第241話 魔都マラリス
2国間和平交渉会議13日目朝。
ここはライオネル連合共和国、首都オーリス市より300キロ西に位置する都市マラリス、一般的には魔都マラリスと呼ばれている。
大陸の巨大犯罪組織が暗躍支配し、警察や軍隊でさえ恐れる街である。ライオネル政府の影響力は全く及ばない自由都市、まともな市民など住んでいない、あらゆる犯罪者が巣食う犯罪都市国家と言ってよい。過去に数回、ライオネル政府は統治しようと軍事介入したがいずれも失敗に終わっている。それはライオネル政府要人への賄賂の横行、魔都の抱える傭兵軍団の強さもあった。結局ライオネル政府は自治権を容認してマフィアギャング組織の大ボス、ギューデンを都市代表者に任命した。
そして魔都内部の状況は全く外にはわからない状態が続いている。各国も犯罪組織拡大の影響を嫌って、諜報機関員を送り込みはしたが、まともな情報を収集するのは困難だった。そして組織の中枢に接近するのは極めて困難であった。麻薬、人身売買、暗殺、誘拐、恐喝、詐欺、傭兵とありとあらゆる犯罪を取り仕切り得た潤沢な資金を有して、大陸に悪影響を及ぼす組織の中心拠点それが魔都マラリスである。
マラリスの中心街、高い塀囲まれた一画に一際高い建物があった。その建物はマラリスタワーと呼ばれ、この魔都の最高権力者がいる場所である。
マラリスタワーの最上階、50畳ほどのリビングは豪華な造り部屋であった。部屋の中央付近にソファーがあり窓側にひとりの男性が座っている。大きな大理石のテーブルを挟み反対側のソファーには男女が間隔を開けて座っていた。
窓側の金髪の50才前後の渋めの男性が、タバコをふかしながら、反対側の男女を笑みを浮かべて尋ねる。
「ヴェラ、どうなのです。ベランドルのローラは仕留められそうですか? あと皇帝エランも、どうなっていますか」
ソファーの左側に座っている赤髪ロングヘアの30代半ばくらいでキツそうな顔をした女性が、機嫌の悪い顔をして答える。
「ダグさん! 無茶を言ってくれるもんだよ! こっちだって急に段取り変えてやってるだからさ! それにガードが固くて情報が無いんだよ。凄腕を送り込んだけど、直ぐには無理だよ。なんったて大魔道士ローラだよ」
金髪のダグと呼ばれた男性が、少し眉を動かし、ヴェラと呼ばれた赤髪女性を見て言う。
「ヴェラ! 簡単でない相手であることは最初からわかっていますよ。君が出れば良いのじゃないですか。君は特級魔道士クラスなのでしょう。問題は直ぐに解決する。中途半端にやれば失敗するのは明らか、君が一撃で仕留めれば済む話、違うのですか?」
赤髪の女性ヴェラがさらに機嫌の悪い顔をして答える。
「……あゝっ! 私に出ろと? ダグさん、ほんと簡単に言うもんだね。仕留めたにしても無事に帰してくれるとでも」
ダグと呼ばれた金髪の男性はクスクス笑って言う。
「ヴェラよ。君ほどの者がまんまと騙されているのですか? 諜報機関がかなり動きまわって風聴しているようではないですか。確かにローラは実力者であることは間違いないでしょうが。英雄に仕立て上げられたのは間違い有りません。周辺にも強者が多くいるでしょう。ですが、このギューデンの目を欺くことは出来ませよ。ねえ、そうでしょう!」
ヴェラが溜め息を吐き、隣りに座る銀縁メガネを掛けた40代前半に見える銀髪の細身男性に言う。
「フランク! すまし顔で余裕ぶっこいてんじゃないよ! あんたどう思うのさぁ!」
フランクと呼ばれた銀縁メガネの男性は口元を緩めてヴェラを見て言う。
「ヴェラ! ダグさまの言った通りだと思うが。お前はもっと賢いと思っていたが? どうしたいつも強気のお前が珍しいなぁ? 噂や諜報に踊らされてらしく無いぞ」
赤髪のヴェラは鋭い目つきで銀縁メガネのフランクを睨み言う。
「そりゃ情報は十分に分析したさ。諜報がばら撒いていることも承知している……だがね、私の魔道士としての感がヤバイって言ってるだよ。手を出しちゃいけないてねえ。根拠は無いけど、なんて言うたらいいかわからないけど、とにかくヤバイて」
ダグがタバコを大きな金属製の灰皿に押しつけて消すと、鋭い目つきでヴェラを見据える。
「ヴェラ、君が直接処置してくれますか。お願いします。精鋭を全員使っても構いません。とにかくやるんです。ローラは、大陸の象徴みたいなものです。それを叩けば我々の格も上がります。そして商売もまた、前のように出来るようになるのです。とにかく邪魔なのですよ」
ヴェラは赤髪をかきあげて渋い顔をしてダグを見つめる。
「……あゝ、わかったよ。どうせやらなきゃなんないだよね。気分は乗らないけどね。ここの魔道士全員連れて行くからね。文句は無いね?」
ダグはヴェラを見て言う。
「いいですよ。成功を祈りますよ。あゝ、それとバックアップに重装歩兵をつけましょうか? あれなら少々剣技が強くても潰せますからね」
ヴェラは手を挙げて横に振る。
「いい、あんなの目立つからいらない」
ヴェラは隣りのフランクに視線を移して言う。
「フランク、ローラとその周囲の者達のデーターをくれるかい。肝心なデーターがとにかく不足しているんだよ」
フランクは銀縁メガネを右手で持ち上げてから答える。
「ヴェラ、申し訳ない。データーが無い、こちらも一緒だよ」
ダグは2人を見て微笑むと、テーブルの箱からタバコを取り出し、オイルライターでタバコに火をつける。そして煙を吐き出して。
「ローラとはベランドルの元宰相だと言う話ですが本当ですかね。見た目は10代の少女のようで、剣技も魔法も特級レベルだと。私が思うに何人かが演じているのではないかと……そして虚像を創り出し、人々に熱狂と畏敬の念を植え付けて、コントロールしようとしているのですかね」
ヴェラは相変わらず機嫌の悪い顔をしてダグを見て言う。
「何が言いたい!」
ダグはタバコをふかしてヴェラを見て言う。
「我々の総力を上げれば、問題有りませんよ。今までだって問題なかった。だからしっかりやってください。我々は油断も慢心もしません。相手を見極め確実に追い込み仕留めます。そうですよね。ヴェラ」
ヴェラはダグを見て頷き言う。
「あゝ、期待には応えよう、だがね。今回はあまり自信が無いんだよ……。悪いな」
隣りのフランクがヴェラを見て言う
「ほんと、ヴェラらしくないなぁ。まあ、心配するな、1ヶ月もしたら片付いて笑い話になってるさ」
「……あゝ、そうだな……じゃあメンバーを招集するから、これで失礼するわ。フランク、ダグさん、行って来る」
ダグはタバコを灰皿に押しつけて消すと。
「ヴェラ……頼んだ」
ヴェラはソファーから立ち上がると右手を軽く上げて背を向けると、そのまま部屋から出て行った。
ダグはフランクを見て言う。
「フランク、正直、どう思いますか?」
「わかりませんね。ヴェラが負けるとは思いませんが、ただローラもかなりの使い手であることは間違い有りません。単独に出来れば十分に勝機はあると思いますよ」
ダグは微笑み言う。
「魔道士ローラ……会って話しをしてみたいですね」
そう言って、ダグはタバコにまた火をつけた。
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