第345話 迫る軍勢9
エリー達は襲撃後の片付けをした
2国間和平交渉会議21日目午後。(大陸統一歴1001年11月3日15時頃)
ここは異世界、ローゼの隠し砦から7キロほど離れた森林地帯のエルフ集落。
エリー達が獣人戦士斥候部隊の襲撃を退け、2時間ほど経過していた。
戦闘終了直後、エリー達3人が斥候部隊を圧倒して勝利した事で、エルフ達は広場に集まり歓喜に沸き女神セレーナと従者達をしばらく讃えたのであった。
エリーはまず、襲撃斥候部隊全員の生死を確認、重症者はいたが死亡者はおらず、直ぐに治癒処置を行った。シエルとランディの働きに感心しつつ、斥候部隊全員の治療を済ませて分散して仮に設けた収容施設に収容した。
治癒スキルの使えるランディとエリーが手分けして治療を行い概ね問題無く全員ある程度回復に成功した。酷かったのはエリーが電撃攻撃を加えた獣人戦士達と隊長カルヤであった。だが、セレーナの治癒スキルであれば問題無く回復させることが出来た。周囲にいたエルフ達はそれに驚愕しエリーを更に崇めるのであった。
襲撃斥候部隊全員33名を拘束収容して、回復意識の戻った者数名をシエルが尋問を行ったが、大した情報はなかった。やはり隊長級獣人女性戦士から聞き出すしかないのだが、ダメージが酷かったので治癒スキルで体は回復させたが、治癒反動が大きく意識が直ぐには戻りそうになかった。
エリーは周辺で自動情報収集している遠視眼から、大軍が大森林の東部入口で集結しているのは知っている。出来れば長期戦は避けたいエリーは軍勢の戦力状況を把握し早期に処理を行いたいと考えていた。今回の襲撃斥候部隊を生かした目的は情報収集と、斥候部隊兵の一部を戻し敵の情報を吸い上げることと内部撹乱だ。そのためには部隊長級をこちらの手駒として戻す必要があった。
エリーとランディは集落の臨時詰所となった民家の部屋で今後について話していた。部屋の窓際のベットには斥候部隊長カルヤが寝かされている。カルヤは内臓損傷、身体各部の骨折等まあまあ酷い状況だった。そして精神状態も不安定な状態であった。肉体的には圧倒的なセレーナの治癒スキルで再生は瞬時に行われたため生命的には問題なかった。
「ベットで寝ている女性が部隊長でした。あなたが痛めつけた獣人女性です。カルヤさんと言うそうです。元の部隊に戻したいのですが、どうでしょうか? 私の見立てでは精神的にかなりのダメージを負っています。肉体的には何度か治癒スキルで処置すれば完治に問題はないのですが……」
エリーは椅子から立ち上がり奥のベットに寝ている獣人女性を見る。ランディは銀髪をかき上げるとしばらく考えてエリーに言った。
「……まあ、直ぐには無理があると思います。まだ数時間しか経ってないのですから」
ランディは、そう言ってカルヤとの戦闘後のやり取りを思い出す。カルヤは確かに酷い状況だった。
「……セレーナ様と従属契約を結べば良いのではないですか?」
ランディは諦めたようにエリーに言った。
「ランディ、わかっていると思いますが、従属契約のためには精神体がある程度安定していないと、精神体が魔力に侵され心が壊れるのです。もう二度と元に戻る事は有りません」
「……セレーナ様、私を責めているのですか? 私は、別に追い込んだつもりも有りませんし、心を壊すつもりも……この女性戦士がここまで脆いとは予想外でした」
エリーはベットに寝ている獣人女性戦士カルヤの側に寄ると顔に触れる。
「ほんと……この耳、ホンモノなんだよね。寝顔が幼く見えますね。余談ですが、エルフの方から聞いた情報によると、獣人族の戦士は負けたらその者の配下、もしくは婚姻を結ぶそうです」
「……?」
エリーは獣人女性戦士カルヤの頭を撫でながら、ランディを見る。
「こんな可愛い子を、失禁するまで痛めつけたのですね」
「……セレーナ様……、私の判断ミスでした。申し訳ございません」
