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第18話 婚約者は嫉妬すると密着してくる

 クレハにプレゼントを渡していい雰囲気になったと思ったら、従妹のアリアが乱入してきた。


「久しぶりだな、アリア。隣国に外遊に行っているって聞いたけど」

「うん、昨日帰ってきたの」

「なるほど……とりあえず離れてもらえるか?」


 俺は抱きついたままのアリアに頼みながら、クレハの方を見る。

 先ほどまで呆然としていたクレハは、今は俺に恨めしげな視線を向けている。 


「えー、久しぶりに会ったんだからいいでしょ」

「年頃の女の子なんだから、婚約者でもない相手と無闇にくっつくな」

「兄様が相手だからいいの!」


 アリアは俺の話を聞いてくれなかった。

 俺も含めてだけど、王女が相手だからって周囲の人間が強く注意できないせいで、少しわがままに育っている気がする。


「本当は入学式までに帰ってくる予定だったのになー……」

「アリアは今年から中等部に入学だったよな」

「うん! 兄様とは校舎が違うけど、一緒の学園だね!」

「あ、ああ」


 懐いてくれること自体は構わないが、この性格は考えものだ。

 すぐ近くでクレハが鬼の形相を浮かべていても、視界に入っていない様子だ。


「もうすぐ昼休みが終わるし、そろそろ中等部の校舎に戻ったほうがいいんじゃないか?」

「大丈夫! 授業は明日からなの!」 

「そうなのか?」

「うん。今日は外国に行っていた間にできなかった手続きを済ませただけ」

「なるほど、でも一人で来たわけじゃないだろ」

「うっ……」


 俺はくっついて離れないアリアを引き剥がす口実を見つけた。

 

「アリアは王女だから、学園にも護衛が同行しているんじゃないか?」

「う、うん」


 流石に授業中の教室までは入り込めないと思うけど、アリアに好き勝手させることは許していないはずだ。


「でも、リュート兄様に早く会いたかったんだもん」

「……何か用事でもあったのか?」

「あ、そうだった」


 気まぐれで立ち寄ったのかと思っていたが、本当に用があったらしい。


「はい、これ」


 アリアから、一通の封筒を渡された。


「これは?」

「招待状だよ! 今度王宮でパーティーが開かれるから、兄様も来てね!」

「……考えておくよ」


 封筒を受け取る俺に、鋭い視線が突き刺さる。

 クレハがじーっと俺を見ていた。

 しかし、あくまで俺にとってアリアは従妹。

 クレハに咎められるようなことはないはずだ。

 婚約者を放置して他の女の子と話しているのは事実なので、この後の言い訳を考えておく必要はあるけど。


「あ、そろそろまずいかも」

「……? なんのことだ」

「護衛の人が来ちゃった!」


 アリアは俺の陰に隠れながら、中庭の向こうを遠目に見ていた。

 抱きついていたアリアは俺から離れて、護衛がいる方とは逆に向かって走り出す。 


「じゃあ私は行くけど、パーティーには絶対来てね!」

 

 アリアは手を振りながら、走り去ってしまった。

 嵐のような勢いの王女様がいなくなり、俺とクレハは再び二人きりになる。


「リュートくん、随分と仲がいいんですね」

「いや、あの子はだな……」

「リュートくんの従妹の、アリア王女ですよね。それくらいは知っています」


 クレハとしても色々思うところはあったが、王族が相手だったので立ち去るまでは黙っていたのだろう。


「だとしても! 婚約者である私を差し置いて、他の女の子と抱き合うとは何事ですか」

「いや、正確には抱きつかれただけで抱き合っては……」

「言い訳は聞きません!」


 クレハはご立腹の様子だった。

 ここは下手なことを言わず謝罪するのが賢明だろう。


「……すみませんでした」

「仕方がないので、許します」


 もっと責められるかと思ったが、意外とあっさり許してもらえた。


「でもアリアは、俺にとって妹みたいな存在なんだ」

「リュートくん、本当に反省していますか? そういう相手が一番危険なんです!」

「危険って、どういう意味で?」

「そ、それはほら。よくあるじゃないですか。『妹みたいな存在なんだ』とか言っていた相手に彼氏が奪われていた、なんて女性の話」

「あー」


 確かに、そんな話は前世でよく聞いた。

 身の回りであったのではなく、ネットで見た知識だ。 


「でもそれだと、クレハが俺の浮気を心配しているみたいな言い方だな?」

「そ、そうです……悪いですか! リュートくんは私の婚約者なんですからね!」


 クレハは拗ねるように言い返すと、俺の方に迫ってきた。

 ほとんど密着するような距離感まで近づいてくる。


「あ、あの? クレハさん?」

「リュートくん、抱きしめてください」


 クレハは俺を見上げながら、両手を広げてくる。

 

「急にどうしたんだ……?」

「急ではありません。リュートくんが公共の場で他の女の子と抱き合うのが悪いんです」

「いやだからあれは……」

「他の人があの場を目撃して、私たちの婚約関係に対して悪い噂が立ったらどう責任を取るつもりですか!」

「悪い噂が立たないように、俺たちが仲の良い婚約者であると周囲に見せつけたい、ってことか?」

「は、はい。あくまでも両家の婚約関係を維持するためですから、深い意味はありません」


 俺がアリアに抱きつかれていた光景を目撃していたかもしれない人物に対するアピール。

 どことなく、言い訳がましく聞こえるのは気のせいだろうか。

 そもそも、この周辺に人影は見えないし。

 ……だとしても、口に出して指摘するのは野暮なんだろう。


「そういうことなら、分かった」


 正直、細かいことはどうでもいい。

 大好きな婚約者が抱きしめろと言っているんだから、ここは素直に従うべきだ。

 俺はそっと、クレハの背中に手を回す。

 前世の記憶を思い出す前だったら平然とできていたけど、今はとても緊張する。


「これでは足りません。もっと強く抱きしめてください」

「本当にいいのか?」

「リュートくんはアリア様ともっと密着していました! これでは疑いが晴れません!」

「あ、ああ」


 言われるがまま、俺は思い切ってクレハを抱きしめた。

 呼応するように、クレハが俺に力強く抱きついてきた。


「……!?」


 やっぱり、今日のクレハはどこか大胆だ。

 どんな顔をしているんだろう。

 俺はちらりと下を見る。


「ふぅ……」


 クレハは俺の胸板に顔を埋めていた。

 これでは、俺の心臓の鼓動がものすごく早くなっているのも丸聞こえだろう。

 しかしクレハはそのことを指摘することなく、ひたすら密着している。

 なんだか、とても居心地がよさそうに見える。


「はっ……!」


 密着したままリラックスした様子のクレハだったが、しばらくして顔を見上げた。

 ドキドキしたままクレハを観察していた俺と、目が合う。


「……」

「……」 


 気まずくなって、お互い目を逸らす。

 クレハは素面に戻った様子で、俺から離れた。


「とにかく! リュートくんは私の婚約者なので、今後も自覚を持った行動をしてくださいね!」

 

 そんなことを言って逃げるように去っていくクレハの顔は真っ赤だった。


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