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第16話 将来は一緒に猫を飼いたい婚約者たち

 クレハに弁当を振る舞われた日から一週間が経った。

 以来、クレハと一緒に行動する機会が増えている。

 

(テレンスとフレデリカが二人でいる時間を邪魔しない、って建前はあるけどな)


 気恥ずかしさをごまかすために、友人たちを逃げ道にすることはできなくなった。

 もっとも、この時間は元々逃げ場がない。

 現在、授業中。

 俺は当然、机の前に座って授業を受けている。

 受ける授業は、精霊基礎理論。

 例の、受講生が俺とクレハの二名しかいない授業だ。

 広い教室の最前列に隣り合わせで座り、俺とクレハは講師の話を聞いている。

 いや、聞いていない。

 正直なところ、教師の話なんて頭に入ってこなかった。

 隣にいるクレハに、目を奪われていたからだ。

 ちらちらと、横目で愛しの婚約者を見る。

 その度に、クレハと目が合った。

 碧く大きな瞳が、まばたきで見え隠れする。

 さっきから、クレハはどういうつもりで俺を見ているんだろう。


「さっきからじろじろ見て、なんのつもりですか」


 囁き声で、クレハが聞いてきた。


「いや、それはこっちのセリフだろ」

「む」


 また、悪い癖が出てしまった。

 口喧嘩が始まるかと思いきや。


「お二方、授業中ですよ」


 講師から注意を受けた。

 俺たちは、口論を切り上げて黒板の方を向く。

 実は初めてクレハから弁当を振る舞われて以降、毎日作ってもらうようになった。

 クレハ自身は、「毎日手作り弁当を用意していたら、周囲からも仲睦まじい婚約者に見えるでしょう?」とあくまで両家の関係に傷がつかないための配慮だと主張していたけど。

 

(嫌いな奴のために、早起きしたり前日から仕込みをしたりする女の子なんているのか……?)


 もしかしたら俺の隣にいるのかもしれないけど、いずれにせよクレハから最近色々ともらっていることは事実だ。


(何か、恩返しをしたいよなあ)


 真意はともあれ、クレハの方から歩み寄る姿勢を見せてくれている以上、俺からも何かしたい。

 日頃の感謝を込めて、プレゼントでも用意してみよう。

 

(……けど、何を贈ればいいんだ?)


 いっそ、直接聞いてみようかと思って、クレハの方をこっそり見る。

 また、目が合った。

 すぐに、クレハは前を向いて視線を逸らす。

 迷ったとしても、できれば自分で選んだプレゼントをクレハに贈って、喜んでほしい。

 


 前世で、大白竜斗として生きていた頃。

 俺は種崎紅羽に誕生日プレゼントを贈ろうとしたことがある。

 きっかけは、ある日の下校中の会話だ。


「あ、猫がいます」


 紅羽が指さした先を見てみると、確かに三毛猫がいた。

 住宅のブロック塀の上で立ち止まって、じっと紅羽の方を見ている。 


「かわいいですね……首輪をつけていないので野良猫でしょうか? その割には毛並みが綺麗ですが……」

「そんなに猫が好きなのか?」

「はい! 本当は家で飼って毎日撫で回したいくらいなのですが、猫アレルギーの家族がいまして……」

「それじゃあ、外で触ったりするのも難しいんじゃないか?」

「そうなんです……前に猫カフェに行った時も、家に猫の毛を持ち帰るわけにはいかないので、友達の家で着替えてから帰ったくらいです」

「へえ、それは大変だな」


 二人で話しながら観察していたら、三毛猫は塀の向こう側に飛び降りていった。

 

「あ、行ってしまいました……」


 紅羽は名残惜しそうに、塀の方を見ている。


「この辺を歩いていたらまた会えるんじゃないか?」

「竜斗くんにしてはいいことを言いますね」

「微妙に引っかかる言い方だな……」


 一応褒められているらしいが、素直に喜べない。


「野良猫はいつも大体決まった場所にいるので、毎日ここを通っていたらあの子ともまた会えるはずです」

「縄張りってやつか」

「はい!」


 紅羽は力強くうなずいた。

 よほどあの三毛猫が気に入ったらしい。


「でもやっぱり、将来は自分で猫を飼ってみたいです……竜斗くんもそう思いますよね?」

「お、おう……?」


 なぜそこで俺に同意を求めるんだ。

 将来的に、俺と紅羽が一緒に暮らすような関係になるとでも言うんだろうか。

 その時、俺はさらに踏み込んで聞くことができなかったけど、新たな紅羽の一面を知ることができたのはよかった。

 ちょうど、もうすぐ紅羽の誕生日だったからだ。

 いつもは喧嘩ばかりしているけど本当は片思いをしている相手に、俺は何かプレゼントを贈りたいと思っていた。

 結局、あの時は小洒落た猫のキーホルダーを買ったんだっけ。

 正確な値段は忘れたけど、高校生にしては奮発した覚えがある。

 でも前世の俺は、結局プレゼントを紅羽に渡すことができなかった。

 種崎紅羽が誕生日を迎える三日前。

 俺と紅羽は事故に遭い、命を落としたからだ。



 そう言えば今世で記憶を取り戻す前も、猫が近くにいると姉がくしゃみを連発して体調を崩すから飼えない、本当は好きなのにと言っていた覚えがある。

 この世界ではまだアレルギーという概念が存在していないが、多分それに該当する症状だろう。

 

(よし、決めた)


 このまま婚約関係を継続して、将来的にクレハと結婚したら、猫を飼おう。

 この世界にも猫はいる。

 だけど今回のプレゼントとして贈るのは微妙だろう。

 いきなり生き物を贈りつけるのは相手の都合を考えていない。

 それ以前に寮ではペット禁止だ。

 かわりに何か、猫にちなんだ物を贈ろう。

 俺がそう決意したところで、授業が終わった。

 クレハのことばかり考えていたので、内容はほとんど覚えていない。


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