表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/33

第1話 前世の記憶を思い出す

 高校二年生の俺……大白竜斗はその日、いつも通り下校していた。

 一人ではない。隣には女の子がいる。

 彼女は中等部の頃から五年連続で同じクラスの、いわゆる腐れ縁的な存在だ。

 犬猿の仲と言ってもいい。俺と彼女はなんだかんだで一緒にいることが多かったが、いつも言い合っているような関係だ。


 いつも通り、ちょっとした口喧嘩を交えながら、通学路を歩く。

 異変があったのは帰り道の途中、大通りの横断歩道を渡っていた時だ。

 信号は間違いなく青だったから、俺たちは二人とも油断していたんだろう。

 呑気に歩く俺と女の子に向かって突っ込んできたトラックを、回避することができなかった。

 咄嗟にできたのは、女の子を庇うように抱きしめることだけだ。


「紅羽!」


 こいつのことを下の名前で呼んだの、これが初めてだったかもな。

 そう思った直後、全身に強い衝撃を感じたのが、俺の最期の記憶だった。


「……っ!? 夢、か」


 目覚めた時、俺はベッドにいた。

 ここは病院……ではなさそうだ。天井の雰囲気が明らかに違う。

 体を起こして周囲を見る。

 20畳ほどはありそうな広々とした部屋は、中世ヨーロッパ風の装いをした豪奢な空間だ。

 ここは俺……リュート・アークライトの部屋だ。


「うん……? 中世ヨーロッパ? リュート?」


 待て、なんだか記憶が混乱している。 

 俺はリュート・アークライト、大貴族アークライト家の長男として生まれ育った15歳。

 現在は通っている学園が春休みなので実家に戻っている。先日中等部を卒業し、もうすぐ高等部に進学する予定だ。

 俺は付近に置かれた鏡を見る。


「間違いなく、俺の顔だよな……」


 金髪と翡翠色の瞳。婚約者からはよく、整った顔立ちだと褒められている。

 日本人離れした容姿だ。


「日本人ってなんだっけ……あ」


 その瞬間、俺は全てを思い出した。

 先程の夢は、夢ではない。

 記憶だ。

 前世の俺の、最期の記憶。

 俺はかつて、大白竜斗という名前の日本人で、高校生だった。

 犬猿の中のクラスメイトと下校中、トラックに轢かれて死んだ……はずだ。

 しかし俺は、こうして生きている。


「これって……異世界転生したってことか……?」


 その手の漫画や小説は、読んだことがある。

 まさか、自分が当事者になるなんて。


「でも、リュートとして生きてきた記憶はちゃんとあるんだよな……」


 俺の頭の中には、これまでの15年間の記憶が確かに存在している。

 それに加えて、竜斗として生きてきた前世の記憶が、急激に蘇ってきた。


「つまり俺は……今更前世の記憶を思い出して、異世界転生していた事実に15年も経ってから気づいたってことか」


 俺が鏡の前で困惑していると、部屋の扉がそっと開かれた。


「失礼いたします。おはようございます、リュート様。今朝はもうお目覚めでしたか」

「ああ、おはようネリー」


 専属のメイドであるネリーが部屋に入ってきた。

 ネリーは俺より3歳ほど年上で、メイドではあるが姉のような存在でもある。


「顔を洗ったら、さっそく着替えましょうか。本日は大切なお客様がいらっしゃることですし、いつも以上に気合の入った服装を選びましょう」

「大切なお客様……って誰だっけ」


 俺はネリーが持ってきた水桶で顔を洗ってから、尋ねる。


「おや。リュート様がクレハ様との約束をお忘れになるとは珍しい。大切な婚約者ではございませんか」

「あ、そうだ。今日はクレハと会うんだったな」


 クレハ・フラウレン。

 今世における、俺の婚約者だ。

 フラウレン家とは家族ぐるみの付き合いがあり、クレハと初めて会ったのは3歳の頃。

 婚約が取り決められたのは6歳の頃だ。

 親同士が決めたことではあったが、本人同士も当初から乗り気だった。

 俺とクレハは同い年で昔から仲が良く、今は恋人一歩手前といった関係性だ。 

 

「思い出したら急に目が覚めてきた。せっかくだし、今日はこの前クレハと買いに行ったあの服を着よう」

「かしこまりました。すぐに用意いたします」


 ネリーは一礼すると、クローゼットのほうに向かう。

 一時的に一人になって、俺はふと思った。


(前世の記憶を持った状態で婚約者に会うのって、なんだか気まずいような……)


 俺、リュート・アークライトは、間違いなくクレハのことが好きだ。

 彼女のことを大切に思っているし、将来的には予定通り結婚したいと思っている。

 その気持ちは、前世の記憶を思い出した今も変わっていない。

 少しだけ、今までと違うことがあるとすれば。

 前世の俺にも好きな人がいたことを、思い出してしまったことだ。

 

「紅羽……あの時、どうなったんだろうな」


 記憶が蘇ったばかりだからだろうか。

 転生してから15年も経っているはずなのに、前世での最期が昨日の出来事のようだ。

 あの時、竜斗が身を挺して庇った相手は、助かったのだろうか。

 俺は大好きな婚約者と会う日だというのに、頭の中では別の人のことが気がかりで仕方がなかった。

賞に応募するため、今日(8/30)と明日(8/31)は1時間おき程度のペースで投稿していきますので、ブクマしてお待ちください!

評価もしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