第232話 ハンス先生
エリーはボーゲン少将と話す。
2国間和平交渉会議11日目夜。
ここはグラン連邦国大港湾都市、デーン港ブラウン重工施設。
エリー達はアテナ号からトーラスを艦隊司令部で降ろし、ボーゲン少将と一緒にブラウン重工施設に来ていた。そしてユーリ、エイダ、イレイナの3人と別れ、今は、ボーゲン少将とエリーの2人で重工応接室でソファーに向かい合わせで座っている。
「エリーさま、任務ご苦労様です。ハリー殿から詳細な指示は受け進めており、今のところ問題はありませんのでご安心ください」
ボーゲン少将がそう言ってコーヒーカップを口に運んだ。
「……そうですか。ジョン代表からは特になにもなっかのですね」
エリーは前髪をかきあげ少し疲れた顔をする。
「……ええ、特には……、エリーさま、ここのところ随分動きまわられてお疲れのようですね」
ボーゲン少将が気遣ったように言った。
「まあ、そうですね。しょうがないと諦めてていますが、おコロロ使いありがとうございます」エリーは素っ気なく答えた。
ボーゲン少将がエリーを見て言う。
「ひとつよろしいですか? トーラス中佐についてですが」
エリーは少し嫌な顔をする。
「……! なんでしょう?」
「エリーさまとトーラス中佐では、お立場が全然違っているのを理解されているのかと」
エリーは機嫌の悪い顔をしてボーゲン少将を見る。
「それはどいった意味でしょうか」
「エリーさまが関わり過ぎではないかと。確かにトーラス中佐は優秀ですが、深入りするのもほどほどにされた方が、よろしいと申し上げているのです」
「……! 私は、必要と思うからやっているのです。あなたに言われる筋合いは無いと思いますが」エリーは機嫌の悪い顔で少し声を荒げた。
「いえ、必要な事です。エリーさまは、今後さらに忙しくなり余裕がなくなります。やらなければならない事は沢山あるのですよ。その事を理解されていないのですか? エリーさまは並ぶ者がないほどの方とは存じておりますが。それでも限界はあると思います。現に疲労されているように見受けられます」
エリーは少し顔を下げて考えたような顔して言う。
「……はい、理解しました。もう勘弁してください。ボーゲン少将に心配されないように、漏れなくやって行くのでご安心を」
「ええ、それならよろしいのですが。苦言を呈する者も必要ですよ。エリーさま、心地よいものばかりを周りに置いていては、いつかエリーさまが窮地に陥る事になると心配しております」
ボーゲン少将は特に表情を変えることもなく淡々とエリーに言った。エリーは頷く。
(ボーゲン少将は、ジョンお父様が取り込んだ初期結社メンバーであるし、信頼できる人なんだろうけど、私はあんまりなんだよね。まあ確かに、言ってる事は正しいとは思うけど、でも……、昔も、引かないしハッキリした物言いは変わらないね)
「はい、ありがとうございます。ご心配をおかけしました。今後は気をつけます」
エリーは少し反省したような顔をして言った。
「では、この辺で」
エリーは嬉しそうにボーゲン少将を見つめる。
「ええ、そうですね。明日はべマンですか?」
ボーゲン少将がエリーに尋ねた。
「はい、連邦国軍参謀本部へ行く予定です。今後の予定の確認です」
エリーは直ぐに答えた。
ボーゲン少将は立ち上がりエリーを見て言う。
「ベランドル帝国皇帝直属魔道士ローラさまも大変ですね。連邦国軍エリー中佐の方がいくぶんか楽なのでしょうが……。ハリー殿もエリーさまを酷使しすぎのようです。今や、この大陸の英雄ですからね。もう少し配慮があらば良いと思いますが」
エリーは呆れたような顔をしてボーゲン少将を見る。
「……あゝ、もう随分と会ってなかったけど変わんないね。ほんと、ハンスせんせい……」
ボーゲン少将は少し顔を緩めてエリーを見る。
「誰も居ないのに、いつまで他人行儀を続けるのかと思ったよ。エリー」
エリーは嫌な顔をしてボーゲン少将を見る。
「……はっ! そりゃそうだよ。いつまでも子供じゃないからね。あの頃とは違うし、それにハンスせんせいだってそうでしょう!」
ハンス•ボーゲン、過去にエリーの家庭教師をしていた人物だ。旧下級貴族の出身で士官学校での成績は優秀であったが、出世路線からは外れていた。父ジョンと出会い結社のメンバーとなってからエリーの幼少期にはよく家に来ていた。そしてエリーの家庭教師も2年程していた。エリーにはその頃、家庭教師は5人いたが、ボーゲンは子供のエリーにも手加減する事なく厳しかった。だからエリーは嫌いだった。エリーは家庭教師としては優秀だが、人間的には良い印象がなかった。だが、父ジョンはボーゲンの事は高く評価しており、よく話していた。
ボーゲン少将は少しためらったように言う。
「たった7年でここまで来るとは、私の予想を遥かに超えていた。お頭がキレる、お嬢様だとは思ったが……」
エリーがボーゲン少将の顔を見て口元を緩める。
「私に言ってもらいたいのでしょう! これもハンスせんせいのお陰だと! 違いますよ。これは私の努力の賜物ですよ」
「……はっ!? エリーは、相変わらず口が減らないな!」
ボーゲン少将が呆れたような顔で言った。エリーはそれを見て笑って言う。
