第337話 迫る軍勢1
魔王出現を機に大陸の西部が慌ただしくなる
2国間和平交渉会議20日目夜。(大陸統一歴1001年11月2日20時頃)
ローゼの隠し砦から東へ70キロほど離れた街道沿いの野営地。
先発したゴロスネス軍勢に先ほど合流した大陸西地区首席担当官ベリアスは、情報担当官ギリドバから報告を受け驚愕していた。
「……そうか。予想以上か……。ヤルク率いるワイバーン騎兵連隊が一瞬で壊滅……。相手にさえならなかったと、言う、ことだな。何かしらの情報は得られると思ったのだが……、ヤルクには済まぬことをした」
20畳ほどの野営テント内、各部隊長3人と情報担当官ギリドバ、首席担当官ベリアスの5人が暗い顔をしている。
情報担当官ギリドバがテーブル上の地図を指して言葉を詰まらせる。
「……このポイントで……、待ち伏せされたようです。ヤルク連隊長、各部隊長の魔導通信が短時間で途絶しました。ワイバーン騎兵の反応もすぐに消失、状況から1分掛からず……、周辺には魔力反応も感知出来ず。かなり隠蔽能力に長けているものと判断出来ます。壊滅状況等に関しては全く不明、敵がどんな手でワイバーン騎兵連隊を撃滅させたか予想も出来ません」
情報担当官ギリドバは現状の状況に苦悶の表情を浮かべる。
防衛歩兵隊長がベリアスの顔を伺い遠慮したように尋ねる。
「ベリアス様、このまま進軍しても大丈夫なのでしょうか? 少数精鋭で部隊を再編して、囮部隊と分けて奇襲を仕掛けた方が良いのでは……」
ベリアスは椅子の上で足を組み直し防衛歩兵隊長に視線を向ける。
「最もだ。これから森林地帯、大規模な兵の運用は困難になる。だが……少数精鋭とは言っても、現在の兵力では、魔法士、魔導騎士、S級が私を含めても2人、A級も5人ほどしかおらん……。魔王を復活させたエルフどもの戦力も把握出来ていない現状で、少人数で侵入するのはリスクが高すぎる。迂闊に兵力分散は守りの面でも攻撃の面でも中途半端になり被害を拡大させる恐れがある。とりあえずは情報収集を優先する」
ベリアスは派遣したワイバーン騎兵連隊が壊滅したことにより及び腰なっていた。ベリアスは情報担当官ギリドバに視線を向ける。
「斥候隊はどうなっている? 報告はまだか?」
情報担当官ギリドバは首を横に振る。
「……いえ、まだ何とも……、予定通りなら報告があるはずですが。別件ですが、ゴロスネスのワイバーン騎兵隊を10騎招集致しました。索敵任務に当たらせます。安全を確保すると言うことで」
ベリアスは地図を眺めて静かに息を吐いて言う。
「……あゝ、そうだな。ワイバーン騎兵隊の補充が必要だったな。しかし、この短期間でワイバーン騎兵をこれほど失うとは思いもしなかった。兵達には伏せているのだろうな、今回の全滅の件」
各部隊長は頷く。そして情報担当官ギリドバはベリアスを見る。
「ベリアス様、2人だけでお話したいことがございます」
そう言って情報担当官ギリドバが部隊長3人に視線を送る。
「……はい、それでは、部隊の方へ戻ります」
部隊長3人は直ぐに一礼すると、野営テントを出て行った。情報担当官ギリドバは魔力結界を確認して盗聴等が無いことを確認した。
「……ベリアス様、お伺いいたします。大賢者の弟子、確かパルンディルでしたか? ハイエルフですね。かなりの美しさとか。まあ、地下投獄で、今は見る影も無く酷い状況と聞いておりますが?」
情報担当官ギリドバの言葉にベアリスが一瞬顔を強張らせる。
「……うっ、何だ、何の確認だ」
「いえ、深く追求するつもりも有りません。ベリアス様のお考えがあってのことと承知しております」
情報担当官ギリドバはベアリスからわざと視線を外す。
「ギリドバ……、何が言いたい」
「率直に申しますと、パルンディルを魔王にぶつけるのですよ。元は高位の魔法士S級レベルですよね。しかもハイエルフ上手く策を練ればエルフ集落に潜り込めるかも知れません」
