第343話 迫る軍勢7
斥候部隊長獣人カルヤは精鋭を率いてエルフ集落へ
2国間和平交渉会議21日目昼。(大陸統一歴1001年11月3日12時頃)
ローゼの隠し砦から東へ60キロほど離れた街道沿いにゴロスネス軍勢2000騎が待機している。
先発隊軍勢の指揮官ゾリスは獣人族の副長ヴェレンに斥候内容について報告を受けていた。ここより先の大森林地帯の現在の状況、短時間で森林の状況は一変していた。エルフ達の集落がここより広がる森林地帯100キロ圏に3ヶ所あるがひとつの集落から連絡が途絶えたこと。そして、ゴブリン種500体、オーク10体、レッドウルフ3体の反応が消失したこと。そして森林の上空をレッドドラゴンが我が物顔に飛び回っていること。
「……なんだと!? ドラゴンが? そんなのもう随分前に死滅したはず……この大陸には使役された下位竜ワイバーン以外いないはずだ!」
先発隊指揮官ゾリスは顔色を変える。
「……ベアリス様から頂いた情報は誠のようだ。ここより先の進軍は無謀のようだ。ブレスの一撃でひとつの都市が消失すると言われる。ドラゴンか……。それは間違いない情報なのだな」
獣人族の副長ヴェレンはコクリと頷き答える。
「……は、はい、私の信頼出来る部下が複数人それぞれ別の場所で目撃しております。それは空を覆うほどの巨大な竜だったと、目撃時間場所、特徴等から1体のみと判断しております」
先発隊指揮官ゾリスは笑い声を漏らす。それは恐怖を通り越して思考が停止したからだ。
「……古代種上位竜が何体もいたら世界が滅ぶぞ。それに対抗するには神格竜種しかおらんが」
獣人族副長ヴェレンが不要に笑うゾリスを見て言う。
「斥候を連絡の途絶えたエルフの集落へ向かわせております。報告は今日中には入るものと」
「……!? そこは危険だな」
先発隊指揮官ゾリスが真顔になり獣人族副長ヴェレンにポツリと言った。
「……? ゾリス様、大丈夫です。我が隊の1番の実力者3名です。絶対に遅れをとることはありません」
獣人族副長ヴェレンが自信ありげな顔で答えた。先発隊指揮官ゾリスは茶色の瞳を見開いてヴェレンの両肩に手を乗せて言う。
「ヴェレン……、お前には伝えて無かったが、ワイバーン騎兵連隊が一瞬で壊滅した。あのヤルク隊がだ。1都市を壊滅出来るほどの鉄壁な防御攻撃力を有するあのヤルク隊が……、壊滅詳細情報は無いが、相手はとんでもない魔法を使う。我々が探知出来ない何かだろうが。だから直ぐに引き上げさせろ! お前の大切な部下のために」
「……!? しかし、情報が無ければ動けません。彼女達が例え生きて帰れないとしても、情報をもたらせば、価値は十分あると……。そして、こちらの犠牲が減るのであれば、彼女達も本望でしょう!」
獣人族副長ヴェレンは語気を強めた。ヴェレンは大陸での獣人族の地位向上のためには有益性を示さねければならない。それが今回、チャンスが巡って来た。それを逃す訳にはいかないその一心だった。多少の犠牲より獣人族全体を優先した言葉だった。もちろん勝算があると思っていたからでもある。圧倒的な身体能力を有しA級魔物とも十分に渡り合える彼女達なら生きて帰って来ると思っていたのである。だがそれは甘い見込み、相手が想定の数10倍も上回る力を有するなど思っていなかったのである。
「……、もはや引き返せません、探知対策で魔導無線機は投棄して連絡手段はございません」
「……! ヴェレン、お前……わかった。報告はを待とう。ベアリス様へは進軍は情報収集後決定するとお伝えする」
先発隊指揮官ゾリスは弱々しく獣人族副長ヴェレンに言った。
「はっ! ご期待に応えるよう尽力致します!」
獣人族副長ヴェレンは安堵感を感じて顔を緩めた。ヴェレンは情報収集のため手練の部下50名を大森林へ向かわせていた。1番優先したのはここより50キロ先のエルフ集落だった。ヴェレンの配下で1番実力を持つカルヤ率いる3名を送り、バックアップに集落周辺に10名を展開させた。さらに後方の後備え20名、通常なら300人から500人の集落なら簡単に制圧出来るレベルの陣容であった。例えS級が1人くらい居たとしても対応できる備えであり。万が一相手が想定以上だったとしても逃げ帰れば済むと思っていた。
獣人族副長ヴェレンは懐中時計を見て呟く。
「時間だな。潰せれば良いが……、まあ、相手の戦力がわかれば良いか」
◆◇◆
ここはローゼの隠し砦から7キロ離れたエルフの集落。
