第236話 ドリアンの戸惑い
リサは強化改善液カプセルから出た。
2国間和平交渉会議12日目、午後。
ここはエルヴェス帝国、ルーベンス市より500キロほど西の地方都市ハイヤ市、そしてさらに30キロほど離れた、森林地帯にある地下深くにあるカミュの地下大神殿。
神殿内、研究施設に3mほどの高さの透明なカプセル中には全裸のリサが液体に浮かんでいた。あれから4日ほど経っている。
「もう、リサさんの細胞強化施術は完了ですね」
カミュが言うと、神殿管理者ドリアンが答え、研究施設内にドリアンの声が響く。
『はい、問題ないと判断致します』
「では、私は準備しますね」
カミュはそう言って光が渦巻くと直ぐに消失した。そしてリサの入っているカプセルが縦から角度が徐々に変更されて横になり、繋がれているパイプから液体が排出される。
カプセルの密閉ロックが解除され、ガラス面が上部へ開放された。
「ゲホ、ゲホ、おーええっ……」
リサは口の中の液体を吐き出し、しばらく悶えてカプセルから上体をカプセルの脇につかまりゆっくり起こす。そして周囲を虚な目で見渡した。
『リサさま、お目覚めですね。気分はまだ優れないと思いますが。とりあえずお召し物を、棚に有りますのでお願いします』
神殿管理者ドリアンの声がする。
リサは頭を振って耳の中の液体を出そうとするが上手く出ない、そしてリサの鼻から液体が垂れている。
『タオルもありますので、使ってください。その液体は人体には無害ですから安心してください』
ドリアンが声がリサに優しく語り掛ける。
「……は、はい、わかりました……」
リサは恥ずかしそうに胸を手で隠して、周囲を見渡す。
『大丈夫ですよ。モニタリングは体温でしていますから、お姿は認識していません』
「……え、はい」
リサは立ちあがろうとするが、体を上手く動かせない。
『強化改善液に浸かっていたので、体がまだ馴染んでいないようです。しばらく落ち着いてから動く方が良いですね。お手伝いしたいのですが、今動ける者が居ないので申し訳ないです』
「……はい、ありがとうございます。そうですね……、動かないです」
リサは下半身が麻痺したように十分に動かないことに若干焦りを感じる。
『この部屋は、最適な空気、室温に調整しているので体調を崩すことは無いので安心してください』
ドリアンが優しく言った。
「……はい、ありがとうございます」
リサは顔を下げたままドリアンに答えた。
『……申し訳ありません。私は特に感じることが無いので、リサさまの行動にいささか戸惑っております』
リサは両足を少し動かして感覚が戻ったことを確認してゆっくりカプセルから立ち上がる。
「ドリアンさん、お伺いしてもよろしいですか」
『はい、お答え出来ることなら、なんなりと』
リサはカプセルの縁に手を掛けて左足を跨いで床に足をつける。
「私は、ドリアンさんから見て魅力は無いということでしょうか?」
『質問の意味が十分に理解出来ません。私がリサさまに何か特別な感情を持つといったことでしょうか?』
ドリアンはリサに尋ねた。リサは素足で床をぺたぺた歩いて棚の前でガウンを取って羽織った。
「もう大丈夫ですよ。もう羽織りましtから」
リサが顔を上げて多数あるカメラのひとつを見て言った。
『……、はい、ではシャワールームに行かれますか? 案内致します』
ドリアンが答えると、リサは尋ねる。
「カメラは全ての場所にあるのですか?」
『いえ、全てではありませんが、何かしらの感知機器は設置されております。魔道感知センサー、サーモセンサー、圧力センサー等、この神殿の安全を守るためのものです』
「シャワールームもですか?」
『……何を気にされているのですか? 私にはわかりかねますが』
「私……一応……女性ですから」
