第297話 南海の魔女
エリーは酒を飲む
2国間和平交渉会議20日目深夜。(大陸統一歴1001年11月1日1時頃)
ここはヒイズル帝国、首都オオカワ市より北へ300キロほど離れた、港湾地方都市ナカノキタ市郊外ナカノ川沿いの農村部民家。
エリーはソウイチロウ達と民家の居間で話をしている。15畳ほどの居間にはエリー、ソウイチロウ、妹トヨミ、ヤマモト、ヤマモトの妹ミズズがいる。
エリーは本来口にしない酒を飲み。虚な顔をしている。エリーは魔力によりアルコールを無力化出来るが敢えてせず酔っ払っていた。
エリーの頭の中ではある言葉がぐるぐると回っていたのである。
(……再会出来たなら結婚して子を成す。そんなこと聞いた覚えがないんだけど! あの時は疲労困憊でどんな会話したかも後半はよく覚えていない。ソウイチロウさんは確かに約束したって言ってるけど……多分聞いたのはセレーナだ。どう記憶を探っても出て来ない。私が忘れたなどあり得ないからね)
ソウイチロウは心配そうにエリーを見つめる。
「エリー、酔っているようだが大丈夫か? お前は年齢幾つだった」
エリーは虚な顔でソウイチロウの顔を見つめて、そして右手を振り上げるとソウイチロウの頭に振り下ろした。〈ポッカン〉ソウイチロウの頭が弾かれ軽く下を向く。
「……え!?」
ソウイチロウが真顔でをエリーの顔を見つめる。それを見ていたヤマモト、ミスズ、トヨミが驚いた顔をしてエリーの方を見た。
「……冗談? ソウイチロウ!? 私に幾つとか……」
ソウイチロウは強張った顔をしてエリーの据わった瞳を見つめる。
「……いや……違う! 確認しただけだ! 18だったな」
エリーはまた右手を振り上げる。そして直ぐに振り下ろした。〈ポッカン〉さっきより力が増していた。
「……へっ!」
ソウイチロウが頭を弾かれ声を漏らした。2人のやり取りを見ていたミスズが堪らずエリーに声を掛ける。
「……エリー様、ソウイチロウ様をお許しください! 女性の扱いに慣れていないのです」
エリーは酔った赤い顔をミスズに向ける。
「ミスズさん……わかります? 結婚を申し込んだ相手の年齢を間違える……いや、知らない……そんなことあるんですかね」
ミスズは驚き声を上げる。
「……えーーっ! 結婚て誰が!」
エリーはとっくりからおちょこに酒を注ぐとくいっと飲み干して、右手で隣りのソウイチロウの肩を叩きながら言う。
「結婚を申し込んだ相手の歳も知らない……うん!? なまえ……? そうソウイチロウ」
エリーとソウイチロウの2人を見てナカムラ達が驚いた顔をする。ソウイチロウは肩を叩くエリーを押さえ込みながら言う。
「エリーに申し込んだ。約束だったからな。だがエリーから返事はもらっていない。まだ」
ソウイチロウの妹トヨミが呆れた顔をして言う。
「……兄上は、本当に、自分がわかっていない」
そう言うと、トヨミはエリーのそばに行って頭を下げて顔を見る。
「先ほどからエリー様の様子がおかしいと、ミスズと話していたのです。そう言うことだったのですね。エリー様! 兄上の戯言です。お気になさらず。兄上は落魄れた元貴族。そしてヒイズル政府の指名手配者です。婚姻を申し込むなんて頭おかしいヤツですよ! 相手にしないでください」
エリーはトロンとした目でトヨミの黒い瞳を見つめる。
「……ソウイチロウは愚かかも知れない、けど、ソウイチロウと会わなかったら。私はここに今いない、多分……死んでた。命の恩人なんだよね」
エリーはそう言って食卓の上に顔を乗せて横を向く。
「……でも、やっぱり結婚は無理かな。駆け落ちでもしないと……お父様が認めてくれないな。多分グラン連邦国の上層部の承認ももらえないだろうし」
ミスズがソウイチロウを見て呆れた顔をする。
「口にすべきことでは無いですね。ソウイチロウ様がこれほどとは……、エリー様はグラン連邦国のスーパーエリート、超お金持ち、超美人なのです。かたや剣技以外これといって取り柄の無い、ちょっと見た目の良いおぼちゃんなのでから自覚してください」
