第265話 第2皇女
エリーは魔力を整える
2国間和平交渉会議16日目夕方。
ここはエルヴェス帝国、ルーベンス市より500キロほど西の地方都市ハイヤ郊外、大森林地帯の中にあるカミュの地下神殿。
エリーは回復処置カプセルから出てから1時間ほど休憩を取ってから、リサとセリカを相手に闘技場で模擬戦闘修練をしていた。エリーの精神体、身体の魔力マナエナジー流動バランスを整えるための調整作業である。
エリーは身体に通す魔力量を段階的に上昇させながら、2人の攻撃をいなしていた。
(以前より、許容範囲が上がったような気がしますね。1割増してところでしょうか? セレーナ体に擬態変異した時には到底及びませんが、ほとんどこれでなんとかなるかもですね)
エリーが考えていると、構わずセリカが木剣を猛烈なスピードで繰り出し斬撃を放って来る。エリーはそれを神眼で視感しながら木剣を両手で巧みに操り、事もなさげにいなしていく。セリカはさらに踏み込み連続の突きを放つが、エリーは木剣を目にも留まらぬスピードで左右に繰り出し外に払い退けた。そこへ後方にいるリサが魔導銃で魔導弾丸を連続でエリーに向かって放って来る。エリーは直ぐにセリカと間合いをとって木剣を振り上げて同時に魔導防御シールドを展開、木剣に魔力を通して曲がって来る魔導弾丸を弾き飛ばした。弾かれた弾丸は闘技場の防御壁に大きな音と共にめり込んだ。
リサがエリーを見て少し疲れた顔をして声を上げる。
「エリー様! ……そろそろよろしいですか! もう1時間ほどになります! エリー様がお疲れになっては困りますので……この辺りで」
エリーはリサとセリカを見て口元を緩める。
「大丈夫です! まだ余裕ですよ! ご心配には及びません! それよりリサさんとセリカさん魔力に乱れがありますよ。休憩しますか」
セリカがたまらずエリーを見て若干引き攣った笑みを浮かべて言う。
「あと2時間後には出発しなければなりません。それまでに夕食を済ませて準備をしなければなりません」
いつも凛々しいセリカの瞳が潤んで少し情け無い顔をした。
「……!? そうですね! もう切り上げましょう!」
エリーが笑みを浮かべて言うと、2人は安堵したような顔をしてエリーを見つめ返した。
「……ありがとうございます。2人でかかればエリー様にもしかしたら勝てるかと思いましたが……やはり浅はかでした」
セリカが残念そうな顔をして言った。エリーはそれを聞いて2人を見つめて言う。
「でもね、セリカさんも、リサさんも世界基準からしたら大概なんだよ。それ自覚してないと普通の人は簡単に死んじゃうからね」
セリカがエリーに頭を下げて言う。
「……ええ、理解しております。相手のレベルを見極めて対処しています。状況にもよりますが、基本的には動けなくする程度で留めるようにしています。ですが明らかな殺意を持っているものと対峙すれば、そうも行かないですね。魔導闘気を放っても萎えない者は厄介です」
「セリカさんも以前とは比べものにならないくらい剣技も魔法レベルも上がりましたね」
エリーの言葉を聞いて、セリカは少し表情を引き締め木剣を下げるとエリーに頭を下げた。
「エリー様、感謝の言葉しかありません。エリー様とお会い出来ていなければ……、本当にありがとうございます」
エリーは嬉しそうな顔をしてセリカの美しい髪を触りながらブルーの瞳を見つめ言う。
「何を言っているのですか。必然ですよ。セリカさん」
「……はい、そうですよね。セレーナ様のお導きですよね」
セリカはエリーの朱色の輝く瞳を見つめ頷いた。
リサが2人に割って入って来て声を上げる。
「何ですか! 導かれたのは私も同じですよ」
エリーが笑みを浮かべて2人の後ろに回り込み肩に手を添える。
「それでは食事にいきましょう!」
そしてエリーはリサとセリカの背中を押して、3人は直ぐに闘技場から出て行った。
◆◇◆
ここは東方の島国国家、ヒイズル帝国首都オオカワ市皇城王族居住区内。
ミヒロ皇女は30畳ほどの居室で自分とよく似た少女と話をしていた。
「あなたは良いわよね。今回の私へのプレッシャーはとんでも無いんだから……」
