第350話 迫る軍勢14
ランディとカルヤは模擬戦闘を行う。
2国間和平交渉会議22日目朝。(大陸統一歴1001年11月4日8時頃)
ここは異世界、ローゼの隠し砦から7キロほど離れた森林地帯のエルフ集落、中央広場。
エリーは木から削り出し造った木剣の最終仕上げをしていた。ランディとカルヤの修練試合を行うためだ。流石に真剣でさせる訳にはいかないと思ったからだ。エリーは魔法スキルを使い木剣20本を10分ほどで作成した。集落のエルフ達がエリーを褒め称える。エリーは若干ウザイと思ったが笑顔で応えた。
エリーは仕上げた木剣をランディとカルヤそれぞれに渡す。
「じゃあ、頑張ってね」
エリーが声を掛けるとランディ、カルヤそれぞれ嬉しそうな顔をした。昨日までとカルヤの印象は大きく変わっていた。それは獣人として確かに可愛かったが少し野暮ったい雰囲気だった。今は洗練された美少女のような雰囲気で精悍さが増していた。それをランディも感じとったようで少し戸惑った様子だ。
審判はエリーが務めることになった。そしてランディとカルヤはお互いに距離を取り位置に着く。
エリーが両者に目をやり声を上げる。
「双方良いか!」
ランディとカルヤが頷く。エリーはそれを見て右手をを上げると声を上げた。
「それでは、始め!」
エリーが掛け声と共に右手を振り下ろす。そして直ぐに動いたのはカルヤだった。木剣を右斜下段へ構えると左足を蹴り出し、一気に飛び出しランディの前に距離を詰める。そして間を置かず猛烈な速度で連続斬撃を放った。ランディはすかさずカルヤの斬撃へ木剣を打ち込み外へ逸らすが、返しの突きが鋭く入って来る。ランディはたまらず後退した。
「……おい、お前、昨日とまるで別人だな」
思わず間合いをとったランディが声を漏らした。カルヤは笑みを浮かべ、ランディへ声を上げる。
「はい! セレーナ様に鍛えられましたので! まだ、このくらい準備運動です」
「……!?」
ランディが明らかに嫌な顔をする。いつも余裕の顔のランディにしては珍しい表情。
カルヤは直ぐにランディに距離を詰め連続斬撃を放ち続ける。ランディはそれを巧みにいなすが、防戦一方で攻撃を仕掛けることが出来ない。
(……おいおい、これはなんだ……コイツ本当に別人だ。まるでセレーナ様と打ち合いをしているようだ)
ランディはカルヤの体と木剣の動きを視感しながら隙を探るが、打ち込みどころが見つからない。それどころかカルヤの動きが徐々に早くなって来ている。ランディの対応が少しづつ遅れ木剣が弾かれ始める。周囲に木剣の擦れぶつかり合う激しい音が木霊する。
(ちっ! 俺が追い込まれてる! これはマズイ……!? 本気を出すしかないのか? 時間を掛けると不利なパターンだ)
ランディの顔が真顔に変わり、身体強化を上限まで一気に上げる。そして上体を沈み込ませると上方へ飛翔、カルヤの斬撃を半身でかわす。そして一気に木剣を振り下ろした。ランディの渾身の一撃。カルヤは木剣を掬い上げそれをいなす。
「……!」
ランディは予測通りの行動とばかりに着地と同時に右足が前に出る。ランディの猛烈な足蹴り、カルヤを仕留めたと思った瞬間。カルヤは腹部を逸らして足蹴りはカルヤを捉えること無く空を切る。そして、すぐさま反転したカルヤから鋭い回し蹴りがランディの横腹を掠めた。ランディはたまらず距離を取らざるおえなかった。
(何が起こっている? コイツの動きがますます早くなってきている)
ランディはしょうがなく、身体強化の上乗せスキル、身体加速スキルを発動する。
ランディが退がる度に距離を詰めて斬撃を放って来るカルヤに苛立ちを感じ始めていた。ランディはすでに身体強化、上乗せスキルを発動してカルヤの剣撃に対応していた。残りのスキルを発動するか迷う。残りは一撃必殺の瞬殺スキル超加速剣撃、通常は剣に魔法を通して使用するが今回は反則行為になる。もし超加速剣撃スキルを使用してカルヤを仕留められなければ、もはや我慢くらべとなってしまう。