『はい、理解しました。裸を見られたく無いという事ですね。ですが、リサさまの裸は4日間常にモニタリングしていたので、特には、思うところはありません。そして体のサイズ、血液型、遺伝子情報、魔法特性など全て把握しております。特に恥ずかしがることも無いかと』
リサは機嫌の悪い顔をして言う。
「……私の裸など……何を恥ずかしがっているのかと、はい!」
『何か? 機嫌を損ねましたか。リサさまシャワー浴びてください。そちらのパネルモニターに場所を表示します』
ドリアンの声は特に変化する事なくリサに伝えた。リサはモニターの部屋の位置表示を見て確認すると、直ぐに研究室から無言で出て行った。リサの様子にドリアンは少し戸惑っていた。
『セレーナさまの従者、リサさま、あの様子はいかがなものか? 確かに魔力耐性は申し分ないのだが……、まあ、カミュさまの判断される事、私の関与する所ではない』
◆◇◆
ここはグラン連邦国首都べマン東部首都防衛隊、防空航空隊飛行場。
エリー達の搭乗したバルガ戦闘機隊は1番滑走路に着陸して誘導路に入り、メインの駐機場に停止した。周囲には200人以上の関係者が集まっている。
バルガ戦闘機のキャノピーが開放されると、軍楽隊がベランドル帝国国歌を演奏し始める。そしてエリーはヘルメットを脱いでコックピットから身を乗り出し手を上げる。
バルガ戦闘機には、すでにタラップが設置されその前に絨毯が敷かれ関係者が10人ほど並んで、エリーが降りて来るのを待っていた。エリーはタラップに立ち微笑み周りを見渡す。
「ベランドル帝国、皇帝直属魔道士ローラ•ベーカーです! 盛大な歓迎感謝致します!」
エリーはそう言って、タラップから手摺を両手で持って滑り降りる。そして、絨毯上に立つと丁寧に深く一礼した。
直ぐに閣僚がエリーの周りを取り囲む。
「ローラさま! お久しぶりで御座います」
閣僚の後ろから声がした。エリーが顔を向けると、そこには、アーサー卿が立っている。
周囲が少しざわめきアーサー卿の前の閣僚が道を開ける。
エリーはアーサー卿に一礼して。
「アーサー様、わざわざお越し頂き感謝致します」
アーサーは手を出して握手をエリーに求めた。エリーは直ぐにアーサー卿の前により握手をする。
「ローラ様、今後もグラン連邦国をよろしくお願いします」
エリーは微笑みアーサー卿を見つめて言う。
「はい、こちらこそ、ベランドル帝国をよろしくお願い致します」
周囲にいたグラン連邦国閣僚達は、2人を驚きの表情で見つめていた。中枢院の主要メンバーアーサー卿が公の場に出て来ることはほとんどない。それが出て来たのである。今回の魔道士ローラの訪問がどれだけ重要案件か、ここにいる者は瞬時に理解した。
そしてエリーはアーサー卿から離れると、視線を並んでいる閣僚達に向けて一礼する。
「ハル外事局長、和平交渉ではお世話になりました。今後の共同作戦もよろしくお願い致しますね」
閣僚の1番端に並んでいたハル局長がエリーに深く一礼して言う。
「はい、ローラさま! 今後もよろしくお願い致します!」
(……ほんと、芝居するのも疲れるね)
エリーはそう思いながら一歩退がって、首相、各閣僚に挨拶して行く。
今回のローラ訪問は、ハリーの計画の一環であった。魔道士ローラのグラン連邦国内での知名度権威の向上そして、ハル局長の軍部での序列アップにあった。魔道士ローラと中枢院との関係、そして大陸の英雄ローラとハル外事局長との結び付き。現に中枢院アーサー卿の姿を見たグラン閣僚達はローラを見る顔つきが、一気に変わったことに気付いていた。ハル外事局長もローラから直接名前を呼ばれることで、グラン連邦国上層部にローラとの関係性を印象付けることに成功した。
「それでは、今後についてお話し致しましょう」エリーは微笑み国防相に話し掛けた。
国防相は顔を引き攣らせて答える。
「はい、では参りましょう」
エリー達は、各送迎車両に乗り込み、会議場へと移動して行く。
最後まで読んでいただき、ありがとうございまた。