第353話 迫る軍勢17
迫る黒騎士隊
2国間和平交渉会議22日目午後。(大陸統一歴1001年11月4日15時頃)
ここは異世界、ローゼの隠し砦から7キロほど離れた森林地帯のエルフ集落。
エリーはメルティアの女神の洗礼の施術を終えた。問題は発生せずメルティアはこれで従来以上の力を得てセレーナの使徒となったのである。
メルティアの雰囲気は以前と変わらず美しい。内包する魔力量も回復前とは比べ物にならないくらい増えた。これで魔力残量を気にすることなく魔法を発動出来る。精神体もセレーナの加護を得たことで安定する。ハズだった。
「セレーナ様、……心が喜んでおります……。セレーナ様の一部になれた。セレーナ様と繋がった事に歓喜して震えが止まりません……」
そう言いながらメルティアが実際震える。エリーはしばらくすれば慣れて来るから問題ないと考えた。女神の洗礼はすれば反動があるからしばらくは様子を見なければならない、ユーリの時もそうだった。
そうして2人で部屋で過ごしているとドアがノックされた。〈トン、トン〉
「どうぞ!」
ドアがゆっくり開く。シエルが一礼して部屋の中に入って来た。
「セレーナ様、アオイ様をお連れしました」
シエルの後ろから小柄なアオイが姿を現し一礼した。
「セレーナ様、随分と派手に立ち回れているようですね」
アオイの幼く見える顔をさらに着ている民族衣装のような服が少女のように見せている。
「……ええ、食料確保してたらこうなった、みたいな感じです」
エリーは曖昧な返答をする。エリーの思考がアオイには見透かされている気がして少し嫌な感じだ。
「そうですか? セレーナ様には感謝致しますが……」
言いかけて、アオイの視線がメルティアに釘付けになる。
「メルティア……アーレン殿……なぜ、ここに? 生きていたのですか?」
メルティアはアオイに反応して視線を向けて、アオイに驚いた顔をする。
「上級魔族……! なんで?」
メルティアの反応にエリーが口を挟む。
「魔族じゃあありませんよ。アオイさんです。私の仲間です」
メルティアの反応はアオイの容姿があまりにも上級魔族の特徴と一致していたからだ。美しい黒髪、透き通るような白い肌、そして金色の瞳。魔族の王族系血統者の特徴そのものだった。
「仲間? 上級魔族がですか? そんな……そうですよね。女神様なのですから、全種族に分け隔て無く……」
メルティアは納得したように頷く。アオイは相変わらず瞳を見開きメルティアを直視している。エリーはアオイのそばによると耳打ちする。
「……? はい、承知しました」
アオイはエリーの言葉を聞いてコクリと頷く。
シエルが納得したように言う。
「通りでアオイ様を見るエルフ達の様子がおかしいと思ったのです。それで理由がわかりました」
その頃集落の中ではある噂があっという間に広まっていた。理由はよくわからないが魔族の姫君がセレーナ様の元へ訪れたと、もしかすると魔族と上手く話がまとまるかもしれないと。
エリーはアオイの記憶からメルティアとの関係も当然把握していた。ただ、今はお互いを知る必要もないと思った。因縁のある関係であることも承知している。メルティアの裁量ミスで敗走に繋がったことも把握している。だから今はアオイには堪えてもらう、そう判断した。
「アオイさん、今夜、魔族の襲撃が予定されています。なので支援をお願いしたのです。なにせ手練の数が多いので捌き切れないかもしれないので。アオイさんのリハビリに丁度良いかと思います」
アオイは相変わらずメルティアから視線を外さず見つめている。
「はい、セレーナ様、承知致しました。微力ながら尽力致します」
アオイは一礼して答えた。メルティアはアオイの視線に最初は怯えていたが、今は少し慣れて無視している。
「アオイ様……でしたね。なぜ私の名前を?」
メルティアがアオイを見下げて尋ねた。アオイとメルティアの身長差は20cmほどある。メルティアとしては別に高圧的に接している訳ではないが、周りから見ればそう見えた。
アオイはメルティアを見上げて。
「あゝ、メルティア殿は愚将として有名ですから、のうのうと生き延びていたには驚きです」
「……!? ぐ、ぐ将? 私だって……」
