第254話 外交局次長クラリス•アルバーン
クラリスはトッドと接触する
2国間和平交渉会議14日目早朝。
ここは魔都マラリスより東へ20キロほど離れた森に囲まれた農村地域。
エリー達は、ここに魔都マラリス攻略拠点を構築のため、ランカーⅡが4機が着陸積載物を荷下ろし中であった。先ほどギューデンの魔導士を4人を排除して周囲の安全は確保済みである。それにもはや魔都マラリスも誘導弾攻撃を受け、周辺状況に気を配る余裕もない。
ランカーⅡから降ろされたレンベル、レンベルTYPEⅡが起動準備に入っている。周辺では整備作業担当者が慌ただしく動き回っている。
ユーリがレンベルの足元にいるエリーのそばに駆け寄って来た。
「ローラ様、第2次攻撃ミサイル弾が上空を通過しました! 予定通りです」
エリーは悲しい顔をして頷き言う。
「……これで、地上は終わりですね。航空隊が30分後には特殊貫通弾を投下開始します。バルガ隊は中継基地を出撃していますね」
ユーリはエリーを見て少し戸惑いながら言う。
「ローラ様……お気になさらず。ギューデンが降伏勧告を受け入れれば、攻撃は直ちに中止致します。それに先に手を出したのはあちらです。通信伝達手段は残っているはずですから、降伏せず徹底抗戦するつもりなのでしょう」
エリーはレンベルの装甲プレートに両手で触れて見上げる。
「……大昔にね、城塞都市を爆裂魔法で消失させたことが有るんだけど……10万人を一瞬で消し飛ばしたんだよ。それは戦略上、以後の味方や人民の犠牲を減らすための作戦だったんだけど。実際それ以降、敵の籠城戦は激減して大陸平定は早期に達成出来た。けどね……私は、大義があると言え多くを殺した。現世でも結局、同じなのかと……」
ユーリがエリーの背後から両手を回して優しく抱きしめ呟く。
「違いますよ……エリー様……、今なすべきことをお考えください。私などが申し上げることではございませんが。確かに痛みを感じる事は大切だと思います。ですが、迷いを生み事を失敗る様なことになれば、家族や仲間を失うことになるのです。エリー様が慈悲深いお方である事は理解しております。ですがこの責任はエリー様が背負う必要はありません。皆が背負うべきものです。私を含めた全員が……、良き未来のためにです」
エリーは頷き少し微笑んで言う。
「……ありがとう。ユーリさん……」
そして魔都の方向から連続して爆発音が聞こえてくる。エリーとユーリは無言で音のする方向を見つめて、ユーリがエリーから離れる。
「それでは準備に、落ち着いたら軽い食事を準備しますので、よろしくお願いします」
そう言ってユーリは別の場所に移動して行った。
しばらくエリーが、ぼーっとしていると、レンベルTYPEⅡのコックピット上からアナ技術少尉がタラップを降りてくる。
「ローラ様、バックパックのシステム調整をしたので、魔導遠隔ボッドを展開して作動確認をお願いします。展開最大範囲は500mまでですので上限一杯付近まで展開してください」
エリーはアナ技術少尉の顔を見て微笑むと言う。
「はい、了解です。エネルギーフィルド展開もテストしときますね」
「はい、それでお願いします」
そう言ってアナ技術少尉はタラップを上がってコックピットへ潜り込む。エリーもゆっくりタラップを上がって、コックピットパイロットシートに体を滑り込ませた。サブシートに座るアナ技術少尉が端末ケーブルを引っ張って言う。
「ローラ様、起動してください」
エリーはベルトを引っ張り体に通すとロックする。そして顔を後ろに向けて。
「コックピットシールド閉めますよ。良いですね」
「はい、お願いします」
アナ技術少尉は直ぐに端末を膝の上に置いて答えた。
◆◇◆
ここは魔都マラリスより東へ10キロほど離れた林の点在する畑の広がる農村地区。
街道沿いの路肩に2台のダークグリーンの軍用士官車両が停車している。車両のドアには、ライオネル国軍の黄色い太陽のマークがペイントされていた。
そして車両の周りでは、5人ほどが魔都の方向を見つめ機材を操作して会話している。
「クラリスさま、これ以上は危険が伴います。ギューデンの者達と戦闘になる恐れがありますので、どうかご容赦ください。諜報員を数名先行させましたが、応答が有りません」
ライオネル諜報中佐が険しい顔をして、薄紫のロングヘアの二十代後半の女性に言った。その女性は髪をかきあげて諜報中佐を目を細めて見つめる。
「はい、無理は禁物ですね。……しかし、これは、まずいことになりましたね。ギューデンがこんなに脆いとは……、と言うよりグラン、ベランドル連合の力を侮っていたと言うべきでしょうか。もはや手遅れですが。大統領はうかつな判断をされたのかもしれません。アルティの話に乗るしか道はない様です……」
