第290話 行政長官ヨソギ
2国間和平交渉会議18日目午後。(大陸統一歴1001年10月31日16時頃)
ここはヒイズル北部島、旧王国ヤマノ自治領区キタハラ市、中央庁館。
会議室に自治領の主要メンバー5名が襲撃後の事態対応のため集まっていた。深夜の会合と同じように全員緊迫した顔をしている。
ヨソギ行政長官が現状の報告を終えたあと、判断を当主キタジマに仰ぐ。当主キタジマは黙ってしばらく全員の顔を見て言う。
「……タムラは討ち死にか? 精鋭50人が殲滅とは……にわかに信じがたい……。もう少し詳しい情報がわかってから判断してはどうか?」
ヨソギ行政長官がやりきれない顔をする。
「キタジマ様! 事態は悪化の一途です! このまま対応しなければ……ベランドル、グラン連合軍が押し寄せることになりかねません」
当主キタジマは苦笑いする。
「ヨソギ……そこまでは無いだろう……我々は抵抗する意思さえ無いのだ」
ヨソギ行政長官は会議メンバーを眺めて言う。
「今、外交ルートを駆使して必死で調整確認中ですが……マズイ状況です。ヤマノ特殊部隊がローラ様に手を出したと……大陸諸国に拡散しているようです」
防衛軍大将キモトが慌てたように言う。
「……それはマズイな、味方してくれる国などないぞ。ローラ様に手を出した愚か者としか」
外事交流長官キタムラが当主キタジマを見て言う。
「決断をお願い致します……」
当主キタジマはしばらく沈黙して全員を見て言う。
「わかった。お方様へお伺いを立てよう。今日中になんとかする」
行政長官ヨソギが強張った顔をする。
「私の命で済むのなら差し出します。どうかよろしくお願い致します」
行政長官ヨソギはそう言って一礼した。会議メンバーも一斉に当主キタジマを見て深く頭を下げた。
「……ヒイラギを呼べ!」
当主キタジマは慌てたように控えていた文官に声を上げる。文官は慌てて一礼すると会議室から出て行った。
行政長官ヨソギが当主キタジマを見て言う。
「息女マキが襲撃に参加していたと確認しております。まさか……お方様のご意志とか?」
行政長官ヨソギは口ごもる。そして外事交流長官キタムラは当主キタジマを見て言う。
「それでは失礼致します。やらねばならぬことが有りますので」
そう言って一礼するとキタムラは会議室を出て行った。
◇◆◇
ここはヒイズル帝国首都オオカワ市、中央区皇宮外側別邸、四方塀に囲まれた庭園内に大きな屋敷の応接室。
ソアラとミスズは皇帝護衛隊制服に着替えて準備を済ませエリーを待っている。部屋の入口で声がする。
「エリーです! 入ります!」
ソアラはすぐに答える。
「はい、どうぞ!」
エリーは入口から入って一礼すと流暢なヒイズル語で自己紹介する。
「エリー・ブラウンです。よろしくお願い致します」
エリーはローラの隠蔽偽装スキルを解除して化粧をほとんどせず素のままでやって来ていた。雰囲気はより少女ぽくなっている。ミスズが少し驚いた顔をして頭を下げた。
「ヤマモトミスズと申します。今回ご案内させて頂きます」
エリーは紺色のグラン連邦国軍軍服を着用していた。右胸には外事局章、特殊部隊章が輝き右肩にモールがついている。
ソアラがエリーに近づき囁く。
「エリー中佐! よろしくお願いします。オオカワ港からアテナ号で移動ですね」
「ええ、それで打ち合わせ通りで」
エリーは頷きミスズを見て言う。
「ミスズさんの安全は保証します。心配は無用です」
ミスズはエリーを見て頭を下げて尋ねる。
「……大変失礼と思いますが、エリー様は一体おいくつなのですか? 随分お若く見えるもので……」
エリーは微笑みながらミスズを見て答える。
「はい、16になったばかりです。まあ国の特例処置で現在の立場にあります」
ミスズは強張った顔をする。
「申し訳ありません。私より年下なんて……驚きました。でもすごいですよね。私には想像出来ません、年齢も性別も関係無い超実力社会なんて……。エリー様はとんでもないお方なのですよね。ソウイチロウ様と共に戦われたと聞き及んでおります」
エリーはソアラの耳元で小声で指示を与える。
「……クレアさんへは内容は連絡していますか?」
「はい、大丈夫です」
ソアラは直ぐに答えた。エリーはミスズを見て一礼する。
「ミスズさん、出発前に少し時間をください。確認したいことがあるので」
「はい、なんなりと」
ミスズはエリーを見て答えた。
「じゃあ私について来てください」
エリーは応接室から2人を連れて居室エリアへと廊下を進む。しばらくして部屋の入口の前で立ち止まる。
「エリーです。入っても良いですか?」
居室内からセリカが答える。
「はい、どうぞ!」
エリーがドアを開けて中に入ると奥の布団にはヒイラギマキが寝かされいた。エリーは部屋に入って一礼する。ヒイラギマキには偽装隠蔽魔法が掛けられている。
「問題は有りませんか?」
「はい、エリー中佐、問題は有りません」
セリカは答えてエリーに頭を下げた。エリーはセリカに微笑み横を通り過ぎる。
「ミスズさん、この方を知っていますか?」
エリーがミスズに尋ねた。
「……いえ、存じません」
ミスズはヒイラギマキの顔をマジマジと観察する。
(金髪……20才くらい、大陸西部の出身だろか? 襲撃で負傷したのでしょうか)
ミスズは思考を巡らす。
「そうですか。なら結構です」
エリーはそう言ってミスズに微笑んだ。
「では失礼致します」
エリーはセリカに一礼するとソアラに視線を送る。
「……はい、出発しましょう」
ソアラはミスズに声を掛けた。ミスズは怪訝そうな顔をして尋ねる。
「申し訳ありませんが、これはどう言った?」
「はい、ミスズさんの同僚になる方です。またいずれ紹介します」
そう言ってエリーはセリカに頷き居室から出て行く。
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