376話 迫る軍勢40
エリー大隊派遣隊は異世界へ無事到着した。
2国間和平交渉会議23日目夜(大陸統一歴1001年11月5日23時頃)
ここは異世界ローゼ隠し砦施設。
最上層部にある20畳ほどの部屋。リサとエリー大隊派遣部隊の同行女性軍医が2人で話をしていた。
リサは30歳くらいの茶髪ショートヘアの女性軍医を見つめて言う。
「やはり次元移動には身体的消耗がある様ですね。ベスキー大尉はどう思はれますか?」
「まあ、今のところ重症者等はいませんが、次回は魔導シールドなどで移動対象者の保護をした方が良いと、私はこれでも中級魔導士ですから影響はほとんどありませんでした。魔力耐性のないものは影響が大きいですね。エリー様に次回の移動時はシールド効果を付与してくださいとお伝えください」
1時間前、エリー大隊派遣部隊300名と兵器機材は無事に異世界ローゼ隠し砦施設に転移していた。転移は成功したと言ってよいレベルであったがエリーは詳細な調査をリサに指示していたのである。そのためリサは同行女性軍医ベスキーと共に転移者全員の状況を直ぐに調査した。転移後2時間ほどは状況確認を行うのがエリーの指示であった。問題が発生した場合はエリーに連絡し、重大事項発生時は次回転移を行うか決定するものであった。
「私が見たところ、大きな問題は無いようですが、魔導シールドの強化はお伝えします。派遣メンバーは魔導適応者だけでは無いのでしょうがないですね。兵站技術将兵も必要ですから。医療治癒チームは引き続き経過観察をお願いします」
「はい、リサ様。了解致しました。あとはお任せください」
そう言って女性軍医が一礼する。リサは水色の髪をかきあげると少し思案する様な顔をして女性軍医に丁寧に一礼して部屋を出て行った。
1人残った大隊女性軍医ベスキー大尉はテーブルの上に置かれた派遣メンバーのリストの確認を再開した。
(……リサ•ヒューズ21歳、アンドレア魔導師団出身、今はベランドル帝国大魔導士ローラ様直属魔導士兼秘書官……、かなりの魔導士の様ですね。一瞬にして数百人の状態を把握した。とにかくトータルスキルがズバ抜けて高い……、噂は本当の様です。大魔導士ローラ様の代行任務もこなしエリー様とも関係が深い。若く魔導センスに恵まれただけの未熟者との話もありましたが……、それは否ですね。年齢に見合わぬ巧者である。上手く取り入れれば良いが……、ああ見えて緩い様で緩く無い。指示はこなせるか)
女性軍医ベスキー大尉はふっと息を吐くと、リストにチェックを入れ処理をして行く。
砦を出たリサは直ぐに屋外広場の重装機兵部隊へ向かった。偽装シートに覆われたレンベルとラムザⅣ重装機兵5機が整備機動車両の上に寝かされている。周辺では整備担当将兵達が忙しく動き回っていた。
「ボビー少佐、体調は問題無いですか?」
リサは機材を周辺に並べて指示を出しているボビー少佐に声を掛けた。リサは派遣部隊が着いて直ぐにボビー少佐の体調を確認、治癒スキルにて異常が無いか確認していた。
「リサ殿、問題無い。リサ殿が何やらしてくれたお陰で、いつもより調子が良い」
ボビー少佐は機器のチェックをしながら笑みを浮かべてリサに答えた。リサはエリーから隊員達に問題無ければ、重装機兵の機体機動を最優先するように指示を受けていた。技術責任者であるボビー少佐に問題が有れば、重装機兵がまともに動かせ無くなると、聞いていたのでボビー少佐を最優先に確認したのである。
リサは再度ボビー少佐を詳細に確認する。
「……、リサ殿は俺に興味があるのか?」
ボビー少佐が端末を操作しながら少しニヤけた顔をした。リサはボビー少佐の言動に一瞬、戸惑った表情をして言う。
「……いえ、職務上です。個人的な興味は残念ながら有りません」
ボビー少佐はリサの言葉に寂しそうな顔をする。
「……まあ、忙しいからな。しょうがない。冗談にも付き合ってくれると嬉しいが」
「……あゝ、すみません……。余裕が無くて気が利きませんでした」
