第311話 魔女の正体10
エリーはアオイ大尉と話す。
2国間和平交渉会議20日目午前。(大陸統一歴1001年11月1日11時頃)
ここはヒイズル帝国南部島より南へ300キロ離れた孤島、南海の魔女封印地。
エリーは北山の山頂から南の海を見つめていた。後ろから迷彩軍服の女性士官が近づいて来る。
「ローラ様、海は好きですか?」
声を掛けたのは皇帝護衛隊の軍服を着たアオイ大尉だ。エリーは振り返り微笑み答える。
「海はどちらかと言えば……嫌いですね!」
エリーの言葉に、アオイ大尉は少し戸惑った顔をする。
「……はあ? 期待したお返事ではない……のですね」
「あゝ、ゴメンナサイ。ドーラ様は元々海の女神でしたね」
エリーはアオイ大尉を見て少し申し訳無そうに言った。
「……いえ、ローラ様……セレーナ様、今は、ドーラでは無く、アオイです。アオイでお願いします。この体では……助けてもらったのに申し訳ありません」
アオイ大尉はエリーを見上げて言った。2人の身長差は10cmくらいは有る。そしてアオイ大尉は華奢で実年齢よりだいぶ若く見える。
「アオイさんの精神体はもう残っていないのですか? 融合して記憶帯は断片的に取り込んだのでしょう」
エリーはまた海の方に視線を移して尋ねた。
「……ええ、自分の記憶とこの体の記憶が混ざって違和感があります。この体のアオイはすでに断片しか無くて死んだも同然ですが、影響はあります。幼い頃の記憶とかあって苦労はしたようです……」
アオイ大尉が悲しそうに答えた。エリーは再びアオイ大尉の顔を見て背中に手を回す。
「アオイさんだって、こんなふうになるなんて思って無かったでしょうね。アオイさんとしての人生は終わった。けど肉体は生きている」
そう言ってエリーはアオイ大尉の肩手にを添えた。
「ローラ様のおかげで魔力制御は安定しています。ただこのアオイの体はまだまだ脆弱です。徐々に細胞レベルで強化するのにどのくらいかかるか……」
エリーはアオイ大尉の肩を軽く叩く。
「大丈夫、私がなんとかするから、安心してください」
「……ローラ様」
「私だって、セレーナの力を全て使えるわけでは無いのですよ。幼い頃は2週間くらい寝込んだことだってあります」
「ローラ様はセレーナ様とは一体化されていないのですよね。別精神体として存在している。ふたつの魂が同じ体に存在する……強い方に吸収されて消滅するのですが。私だってアオイの体に無理やり押し込められて、精神体を吸収して破壊しましたからね」
アオイ大尉は隣にエリーの横顔を見ながら悲しい顔をする。
「アオイさん、今回の件が片付いたらエルヴィスへ一緒に行きましょう。そこで処置をすれば昔のように動けますよ」
エリーはアオイ大尉の金色の瞳を見つめる。
「今でも、上級魔導剣士並みの力はありそうですが。アオイさんはヒイルズ帝国諜報機関員だったようですね」
エリーはアオイ大尉を眺めて言った。
「そうですね。任務は暗殺関係が主だったようです。軍籍は男性になっているようですが。ほとんど隠密部隊で表では活動していなかったようです。そして今回、私の依代として連れて来られた。任務の内容は詳しくは伝えられていなかったようで、この島の反乱分子の殲滅が目的と伝えられたようです」
アオイ大尉は記憶域から得た情報をエリーに伝えた。
「自分達が反乱分子なのにね。ヒイルズの根幹を揺るがすようなことをしたとは思っていないのでしょうね」
「……可哀想なアオイだと思います。もう声は聞こえませんが」
アオイ大尉は胸に手を当てる。そして胸の間で白い光が小さく輝き収束する。
「魔導回路は上手く動いているようですね」
「はい、ローラ様のお陰で安定しています。そしてイバラキにも感謝しています」
「あゝ、イバラキさんね。リサさんの護衛についてもらったけど。特級魔導剣士くらいのかなりの強者ですからね。魔力の使い方も上手いですね。あの方がいなければここは消滅していましたね」
エリーはイバラキの好戦的な行動を思い出して顔を顰める。
「……あゝ、戦闘マニア……」
「あゝ、イバラキは勘弁してやってください。いい奴ですよ。口は悪いけど優しいと思います」
アオイ大尉が少し嬉しいそうに言った。
「そうなんだ。そういう感じなんですね」
エリーはそう言って口元を緩めていやらしい顔をする。
「……いえ、それは無いです。私は落ちぶれても神です。それは無いです」
アオイ大尉が否定するように言うとエリーは意地悪い顔をして言う。
「私は、そういう感じなのですねと言っただけで、否定されるようなことは言っていませんよ。もしかして好きになったとか? そういうことです」
アオイ大尉が動揺した顔をして顔を赤らめる。
「どうしました?」
「いえ、少し暑くなったと……いえ、この体になってから代謝が良くなって血行も良いようです……」
「……? 意味がわかりませんが。まあ、アオイさんは良い人なのはなんとなくわかります。人間味があって良いと思います」
アオイ大尉はエリーの肩につかまると背伸びをしてエリーの耳元で呟く。
「ひとつ、ご忠告を、女神ローゼ様は信用されない方が良いと思います」
エリーは小声で聞き返す。
「……!? なぜそんなこと?」
「女神ローゼ様は目的のためなら手段を選ばない方です。ローラ様だって、いつ、切られるかわかりませんよ。最近は姿も見せず、使徒を使って行動しているようですが。ローラ様は会われましたか? 過去この島で私が過ごす原因になったのもローゼ様ですから」
「アオイさんは女神ローゼに恨みを持っているの?」
(……ローゼはヒイルズに来ているけどね。バレたらマズイパターンかも?)
エリーはすぐにアオイ大尉に尋ねる。
「……そうですね。確かにこの世界に安定をもたらすために動いてはいるのでしょうが。私としては許すことは出来る気がしません。物事を合理的に判断して他者をコマのように使う。それにたぶらかすのが上手い」
「そう思っているのですね。でも女神ローゼの行動は結局、この世界のためですから、私利私欲のじゃあ無いから、信頼は大事だけど」
エリーは女神ローゼを庇うように言った。
「……申し訳ありません。セレーナ様の妹でしたね。でも注意はしてください。用が済んだら……やめておきます。もう作戦開始時刻ですね。私は地下壕へ下がります」
そう言ってアオイ大尉はエリーに一礼して山頂の小道を降って行った。エリーはアオイ大尉の後ろ姿を見送りながら思う。
(まあ、ローゼに思うところはあるけど……それは私の感情であって、セレーナの感情では無いからね。でもアオイさんはローゼと接触は避けた方が良いみたいね。厄介なことは避けるべきだね。直接話せば和解出来るかもしれないけど……)
エリーの腰につけていたインカムのビープ音が鳴る。
「はい、ローラです!」
「了解です!」
エリーは無線に答えると山頂から急いで降って行った。
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