第287話 ソアラ回収
2国間和平交渉会議18日目午前。(大陸統一歴1001年10月31日9時頃)
ここはヒイズル帝国、首都オオカワ市より北へ300キロほど離れた港湾地方都市ナカノキタ市。湾の外側へ西5キロほど移動した浜辺。
ソアラとミスズは護衛駆逐艦3号より連絡艇が来るのを待っていた。派遣艦隊旗艦巡洋艦アテナ号は0500に護衛駆逐艦2隻を引き連れてオオカワ方面に出港しており、ソアラを回収するため護衛駆逐艦3号艦が沖合で待機していたのである。
周辺には人気はないが、少し離れた場所には漁村があり浜辺で漁の準備を漁師達数人がしているようだった。2人はヒイズルの標準的な街娘風の格好をしている。
そしてしばらくして浜辺の沖合に護衛駆逐艦3号艦の姿が見える。発光レーザー信号をソアラが確認して肩に掛けているカバンから、ショートレンジのインカム無線機を取り出し通信をする。
「こちらエンペラー5! 引き上げ願います」
『了解! 直ぐに回収します! お待ち下さい』
直ぐに護衛駆逐艦3号から応答が入った。
ソアラは無線機をカバンに仕舞い込む。そして向こうの浜辺で漁師達が沖合の護衛駆逐艦3号艦を見つけて人が集まりはじめる。護衛駆逐艦3号の方から連絡艇が白波を立てて真っ直ぐに浜辺を目指しているからだろう。ほどなくして連絡艇は浜辺の浅瀬で停止すると2名の海軍将兵が波間に降りて水際を駆け寄って来る。波打際まで来ると背負っていた箱を下ろして小型のゴムボート展開した。
「ソアラ様! お乗り下さい! 連絡艇までお連れします」
20代後半くらいの日焼けした海軍士官がソアラに声を上げた。ソアラとミスズは海軍下士官に支えられて小型ボートに乗り込むと、2人の海軍将兵はボートを押して連絡艇まで移動する。浜辺では漁師達が集まり騒いでいるようだ。
「……やっぱり、騒ぎになりましたね。時間が無いのでしょうがないですね」
ボートは連絡艇に到着すると、ソアラ達を連絡艇で待機していた海軍下士官が引っ張り上げてくれた。
「ありがとうございます」
ソアラが頭を下げて礼を言うと、海軍下士官は少し照れたようにソアラを見つめて敬礼する。
「ソアラ様! とんでもないです」
連絡艇にボートを引っ張って来た2人の海軍将兵が乗り込む。そして海軍士官が直ぐに指示を出した。連絡艇は直ぐに動き始めて護衛駆逐艦3号を目指す。距離は500mほどあったがあっという間に護衛駆逐艦3号に接近、ウインチを接続して連絡艇を甲板まで引き上げた。
ソアラが左舷甲板に降りると、少佐の階級章のついた40才くらいのガッチリした短髪男性海軍士官が敬礼して出迎える。
「ソアラ様! ご苦労様です! 3号艦艦長です。トーラス司令より連絡事項がありますので、艦長室へお願い致します」
ソアラは海軍少佐を見て頷く。
「……はい、了解しました。ミスズ様をしばらく別室でお願い致します」
海軍少佐は困った顔をしてソアラに答える。
「ソアラ様、我が艦には女性乗員がおりません。何か誤解が生じた場合困りますので、どうかソアラ様とご一緒願えませんか」
ソアラは海軍少佐を少し憐れみの顔で見て言う。
「……ええ、そうですよね。トーラスさん厳しいですものね。承知しました」
(まあ、問題無いか。ミスズさんとは従属の契約を交わしているしね)
ソアラがそう思っていると、先ほど連絡艇に乗っていた日に焼けた海軍士官が前に来て敬礼する。
「この艦の副長をしております。ワグナと申します。ご案内申し上げます」
ソアラはワグナと名乗った海軍士官を見て微笑み答える。
「はい、先程はありがとうございました。副長だったのですね。お手数をお掛けして申し訳ありません」
ソアラはそう言って一礼した。周辺にいた海軍将兵達は感心したように姿勢を正して敬礼する。
「それではミスズ様、行きましょうか」
ソアラがミスズに声を掛けると、ミスズが少し困ったような顔をしてソアラのそばで囁く。
「……ソアラ様、何か視線が熱いような気がするのですが? 気のせいでしょうか」
