第360話 迫る軍勢24
エリーはボリスを隷属の術式から解放する
2国間和平交渉会議23日目夜。(大陸統一歴1001年11月5日0時頃)
エルフの集落、離れの一軒家。
黒ローブの者達20人はエリー達に従い全面降伏した。隊長であるボリスの命により、全員が反抗する事なく大人しく治癒治療を受け5人ほどのグループに分け各建物に収容された。
ボリスは1人、エリー達のいる離れの一軒家へ連れてこられてエリーと話しをしている。
「ボリスさん、あなたの隷属の魔導具は破壊してもよろしいですね。何か問題があればおっしゃってくださいね。それと顔の爛れは自分でつけたものですね。理由は理解していますが、あなた達はとりあえず全滅した事にしますのでよろしくお願いします」
エリーはテーブルの反対側に座っているボリスを見る。ボリスは黒い顔の半分を隠している仮面を外した。ボリスの顔の左目から頬までケロイド状に爛れていた。
「……ボリスさん、もうそれは必要ないでしょう。あなたの美しい顔が台無しです」
ボリスは無表情にエリーを見て言う。
「はい、ですが、もう元には戻せません。私の火炎術式で回復困難な方法を用いていますので」
ボリスは100年前の帝国権力抗争時、3大家門当主の息女だった。権力抗争時、一門の大多数は処刑されたが、その血統と美しいさから皇帝の側室への話があった。さらに優秀な後継者を産むために、だが、ボリスはそれを拒否、従属の術式前に顔を自ら解けぬ魔力で焼いたのだった。それでも、皇帝は魔法士としての能力に優れたボリスは処刑せず、最強の隷属契約術式でボリスを縛り闇の組織へ落とし汚い仕事をさせたのである。ボリスの顔に掛けた魔法術式は決して治癒出来ないものだった。
エリーはしばらく無言でボリスの顔を見つめて微笑み言う。
「大丈夫ですね。問題有りません。ボリスさんが良いのなら以前の顔に戻しても?」
エリーの様子にボリスは少し戸惑い言う。
「……女神様なら、容易い事なのですか? これは我が家に伝わる最上級の呪い系の連続発動する魔法です。私が死なない限り解くことは困難です」
「ええ、あなたはどうして隷属契約前に命を絶たなかったのですか? いつか復讐を成したいと考えたからではないのですか?」
エリーは椅子から立ち上がりボリスのそばによると右手で顔に優しく触れた。
「……苦しい思い、悔しい思い、後悔の念、色々あるとは思います。ですが、ボリスさんあなたはこれから自由に生きることが出来ます。何もにも囚われず。私は神ですそれを叶えることは可能です。ただ、叶えられないこともありますが、それは死者を甦らせることです。肉体を甦らせることを出来ても魂は無理ですからね。それは天界の掟に背くことですから」
ボリスはエリーの朱色の瞳を見つめて微笑み言う。
「あなた様は、本当に女神様なのですか? 確かに尋常でない力を持っていることは承知しております。では何故、私が悲しみに暮れて絶望した時、……お助けくださらなかったのですか? 私はすでに諦めております。今更です」
「……正直に申せば……女神は気まぐれ、いつも助けてくれるとは限らないと言うことです。そして女神とて世の摂理には逆らえないこともあると理解してください」
そう言ってエリーはボリスの手を取って握り締めた。エリーは精神体魅了スキルを発動する。エリーの体が白色のぼんやりした光に包まれと椅子に座っているボリスの体の力が抜けていく。
(……何か変な気分……気持ちが穏やかに、暖かいなんとも言えない心地よい……? なんだか……)
ボリスは徐々に頭で考える事が出来なくなっていく。ただエリーを見つめて幸福感に満たされて気持ち良くなって行った。
エリーはボリスに優しく語り掛ける。
「ボリスさん、あなたは私に必要です。そしてあなたも私が必要です。ですから女神の洗礼を受け入れなさい。あなたが無条件にただ受け入れれば良いのです」
ボリスは体の力が抜けて自分の体を支えられ無くなりテーブルの方へ倒れ込む。
エリーは軽々とボリスを抱えて持ち上げる。そしてベットに仰向けに寝かせる。
「ボリスさん、では穏やかにして寝てください」
エリーはボリスの顔を見て微笑み言った。エリーはボリスを絶対に洗礼して配下にしたかった。今後帝都カンバールを攻めるためには必要な人材、セレーナの見立てではメルティアの補佐にボリスがいれば作戦立案、諜報等のメルティアの弱点をカバー出来る。そしてボリスの配下も大きな戦力になる。まずは西のゴロシネス市を落とさないといけない、そのために無理にでもボリスをこちら側に引き入れる。
エリーは普段使用しない魅了スキルでボリスの精神体の警戒を解いていく。ボリスの精神体は魔法スキルで防御されていたが、そのような防御、セレーナの強力な魔力魅了スキルの前では無力。エリーはベットに寝かせたボリスに魔力を通して徐々に精神体を解放させた。
「ボリスさん、どうですか?」
エリーがベットに腰掛けてボリスの左手を持って尋ねた。ボリスの顔は虚で意識がハッキリしない感じだ。
(ボリスさん、なかなかのポテンシャルを持っています。本当は自ら望んで欲しいのですが。100年の隷属の縛りはボリスさんの自由意識を奪ったようですね。まずは隷属の契約を解除してそれからですね)
ボリスに掛けられた隷属の術式は、この世界でも最高位の魔法レベル。それを解除するためには方法はいくつかある。すでに深層のセレーナは魔導高速演算回路にて方法を見つけ出していた。改めてセレーナの魔法解析能力の高さに感心するエリーであった。
セレーナはこの世界の魔法術式の形式、術式の発動、そして今回のボリスから得た魔法術式情報から大方の魔法を把握していた。セレーナは他者の精神体記憶領域から得た断片的な情報さえ他の大量の情報と組み合わせ、回答を得る。セレーナの精神体内にある巨大な魔導高速演算回路は通常人手なら数百年掛かるような情報分析すら一瞬で終わらせてしまう、とんでもない分析処理能力。セレーナの強さは強力な魔力だけでなく、情報分析を行い最適な方法を選び改善、対処することにある。
(……セレーナ、任せるよ。私はしばらく休むから)
そう言ってエリーの意識は深層に沈み、セレーナが表層に現れた。
「ボリス、では今から施術を行う」
エリーは直ぐに魔力量を上げて紫色の光に包まれるとボリスの頭に右手を添える。ボリスはすでに意識を失い魔力の加護スキルも発動していない。
エリーはボリス爛れた左目から頬に触れて魔力を流していく。自動反発するボリスの魔力術式を直ぐに破壊して、顔の皮膚を治癒していく。そしてボリスの顔が再生されていく。
「……うん、思った通り」
エリーは頷く。
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