第13話 夢と下着の色
ダブルデートを終えた後。
俺、リュート・アークライトが帰る場所は、王都東部にあるアークライト家の邸宅ではない。
今日から卒業までの3年間は、学園の敷地内にある寮の一室が、俺の家だ。
高等部の学生は全員寮暮らしで、男子寮と女子寮に分かれているが、身分では区別されず貴族と平民が共同生活を送る。
俺の部屋は、三階建ての男子寮の最上階角部屋だ。
寮は二人一部屋で、俺のルームメイトは偶然にもよく知っている人物だった。
「まさか、リュートと同室だとは驚いたぜ」
「俺もテレンスがルームメイトだとは思わなかったよ」
六畳ほどの部屋に勉強机と二段ベッドが置かれただけの部屋で、俺たちはそれぞれ自分のベッドに寝転んだ状態で会話している。
じゃんけんの結果、俺が上の段でテレンスが下の段になった。
「それにしても、狭いなこの部屋」
「確かに、俺たちが普段暮らしている屋敷の部屋と比べたらどうしてもな」
リュート・アークライトという、公爵家の後継者として生きてきた俺の部屋と比べたら、寮の部屋は遥かに狭い。
貴族生まれが高等部に上がった途端いきなりこの部屋に押し込まれて、しばらくは憂鬱な思いをすることもあると聞く。
しかし大白竜斗として前世で平凡な日本人の高校生として暮らしていた俺からすれば「学生寮なんてこんなものだろうな」というのが正直な感想だ。
「ま、変に充実してても寮暮らしの意味がないか」
「意外と適応力あるんだな、テレンスって」
「将来騎士になったら、どうせ寮暮らしだからな。今の内から慣れておいた方がいいと思ってるんだ」
テレンスは騎士団長の息子で、剣技に関しては親譲りの才能を持っている。
学園を卒業したら騎士になることがほぼ確定しているからこその余裕だろう。
「そういうリュートも平然としてるよな」
「まあ、寝る場所さえあればどこでも大差ないだろ」
「リュートって、意外とガサツなんだなあ」
別にガサツだからではないけど、そう解釈してもらった方が都合が悪いので否定しない。
俺がこの部屋の広さでも平気な理由は、前世では似た間取りで弟と相部屋だったからだ。
「にしても、フレデリカと会えないのは寂しいな」
「よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるな。そもそも、自分たちの屋敷で暮らしてた時から、夜中に会うなんてできなかっただろ」
「いや、そうでもないぞ」
テレンスは何食わぬ声で、否定してきた。
「……そうなのか?」
「ああ。王都にある俺たちの屋敷は隣どうしだから、夜中にこっそり抜け出して会いに行ってた」
テレンスって、意外と大胆な奴だったんだな。
かつての俺とクレハのように人前でも堂々といちゃつくような関係じゃないにしても、こいつとフレデリカも大概仲が良いと思う。
「リュートだって、クレハと会えないのは寂しいだろ?」
「いや、そうは言っても昼間に出かけたばかりだからな……」
クレハと言えば……昼間のダブルデートで、俺とクレハの関係は少しでも進展したんだろうか。
嫌われているかもしれない割に、今日のやり取りは悪くなかった気がするけど……もう一歩進展したいというのが、俺の本音だった。
○
実は、前世でも紅羽とデート……のようなことをした経験がある。
厳密には学校行事のための買い出しで、デートとは称していなかったけど、あの時は二人きりだった。
いつも通り口喧嘩を交えつつも、二人で目的の品々を購入するまでは問題なかったが、異変が起きたのはその後だ。
確かその日の天気予報は降水確率がゼロだったはずなのに、急な雨に降られたのだ。
傘なんて持っていなかった俺たちは、買い出しした品を守ることを優先した結果、雨でびしょ濡れになった。
「あまりじろじろ見ないでください……!?」
水も滴る紅羽が、赤面しながら自分の体を隠そうとしていた姿は、申し訳ないけどよく覚えている。
夏服だったので、ワイシャツが濡れて紅羽の下着が透けてしまっていた。
気づいてすぐ目を逸らしたけど、好きな人のあんな姿を忘れられるはずがない。
……ちなみに、水色だった。
俺と紅羽はちょっとした屋根のある公園のベンチで雨が止むまで待った後、別の場所に移動することになる。
「このままでは風邪を引いてしまいますから……私の家で服を乾かしましょう」
紅羽がそう、提案してきた。
雨宿りをしていた公園は紅羽の家の近くだったが、俺の家からは遠かった。
そこで紅羽が俺のことを気遣って、家に上げてくれたのだ。
紅羽の家に行って、俺はそれまで知らなかった彼女の一面を知ることができた。
初めは他の家族は帰宅しておらず、二人きりの状況でシャワーと着替えを借りて、リビングで休憩していたのだが……紅羽の母が帰ってきてから状況が一変した。
紅羽の母は俺を見るや「紅羽ちゃんが彼氏を連れてきた!」などと言って大騒ぎしたのだ。
紅羽は前世では一人っ子で、親に大切に育てられていた様子だった。
学校での彼女はむしろ、いつも真面目な委員長のような存在で、クラスの皆を率いるタイプだった。
それが家庭では家族から可愛がられる一人の女の子だと知った。
そんな、家での関係性を見られる可能性を承知の上で招いてくれたことに対して、俺は紅羽が気を許してくれたように感じた。
少し、心の距離が縮まったような気分がした。
それが、俺と紅羽が事故に遭って死ぬ数週間前の出来事だ。
あのまま生きていたら、俺たちはどんな関係になっていたんだろう。
○
目が覚めた。
俺……リュート・アークライトが学生寮で寝泊りするようになって、初めての朝だ。
「……事故で死んだのは、夢じゃなかったか」
ベッドの上で、寝ぼけた頭のまま、俺は夢の内容を思い返す。
……前世で一瞬だけ見た、濡れて透けた紅羽の下着の色を鮮明に覚えているなんて、変態か俺は。




