第293話 ソウイチロウとの接触2
エリー達の乗艦する巡洋艦アテナ号はナカノキタ市港に接岸した
2国間和平交渉会議18日目夜。(大陸統一歴1001年10月31日20時頃)
ここはヒイズル帝国ナカノキタ市港湾1号岸壁。グラン連邦国軍最新鋭ミサイル巡洋艦アテナ号と護衛駆逐艦1艦が先ほど接岸していた。
左舷側に昇降タラップが取り付けられ、アテナ号警備隊将兵達が小銃を携帯して周辺警戒を行なっている。
岸壁周辺にはヒイズル帝国陸軍第20師団1個大隊が展開して警戒体制を敷いている。今夜はエリー達グラン連邦国関係者宿泊にヒイズル帝国海軍港湾本部の宿舎を使わせてくれるとの連絡を受けている。
岸壁タラップ下には30人ほどのヒイズル帝国海軍士官と陸軍士官が左右に別れ整列して、エリー達が降りて来るのを待っている。
エリーは左舷甲板に出て下の岸壁を眺める。横にはクレア艦長が冷たい顔で立っていた。
「エリー様、行きましょう」
クレア艦長がエリーに声を掛けた。エリーは頷きタラップを降って行く。クレア艦長も続いてその後ろをソアラと偽装したミスズが続く。
タラップ下岸壁にいたアテナ号警備隊士官が敬礼してエリー達が通り過ぎるのを待っていた。ヒイズル帝国海軍通訳官がタラップ下に待機して敬礼してエリー達を出迎えた。整列していたヒイズル帝国陸軍海軍士官達から一瞬ドヨメキが起こり囁く声が聞こえる。
〈美人だが、女性士官ばかりだなぁ〉
〈上級指揮官が女なのか?〉
〈お飾りじゃあないのか?〉
〈俺達は舐められているんじゃ無いのか〉
〈上がこんな若い娘だなんて、グラン連邦国軍はどうなっているのやら……〉
そんな声を聞きながらエリー達は左右に並ぶヒイズル帝国陸軍海軍士官達の間を敬礼しながら通り過ぎる。奥に穏やかそうな白い軍服を着たヒイズル帝国海軍第3管区司令長、アベ少将が敬礼してエリーに声を掛けた。
「エリー課長ですね。私はヒイズル帝国海軍第3管区司令長、アベと申します。よろしくお願い申し上げます」
ヒイズル帝国海軍通訳官がエリーの横で大陸共通語で通訳すると、エリーは姿勢を正して敬礼する。とりあえずエリーは大陸共通語で答える。
「グラン連邦国軍外事局課長、エリー•ブラウンです。今回港湾調査、施設用地選定で参りました。よろしくお願い致します」
ヒイズル帝国海軍通訳官が直ぐにヒイズル語でエリーの言葉を通訳した。そしてアベ少将の後ろにいた、口髭を生やした40代後半くらいの小太り男性が前に出て手を出して握手を求めた。
「ヒイズル帝国陸軍第4軍司令をしております。中将のミズモトです。一帯の警備責任者です。何かあればお申し付けくださいませ。何なら今から私の部屋に来て夜通し、お話しをしてもよろしいですよ」
エリーは右手を出すとミズモト中将はエリーの手を握り締める。エリーの横に付いていたヒイズル帝国海軍通訳官が困惑した顔をして内容は一部排除して通訳した。
「……!? はい、よろしくお願い致します」
(だよね。まともに通訳出来る訳が無いよね。こんな下品な顔をして……。通訳はスルーして言わなかったけど、夜通して、何の話し? 伝わる雰囲気はもういやらしさしかない。首都周辺部の軍とここじゃ雰囲気が違い過ぎる……? あゝそうか、ベランドル帝国とグラン連邦との対応の違い? いや、単に配置されている軍人の質の問題なのかしら)
エリーはヒイズル語を分からないフリをして笑顔を見せた。
並んでいたヒイズル帝国陸軍士官達の方から小声で中傷が聞こえる。
〈けっ、こんな若い女の下に付いているような奴らどんだけなんだよ。ヘラヘラ愛想振り撒いて〉
〈俺達と親善を深めるために体の交流もしてくれるんじゃないか? 誘ってみたらどうだ〉
エリーは少し振り返り後ろを見ると、偽装した金髪のミスズが険しい顔をして耐えている。周りにいるヒイズル帝国陸軍士官達がこんなに言うのはヒイズル語が理解出来ないと思っているからだろうが、余りに礼を欠いていた。
(……ヒイズルの地方は士官ですらこの有様なのですね。残念です。これは今後のためにも放置出来ませんね。交流するに当たって女性将兵に危害が及んでも困るし、ここは)
エリーがそう思っているとソアラが視線を送ってきた。