スキル使用を躊躇するランディ。その間にもカルヤの鬼神のような連続斬撃に押し込まれるランディ。周りで修練試合を見ているエルフ達からドヨメキが起こる。余りにも激しい打ち合いに、双方の目で追えないほどのスピードの剣撃戦。そして修練試合はこのあと呆気なく終わりを迎える。
カルヤの動が徐々にキレがなくなり始める。
(……? みなぎっていた力が……)
カルヤの視界が歪み始めた。カルヤはスキルを全力発動していた、その反動が出始めたのである。ランディがそれに気づかない訳は無い。
明らかなカルヤの変調にランディは罠ではないかと疑い、牽制の斬撃を入れてみる。先ほどまでと勢いが失われ対応が遅れていた。ランディは罠で無く、カルヤが何かしらの問題を抱えていると判断するや否や、長身を屈めてカルヤの下へ潜り込む、そして木剣の柄を一気にカルヤの腹部へ打ち込んだ。それは呆気ないほど簡単にカルヤの腹部を捉えた。可愛い少女のようなカルヤの顔が歪み呻き声を発した。
「がーーっはあ!」
カルヤは、そのままよろめき2、3歩退がると仰向けに倒れ込む。ランディはふっと息を吐き倒れたカルヤを見据える。
「……ヤバかった」
そしてエリーが倒れたカルヤに駆け寄り確認すると声を上げる
「勝者! ランディ!」
そして一瞬の間を置いてエルフ達が歓声を上げた。エリーは直ぐにカルヤを抱えて治癒スキルを発動、患部を癒していく。
ランディがエリーのそばにより不満そうに声を掛けた。
「カルヤに何をしたのですか? 危うくやられるところでした。まるでセレーナ様と戦っているようでした」
「……そうだね。カルヤ、いい感じだったでしょう? ただ体がまだまだ馴染んでないから、予想通りの展開になっちゃったね。でも、まだ魔法スキルを全部使って無いから、ランディもうかうか出来ないよ」
ランディはそれを聞いて顔を顰める。
「……はい、不公平感は有りますが、セレーナ様の私への期待の気持ちと受け止め。精進致します」
ランディはそう言って頭を下げた。エリーに抱えられたカルヤが意識を取り戻す。キョトンとした顔でエリーを見つめたあと、両手でエリーを抱きしめる。
「セレーナ様! すごいです! あのランディさんとここまでやり合えるとは……、本当! 信じられない……セレーナ様のお役に立ってみせます、必ず」
エリーはカルヤの背中を叩いて興奮気味のカルヤを落ち着かせる。
「……あっ! 申し訳ありません! つい」
エリーの後ろに立っていたランディが不機嫌な顔でカルヤを見つめている。カルヤはエリーから体から体を離すと丁寧に頭を下げた。
「新しい世界を見せていただき、感謝致します」そう言ってランディの元により頭を下げる。
「ランディさん、よろしくお願いします。お役に立てるかどうか分かりませんが、ご指導をよろしくお願い致します」
カルヤの言葉を聞いて、ランディはカルヤの顔を見て口元を緩める。
「あゝ、もうお漏らしはしないでくれよ。あとが大変だからな」
「……! えっ! ランディさんはもっと紳士的な方と思っていましたが、違うようですね」
カルヤは顔を赤らめ怒ったり顔をする。そして、ぷいと顔を逸らすとエリーの元に駆け寄って言う。
「……あの……上官はひどいです。なんとかなりませんか」
「……大丈夫です。ランディは根はとても良い人です。カルヤにとって掛け替えのない人になる事は間違い有りません。とりあえず頑張ってください」
エリーはそう言って、カルヤの肩をポンと叩いてその場を離れて行った。そのに残った2人は、しばらく沈黙する。
「……まあ、セレーナ様のご命令だ。しばらくは面倒を見てやる」
ランディが気まずそうに言って歩き出すと、距離を置いてカルヤも後ろを着いて歩き出した。
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