エリーはすでに隠し砦からランディを呼び寄せ襲撃に備えていた。隠し砦ではイバラキが目覚め警備体制には問題は無いと判断してランディを呼び寄せたのだ。
エルフの集落へランディがやって来て、とりあえずエルフ達に紹介したが、女性エルフ達の反応が過剰なものだった。それを気にしてエリーはランディに釘を刺した。
「くれぐれも、エルフには手を出さないように……、万が一、手を出すようなことがあれば、わかりますよね。ランディ!」
「はい、承知しております。私の思いびとはただ1人でございます。それ以外、他の者に心を奪われることは有りませんので」
ランディは涼やかな雰囲気でサラッとエリーに答えた。エリーはその思いびととは誰なのか気には掛かったが知るのが怖かったので受け流した。
すでにエリーはゴロスネス軍勢の放った特殊部隊の侵入を30キロ手前から感知していた。遠視眼、魔導感知球を使い部隊の人数、戦闘能力まである程度把握していた。侵入方向から目標がこの集落であると判断、応援増員のためランディを呼び寄せたのだ。
1時間前にはエルフ達に状況を通達、備えを構えた。部隊到達予想30分前にはワイバーンアニー、ガロンを上空に上げ隠蔽、警戒させた。
「夜襲と思いましたが……、自信が有るのですね。もう突入するつもりのようです」
エリーは後ろに控えるシエル、ランディに声を掛けた。
「では、打ち合わせ通り、お願いします」
エルフ達は家屋に引き篭もり誰1人、屋外には居ない。エリーは今のエルフ達の戦闘能力では、今回の襲撃者達に対応出来ないと判断したからである。そして要らぬ犠牲や人質に取られても困ると思っていた。最初は女神様を戦わせて自分達が隠れるなどと、不満も出たが集落の長アルタスが上手く抑えて納得させてくれた。
「獣人の身体能力は高いようですが、実際どんなものなのでしょう?」
「……さあ、どうでしょうか? 私も経験が有りませんのでなんとも」
シエルが答えると一礼して、エリーから離れ持ち場へと移動して行く。
エリーは直ぐに意識をセレーナへと譲る。瞬間的に銀髪が輝き始めた。そしてエリーは周囲に10cmほどの紫色の球体を数10個生成する。それを直ぐに上空に上げ展開させた。準備は整った。エリーは念話で備える全員に通達した。
まさかカルヤ達は、相手が準備万端で待ち構えているなど想像もしていなかった。
◆◇◆
ここはエルフ集落手前の森林。集落まで300mほどの距離。
木の陰に隠れているカルヤ達の後ろに素早い動きの獣人が現れる。集落の周辺に展開する配下の1人が報告のためにやって来たのだ。
「カルヤ様! エルフ達の気配が全く有りません。それと危惧されたドラゴンも居ないようです。中央にエルフでなく人間種の女性らしい者1名のみ確認致しました。そしてこの集落には争った跡、破壊の痕跡は確認されませんでした。作戦通り、カルヤ様突入後、機を見て我々も突入致します」
エリーは前もってエルフ達に隠蔽スキルを発動、エルフ達の気配を消していた。襲撃相手から見れば無人の村に見えたのだった。
斥候部隊長カルヤは一瞬考える。これは罠なのかもしれないと、だが、自分達の実力を持ってすれば容易くひっくり返すことは可能だと判断した。どんな罠だろうと伏兵が居ようと関係無いそう思っていた。この時点では。
「……、合図を待て」
カルヤが配下の獣人へ指示した。獣人は一礼すると直ぐに森の中へ消えた。
「……ラリア、良いか?」
部隊長カルヤが隣の獣人女性ラリアに視線を向ける。
「はい、お任せを! 敵がいてもカルヤ様に近づけさせません」
獣人女性ラリアが微笑み答えた。部隊長カルヤは剣を鞘から抜き放つ。そして森から踏み出しと猛烈な速度で走り出す。その速度は生き物の域を超えていた。追随する獣人女性戦士も少し遅れているが僅かだ。あっという間に獣人女性戦士は集落内に突入した。抵抗も無く。静まり返る集落内。
「……!?」
部隊長カルヤは集落広場に居る女性を目指して移動するが、突然目の前に黒いローブを羽織った銀髪の長身男性が現れる。
「人間種!? 魔族か?」
一瞬、部隊長カルヤは目の前10mほどに居る長身男性に見惚れてしまていた。気持ちを直ぐに否定する。そして、脅威だとすぐに認識する。気配も感じさせず現れたこの男性は仕草から只者でないことを感じ取った。
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