第344話 迫る軍勢8
ランディと斥候部隊長カルヤは戦闘するが
2国間和平交渉会議21日目昼。(大陸統一歴1001年11月3日13時頃)
ここは異世界、ローゼの隠し砦から7キロほど離れた森林地帯のエルフ集落。
現在、ゴロスネス派遣軍、斥候部隊が集落を襲撃していた。本来の目的は情報収集であったが隊長カルヤが突入を決意、戦闘が開始された。
カルヤ達3人の獣人女性戦士は、ショートソード2本を使い進路を塞ぐ、銀髪の長身男性と戦闘を始めた。
獣人女性戦士ラリアが小ぶりな弓を構えて銀髪長身男性と距離を取る。獣人女性戦士アルルが剣を振るい隊長カルヤのサポートを行う。
銀髪長身男性は涼しげにショートソード2本を使い、カルヤ達の剣撃を巧みにいなす。
(……この男、ただ者では無い! この連携攻撃を受けて……)
隊長カルヤは少し焦りが芽生える。長身男性はショートソード2本をあらゆる方向へ変幻自在に突き出し、払い斬撃を放って、カルヤ達を押し込めて来る。
(……何かがおかしい?)
隊長カルヤには長身男性の動きが、見切れないほどでは無いギリギリの領域で抑えられている気がした。
「……ワザと接戦を演じている!?」
隊長カルヤから声が漏れる。距離を取り弓を放つラリア、放たれた矢は銀髪長身男性の直前で発動した防御シールドによって潰れて砕け散る。隊長カルヤは驚いたように声を上げる。
「これは……自動発動魔法、飛び道具は通じぬと!」
銀髪の長身男性はカルヤ達を視界に収めながら余裕の顔つきをしてショートソード2本を振るっている。隊長カルヤは前に出たり退いたりしながら斬撃を繰り返し放っているが、長身男性はその場からほとんど動く事なくカルヤ達の剣撃をいなしていた。
部隊長カルヤは徐々に焦りと苛立ちを覚え始める。
(……これは一体? 私達が弄ばれている?)
そして周囲の森から斥候部隊の支援増援が一斉に出て来た。素早く集落内に突入すると一斉に隊長カルヤの元へ駆けつけようとした。その数20名ほど、隊長カルヤが銀髪の長身男性と剣撃を交えながらほっとしたような顔をする。
「……これで、大丈夫」
隊長カルヤが声を微かに漏らす。次の瞬間、隣りでサポートしていたアルルが横へ吹き飛んで行った。
「ぐーーへえっ!」
アルルの可愛い少女のような顔が歪み苦悶の表情を浮かべながら隊長カルヤの視界から消えた。隊長カルヤには何が起こったのか理解出来なかった。銀髪の長身男性の動きが一気に加速、隊長カルヤが見切れないほどの圧倒的な剣撃が銀髪長身男性から繰り出されカルヤの体をかすめる。たまらず隊長カルヤは後退体勢を整えようとするが、立て直す前にショートソード2本が一定の距離で詰めて来る。どんどん追い詰められる隊長カルヤ。一瞬でも気を抜けば致命傷を負うだろう、そう思わせる剣撃。
銀髪長身男性の動きは無駄が無く美しく、そして一撃一撃が重く、剣で受け流す事も出来ず隊長カルヤの剣は弾かれる。既に身体強化を最大限に使用してこの有り様である。
(……時間が経てば経つほど、自分が消耗させられているのがわかる……間合いに踏み込む隙さえ無い……)
隊長カルヤは精神的に追い詰められる。突入した配下の確認すら出来ない状態。自分はS級の身体能力を持っている、その自信が徐々に失われて行く。たった一人のこの銀髪長身男性に、もう既にアルルはやられ、ラリアは近づくことさえ許されない。自分が仕留められればラリアは逃げる事さえ出来ずやられるだろう、そんな悲しい予想しか出来ない圧倒的な強者。
(……私の判断が甘すぎた。逃げる事さえ出来ない)
隊長カルヤを疲労感が体のキレを奪い、徐々に銀髪長身男性への対応が遅れ出す。そしてついに剣が弾かれ剣の柄から両手離れた。
「……ああああっ!」
隊長カルヤは声を漏らし後方へ飛び下がるが、銀髪長身男性の足蹴りが瞬時に追いかけて来た。
「ぐーーわっ!」
隊長カルヤの腹部にまともに銀髪長身男性の右足が食い込み、隊長カルヤの体がくの字に曲がる。そして物凄い勢いで後ろへ飛ばされ家屋の壁に激突した。
隊長カルヤはそのまま背中は壁を滑り地面に倒れ込んだ。意識はかろうじてあったが激痛でどこが負傷したかもわからない。壁で頭を支え目だけ動かして周囲を確認する。周囲に動くものは無いラリアらしき獣人が10mほど先に倒れているのが見える。隊長カルヤは絶望感しかなかった。自然に瞳から涙が溢れ出た。
(……取り返しのつかない……私は……)
