第339話 迫る軍勢3
魔族情報担当官ギリドバの生い立ち
2国間和平交渉会議20日目夜。(大陸統一歴1001年11月2日21時頃)
ローゼの隠し砦から東へ70キロほど離れた街道沿いのゴロスネス軍勢野営地。
先発ゴロスネス軍勢は警備兵を除き、他の兵達は就寝準備に入っていた。中央の司令官用野営テント内。そこには大陸西地区首席担当官ベリアス、情報担当官ギリドバ、そしてベリアス専属使用人シミュールの3人がいた。
「ベリアス様、シミュール殿と個別に伝えたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
情報担当官ギリドバが椅子に座り落ち着かないベアリスに言った。
「……あっ、なんだ。2人だけとは……」
情報担当官ギリドバがメガネの奥で目を細める。それを見てベアリスは少し戸惑った顔をして言う。
「……あゝ、重要なことだな。じゃあ散歩にでも行って来る」
ベリアスは少し機嫌の悪い顔をするが、再び情報担当官ギリドバの顔を見て諦めた様にテントを出て行った。情報担当官ギリドバは魔力結界を確認して使用人シミュールの顔を見る。テーブルの反対側に座っている女性は、控えめな普通の使用人の服装をしているが美人ではある。
「シミュール殿、いえ、大賢者の弟子パルンディル様で良いのですか?」
女性は頷き、情報担当官ギリドバの顔を見つめる。
「要件は理解しました。あなたの指示通り致します。全てが予定通り進行するかは、どうかとは思いますが」
女性は強張った顔で情報担当官ギリドバを警戒している。
「……、あなた、いえ、パルンディル様はベアリス様に精神支配などされていませんよね? 逆にベアリス様の精神を操り誘導している。そうですよね」
情報担当官ギリドバの言葉に女性の顔が微妙に反応した。
「私にはわかるのです。ベリアス様の性奴隷に落ちたような振りをしているだけ、実はベリアス様の精神を徐々に侵食し犯しているのはあなたなのですよね。ベリアス様は知らぬ間に完全にあなたに籠絡されている。本人も全く気づかぬ間に」
女性は無反応な振りをして言葉を強く発する。
「……私は、ベリアス様に絶対服従を誓っております。ベリアス様のご命令ならなんでも致します。主人様を崇めており逆らうことなどありません!」
情報担当官ギリドバは女性を威圧する様に見て言う。
「とりあえず本当の姿を見せてもらえますか。偽装魔法で姿を変えているのでしょう」
女性は一瞬ためらた表情をするが、諦めた様に頷く。
「……はい、わかりました」
女性の姿が黒髪から金髪に変わり、瞳の色が茶色からブルーに変わる。そして耳が尖ったエルフ特有の耳になる。美しいハイエルフの姿。
情報担当官ギリドバは口元を緩めてパルンディルの姿になったハイエルフを見つめる。
「……嘘はもうやめましょう。大賢者メルティア様、メルティア様ですよね」
ハイエルフは情報担当官ギリドバを無表情に見つめる。感情の無い視線、それは感情を読まれないための予防線に見えた。情報担当官ギリドバはメガネを外しすと、顔と姿が徐々に変化する。
瞳の色は茶色からブルーに、50代前半に見えていた顔つきが20代後半に変わる。美しい美形の顔立ち、目の前の女性ハイエルフの顔に似ている。それを見て女性ハイエルフの顔が強張る。
「あなた、エルフの血を引いているのね? 魔族とハイエルフの混血? 普通はあり得ない組み合わせよね。まさかとは思うけどパルンディルの子供なの?」
情報担当官ギリドバはパルンディルの姿をした女性ハイエルフの手を取る。
「この光のイメージがわかりませんか?」
情報担当官ギリドバは女性ハイエルフに魔力イメージを送る。
「……!? あっ! あああああっ……」
女性ハイエルフは動揺して声を漏らした。
「……あなた、そう……パルカンとパルンディルの息子なのね。……だから、私の正体もわかっていたのですね。あの動乱期をパルンディルは生き残っていたのですね。行政執行長官だったパルカンが匿っていただなんて思いもしなかった。パルカンも私が誰だか気づいていたと……」
女性ハイエルフの容姿が変化する。そして過去大賢者と呼ばれたメルティアが姿を現す。煌めく銀髪にコバルトブルーの瞳一際美しいハイエルフ。
「……あなたの望みは……」
情報担当官ギリドバは膝をつき敬意の姿勢をとる。
「母から、メルティア様のことは聞き及んでおります。聡明で高潔、そして慈悲深いお方と……。それが、母の姿でベアリスに奉仕する姿はさすがに……我慢なりませんでした……」
ハイエルフメルティアは瞳を少し潤ませる。
「……すみません、それは……あなたに申し訳ないことをしました」
情報担当官ギリドバは跪いたままメルティアを見上げる。
「……メルティア様が好んで奉仕した訳では無いことは承知しております」
メルティアは情報担当官ギリドバの肩に手を添える。
「ギリドバさん、私は世界を正常に戻すために準備を進めていたのです。……それだけです。理想で物事は進まないことは、もう十分理解しています。平穏を維持するためには、自分を汚すことなどもう恐れてはいません。力がなければ力のある者に蹂躙されるそれが、世の摂理であると」
メルティアは瞳を潤ませて力無く悲しそうに言った。情報担当官ギリドバはそれを感情を抑えて見つめる。
「メルティア様、力をお貸しくださいますよね」
「……ええ、あなたはお父様譲りの知略に優れた方だと思います。それに魔法の実力もかなりのものですよね」
メルティアは情報担当官ギリドバを肩に手を回して立ち上がらせる。
「ええ、修練はかなり積んでおります。さすがにメルティア様にはおよびませんが」
「私は、ずっと投獄されていたので、でも、ベアリスのお陰で回復は出来ました。あの者はお坊ちゃんですが、それなりに実力は有ります」
メルティアが言うと情報担当官ギリドバは頷き呟く。
「メルティア様、お願いが有ります」
「……なんでしょう?」
「母の姿で……私を抱きしめてもらえませんか」
情報担当官ギリドバがメルティアの瞳を見つめる。メルティアは頷き容姿をパルンディルに変化させた。
「パルンディルは良いお母さんでしたか?」
メルティアが情報担当官ギリドバを両手で優しく抱きしめながら優しく尋ねた。
「ええ、とても」
「……そうですか。良い思い出だけなのですね」
メルティアは慌てて情報担当官ギリドバから離れて偽装魔法を発動させて容姿を変化させた。ベリアスがテントに戻って来たのだ。テントの入口が捲られるとベアリスが入って来る。
寸前に情報担当官ギリドバも容姿を普段の姿に戻していた。
ベリアスが2人の様子を見て少し戸惑った顔をする。
「……話しは終わったようだな。じゃあシミュール戻るぞ! 出発は明日早朝だったな」
「はい、そうです」
メルティアは答えると情報担当官ギリドバに一礼する。
「ギリドバ様、失礼致します」
情報担当官ギリドバはメルティアの後ろ姿を目で追う。
「ベリアス様、明日から激務です。シミュール殿を労ってください」
ベリアスは情報担当官ギリドバの顔を見て少し動揺した顔をして言う。
「……あゝ、理解している。それではな」
そう言って2人はテントから寝室用テントへと向かった。
「……ふっ、ベリアスは扱い易いが……まあ、我慢だな」
情報担当官ギリドバは呟いた。
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