情報担当官ギリドバは冷たい表情で目的を話した。動揺するベアリス。
「そ、それ、は、無理だな。重要な人質だ。中央の許可が必要だ」
「……? ふっ、私は全てを把握して言っています。ベリアス様、冗談で言っている訳では有りません」
情報担当官ギリドバは目を細めてメガネの位置を修正する。
「……」
ベリアスは情報担当官ギリドバを見据えて沈黙する。
「ギリドバ……脅すのか」
しばらくの間を置いてベアリスが口を開いた。
「滅相もございません。使えるものは使う、ただそれだけです。ベリアス様にも都合が良いのでは?」
情報担当官ギリドバは無表情にベリアスに答えた。
「……どこまで承知している」
ベリアスはオドオドしながらギリドバに小さな声で尋ねた。ギリドバは冷たい視線をベアリスに返す。
「ベリアス様、あなたさまは研究熱心な方と承知しております。ですから余りの熱意の行き過ぎた結果だと思っておりますが、流石に重罪人をすり替えたのはマズイですね。あなたさまの性的嗜好についてとやかく言うつもりは毛頭ございません。ですが、重罪人と過度な接触は流石に看過出来かねます。ここだけの話としてお聞きください。ベリアス様の才覚はとても高いと思っております。ここで終わらせる訳には行けない逸材なのです。こんなことが外に漏れたらあなたさまは終わりです。本来手懐けるはずが、どっぷりとベアリス様があのハイエルフに魅了されているのですから。……使用人のシミュールでしたか? 頻繁にベアリス様の居住区に出入りしていますよね。採用1年ほどでお気に入りで身の回りの世話など色々……」
ベリアスは顔を伏せ小声で呟く。
「使用人だ。……問題は無い」
情報担当官ギリドバは呆れたようにベアリスを見る。
「……はあ、まだ、誤魔化せるとでも、使用人シミュールはハイエルフ、パルンディルなのはすでに承知しています。1年ほど前に激しい拷問尋問を行いパルンディルが壊れたとの報告を私も承知しております。その時に替え玉のハイエルフと入れ替えた……ですよね。身体的特徴がわからぬほどに痛めつけた。それは替え玉と気づかれないため。そして急に採用された使用人シミュールそして親密な関係。上に漏れればあなたの実績、家門も全て終わりです」
ベリアスは両目を痙攣させる。
「何が望みだ……」
「私は、ベアリス様にはもっと上を目指して頂きたいのです。今回の件は大きな災難のように思われるかも知れませんが、違いますよ。これは千載一遇のチャンスなのです。ベリアス様が大きく上に登る機会であるのです。私は全力を持ってお支え致します」
ベリアスは情報担当官ギリドバの視線を不気味に感じた、魔族でも高位なベアリスは今でも十分だと思っていた。が、しかし、ギリドバはそれより上を目指せと。今の魔導国家は魔族が政権上層部を占めており、皇帝を頂点に2大行政官、中央軍事執行官、7人の地方行政官、地方軍事執行官で構成されて、それらを補助するために多くの官僚役人がいる。ベリアスは西地区主席担当官、7人の地方行政官の中では序列は高く無いが満足していた。それより上とは、つまり2大行政官以上。
「ギリドバ、この混乱を上手く利用しろと言っているのか? 自領が滅び掛けないこの状況で……」
「ええ、私には考えがございます。くれぐれもこれは、2人だけの話しとして、留置きくださいませ」
情報担当官ギリドバは微笑む。ベリアスはその微笑みにさらなる不気味さを感じて身震いする。
「では、使用人シミュールを呼んで頂けますか? 詳細な打ち合わせの必要がありますので」
情報担当官ギリドバがそう言ってベアリスに再び微笑む。
「……あゝ、そうだな」
ベリアスは慌てて、椅子から立ち上がると野営テントから出て行く。
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