森林迷彩軍服のライオネル諜報中佐が、薄紫ロングヘアの女性クラリスを見て言う。
「魔都はかなりのダメージを受けている様です。たぶん生き残ったものは地下に逃れたと……幹部達は最終決戦をするつもりではないかとの情報です」
クラリスは残念そうな顔をして言う。
「ダグ•ギューデンはもう少し賢いと思ったけど、ベランドルの大魔導士ローラには及ばなかった。もう魔都などどうでもいい……これからライオネルが生き残れるかは、ローラ次第。早くアルティとの連絡を」
周囲を警戒していたライオネル警備士官がライフルを構えて声を上げる。
「近づくな! 撃つぞ!」
ライオネル諜報中佐が慌てて庇う様にクラリスの前に出て、拳銃を取り出す。
木の影からひとり長身の男性が出てくる。恐ろしいほどの殺気を放ち周囲のものを威嚇している。薄暗く顔は見えないが、クラリスでもその男性が只者ではない事は瞬時に理解出来た。
(……勝てる相手ではない。ギューデンの者か? いや、このクラスなら今、魔都の外にいるはずがない! ならグラン、ベランドルのものだろう……たぶん)
クラリスはライオネル諜報中佐を押し除けて前に出て声を上げる。
「私は、ライオネル外交局次長、クラリス•アルバーンです。グラン連邦国、もしくはベランドル帝国の関係者の方とお見受け致します。どうかお話を!」
そう言ってクラリスは身分証を手に持って両手を上げて10mほど先の男性を見つめる。
男性が殺気を瞬時に消すと、後ろから黒色の戦闘服着た完全武装の兵士が10数名ほど現れて男性の周囲に展開する。
相手の兵士達は見慣れない銃身の短いライフル銃をこちらに向けて警戒している。だが殺気は感じられなかった。ライオネルの諜報部隊員はクラリスを含めて9人。ライオネルの警備士官は銃をそのまま構えて対峙していた。
クラリスがライオネルの将兵達に声を上げる。
「銃を下げなさい! こちらは連合軍の方々です。問題有りません! 直ぐに敵対行動は慎みなさい!」
ライオネルの警備士官が銃を下げると、他の者達も銃を下げた。
「申し訳ありません。私達は現状把握のため、ここまで出っ張って来ていたのです。決して他意はありませんので、どうかご容赦ください」
クラリスはそう言って頭を下げた。
男性はゆっくりとクラリスのほうへ歩み寄る。
(……、ただの下っ端ではない。重要人物の周囲に付いている人物だ。……!? 魔導士ローラの側近か? 雰囲気がそんな感じがする)
クラリスは近いて来る男性を見つめながら思った。
男性はクラリスの2mほど手前で立ち止まると一礼して言う。
「確かに、アルティさんの姉君様ですね。私はトッド•ウォールと申します。話はローラ様より伺っております」
クラリスはトッドを見上げて動揺した顔をしてから頭を下げた。
「……はい、トッド様ですね。アルティの事をご存知とは……ではローラ様もこちらにおいでになると言うことですか?」
トッドは微笑みを浮かべてクラリスを見つめて言う。
「魔都は今日中には陥落します。ライオネルの今後についてご心配されておられる様ですね。ローラ様に面会されたいのであれば、お連れ致しますが。どうされますか?」
トッドの唐突な言葉にクラリスはさらに動揺した顔をする。
(……私は運が良いのか!? 悪いのか? しかし、断る理由は無い! 行くしかない!)
クラリスは顔を引き締めてトッドを見上げる。
「はい、お願い致します!」
「承知しました! ではお連れの方全員来てもらうことになりますが、よろしいですね」
「はい、結構です」
そう言ってクラリスは後ろに控えるライオネル諜報中佐を見る。ライオネル諜報中佐は直ぐ頷く。
「……はい、クラリス様の仰せのままに」
トッドが横の分隊長に言う。
「車両をこちらに回せ!」
分隊長は頷くと、その場を直ぐ離れて行った。
トッドはクラリス達を見渡して言う。
「この車両は無線通信機器を切って、このあたりに隠してもらえますか。移動は我々の車両でお願いします。ローラ様の所在を漏らす訳にはいきませんので」
クラリスは頷きライオネル諜報中佐に指示を出す。
「お願いします」
ライオネル諜報員達は車両を林の中へ移動する。クラリスはトッドに尋ねる。
「武器の携行は許可していただけるのでしょうか?」
トッドはクラリスを見つめて答える。
「はい、問題ないと判断します」
そして2台の小型軍用輸送車両がクラリス達のそばにやって来た。
「それではどうぞお乗りください」
トッドが言うと、クラリスは頭を下げた。そして、車両後部の荷台へと乗り込む。続けてライオネル諜報員達も乗り込んで行った。最後にトッドが荷台へ乗り込むと、2台の小型輸送車両はゆっくりと動き出した。
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