ランディは真顔で謝罪一礼した。エリーはそれを見て言う。
「言っておきます。この世界では私達の力は圧倒的です。あなただって女神の紋章を刻んでさらに能力は向上しています。だから力の使い方は細心の注意を払わなければならないのです」
「……!? セレーナ様……言い難いのですが、聞いた話では、ワイバーン50体を肉片にしたと……」
ランディが遠慮したように嫌味を言った。それをエリーは気にした様子は無く獣人女性戦士カルヤの頭を撫でている。
「……まあ、しょうがないですね。とりあえず落ち着くまで待つとしましょう。それでは、副隊長クラスでなんとかしましょうか」
エリーは獣人女性戦士カルヤの頭を撫で続け一向に止める気配が無い。ランディはそんなエリーに言った。
「……セレーナ様、シエルさんのところへ行かなくてもよろしいので?」
「……少しくらい遅れても問題ないです。この子が目覚めるのを待っても良いし……、あゝ、そうですね。間者を送り返す計画を進めないと」
エリーは獣人女性戦士カルヤから手を離すとランディを見て言う。
「しばらく見ていてください」
そう言ってエリーは部屋から出て行った。ランディはエリーが出て行くと、ベットに寝ている獣人女性戦士カルヤを見てはーあっとため息を吐いた。
◆◇◆
エリー達のエルフの集落から東へ50キロほど離れた街道沿いにゴロスネス軍勢4000騎が野営を張り待機している。先ほど都市ゴロスネスからの後詰が合流して数を増していた。
西地区主席担当官ベリアスは、野営テント内で主要メンバーと作戦会議を行なっていた。メンバーは情報担当官ギリドバ、ゴロスネス守備兵団長ゾリス、ゴロスネス守備兵団副官ヴェレンの4名。野営テント周辺には魔法障壁が張られて盗聴などを防止している。
ベリアスが獣人副長ヴェレンから報告を聞いて怪訝そうな顔をする。
「……あの好戦的なカルヤ隊長を、集落偵察に送ったとは……、でえ! 報告は?」
ベリアスは魔族であるが権威主義者では無く、他者の意見を聞き入れたり、多種族にも寛容で実力があれば登用し取り立てた。部下の特性も把握して適材適所を心がけた。だからカルヤ隊長がどんな人物か。
獣人副長ヴェレンが報告する。
「……集落への侵入は行われたものと……。新たな報告は、まだ有りません」
ベリアスが情報担当官ギリドバを見て渋い顔をする。情報担当官ギリドバは頷き声を顰めるように言葉を発する。
「……もう少し早く情報共有をしておけば良かったのですが。まず、お伝えする事は、魔王が恐らく復活していると言う事です」
ベリアス以外の2人が驚愕の表情を浮かべる。
獣人副長ヴェレンが情報担当官ギリドバに口を挟む。
「何故早く報告してくれなかったのですか? 知っていればカルヤを送ったりしなかった」
ヴェレンは脅威の事前情報はある程度把握していた。それより獣人族の実績を優先したのだ。カルヤなら結果を出すだろうと、しかし相手が魔王となればカルヤの勝算はほぼ無い、ヴェレンは上司としての責任を情報提供の不備へと誘導したのであった。
「ヴェレン殿、あなただってある程度の危険度は把握していたハズです。魔王と聞いた途端に不満を申されるのはいかがかと」
情報担当官ギリドバがメガネをあげて目を細める。
「……! だがしかし、魔王などと……」
ベリアスが獣人副長ヴェレンを諌めるように言葉を発した。
「もうよい! それより慎重に行動しなければならない。これより先の進軍は情報が入るまで行わない。良いな。それと勝手に部隊を動かさないよう。たとえ小隊規模であったとしても私の承認を得なければ動かさないことを徹底せよ」
この言葉をにより集まりは解散となった。それから10時間ほどして、カルヤ斥候部隊の副官アルルと数名の者が生還、カルヤ部隊の大惨敗の報告を受けるのであった。
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