リサは少し口元を緩めて微笑み答えるとボビー少佐はリサに軽く手を挙げて整備将兵の方へ離れて行った。そしてリサは直ぐにゲンナリした顔をしてその場を離れた。
◆◇◆
ここはゴロスネス市中央区統制本部8階。
統制担当官ベリアスと情報担当官ギリドバが今後の方策について討議していた。ベリアスは皇帝グリスダースより直接指示を受けそれを踏まえて行動方針を話していた。
「……皇帝グリスダース様は先ずは、防衛に徹せよとのご命令であった。増援隊が到着してから戦力体制を整え反撃せよとの指示命令である。くれぐれも軽率な行動は慎み、各諸侯にもその旨を徹底せよとのことであった」
ベリアスが皇帝グリスダースの言葉を繰り返し伝えると、情報担当官ギリドバは少し間を置いてメガネを外して言う。
「皇帝グリスダース様は、今回のメルティアの蜂起についてかなり危険視されている様ですね総兵力10万とは驚きです。皇帝直属の赤と青がこちらへ送り込まれてとの情報も有ります。皇帝陛下は本気ですね。我々も慎重に行動しなければ大変な事になるかもしれません」
情報担当官ギリドバは、既に伝心念話でメルティアから天界の女神との密会の連絡を受け承諾していた。情報担当官ギリドバとしては現魔族政権への一族復讐目的で有り、現在の地位は情報収集に丁度良く、警戒もしない統制担当官ベリアスは利用価値が高かった。もはや気持ちはメルティアの言う天界の女神セレーナに会う期待で一杯になっていた。
情報担当官ギリドバは疲れた表情のベリアスを見てメガネを掛け直す。
「今回の騒動はベリアス様の皇帝陛下の評価を上げるチャンスです。そう悪く考えず良い方向へ考えましょう。大森林の情報が無いのが気掛かりですが、大軍勢で押し切れば問題無いかと」
ベリアスは情報担当官ギリドバの何処となく嬉しそうな言葉に怪訝な顔をする。
「……、皇帝グリスダース様から直々の指示を仰せつかったたのだぞ……。ギリドバ、君は余裕そうだが、何か良いことでもあるのか?」
情報担当官ギリドバはソファにゆっくりと腰を下ろすとベリアスを見上げて笑みを浮かべる。
「いえ、そのような事は有りません。我々は皇太子派です。皇帝グリスダース様も信頼して下さっているのは間違いないようです。だから直々の指示を受けたのです。ベリアス様はいずれ皇太子殿下が皇帝に即位すれば側に仕える事は間違いと。今は忠誠心とそれなりの働きをすれば良いのです」
情報担当官ギリドバが口元を緩めて言うとベリアスは顔を顰めた。
「……ギリドバ、楽観的過ぎる。皇帝陛下はそんな甘いお方では無い。それ以上は言わないが……」
ベリアスは窓の外の夜景を見つめる。
「直ぐに片づけば良いが……、相手はかなりの術士がいるようだ。万の被害は覚悟せねばならないだろう。明日より軍勢が順次到着して忙しくなる。私は少し休む。ギリドバも休むとよい」
情報担当官ギリドバはソファから立ち上がり一礼する。
「はい、では失礼致します」
ベリアスは視線を情報担当官ギリドバへ向けて頷く。
「何か変化が有れば直ぐに知らせるように」
情報担当官ギリドバはベリアスの顔を見て一礼する。
「はい、承知致しました」
情報担当官ギリドバはドアへ向かい歩き出す。
「……ギリドバ、これからとんでもなく大変なことが起こるような予感がする。情報は無いのか?」
ベリアスの言葉を聞き情報担当官ギリドバは振り返り言う。
「……いえ、特にはありません。そのようなことが有れば1番にお知らせします。私はあなた様の忠臣です。どうか安心てお休みください」
情報担当官ギリドバは微笑み再び一礼すると向きを変えドアから出て行った。
ベリアスはドアが閉まるとソファに一気に座り込み天井を見上げた。
(とてもつもない蠢く巨大な力が西からやって来る。……夢は現実でない事を祈るばかりだ)
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