは両思いなのでは。
テストが終われば俺たちは恋人。
しかも将来は結婚することが約束されている。
だとしたら、今回の勝負は俺にとって出来レース同然だ。
どちらが勝っても同じ結果が得られる。
なぜなら、クレハから勝負を持ちかけられた時に俺も同じことを考えたからだ。
(前世からの念願が叶う……ってことか?)
俺は大声でガッツポーズしたくなる気持ちを我慢する。
二段ベッドの下段でテレンスが寝ているから、抑えた。
第一、まだ実際にそうなったわけじゃない。
ぬか喜びするな、俺。
テレンスやフレデリカが何か勘違いしているだけの可能性だってある。
仮にもし俺とクレハが実はずっと両思いだったとしたら、今までのいがみ合いはなんだったのかって話だ。
結果が分かるまでは、目の前のことに集中するべき。
俺は昂る気持ちを抑えて、眠りについた。
○
それから一週間のテスト勉強を経て、いよいよ本番を迎えた。
五日間あるテスト期間の、今日は早くも四日目。
前半の三日間は全生徒共通の基礎科目のテストだったが、今日からは選択科目や男女別科目のテストが実施される。
この時間は、剣術のテストだ。
剣術を学ぶのは男子のみで、テストは屋外の修練場で実施される。
同学年の生徒同士で一人につき一回の模擬戦を行う実戦形式だ。
対戦相手はある程度お互いの実力を考慮して、教師側が選出する。
採点基準は明確にされていないが、勝敗以外にも技の精度など技術的な部分が評価対象になるらしい。
「やっぱり俺の対戦相手はリュートだったか」
そう言うのは、俺の前に対峙する対戦相手……テレンスだった。
「騎士団長の息子で剣術の天才とか言われたテレンスが相手なんて、俺も運がないな」
「よく言うよ。リュートだって俺と同じくらい強いくせに。宰相の息子じゃなかったら、優秀な騎士になったんだろうな」
そう、テレンスの言う通り、今世の俺……リュート・アークライトは戦闘においても超がつくほど優秀だ。
同年代はおろか大人に対しても、剣術や魔術を駆使して圧倒的な強さを発揮することができる。
前世は凡人だったので、戦闘面での才能は完全にアークライト家の血筋による恩恵だろう。
もちろん、幼少期から有事の際に貴族として国を守るための力を持てるよう、徹底的に鍛えられてきたから、って理由もあるけど。
そんなわけで騎士としての勧誘を受けることも度々あったが、アークライト家の長男である俺の将来は宰相となることがほぼ確定している。
……国の要職が約束されているのはありがたい話だけど、他に選択肢がないってのも難儀な話だ。
「テレンスくん頑張ってー!」
「リュート様ー!」
試験直前に考え事をしていると、何やら黄色い声援が聞こえてきた。
修練場の外、柵を隔てた向こう側に、人だかりができている。
どうやら、ギャラリーが集まっているらしい。
俺とテレンスという学園でもツートップの実力者が模擬戦を行うということで、観戦しに来たのだろう。
この時間は他の場所でもテストが行われている最中だけど、選択した科目によっては空き時間になっている生徒もいる。
とはいえ男子生徒の多くは剣術の実技テスト中なので、必然的に観戦しているのは女子生徒が中心だった。
……もしかして、クレハも見に来ていたりするだろうか。
そう思って、観戦している生徒たちの方を注視する。
最前列に、クレハがいた。
もしかして、応援してくれているのか……?
さすがに、負けを祈っていることはないと信じたい。
この科目はクレハとの勝負とは関係ないし。
「……これは、負けられないな」
「お、やる気だなリュート。俺も全力で行かせてもらうぜ!」
テレンスが高らかに宣言した直後、試験官から模擬戦開始の合図が出された。
結果は、引き分けだった。
試験には制限時間がある。
俺とテレンスの勝負は時間内に決着がつかないほど、拮抗していた。
「お疲れ様です、リュートくん。勝てませんでしたね」
テストが終わって修練場の片隅で休憩していると、クレハがやってきた。
「……それは、不甲斐ない俺を責めてるのか?」
「いえ、テレンスさんの強さは私も知っています。最強の騎士になると目される方と互角というのは……その、よくやった方だと思いますよ?」
これはクレハなりに褒めてくれていると捉えていいんだろうか。
「及第点がもらえて何よりだ。見られていたのは意外だったけど」
「それは……フレデリカさんに誘われた以上、断りにくいですし。あれだけ観客がいる中で婚約者の私が応援しなかったらリュートくんが惨めでしょう」
「……それはどういたしまして」
なんにせよ応援してくれたのは事実らしいから、今はそれで良しとしよう。
○
テスト期間が終わってから三日後。
テストの採点結果と順位が発表される日だ。
順位は校舎の出入り口付近の掲示板に張り出されている。
朝。
俺とクレハは、勝負の結果を確認しに向かった。
「今回は俺が学年1位で、クレハが2位か」
掲示板に貼り出された順位表の頂点に、俺の名前があった。
クレハの名前は俺のすぐ下にある。
1位と2位で入れ替わりは頻繁にあるが、その二つが俺たちの定位置だ。
普段はあまり気にしていなかったが、今回は特別だ。
「わ、私が、2位……」
クレハが俺の隣で呆然としていた。
ガックリと肩を落としている。
「なあ、クレハ」
「はい……」
「さっそく、願い事の話がしたいんだけど」
「うぅ……」
クレハは涙目で俺を見上げてきた。
願いが叶わなかっただけでこの反応は大袈裟な気がする。
「約束でしたから、受け入れます……実家に行く心の準備はできてますよ」
「なんの話だ?」
いったいクレハは俺がどんなお願いをすると思っているのだろう。
「俺の願い事は、クレハの実家に行くことじゃない」
「え……そうなんですか?」
クレハの瞳に溜まっていた涙が引っ込んだ。
「俺のお願いはクレハとデートすることだ」
「リュートくんが、私と……デートしたい……?」
しばらくまばたきを繰り返していたクレハは、やがてニヤニヤと口角を釣り上げ始めた。
「まあ? リュートくんが学年1位の座を獲得してまで私とデートをしたいと言うのですから、聞いてあげないこともないですよ?」
途端に調子のいいことを言い始めた。
テストでの勝負には負けたはずなのに、勝ち誇っているように見える。
以前までの俺だったら言い返していただろう。
だが、クレハの願いを間接的に知ってしまった今となっては、かわいげすら感じる。
テストの点数で勝ったら、負けた方になんでも一つ願い事を聞いてもらえる。
俺の願い事は、さっき本人にも伝えたとおり、クレハとデートすることだ。
しかしその先に、真の目的があった。
そう。
俺はクレハが思い描いていた作戦に、そのまま乗っかることにしたのだ。




