第224話 ロスト
トーラスは見失う。
2国間和平交渉会議10日目午後。
ここはグラン連邦国デーン港より180キロほど沖合。洋上において、最新鋭ミサイル巡洋艦アテナ号と駆逐艦は謎の潜航体に追尾されていた。そしてさらに下方からトーラスの搭乗するレンガリアンが追尾している。
トーラスは最初は、戦闘になればそれでも良いと思っていたが、現在は戦闘は避ける方針へ転換その旨はアテナ号に指示している。
(……活動時間はそろそろ限界のはず。そのまま引き下がってくれれば良いのだが)
トーラスはデーター表示を見ながら思っていた。
『こちらアテナ号! 只今より、全速航行へ移ります』
アテナ号タイラー副長より連絡が入った。
「了解した! 海防駆逐艦に合わせるのだな。デーン港方向へ頼む」
トーラスは直ぐに応答すると深度をゆっくり下げた。コックピットパネルが点滅して異常を知らせる。
(……通信限界深度! まだ撤退しないのか?)
トーラスは潜航体3機の位置情報を確認する。そしてアテナ号と駆逐艦の航行速度が上がったのを確認した。
(せいぜい38ノットが一杯だな。アテナ号単艦なら40ノット以上いけるだろうが、今回は必要ない)
トーラスは潜航体3機の速度を確認すると、速度を上げていないことに気付いた。
(追跡はあきらめたか? アテナ号と離れているな、タイムリミットのようだ)
潜航体3機はトーラス機体の直上で一斉に転回すると、編隊を組んで進路を南東に取り30ノットほどで航行する。そしてトーラスは潜航体が離れるのを待って転回して若干深度を上げる。
(……追跡するか?)
トーラスはモニターを確認する。
(残距離500キロ……どうしたものか? 無理は出来ない。帰投距離を吟味して、戦闘があった場合、100キロが限界か。たぶん母艦は100キロ圏内のはいると思うのだが。哨戒機の増援を要請するのが無難なのだが……)
トーラスは考えながら潜航体と距離を取り追跡をする。
(戦闘になった場合、やはりリスクが高い。母艦から潜航体の増援があった場合は最悪だ)
トーラスは潜航体からさらに距離をとった。
(とりあえず、ジャミングは無いようだが。母艦が近くにいた場合、通信が万が一傍受され気付かれる恐れがある。中継ブイを使う方が良いか)
レンガリアンのコックピット内に警報が鳴る。
《警告! マーカーA、B、C、ロスト!》
トーラスは慌ててバイザーの表示を確認した。
(……しまった! 見失った? 距離を取りすぎたか)
トーラスは直ぐに速度を上げるが再探知出来ない。
(……気付かれた!? 速度を上げたのか。待ち伏せも考えられる……。深追いは危険だな。帰投するか?)
トーラスは直ぐに深度100mほど下げて転回する。周囲に潜航体は感知出来ない。そのまま5キロほど進んで、深度をゆっくり上げて通信水位まで来ると、哨戒機に無線を繋ぐ。
「こちらトーラス! 哨戒状況はどうか?」
『こちらカモメ1号! 現在、指定海域確認出来ず!』
対潜哨戒機から応答が入った。トーラスは位置情報を確認する。
「了解した! 引き続き対潜哨戒を継続願う!」
『カモメ1号! 了解! 継続します』
哨戒機の応答を確認して、トーラスは深度を50mまで戻してオートパイロットモードに切り替えた。
《警告! オートパイロットモードに移行! 目標アテナ号確認しました! 合流予定時間30分!》
トーラスは少し寂しそうな顔をする。
(……危うくツッコミすぎるところだった。少し冷静さを欠いていたか? ふっ!)
『こちらアテナ号! シーキャット001、002哨戒任務に今、出しました!』
タイラー副長から無線が入った。
「了解! こちらは現在、アテナへ帰投中! 潜航体はロストした! 周辺の警戒は怠らないよう頼む」
『了解しました! お帰りをお待ちしております』
タイラー副長の応答が直ぐに入った。トーラスは無線を艦隊司令部へ繋ぐ。
「こちらトーラスです。ボーゲン少将をお願いします」
『こちらデーン艦隊司令部! トーラス中佐! しばらくお待ちください』
トーラスがしばらく待っていると、司令部から無線が入った。
『ボーゲンです。潜航体はロストしたそうですね。とりあえず戦闘にならず良かったです』
相変わらずボーゲン少将の声は緊張感が無い。
トーラスは少し苛立った声で言う。
「ボーゲン少将! 各港湾警備隊に警戒警報は発令されているのですよね」
『トーラス中佐、海軍本部にも当然連絡はしている。各港湾警備隊には第一警戒警報を発令済みだ。貴官に言われるまでもなくな。哨戒機も順次出撃、抜かりなく哨戒体制を整えているよ』
ボーゲン少将は淡々と答えた。
「アテナ号は一旦、デーンに帰港しますが、よろしいですか?」
『当初の予定通りで構わんよ。明日は簡易検査が予定されている。それとトーラス中佐は外事局と打合せもあるだろう。私などが予定を変更出来る訳がないのを知っていて、言っているのですか……。出来る部下を持つのも大変ですよ』
トーラスはそれを聞いて、諦めたような顔をする。
「では、予定を早めて今夜、帰港しますがよろしいですね」
『構わんよ。君の判断に任せる。あゝ、帰港したら報告には来てもらえるのかな』
「はい、当然お伺い致します」
トーラスは返答すると通信を切った。
(……相変わらずだな。ボーゲン少将は)
そしてトーラスはアテナ号へ無線を繋ぐ。
「こちらトーラス! 合流後、デーンに帰港する。予定は変更だ。我々は警戒任務は行はない」
『了解しました! ではそのように準備致します』
タイラー副長が応答すると、トーラスの顔が一瞬緩んだ。
「……あゝ、今日は大きなベットでゆっくり寝れる」
『はっ! そうですね! それでは』
タイラー副長の応答して通信が切れた。そして、トーラスは少し嬉しいそうな顔をする。
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