「……もう限界! 了解です」
エリーは呟くと、ミズモト中将を見て流暢なヒイズル語で声を掛ける。
「ヒイズル帝国陸軍は他国将兵に対してこうも非礼なのですか? さっきから聞いていれば耳持ちならない言葉ばかり。女性を軽んじる発言! さすがに容認出来ません。あきらかに女性を見下し、その部下を見下し! 非礼極まりない。これが軍を束ねる士官とは呆れるばかりです」
それを聞いて引き攣った顔をするミズモト中将。
「……あっ! エリー課長……、お人が悪い。ヒイズル語がお得意のならそう言ってくだされば……」
そしてエリーは右手に並ぶヒイズル帝国陸軍士官達を見つめて声を上げる。
「貴官達の無礼! 本当に呆れます。まあ確かにそんな環境で育ってられたのでしょうがないと思います。可哀想ですね。そしてこの中に残念ながら私を勝るような者もいないようです。相手の力量さえ測れない愚かな集団のようです」
エリーの言葉を聞いてヒイズル帝国陸軍士官達がイキリ立つ。海軍士官達は申し訳無さそうな顔をして頭を下げた。
(確か海軍は旧王国海兵養成校の出身者が多いと聞いていました。教官がグラン連邦国軍士官だったはずでした。通りでこちらは敬意があるのですね。かたや陸軍は各貴族の私兵から招集した寄せ集め、ムラが大きく勘違いしている者も多いということですね。そして海軍より陸軍の方が力が強いと)
エリーは陸軍士官達を見つめて呆れた顔をして言う。
「礼を逸したものにはそれなりの処罰を与えるものです。軍隊なら尚更です。ヒイズルはこんな者達のために評判を下げるなど悲しいことです。我々は国の代表として友好親善も兼ねて訪れているのに許されることではありません」
1人の陸軍士官がエリーの前に出て見据え声を上げる。
「我々はヒイズル帝国発足の礎を築いた剣士だ。貴官より弱いなどあり得ない! 先ほどの言葉を取り消してもらおう」
エリーは自分より少し身長が高いくらいのヒイズル帝国陸軍士官を見つめてハッと息を吐く。
「名も名乗らず……本当にですね。プライドだけ高いから厄介極まりない。その剣士とやらの実力見せてもらえますか? 私を捩じ伏せてくださいよ」
エリーは珍しく煽るように言った。
「……! ヒイズル帝国の100人剣士を舐めるのも大概にせねば怪我をしますよ」
エリーの目の前のヒイズル帝国陸軍士官は細い目をさらに細めて睨みつける。
「……、まあ真剣で斬り合う訳には行きませんね。クレアさん! 修練用の木剣をお願い出来ますか!」
エリーがクレア艦長を見て声を上げた。エリーの声に直ぐにクレア艦長は答える。
「はっ! 承知!」
クレア艦長がアテナ号警備士官に指示を出す。
「エリー様に直ぐに木剣を2セットお持ちしろ!」
アテナ号甲板上に居た警備士官が慌てて駆け出した。エリーはヒイズル帝国陸軍士官に背を向けると、小太りのミズモト中将に頭を下げて言う。
「申し訳有りません。親善試合を申し込まれたので、今より行います。今後の両国のより良い関係のため承認してくださいますよね。ミズモト閣下!」
エリーの声は少しトーンを下げてミズモト中将に尋ねた。エリーの朱色の瞳が冷たく光っているのを見て、ミズモト中将は怯えた顔をする。
「……ええ、友好を深める親善試合ですね。認めますよ……はい、どうぞ」
ミズモト中将が答えると、エリーは伝心念話でソアラに指示を出す。
《ソアラちゃん周囲に魔力結界をお願い。魔力が漏れないようにね》
ソアラが直ぐに答える。
《エリー了解です。殺したらダメですよ。まあ、私も苛立ちましたけどね。ほどほどでお願いします》
ソアラが直ぐに周囲に魔力結界を展開して外界と遮断した。エリーそれを確認してヒイズル帝国陸軍士官達を見つめて微笑む。
「さあ、始めましょうか」
「……?」
エリーは直ぐに魔力を体に流し魔導闘気を周辺に放ち始める。ヒイズル帝国陸軍海軍士官達が驚愕の表情でエリーを見つめる。
「……!?」
エリーは魔導闘気を放ちながら、顔を緩めてヒイズル帝国陸軍士官達を見つめる。
「さあ、私の本気をお見せ致しましょう」
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