メルティアはぐっと唇を噛み締めた。エリーは慌ててアオイの肩に手を出して部屋の隅に引っ張って行く。
「アオイさん! ここは抑えて! ねえ! おながい」
エリーはアオイに申し訳ないような顔をして嘆願した。
「セレーナ様、少し苛立ったもので申し訳ありません……」
アオイが視線を下げて謝罪すると、エリーはメルティアを見て言う。
「メルティアさんも、アオイさんも私の大切な仲間なのです。今後ともよろしくお願いします」
そう言ってエリーはアオイを引っ張ってメルティアと握手をさせた。アオイの本意でない事は十分理解している。だが、今はこれでお願いします的な顔をしてアオイを見つめる。アオイは少し嫌な顔をしたが、諦めた顔で答えた。
「メルティア殿……よろしくお願いします。アオイ・アオバです」
「……アオイ・アオバ? 本当の名前は?」
メルティアの言葉にエリーが直ぐに反応する。
「本当の名前です! 他に何か?」
「いえ、魔族は本当の名前は呪詛などを恐れて語らないものだと……、そうですよね。教えてくれる訳がないですよね。ええ、承知致しました。アオイ•アオバ様ですね。私はメルティア•アーレンです。愚将で無く元大賢者と呼ばれておりました」
メルティアが微笑み言うと、アオイが引き攣った顔をする。エリーがアオイの肩を優しくポンポンと叩く。エリーはメルティアの勘違いを否定もしなかった。ここで説明するとややこしくなるし、アオイの遺恨が再燃してさらにややこしくなると思ったからだ。
「アオイさん、集落の長に紹介しておきます。トラブルを避けるために」
エリーはそう言ってアオイの腕に手を回して部屋を出て行く。
エリーとアオイがエルフ集落の長の家に着くとアルタス、そして娘のハンジが出迎えてくれた。
最初は怯えていたアルタスとハンジだったがアオイの柔らかい物腰に笑顔で対応してくれる。アルタスとハンジはセレーナの態度からアオイとセレーナはとても親しい間柄であると認識していた。そしてセレーナ様は魔族の高貴な姫君とも親交を持ち慕われているのだと勝手に誤解した。そしてアオイについての素性はアルタスもハイジも深く尋ねる事はなかった。
集落ではあっという間にアオイは好印象で認識された。通常、上級魔族はエルフなどに挨拶はおろか、声さえ掛けてはくれない。だが、アオイは情報収集のため気さくに低姿勢で言葉を交わし、エルフ達と話をした。物珍しさも手伝ってアオイの周りにはエルフ達が集まった。
◆◇◆
エルフの集落から2キロほど離れた森林。
黒ローブの集団の先行した2人が大木の根元で話をしていた。この者達はスキルを使用して獣気配に偽装してここまで侵入していた。
「……気づかれては、いない」
先ほど集落の1キロ先まで接近して、望遠鏡を使い集落内の様子を確認して来たのだ。ローブのフードの下には無粋ヒゲを生やした30代くらいの魔族の男性が言う。
「……ハイエルフの居場所も特定した。西の外れの一軒家に居るらしい。気になる情報が有るのだが……どう思う? あの村に魔族の姫君がいるらしいのだ」
男は村外れでエルフを1人拉致して記憶操作を行った。痕跡が残らないよう短時間で表層の記憶を読み取りそのエルフを解放後、直ぐに戻って来たのだ。
もう1人のフードからわずかに見える耳からエルフと思われる女性特徴からダークエルフのようだ。
「……何を言っている。それが事実ならヤバい事になるぞ。今夜、準備が整い次第ハイエルフを奪還するのだからな。もし王族系の魔族が関わっているとすれば……とりあえず急ぎ知らせねば」
「念話は通じないぞ! 当然魔導通信機は探知されるから使えん」
30代の無粋ヒゲの男性魔族が言った。
「じゃあ、直接知らせる」
「もう2時間もすれば合流出来る。それまで待てば良い」
「お前、ベリアス様以外、作戦中止は出来ないのだぞ。早く頭に知らせて対処しないと」
「……? どうする」
「私は急ぎ頭に知らせる」
そう言いてローブのダークエルフは森林の中へ消えた。残った無精ヒゲの魔族男性は一瞬あまりの速さに驚き呆然としたが、待つしか無いと諦めた。
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