第274話 北の勢力2
ソアラは準備する
2国間和平交渉会議17日目夜。(大陸統一歴1001年10月30日)
ここはヒイズル帝国ナカノキタ市港湾内、岬の停泊地。グラン連邦国軍最新鋭ミサイル巡洋艦アテナ号と護衛駆逐艦3隻が投錨して停泊していた。
巡洋艦アテナ号の艦長室。
ソアラは椅子にちょこんとと座り、テーブルの上に置かれた箱の中からチョコの粒を口に運ぶ。
「……! これなかなか美味しいです。クレア中佐ありがとうございます」
反対側の椅子に座っている、クレア艦長が嬉しそうな顔をしてソアラを見つめる。
「それはよかったです。ソアラ様に喜んでもらえて」
「……そのソアラ様て呼び方はやめて頂けませんか! 私はグラン連邦諜報中尉ですし、年齢も18ですよ。上席のクレア中佐に様付けで呼ばれるのは、どうも」
ソアラが少し嫌な顔をしてクレア艦長を見て言った。
「……! いえ、それは違います。ソアラ•アルベイン様! 現在ローラ様付きの直属魔導士ではありませんか。年齢も関係ありません。自分より優れた方に敬意を示すには当然です。それに、エリー様と同じ匂いを感じますので。初めてお会いした時、私が感じた雰囲気です……」
ソアラは果実ジュースを口に含んで、その甘さで顔を緩める。
「……?」
(クレアさん、私がローゼだと気づいているのですか? エリーと同じ匂いか……、隠蔽スキルで魔力漏れはないはずなのですけど? やはりエリーの周りの者は感が鋭い)
ソアラはそう思いながらクレア艦長を微笑み見つめた。クレア艦長は戸惑った顔をして言う。
「私は、ソアラ様が羨ましいのです。いつもおそばで……、本当はもっとお近くに行きたいのですが。私には実力が足りないにでしょうね。ユーリ殿やレベッカ殿のように好きな時にエリー様の傍にいられたら良いかと……」
ソアラはその様子を見て、立ち上がりクレア艦長のそばによって上目遣いで見つめる。
「クレアさん……そんな寂しそうな顔をしないでください。私で良ければいつでも、どこでも愚痴は聞きますよ」
クレア艦長は顔を少し緩めて言う。
「ソアラ様……ありがとう」
ソアラはクレア艦長の右手に優しく添えて尋ねる。
「でも、クレアさん、オン、オフがハッキリしていますね。艦内の冷たい傲慢な雰囲気と今とでは全然違う別人ですよ」
「……はい、やはり海軍では女性が少ないですし、危険を回避する意味もありますが。根本的には舐められないようにするためです。上官を蔑ろにして任務に支障を出さないためですね。タイラー副長も協力してくれています。最初は本当の自分とのギャップに苦労しましたが、今では瞬時に切り替え演じられます」
クレア艦長が苦笑すると、ソアラは微笑み言う。
「クレアさん……すごいですね。私はこのような見た目なので、いつも舐められてばかりですよ」
クレア艦長が目尻を下げて少しうっとりした顔をして言う。
「……ソアラ様は、舐められるとかでなく。単純に可愛く、守ってあげたいと思う気持ちが強いかと思いますが。でも……中身はとんでもない化け物なのですよね」
ソアラが一瞬、嫌な顔をして言う。
「……わたくしにも事情がありますので」
クレア艦長が時計に目をやって言う。
「時間です。ソアラ様お願い致します」
「はい、クレアさん、これから忙しくなりますが、よろしくお願いします」
ソアラは丁寧に頭を下げた。そしてクレア艦長はソアラに敬礼する。
「はい、格納庫へご案内致します」
ソアラはテーブルの上のチョコをふたつ取ってひとつをポケットに入れた。そしてひとつをクレア艦長に渡す。
「クレアさん、油断はなさらないよう。北はエサに食いつきました。あとは計画通りに進行してくれれば良いのですがね」
「はい、そうですね」
そしてソアラとクレア艦長は艦長室から格納庫へと移動する。艦内通路を移動しながらクレア艦長がソアラに尋ねる。