ソウイチロウは萎えた顔をする。
「その物言い……お前ら大概だな。主に対する敬意とか無いのか?」
ヤマモトがソウイチロウを見て同情したような顔をする。
「……まあ、冗談はそれくらいにして、気になる情報が入っております。ヒイズル帝国陸軍急進派が何やら不穏動きをしているようです」
ソウイチロウは直ぐに真面目な顔をしてヤマモトに尋ねる。
「なんだ不穏な動きとは?」
「南海の魔女ドーラの復活です」
ヤマモトが嫌な顔をして答えた。ソウイチロウは目を細める。
「400年前の厄災を忘れたとでも、愚かな……。だが南の孤島に封印されているとのことだが、復活させてどうするつもりだ。制御など出来るとでも」
ヤマモトはトヨミとミスズを見て強張った顔をして言う。
「ベランドル帝国と対抗するための方策かと」
「……なんと馬鹿げた。ヒイズルは滅ぶことになるぞ。」
ソウイチロウは横で寝かけているエリーに声を掛ける。
「エリー何か知っているか? 南海の魔女ドーラについて」
エリーは顔を上げて据わった目つきでソウイチロウを見て言う。
「なに……? ドーラ?」
ソウイチロウはエリーの肩を揺らして言う。
「エリー! 情報が欲しい。脅威はヤマノの比では無い! エリー!」
エリーは赤い顔を緩めてソウイチロウを見る
「……そんなに揺すったら、出ちゃう」
「エリー! 頼む!」
ソウイチロウは少し声を荒げる。
「……ええ、なに? わかった」
エリーは魔力を通してアルコールを無力化する。エリーの顔の赤みが取れて顔を起こした。
「……うん、なに? えっと、南海の魔女ドーラ?」
エリーは足を崩して3人を見つめて尋ねる。
「南海の魔女ドーラ•アクーニャ。名前は聞いてますけど脅威では無いはずです。消滅しているのではないのですか?」
エリーはいつもの落ち着いた美少女風の雰囲気で尋ねる。ソウイチロウと3人はエリーの変化に戸惑う。
「いいえ、力は以前より弱まっていますが、封印された状態で存在します。封印されている孤島は王国時代厳重に警備管理されていました。しかし現在は政権が変わってから陸軍省が管理しているのでよくわかりません」
ヤマモトがエリーを戸惑いながら見て言った。
「もし、南海の魔女を解き放つ事態が発生した場合、どうなりますか」
エリーはヤマモトを見て尋ねた。
(ミズズさんのお兄さん。ミズズさんに似て目鼻立ちが整っていますね。硬い感じはしますが実直そうで好感が持てますね)
「はい、過去と同じならですが、やはり女神アルテア様のお力が無いと被害は甚大かと」
ヤマモトはエリーを見て答えるとソウイチロウを見て頷く。
「申し訳ありませんが、南海の魔女に関して情報が無いので、それにヤマノも動き出しので同時に対処する必要が有りますね」
エリーはそう言って立ち上がる。
「ミスズさん、急いでアテナまで戻ります」
ミスズがエリーを見て立ち上がり一礼した。
「エリー様、承知しました。直ぐに馬の準備を致します」
ミスズは居間を出て行った。ソウイチロウはエリーと視線を合わせて言う。
「我々は後回しで良い。エリーは成すべきことを先にしてくれ」
「はい、ソウイチロウさん、また、後日」
エリーはソウイチロウとヤマモトに一礼すると軍刀を腰に付けて居間を出て行く。
ソウイチロウはヤマモトとトヨミを見て寂しそうな顔をして言う。
「我々もやれる事はやろう」
「はい、承知」
ヤマモトとトヨミは一礼すると慌てたように居間を出て行く。ソウイチロウはタタミの上にゆっくり座りふっと息を吐き呟く。
「バカが、なにを考えている」
そしてソウイチロウは食卓の湯呑みの酒を飲み干して立ち上がり居間から出て行った。
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