隊長カルヤは涙を拭う事も出来ない。壁に激突したショックで大きなダメージを受け手足を動かす事さえ出来ずにいた。ハッキリしない視界にぼんやりと銀髪長身男性が近づいて来るのがわかった。そしてさらに後ろに巨大な何かが降りて来る、赤褐色のドラゴンだ。動かないはずの体がガクガクと震え出す。本能が恐怖から体が震えているのだ。自分では抑えられない衝動。
隊長カルヤは口が勝手に開き言葉を発する。
「……も、も、う、ゆ、ゆる、じて、くだ、さい、どう、か……」
隊長カルヤは自分の発した言葉に驚愕する。本能が勝手に自分の意思とは関係無く口が開いたのだ。隊長カルヤは、獣人女性戦士として恵まれた血統、早くから素性の良さ認められ、今まで敗北らしい敗北を味わった事が無かった。唯一の敗北は現在の上司であるヴェレンくらいであった。それでも勝負はなんとか出来るレベルであった。だがしかし、今回の相手は勝負にすらならない圧倒的な強者。それは隊長カルヤの自我を崩壊させる。
隊長カルヤは配下達に約束していた、お前達は私が絶対守ってやると、だが今回、自分の身さえ守れない。自分は世界において弱者なのだと思い知らされた。
隊長カルヤは残る力を振り絞り激痛に耐えながら、体を前に倒して這いつくばり、目の前の銀髪長身男性に嘆願するように辿々しく口を動かす。
「わ、だ、し、わ……ど……」
隊長カルヤの言葉は続かない。銀髪長身男性は屈み込むと、仰向けに倒れている隊長カルヤを両手で支え上半身を抱き起こす。
「……怯えるな! 大丈夫! お前を殺すつもりは無い。主様から殺すなと言われている。死なれては俺が困る。しっかりしろ!」
銀髪長身男性から発せられた言葉は、隊長カルヤには予想外の言葉だった。絶望感の中で戸惑い思考が混乱して涙がさらに溢れる。もはや最強と言われた獣人女性戦士の姿はそこに無い。そして下半身の接する地面には大きな水溜まりが出来ていた。カルヤは無意識に失禁していたのであった。
◆◇◆
エリーはランディが3人の獣人女性戦士と戦闘を始めるのを確認すると、周囲に展開している残りの獣人戦士の位置を確認する。
直ぐにシエルに伝心念話で指示を出す。
〈西方向の10名を任せた! あとの20名は私が対処する! 良いか!〉
《はっ! セレーナ様! 承知致しました!》
シエルから気合いの入った念話が返って来る。エリーはとりあえず集落の1番外側で待機している獣人戦士達10人を片付けることにする。位置は既に把握済み、西約500mに固まって待機している。エリーは上空に待機させていた、10cmほどの紫色の魔力球体を獣人戦士達の方へイメージで視感してロックオンした。
始動した魔力球体は一気に下降、獣人戦士達10人へ襲い掛かった。紫色の魔力球体の攻撃力は今回は十分に最適化されている。前回のワイバーンのように一撃で爆散するような事は無いよう、獣人戦士達の耐性を分析して意識を失う程度に調整している。今回は電撃攻撃を選択していた。
森林の中で訳もわからず、逃げ惑う獣人戦士達。電撃を浴び悲鳴や呻き声を上げ次々と無力化されていく。エリーは後方の獣人戦士達の制圧を確認すると、直ぐに集落へ突入を開始した獣人戦士20人へ意識を向ける。既に東側から10人が集落内に侵入しているが、シエルが直ぐに対応する。
シエルは事前に身体強化しており、初動から獣人戦士達を圧倒する。先頭の獣人戦士5人があっという間に空を舞う。そして反転すると横から斬撃を連続で放ち5人を倒した。なす術なく倒された獣人戦士達。女神の紋章を刻み能力向上したシエルの前では敵ではなかったようだ。
エリーは無数の魔力球体を自分の周りに集めると、集団で突撃体勢を取る獣人戦士達へと向けて一気に放った。次の瞬間、獣人戦士達が狂ったように逃げ惑い悲鳴を上げながら倒れて行く。
エリーは周囲を再度感知し美しい良く通る声で発する。
「戦闘終了です! 負傷者の治療を!」
集落離れ一軒家の窓から、戦闘を気づかれないように見ていたハイエルフメルティアは獣人戦士達の敗退を驚愕していた。そして、セレーナにどんどん心酔する自分に気づいていなかった。
(……せ、セレーナ様……全知全能たる女神……、神の前では、いかなるものも無力なのですね……。あああああ! 私もセレーナ様のお側にお仕えしてお役に立ちたいのに……)
ハイエルフメルティアの精神内はセレーナの存在が大きく占めるようになっていた。
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