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第10話 婚約者と手を繋ぐ

 俺、リュート・アークライトは婚約者であるクレハと予定より早く合流した後、ほぼ集合時間通りに現れたテレンスとフレデリカと一緒に、四人で街を歩いていた。

 ミルワード王立学園は、王都の西部に位置するミルシア地区の中心にある。

 ミルシア地区は端的に言えば学生街だ。王立学園以外にも、特定の分野に特化した学校や研究機関などが多く存在しており、学生のための店や施設、下宿先などが充実している。

 歴史的な街並みが特徴でもあり、ミルシアの展望台や中央広場の噴水などは、王都の若者に人気のデートスポットだ。


(中等部の頃は、クレハとよく行ったな……)


 前世のことなど何も知らず、仲良く手を繋ぎ、二人でいろいろな場所に出かけたりしたものだ。

 当然今は、手を繋いでいない。だって、軽々しく触れてクレハに拒絶されでもしたら心が折れてしまいそうだし。

 とりあえずは、クレハが俺の隣を歩いているという事実だけで満足しておこう。


「あら、珍しいですね。お二人が手を繋いでいないなんて」

「確かに、リュートとクレハっていつもくっついてるイメージなのに、今日はどうしたんだ」


 さっそく、友人カップルが俺とクレハの異変を見咎めてきた。

 テレンスとフレデリカとは、中等部に入る前から親交がある。

 昔から俺とクレハのいちゃいちゃぶりを見せつけられてきた二人としては、違和感を抱いても無理はない。


「えっと、これは心境の変化と言いますか……」

「ああ、そう。そんな感じだ」

「ふーん?」


 クレハと俺が揃って取り繕おうとするが、テレンスはふに落ちない様子だ。


「もしかしてお二人は、喧嘩でもされたのですか?」

「いや、そんなことは――」

「喧嘩なんてありえません! 私とリュートくんは、仲良しです。そうですよね?」


 フレデリカの問いを否定しようとしたら、食い気味でクレハが被せてきた。

 クレハの口から俺たちの関係について前向きな言葉が聞けたのは嬉しいが、こうも勢いよく捲し立てられるとかえって違和感がある気がする。


「ああ、確かに。俺たちは仲が良い。婚約者だからな、当然だ」

「では、そういうことで」


 認めるや否や、クレハは俺の手をぎゅっと握りしめてきた。

 小さくて柔らかい手だ。

 いつ触れても癒される……けど急にどうしたんだ。

 前世の記憶を思い出したクレハは、俺のことを嫌っているはずでは。


「リュートくん、ちょっと」


 クレハは握りしめた手を少し引いて、もう片方の手で手招きしてきた。

 耳を貸せ、ってことらしい。

 クレハとはやや身長差があるので、俺の方から屈まないと耳打ちができない。

 ……俺の婚約者、やっぱりかわいすぎる。

 俺は頭を撫で回したくなる気持ちを抑え、要求に応じて身を低くした。


「……なんだ?」

「リュートくんにも思うところはあるかもしれませんが、ここは私に合わせて手を繋いでください。私たちは婚約者なのに、仲が悪いなんて評判が広まったりしたら困りますからね」


 ぼそぼそと、吐息がかった声でクレハが話しかけてくるので耳がこそばゆい。

 改めて間近で聞いて思ったが、クレハってなんで声までかわいいんだ。

 正直、人前じゃなければ……それに加えて前世の記憶を思い出していなければ、衝動的に抱きしめていたかもしれない。


「……リュートくん、聞いてますか?」

「あ、ああ。うん、よく分かった」


 要するにクレハは、家のための婚約関係を些細な不仲説をきっかけに壊すような事態は避けたいから、人前では以前と変わらず仲が良いように見せたいってことだろう。

 俺だってクレハに少しでも触れられるなら大歓迎だ……本音を言えば、そこに気持ちが伴っていると嬉しいんだけど。

 まあ、そこは今後の俺次第か。

 ともあれ俺は、クレハの手を握り返した。

 ぴくり、と少し震えが伝わってくるのを感じたが、嫌がっているわけじゃないと信じたい。


「うーん? やはりお二人が喧嘩なんて、あり得ないことですわね」

「はは、やっぱいつも通りだな」


 どうやら、うまくごまかせたようだ。

 テレンスとフレデリカは、自分たちが感じた違和感は気のせいだったという結論に達したらしい。 


(けど、この調子だと先が思いやられるな……)


 以前までの俺たちと少しでも違う行動を取ったら、何か起きたのかと勘繰られてしまう。

 それってつまり、少なくともテレンスとフレデリカの前では、前世の記憶を思い出す前と同様に、いちゃいちゃする必要があるということでは。

 

「心臓が持ちそうにないな……」

「……? 何か言いましたか?」


 見上げながら首を傾げるクレハもかわいかった。


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