第14話 クレハ・フラウレンは婚約者の胃袋を掴みたい
高校生活が始まってからの二週間。
私、クレハ・フラウレンは、平穏な日々を過ごしています。
両家の関係を維持するために、婚約関係は解消しない。
私たちは中等部の頃から仲の良い婚約者としていつも隣にいたのだから、今更離れたら不自然に思われる。
そんな建前があったおかげで、私はリュートくんと隣の席で授業を受けたり、一緒に行動することが多かったです。
以前までと同様に、『校内でも有名な仲良しカップル』として振る舞えているつもりでした。
「クレハさん、やはりリュートさんと喧嘩でもしているのですか?」
ある日の放課後。
女子寮の自室で勉強机の前に座り、授業で出された課題に取り組んでいた時のことです。
隣の勉強机で同様に課題に取り組んでいたフレデリカさんが尋ねてきました。
「……なぜそのように思ったのですか?」
「だって、最近のクレハさんとリュートさんは、中等部の頃よりもどこか距離があるように見えますから」
フレデリカさんはルームメイトであり、中等部に入るよりも前から親交があります。
赤の他人なら誤魔化せても、昔からの親友には違和感を与えていたようです。
「私としては今まで通り、なるべくリュートくんと一緒にいるようにしていたつもりです」
「あら、そんなことはありません。クレハさんは以前よりも私と一緒にいることが増えましたわ」
確かに、中等部の頃は絶対に昼休みをリュートくんと過ごすようにしていたのに、高等部に上がってからはフレデリカさんと昼食を摂る機会が増えました。
その他にも、色々と心当たりがあります。
「フレデリカさんにはお見通しでしたか……」
「当然です。クレハさんが私と、リュートさんがテレンスと一緒にいることが増えた結果、私たちが二人でいる時間が減っているのですから」
フレデリカさんはどこか刺のある調子で言います。
『私たち』とはフレデリカさんとテレンスさんのことを指しているのでしょう。
二人は家同士が決めた婚約者ではありますが、恋人でもあります。
羨ましい限りですが……私がお二人の邪魔をすることになっていたとは。
「すみません……」
「いえ、私だって本気で責めているわけではないのです。クレハさんとリュートさんのことは応援していますから、何かあったのなら相談に乗りますよ?」
「ふ、フレデリカさん……!」
私はとても素敵な親友を持ちました。
「改めてお聞きしますが、結局のところクレハさんとリュートさんは喧嘩中なのですか?」
「喧嘩……とは少し違います」
「では、倦怠期ですか?」
「倦怠期でもないですが、もしかしたらそれが一番近いのかもしれません」
私とリュートくんに、以前よりも微妙に距離がある理由。
お互いに前世の記憶を思い出して、大好きな婚約者がかつて喧嘩ばかりしていた相手だと気づいたから……なんて話、さすがにフレデリカさんが相手でもできません。
「私としては今まで通りリュートくんのことが大好きで、かっこいいと思っているのですが……彼を前にすると素直になれなくなってしまったのです」
「ふふっ」
前世のことは隠しつつ、思い切って悩みを打ち明けたら、笑われてしまいました。
「む……何も笑わなくてもいいではないですか」
「すみません、クレハさんがあまりにかわいらしかったもので」
なんでしょう。
フレデリカさんとは同い年なのに、彼女の視線からは私の姉たちが向けてくるのと同じ生温かい気配を感じます。
「それで、クレハさんはリュートさんとどうなりたいのですか?」
「もちろん、もっと仲良くなりたいです」
「そういうことなら、とっておきの方法がありますわ」
「なんでしょうか、気になります……!」
不敵な笑みを浮かべるフレデリカさんの前に、私は椅子から身を乗り出して尋ねます。
「ずばり、本能に訴えかけるのです」
「本能……?」
「ええ。人間なら誰にでもある欲求の内一つを利用するのですわ」
人間なら誰にでもある欲求。
いくつか思い当たる節があります。
その中で、恋愛に活かせそうなものと言えば。
「わ、私はえっちなことはまだ早いと思うんです……!」
「ふふ。クレハさんなら、そう勘違いするのではないかと思いました」
「勘違い……?」
「はい。私が言いたいのは、食欲のことです」
フレデリカさんの勝ち誇る表情を見た瞬間、私の顔は沸騰するくらい熱くなりました。
「……フレデリカさん、ひどいです」
「ごめんなさい。でも、クレハさんがいじわるしたくなるようなかわいさなのが悪いのですわ」
拗ねる私に対し、フレデリカさんは開き直るようなことを言ってきます。
私は怒る前に、別の感情が湧いてきました。
「……リュートくんも、私のことをかわいいと思ってくれていたら嬉しいんですけど」
「間違いなく、かわいいと思っていますわ」
なぜ本人でもないのに断言できるのでしょう。
「そして、大切でかわいいと思っている婚約者から手作りの料理を振る舞われたら、リュートさんは更に惚れ込んでしまうに違いありません」
「手料理、ですか?」
男性の心を掴むなら、まずは胃袋から。
そんなやり方は、前世で生きていた現代日本では定番でした。
しかしこの世界において、貴族が料理するのはあまり一般的な文化ではありません。
「平民の女性は昔から、殿方に手料理を振る舞うことで心と胃袋を掴むという習慣があったのですが、最近では貴族の令嬢の間でもそのやり方が流行っているそうです。恋心に身分は関係ありませんから、きっとリュートさんにも有効なはずですわ!」
「なるほど……!」
お互いの前世が平凡な日本人だったことを思えば、私が料理を作ったとしても、リュートくんに不審がられるようなことはないでしょう。
そして何より。
「フレデリカさんがそこまで後押ししてくれるなら、やってみます……!」
私は握り拳を作って、リュートくんに手料理を振る舞うことを決意するのでした。




