386話 青騎士隊
エリー達はワイバーンアニーと共に青騎士隊へと向かう。
2国間和平交渉会議24日目午前(大陸統一歴1001年11月6日11時頃)
ここは異世界、エルフ集落から東へ20キロほど離れた大森林。ここに青騎士隊1番隊が潜み待機していた。
口髭を生やした長身金髪の40歳くらいの男性、青騎士隊隊長バッカルスが黒髪ショートヘアの20代後半くらいの女性部隊斥候員リナに尋ねる。
「不穏な気配がするが、リナ、どう思う……、もう嫌な予感しかしない。デルン騎兵団、赤騎士隊全て奥に行った部隊とは連絡も出来ん! 気配すら無いなど異常だ。魔力反応くらいするはずだ。それが無い恐ろしく強力な結界が張られているのだろうか?」
隣りのリナは冷静な表情で答えた。
「バッカルス様、撤退が良いかと、今すぐ」
「……今すぐ? 赤騎士隊の撤退援護が我々の任務だから、それは……」
リナの言葉に返答を返して考え込むバッカルス。そして通信具を口元に当てると声を上げた。
「これよりゴロスネス検問所まで撤退する! 2番3番隊全力撤退! ……!?」
バッカルスは通信具が反応しない事に驚く。先程までは青騎士隊内通信は行えていたからだ。そして軍馬達が一斉に怯えた様な鳴き声を上げその場から動かなくなった。青騎士隊隊長バッカルスも近づく異様な気配に気付いた。
リナが空を指差し声を上げる。
「……レッドドラゴンが上に!」
木々の間から空を見上げるバッカルス。
「……なーーっ!」
赤騎士隊の直上に巨大な褐色のドラゴンがいる、その存在威圧感は見るものを恐怖させ絶望感を抱かせる絶対的強者。
「伝説の魔龍がなぜ!?」
感知索敵に長けたリナがいてレッドドラゴンの接近に気付かない事などあり得ない。バッカルスは思考を巡らす。
(……隠蔽偽装スキルで接近したのか? かなりの魔龍であることは間違いない。そしてすでに我々は完全に捕捉されている。逃げれるのか……)
そばにいたリナが慌ててバッカルスの右腕を引っ張る。
「軍馬はもう使いものになりません! 完全にレッドドラゴンに威圧されています。早く移動しましょう!」
バッカルスがリナの顔を見ると冷静さを装っているが、恐怖で強ばっているのがわかる。リナはすでにあのレッドドラゴンの実力がどのくらいなのか把握しているはずだ。かなり無理をして、他の騎兵達が動揺しない様配慮している。感心したバッカルスであったが状況は最悪だ。
「……どう思う。あれから逃れることは可能か?」
上空から見えない様に木々の間に潜みリナに尋ねた。
「……残念ですが……逃れる術は無いかと。もしボリス様がいらっしゃれば、魔法転移出来るのですが……、私ひとりならば、転移する事も……」
リナは口ごもり言うのをやめた。バッカルスは少し間を置いて言う。
「我の魔力で補完すればなんとかならんか?」
リナは悲しい顔をして答える。
「……いえ、発動展開まで、魔力充填に5分ほど掛かります。そんな時間……あのレッドドラゴンが与えてくれる訳有りません。それに周囲に大量の魔力が拡散するので位置が特定されます。格好の餌食です……」
「……!?」
上空で羽ばたく巨大なドラゴン、周囲の木々が激しく揺れ枝が擦れる。そして膨大な魔力を周囲に発して軍馬が卒倒した。魔力耐性が低い者はとても耐えれないレベルの魔力闘気を周囲に放ちながらゆっくりと森林の空地へ舞い降りた。そして周囲の者を威圧すると首を振って雄叫びを上げた。
森に潜む青騎士隊騎兵達はそれなりの強者で有り、魔力耐性も有る。だが、空から舞い降りた巨大なレッドドラゴンに完全に萎縮している。
バッカルスが呟く。
「我らより高い知能を備えているのだろう? なら交渉は出来ないものか?」
リナが驚いてバッカルスの顔を二度見する。
「……何を……!?」
「仕留めるつもりならとっくに我々は灰になっている。だから何か考えがあるのでは無いかと思ったのだ」
バッカルスがレッドドラゴンが降りた空地の方は見つめながら言った。
「……私はバッカルス様の事を勘違いしていました。ただ勇猛なだけの方だと」
リナが少し戸惑った顔で言った。
「……はっはっ! 我は無茶な力攻めを決してしていた訳では無い。何より無駄な死は避けたい。無意味な死など部下にさせる訳にはいかんからな。常に戦場の空気を読み勝てない戦は避ける。それが我の生き残って来た方策だ。そしてリナを黒騎士隊から引き抜いたのも、より生き残る確率を上げるためだった。皇帝陛下への忠誠も大事だが、1番は部下の命、そして自分の命だ」
リナは少し間を置いて言う。
「……では、交渉役、私にお任せくださいますか?」
「……リナ、お前は怖く無いのか?」
バッカルスがリナの肩に手を添えて尋ねた。