(私への反応は異性というより畏敬の念を持って……恐れの対象!? でもミスズ様には良からぬ思念を持って見ている者もわずかながらいるようです)
ソアラは周囲を確認するとミスズを見て微笑み答える。
「ミスズ様が魅力的だからですね。皆さん好意と関心を持っていらっしゃるようです」
「……!? えっ! それは危険だと……」
ミスズが慌てて小声でソアラに尋ねる。
「大丈夫です。ミスズ様に手を出すようなことは無いです」
ソアラはそう言ってワグナ副長を見て微笑み言う。
「それでは艦長室へお願い致します」
「はい、それでは」
艦長とワグナ副長がソアラとミスズを艦橋左舷のハッチを開けて艦内に案内する。艦内は巡洋艦アテナ号と比べると通路幅は狭い。すれ違う将兵との余裕もあまり無い、当然艦内の将兵は端に避けて敬礼し優先的にソアラ達を通してくれる。艦橋下層へ階段を下り、艦尾方向へ10mほど進むと艦長室があった。ハッチを開けて6畳ほどスペースあきらかにアテナ号艦長室より狭い。奥に執務机が置かれ、手前に小さいテーブルと長椅子が2脚置かれている。
「ソアラ様どうぞお座りください!」
艦長が言うとソアラとミスズが奥の長椅子に着席する。
艦長とワグナ副長がテーブルの反対側の長椅子に座る。そしてソアラの顔を見て報告する。
「ソアラ様、先ほどヒイズル帝国の許可がおりました。オオカワ湾への入港着岸も可能です。よって我が艦は単艦オオカワへ航行着岸致します」
「はい、了解しました。では交渉は上手く行ったのですね」
ソアラは艦長の顔を見て微笑む。
「……申し訳ありません。私の立場では詳細は把握しておりませんので」
艦長は申し訳なさそうな顔をして答えた。
「そうですか、それでオオカワへの入港はどのくらいでしょうか?」
ソアラがいつものように艦長を上目遣いで見つめて尋ねる。
「……はい、ただいまより、最大戦速で向かいます4時間ほど予定しております」
艦長が答えると立ち上がり壁にある艦内電話の受話器を取る。
「ブリッジか! 只今より予定通りオオカワへ向かう! 各員に通達! 第1戦闘配備発令! 機関全起動! 港湾域離脱後、最大戦速で航行せよ」
護衛駆逐艦3号はすでにソアラ達が乗艦してからゆっくり動いていたが、さらに振動が大きくなり速度が上がっていく。
「ソアラ様、申し訳有りません。我が艦はアテナ号ほど快適ではありませんが、ご容赦ください」
艦長はそう言ってソアラに一礼した。ソアラは微笑み返して尋ねる。
「お気になさらず、それよりこの艦にはカレーとか言う料理はございますか? ローラ様がどこかの艦艇で食して絶賛されていたので、確か各艦でレシピが異なるとも聞いていますが……、大陸の海軍には色々なカレーレシピが存在するとか? 味わってみたいものです」
艦長がワグナ副長と顔を見合わせてから、ソアラに答える。
「……はい、ございますが……とてもソアラ様にお出し出来るようなものではありません」
ソアラは椅子から立ち上がり微笑み言う。
「マズイ、カレーなど存在しないとローラ様が申されていました。お願い致します」
ソアラは丁寧に頭を下げた。艦長は恐縮したように言う。
「……はい、では準備させてますのでしばらくお待ちください」
ソアラは隣のミスズを見て微笑み言う。
「ミスズ様よかったです。カレーが食べれるそうです。とりあえずミスズ様は移動中目立つので偽装隠蔽しておきますね。髪色は何を望まれますか?瞳の色は? 設定は私の護衛でよろしいですね」
ミスズは戸惑い尋ねる。
「……魔法ですか? 私にも出来るのですか? では、おこがましいですが、ソアラ様と同じ感じでお願い致します」
ソアラは頷くミスズの手を握ると魔力を通す。ミスズの黒髪が金髪へと変わり瞳の色がグリーンへと変わった。そばで見ていた艦長とワグナ副長がおどいた顔をした。
「……さすが、ローラ様の直属魔導士様でいらっしゃる」
艦長が声を漏らした。そしてソアラは微笑み言う。
「私の護衛担当ミスズ様です。よろしくお願いしますね」
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