「ヒイズル政府はこの北の動きは把握していないのですか? 漏れれば失敗する恐れも……」
「大丈夫です。情報操作隠蔽には手を尽くしています。ワダ政権は今夜、何が起こるかも、前兆すら掴んでいませんよ。明日の朝にはローラ様の前に跪き謝罪することになりますから」
ソアラは歩きながらそう言ってクレア艦長と一緒に格納庫内に入った。格納庫内には翼が畳まれたベルーダⅡが機器調整を完了して待機していた。
航空整備士官がクレア艦長に近づき敬礼する。
「トーラス艦長! 準備完了しています。いつでも出れます!」
「了解、ソアラ様の乗機は完璧に整備したのだろうな」
クレア艦長が目を細めて言った。
「はっ! チェックは万全を期しております! 魔導演算装置も作動確認完了しており、いつでも使用可能です」
航空整備士官が直ぐにソアラの方を見つめて答えた。
クレア艦長は格納庫壁にある艦内電話受話器を取るとブリッジに繋ぐ。
「こちらトーラスだ! ことが起こったら、直ちに全艦機関始動、第一戦闘配備に移行せよと通達せよ。こちらは後詰めだ! 命令あるまでそのまま維持する! 以上!」
クレア艦長は受話器を戻すとソアラを見て微笑み言う。
「ソアラ様、パイロット控室でお待ちください」
そう言って格納庫端にあるパイロット控室のドアを開ける。中にいた2名のパイロットスーツの士官が慌てて立ち上がり直立不動で敬礼した。
「ソアラ様! よろしくお願いします! 機長のジョーンズです! 隣りがシステム担当キャスです」
ソアラは10畳ほど控室に入ると頭を下げた。
「ベランドル帝国、魔導士ソアラ•アルベインです。どうぞよろしくお願いします」
2人のパイロットはソアラを見て笑いを浮かべて言う。
「はい、どうぞお任せください」
クレア艦長が2人に目を細めて言う。
「貴様ら! ソアラ様にふらちな真似をしたらタダでは済まんぞ!」
パイロット2人は直ぐに顔を引き締めて、クレア艦長に敬礼する。
「はっ! そのような考えすら思いつきません! 任務の遂行に尽力するだけです!」
「……! よろしい! それでは私はブリッジに戻る」
クレア艦長はそう言ってソアラに一礼する。
「ソアラ様、軽い食事飲み物等は、この2人にお申し付けください。それでは時間まで待機をお願い致します」
そしてパイロット控室からクレア艦長は出て行った。ソアラは椅子に座って2人に声を掛ける。
「ジョーンズさん、キャスさん座って待ちましょう」
パイロット2人は頷き合い、椅子に座った。
「あの……ソアラ様はローラ様の直属魔導士様ですよね。ローラ様の配下はお綺麗な方ばかりとお伺いしておりますが、ソアラ様は少し路線が違いますね……」
「……? あゝ、私これでも18ですからね。誤解無いよう言っておきますね」
ソアラは微笑み2人のパイロットを見て言った。
「ですよね。失礼致しました。でも18ですか。それでもエリートなのですね。ローラ様の直属魔道士なのでから、それに胸の魔導士章は銀色ですから左官級待遇ですよね」
「よく知ってますね。それで、ジョーンズさんは実戦経験はあるのですか?」
ソアラが2人を見て尋ねた。
「はい、ジョルノ国境戦闘に参加しています。あとは哨戒任務だけですね。機体熟練度はある程度のレベルではあると思います」
ジョーンズが自信ありげに答えた。
「今回は直接戦闘は無いので安心してください」
ソアラがジョーンズに微笑み言った。
「はい、作戦内容は把握しております」
ジョーンズがソアラを見つめて答えると、椅子から立ち上がる。
「ソアラ様、何か飲みものでも?」
「いえ、遠慮しておきます。あまりトイレパックは使用したく無いので」
ソアラは少し嫌な顔をして答えた。
「では、待ちますか」
ジョーンズがそう言って3人は静かになった。
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