「……怖いです。……バッカルス様、こう言っては失礼ですが。この中で最適な判断が出来るのは私だと思っております。総合的に魔法もこの場面では私の方が適任であると判断します。どうですか?」
「……あゝ、そうだな。お前には全て見透かされているようだ。任せよう」
バッカルスはいつもの自信に満ちた表情は無く、リナを心配した様な弱々しい顔で答えた。
「ありがとうございます。バッカルス様では」
リナが立ち上がり一礼する。
「……無理はするな」
リナは無理に微笑み返す。
「……はい、絶対に交渉は成功させます」
リナは木々の間を出てレッドドラゴンの降りた300mほど先の空地に向かう。
◆◇◆
ここはエルフ集落から東へ20キロほど離れた大森林上空。
エリー達を乗せたワイバーンアニー、巨大な褐色のドラゴンは大森林を低空で飛行していた。エリーはすでに青騎士隊の位置を把握しており、森に降りるように騎士ガロンに指示を出す。
ワイバーンアニーは戦いが始まることを察知して、魔力闘気を周囲に放ち戦う気満々だったが、エリーが伝心念話で言う。
〈……アニー、残念だけど今回は是非とも、大人しくしていてね。下の人達もう戦意喪失しているよ。アニーが激しい魔力を放つから恐怖心で満たされて、殺意も敵意も感じられなくなっちゃったよ。多分降伏するから〉
〈はい、主様……、私の力の片鱗をお見せ出来ると思ったのですが……。御命令なら致し方ありません……〉
ワイバーンアニーは伝心念話で答えると寂しそうなドラゴンの雄叫びを上げた。そして森林の空地へと翼を広げて着地した。
エリーは周囲の青騎士隊の配置状況を再度確認して騎乗ベルト金具を外す。
「アオイさん! よろしくですか?」
後ろに騎乗していたアオイも頷きすぐにベルト金具を外した。
「ガロンさん! ここで待機! お願いします」
エリーが声を上げるとワイバーンアニーの胴体を滑り降りた。
「はい、エリー様! お気をつけて!」
ガロンが右手を挙げて答えた。アオイは直ぐにエリー隣りに着地して周囲を警戒する。
「……!?」
エリーが白い光に包まれ、髪色が輝く銀髪に変化、体の各部が隆起していく、瞳の色が血のような真っ赤に変わる。凛々しく美しい女神セレーナが姿を現した。
「……セレーナ様……!?」
少し驚いた顔をするアオイ、セレーナの容姿に変化したエリーは口を開く。
「ええ、穏便に済ませるためです。この場は私が収めます。だからアオイは後ろで控えていなさい」
「はい、承知致しました!」
アオイは頭を深く下げてセレーナの横へついた。
しばらくして木々の間の細道を歩いて接近して来る者が1人。そして警戒して前に素早く出るアオイ。
「アオイ、大丈夫です。下がっていなさい!」
セレーナがアオイの肩に手を添えて言った。
「……しかし!?」
アオイは接近して来る者を見つめて感知スキルを発動する。
(……なんで!? 敵意、殺意、絶望感すら感じない。むしろ幸福感に包まれて穏やかな感じを発している。どうして?)
アオイは戸惑った顔をして微笑むセレーナの顔を見つめる。
「大丈夫です。下がりなさい」
アオイはその言葉を聞いて再び横に退いた。小道からゆっくり歩いて接近して来る黒髪の女性、10mほど前まで来ると跪き一礼する。それを見てセレーナは魔力結界を周囲に展開した。
「リナ、結界を構築しました。何者も会話、姿を窺うことは出来ません」
セレーナが跪く黒髪の魔族女性に話し掛けた。その様子にアオイはやっと理解した、この者はすでに調略されているのだと。
「はい、セレーナ様、青騎士隊はすでに戦意は失い、戦う意志はございません。お約束通りに降伏致します。隊長バッカルス様も同意しております」
黒髪の魔族女性リナが跪いたままセレーナに報告した。セレーナはそれを聞いて言葉をかける。
「ご苦労様でした。ボリスも喜んでいることでしょう」
「いえ、私は、女神セレーナ様にお言葉を頂いただけで十分満たされました。今後もセレーナ様のために尽力致します」
リナは顔を上げセレーナの顔を見つめる。
「青騎士隊を捕虜とします。リナはそのまま監視をお願いします」
リナが少し寂しそうな顔をして答える。
「……はい、承知しております。この任務が終了した暁には、末席に加えてくださることを楽しみに、邁進致します」
「……気付かれ無いようお願いしますね」
「心配は無用です。隊長バッカルス様は単純ですから」
少し笑ってリナが答えた。セレーナは頷き魔力結界を消失させた。
「では、隊長バッカルス様を紹介致します」
リナが立ち上がり前を歩く、リナの表情は嬉しそうな表情から、強張り少し恐怖を感じた表情に切り替えた。
後ろを歩くセレーナとアオイ、アオイはリナを見て、すでに女神セレーナの洗礼を受け配下になっていると気づいた。
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