ミヒロ皇女は大きめの2人掛けソファでひとり足を組んで両手広げ機嫌の悪い顔をしている。いつもの気品のあるミヒロ皇女の雰囲気は無かった。反対側のソファのミヒロ皇女に似た10代真ん中くらいの少女は遠慮気味に言う。
「お姉様……大役を仰せつかって光栄では……ないですか」
ミヒロ皇女はますます機嫌の悪い顔をしてその少女を睨むように見る。
「私の将来は、もうめちゃくちゃよ! こんな事のために研鑽を積んできたのではないのに!」
ミヒロ皇女は口を歪めて言葉を吐き捨てた。
「……お姉様、そんなに気落ちしなくても。ローラ様にとり入れれば、国のためになるのですから、お役目は重要なのでしょう。閣議でも満場一致で選ばられたと伺いました。お姉様しかいないということです。栄誉ではないですか」
ミヒロ皇女に似た少女が慰める様に言うと、ミヒロ皇女は両足をソファに投げ出し歯をカチカチと噛みあわせてから声を上げる。
「ヒロカ! 私は素敵な優秀な男性と結婚を望んでいたのです! それが女子ハーレムに入れなどっと! 不浄です。でも、失敗すれば私のこの国での将来も無い……ホント嫌になる」
ヒロカと呼ばれた少女がソファから立ち上がり、ミヒロ皇女のそばに行くと悲しそうな顔をして瞳から涙を流しながら言う。
「お姉様……このヒロカがお支え致します。ご心痛お察し致しますが、この大役、お姉様しか出来ないのです。どうか果たされますよう」
ミヒロ皇女はヒロカ第2皇女の顔を見て嫌な顔をする。
「ヒロカ……あなた本当に嫌になるわね。お兄様もいつも威張っているくせに役立たずだし、あなたもお父様に可愛がられて……私は生贄になれって……嫌になるわ」
ミヒロ皇女はソファで身体を捻ってハッとため息を吐いた。そしていやらしい顔をしてヒロカ第二皇女の顔を見て言う。
「ヒロカ! あなたも手伝いなさい。あなただってそれなりに何か出来るはずよね」
(世間的にはお父様の寵愛を受けているのは私だと思われているけど……、それは違う! お父様の態度、表情を見ていればわかる。1番思われているのはヒロカなのですよ。何が頼りになるのはミヒロだとか言って、なんでも出来る可愛げのない私を、ある意味疎ましく思っているのですよね、お父様は! ならもうどうでもいいですよね)
ミヒロ皇女はそう思いながら微笑み、ヒロカ第二皇女を見つめる。
「……はい、お姉様、お手伝い致します。ですが、勝手に決めてもよろしいのですか?」
ヒロカ第二皇女が少し嬉しいそうな顔をしてミヒロ皇女に尋ねた。
「問題無いわよ。この件に関しては閣僚からも、お父様からも私に一任されているのだから、決定権は私にあるわ。報告はワダさまにはしておきますよ。だから手伝ってね。ヒロカ!」
ヒロカ第二皇女は屈むとミヒロ皇女の両手を取って言う。
「はい、お姉様、お力になれるよう精一杯頑張ります」
「……ヒロカありがとう。よろしく頼みますね」
そう言ってミヒロ皇女は嬉しいそうな顔をする。
(ヒロカ、今回あなたをフォローしてくれる人はいないわ。せいぜいローラ様の前で醜態を晒しなさい)
ミヒロ皇女はそう思いながらヒロカ第二皇女の手をにじり締めて口元を緩めた。それを見てヒロカ第二皇女は瞳を輝かせてミヒロ皇女を見つめる。
「……それでは、私も準備致します」
ヒロカ第二皇女はミヒロ皇女から離れると嬉しそうに頭を下げると、ミヒロ皇女の居室から出て行った。
ミヒロ皇女はドアが閉まるのを確認して悲しい顔をする。
(……何が才女とか言ってもてはやして、私は出来ればヒロカみたいになりたかった……。ホント、ヒロカが羨ましい……)
そしてミヒロ皇女はソファから立ち上がり、奥の寝室へ移動するとベッドへ勢いよくダイブして、ベッドに仰向けになると、ひとりごとを言う。
「……あゝ、もう今日は何もする気が起こらない。ここまま……? いえ! 明日の準備が」
そしてベットから起き上がると、ミヒロは直ぐに居室の方へ戻り、テーブルの上に置かれていた資料に目を通し始めるのであった。
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