「昔が懐かしいね。ホント、ハンスせんせいにはこっ酷くやられたもんね。8才の少女相手にやる事じゃないよね」
「エリーの父親である。ジョン殿には好きなようにやって良いと言われていたから、それで適正に判断して進めたのだが……理解出来なかったか?」
エリーは直ぐに嫌な顔をする。
「……へえ!?」
ボーゲン少将はエリーのそばによると呟く。
「私は見たのだよ。武人の姿を……銀髪を靡かせ赤い瞳の……、私は驚いた。この少女はとんでもない力を持っていると。そして心配だった。この力に呑まれてしまうのではないかと……、だが今を見れば、それは取り越し苦労のようだ。十分に力を制御発揮しているようで」
エリーは目を細めてボーゲン少将見る。
「……! じゃあ私の本当の姿を知っているてことですか?」
「あゝ、力の根源がエリーの底にあることは理解している。それは人間の領域を超えたものであり、理不尽な圧倒的な力である事は承知している。エリーが中枢院の庇護下にある事も納得出来ることだ。だが心配は要らん詳細は誰にも喋っていないから。私は魔法士としては大した事はないが、こういう能力には長けているからな」
エリーは微笑みボーゲン少将を見る。
「そうなんだ。じゃあ今の私はどう見えますか? 昔と変わっていますか?」
「あゝ、中身は変わってはいない。外の見た目はだいぶ変わった。そして中身に相応しいい肉体と精神に変化している。もう心配はないと思う」
ボーゲン少将はエリーの瞳を見つめる。
「だが、その圧倒的力を持ってしても、今後の展開は楽ではない。それは確かなこと」
エリーは少し笑ってから言う。
「だから、みんなと関わっているんだよ。1人じゃダメなんだよ。だからね。仲間を増やしてことにあたるてことだよ」
ボーゲンは呆れた顔をして手を上げる。
「……あれは、違うと思うが、トーラス中佐の件は個人的なことでは?」
エリーはキッパリ否定する。
「違うよ! クレアさんには迷い無く戦ってもらうためには必要なことなんです! だから早くハッキリさせないとね」
ボーゲン少将はエリーを見て珍しく笑顔を見せてエリーの肩に手を添える。
「あゝ、わかった。エリーは……そうだな。余計なことを言ったな」
そして、応接室のドアがノックされる。
「はい、どうぞ!」
エリーが直ぐに声を上げた。
ドアが開きユーリが一礼して言う。
「そろそろ工廠長との打ち合わせの時間ですが。よろしいでしょうか?」
エリーはボーゲン少将と離れると一礼する。
「どうも、貴重なご意見ありがとうございました」
ボーゲン少将は丁寧に頭を下げて言う。
「こちらこそ、ローラさま、有意義な時間でした。ありがとうございました」
そう言って、ボーゲン少将は右手を差し出す。エリーは少し間を置いて握手した。
「また、次回艦隊再編時にお会いしましょう!」
エリーが言うと、ボーゲン少将は頷く。
「ええ、ローラさま、楽しみにしております」
エリーはボーゲン少将から離れ、ユーリのそばに寄って言う。
「では、参りましょう! あゝそうだ。ボーゲン少将お見送りしますね」
ボーゲン少将の顔が若干綻ぶ。
「ローラさま、ありがとうございます。お言葉に甘えます」
エリーはボーゲン少将を見て少し嫌な顔をする。
「……え! 断らないですか? まあ、行きますよ」
エリーはユーリと並んで応接室を出ると後ろからボーゲン少将がついて来た。
「ユーリさん、車両は、手配できたますか?」
ユーリは頷きポケットから無線端末を出して連絡をする。ユーリは直ぐにエリーを見て言う。
「入口に5分で到着します!」
エリーは歩きながらボーゲン少将の横に並んでから言う。
「ボーゲン少将、どうですか? 生徒の成長は嬉しですか!」
「ええ、予想以上でした。嬉しいと言うより、恐れでしょうか」
ボーゲン少将はエリーを見て微笑んだ。
「……、それが率直な感想なんですね。理解しました」
エリーは頷きボーゲン少将としばらく無言で通路を歩く。そして重工研究管理ブロック入口に到着する。
「では、ローラさま、失礼致します」
ボーゲン少将はエリーに敬礼すると入口から到着した車両へと向かって歩き出す。エリーは背後から声を上げる。
「ハンスさん、よろしくお願いします! これから大変ですからね!」
ボーゲン少将はエリーの声を聞いて、振り返り一礼してから車両に乗り込んだ。そして車両は動き出し去って行く。
ユーリがエリーの隣で囁く。
「ボーゲン少将……、私は不気味に感じました。グラン海軍切っての将官とのことですが。失礼だとは思いますが、私はあまり関わりたくないですね」
エリーはユーリを見て少し笑ってから言う。
「そう思ったんだ。ユーリさんは知らないんだ。ボーゲン少将は、私の家庭教師だったんだよ。そりゃもう忖度なし、子供扱いしてくれなかったからね。だから今でも苦手だよ。まあ、それもハリスせんせいなりの愛情だったのかもしれないけど、私は勘弁だね」
ユーリが驚いた顔をして言う。
「そうだったんですか。申し訳ありません」
「いいよ、別に。じゃあ工廠長のところへ行こうか」エリーはそう言って歩き出した。
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