第338話 迫る軍勢2
エリーはこの世界の情報分析を進める。
2国間和平交渉会議20日目夜。(大陸統一歴1001年11月2日21時頃)
ここは異世界、ローゼの隠し砦から7キロほど離れた森林地帯のエルフ集落。
先ほどシエルがローゼの隠し砦から戻って来た。確保した食料を砦施設へ届けて戻って来たのだが嬉しそうな顔をしている。ここは集落の長アルタスから用意された離れの一軒家。
「シエルさん、アオイさんの様子はどうでしたか?」
エリーはセレーナの容姿から今はエリーの容姿に戻っている。この世界はマナエナジーに溢れており、疲労感が無きに等しい。本来セレーナの容姿で魔力を行使すると膨大な魔力を使用して疲労感が発生するがここでは皆無なのだ。
意識体の疲労感がほぼ無い状態でセレーナと意思疎通が出来る。それはエリーのレベルアップにも大いに役立っていた。
「エリー様、ですね? はい、アオイ様は特に心配される事は無いとのことです。少し不満そうな様子でしたが、問題は無いかと。それで今後はどうされますか?」
シエルが遠慮気味に尋ねた。エリーは椅子に座っているシエルを眺めて微笑む。
「……まあ、この村の安全は確保しないとダメですね。介入した以上、責任は取らなと。セレーナが積極的にやっちゃいましたからね。見込みはあるのでしょうけど」
「では……ここで戦争ですか? 確かに圧倒的な魔力はお持ちですが、この世界の軍事力がどの程度なのか把握出来ていないのに、危険では無いですか?」
シエルは目を細めてからエリーを見る。エリーは椅子から棚のコップを取るとシエルに渡した。シエルがコップを受け取って不思議そうな顔をした。
「お酒だそうです」
エリーはビンを持ってシエルのコップに液体を注ぐ。
「……うん、当然今までの情報から、最大戦力はある程度予想して対策はするつもり、でもねセレーナを超えるような相手は現状確認出来ない。情報収集は当然必要だけど……。そもそもエルフは魔力適正が高いから、指導すれば直ぐにある程度の戦力は見込めるしね。それと分断の接続だね。周辺のエルフ種族間の連携をしないといけない。弱体化のため分断を解消する。交渉は私が直接行うから安心して」
シエルはコップの液体を口に含んで喉に通した。
「……あっ! お酒ですね」
エリーは酒のビンをテーブルに置いて水差しを取り自分のコップに注ぐ。
「エルフ達を独立させようと思うだよね。この集落で数人は期待できそうな者もいるから、洗礼して強化してね。甘い見積もりかな? シエルさん」
シエルはコップの酒を飲み干しエリーを見る。
「エリー様、最後まで面倒を見るお積りなら……、それも良いとは思います。主人と崇めた者が途中いなくなるのは……私は許せません」
「……? 真面目だね。結局、自分たちの運命は自分達で切り開くものだと思うよ。私は手助けするだけ、それだけだよ」
エリーはコップの水を喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
シエルは少し酒のせいで白い肌が赤みを帯びている。
「エリー様、私はご存知の通り、エクセリアルの特殊工作員でした。国家に道具として教え込まれそれが全てと思っておりました。ですが……、セレーナ様の無限の愛を知ったのです。これまでにない温かい感情、安らかな何とも言えない幸福感、そして主人を喜ばせるととんでもない絶頂感に包まれるのです。そのような感情を自覚したらもう、主人様無しでは空虚感に苛まれどうにもならなくなります」
エリーはシエルの恍惚とした表情を見て一瞬嫌な顔をして肩に手を添える。
「大丈夫、新しい象徴は準備するから、私は陰に徹するから。でも、それまでは」
「しかし、向こう側ではエリー様、救出準備が進んでいるはずです。向こうの世界はエリー様無しにはもはや、アクセリアルに対抗出来ません」
シエルがテーブルの上の酒ビンを取りコップに注ぐ。
「元々、この異世界に介入したにはローゼなんだよ。だから、責任は私達にだってあると思うだよね。エルフ達の不遇を放っては置けない」
エリーはシエルがコップの酒をグピグピ飲むのを見てアルコールが好きなのだと思い微笑んだ。
「シエルさん、ほどほどに、まあ、魔力で中和出来ますけど……、思ったよりお酒好きなのですね」
シエルはエリーの言葉を聞いて、ハットする。
「あっ! 申し訳有りません。久しぶりだったので……、それにエリー様を目の前に気分が高まってしまいました」
シエルは嬉しいそうにエリーを見つめる。エリーはシエルの茶色の瞳を見て思わず顔を逸らしたシエルがなんとも言えない甘い顔をしていたからだ。今日の午前中に見た戦闘中の凛々しい女性戦士の顔は微塵も感じない少女のような甘えた顔をしている。エリーはこうした表情は見たことがある。たまにユーリもこんな顔をしていた。エリーは思う、みんななんでこんな顔をするのだろうと。
「でも、400年前にドリスデン世界でローゼの派遣隊が敗北したのが人間の裏切りによるものだけとは考え難いので、更なる調査は必要ですね。魔法力なら私の力でも十分に対抗出来るのですから、ローゼの使徒が単純に敗北するとは考えられないのですが? どうなんでしょう」
シエルが立ち上がりエリーに体を寄せてくる。
「今夜は少し寒いです。私がエリー様の体を温めます」
「……、あっ! 大丈夫! ひとりで寝るのに慣れてるから、隣で他人の呼吸音を聞くと寝れないから」
エリーは身の危険を感じて即座に申し出を断った。シエルはガッカリした顔をする。
エリーはまだ、気づいていなかった。この異世界ドリスデン世界において女神セレーナの戦闘系能力が女神ローゼの数十倍に及ぶと言うことを、それはこの世界をひっくり返し作り変えるほどの力であることを。
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