第215話 マティオの思惑
2国間和平交渉会議9日目夜。
ここはマティオ連邦国首都ドニア市、中央区官庁街、首相官邸内。
首相執務室内、50畳ほどの室内には大きなテーブルと椅子が20脚ほど並び、奥には首相執務机、中央付近にはテーブルと3人掛けのソファーが配置されている。
首相執務机の大きな椅子に座る黒髪の渋め男性が、机の前に立つ30代後半の男性に尋ねる。
「ヴァイン、今回のベランドル主導の一連の流れどう判断した?」
ヴァインと呼ばれた男性が涼しい目つきで答える。
「ベランドル皇帝、エラン陛下はとんでもない食わせ者だった事はわかりました。報告書にまとめた通り、実力者を周囲に集め、短時間で一気に国内掌握。見事につきます。そして何より……、周辺諸国への対応も圧巻でした。まだ、経過段階ですが。優れ者がそばにいる事は間違いないでしょう! 今後の大陸情勢はベランドルが表面上主導すると考えます」
一旦、30代後半の男性、ヴァインと呼ばれた男性は言葉を区切り首相執務机に座る、40代後半の渋めの男性を見て言う。
「グリーン閣下はどう判断されますか? ベランドルの動きはかなり早く動いております。判断を間違えれば、取り返しのつかない事になりますが」
首相執務机の椅子に深く座っている渋めの男性は顔を上げほくそ笑み言う。
「皇帝直属魔道士ローラ……あれはキーパーソンだな。一見、目立って偽装された英雄のように見せかけているが……、本物だ! 確か旧王国時代に罷免された女性宰相がいたと言っていただろう。ローラ•ベーカー旧王族の外縁血統者。アイクル派の鎮圧、周辺国の介入をこともなく退けた。外見は魔力で誤魔化し二十歳くらいの見た目、実は60才だと……ベランドル王国を支えた無類の手腕の政治家であり、魔道士だったと。20年ほど前に失脚後、行方不明になり。今回、同姓同名で皇帝の側近として姿を現した。エラン皇帝の後ろで用意周到に準備していたのだろう。私など恐ろしくて対立する気のもならんよ」
そう言って渋めの男性はふっと息を吐き天井を見上げた。
ヴァインは執務机のファイルを取って指し示す。
「……ベランドル皇帝護衛隊の分析結果です」
執務机の椅子の渋めの男性、グリーンがファイルを手に取って言う。
「あゝ、戦力分析だな。一個軍団に相当するだったな。……規格外だな」
ヴァインが涼しい目つきで首相であるグリーンを見つめて言う。
「当初、皇帝護衛隊は女性メインの部隊構成で国内外の宣伝目的であると思われていました。……ですが実は、美女は隠れ蓑で実力を隠していた。敵に侮らせるために……。ジョルノ共和国国境戦、エルヴェス帝国クーデター未遂、そして、ベルニスの内紛鎮圧、確認しただけでも多くに関わっていました。常にエラン皇帝護衛隊がそこにいたと……。ベランドル帝国内において彼女らは英雄視されております。そして実質上の頂点にいるのが、魔道士ローラです」
グリーン首相はファイルを執務机の上に置くと一呼吸おいて言う。
「……やはり、ベランドルに接近して繋ぎを持たねばならんな。しかし、ローラ……何を考えているか……読めん!」
ヴェインは大陸情勢概要ファイルを捲りグリーン首相に見せる。グリーン首相は覗き込み言う。
「一体何処と戦争をするつもりなのだ? 急激な新造艦の建造、帝国艦船の改修、新鋭航空機の開発、量産体制の確立……。私には理解出来ない」
ヴェインはグリーンの顔を見て少し目を細めて小声で言う。
「……アクセリアルではないかと」
グリーン首相はギョッとしてヴェインを見る。
「……!」
ヴェインはグリーン首相に言う。
「グラン連邦、ベランドル帝国が結んだ今、この大陸に対抗出来る勢力は存在しません。ここまで軍拡する必要があるとすれば……」
「そうか、ではその危機を察知してローラは動いていると」
グリーン首相はファイルを捲りながらヴェインに言った。ヴェインは執務机の前から離れて、ソファーに座り言う。
「しかし、この兵器群の基幹部分の素材が我が国の産出物で良かったです」
グリーン首相はファイルを机上に置いて椅子から、立ち上がりソファーの方へ移動する。
「……早急にベランドル魔道士ローラ殿と接触しなけらばならんな……。極秘裏でも構わない。仲介者は誰かおらんか?」
グリーン首相がコーヒーカップを持って一口飲む。ヴェインは立ち上がりグリーン首相の耳元で囁く。
「グラン連邦国アーサー様が最適かと……」
グリーン首相は目を細めてヴェインを見つめる。
「……資源交渉で世話になった、あの御仁か。上手く行くのか? あれはかなりの曲者だぞ」
ヴェインはグリーン首相から離れてソファーに座り直して言う。
「他に手は無いかと。アーサー様は連邦国の深部のお方。ベランドルにも顔が効きます。通常の外交手続きではいつになるか」
「非公式……だな」
グリーン首相は視線を下げてコーヒーカップを見て言った。
「はい、そのように。秘密裏にローラ殿と数名を招きたいと考えます。諸国も動向を探っております。勘繰られるのも厄介ですから」
ヴェインはソファーから立ち上がり、グリーン首相を見てゆっくり一礼する。
「では、べマンへ行って参ります」
「あゝ、頼んだ」
そう言って、グリーン首相は右手を軽く上げた。
◆◇◆◇
ここはべランドル帝国帝都ドール市ドール城、皇帝居住エリア、皇帝食堂内。
30畳ほどの食堂には大テーブルが置かれ5名が座り食事をしていた。エラン、エリー、ソアラ、ユーリ、そして先ほどベルニスより帰還したトッドが座り食事をしている。
エランが機嫌良さそうに言う。
「今日は、トッドさんが来られて嬉しい限りです」
テーブルの反対側のトッドが微笑み答える。
「はい、エラン陛下! 私も美しい陛下のお姿を拝見しまして秀悦至極にございます」
エランは少し悲しい顔をしてトッドを見る。
「……お会いした時のように接してください。敬称など不要です。呼び捨てで構いません!」
トッドが困った顔をすると、エリーが直ぐに微笑みエランを見て言う。
「トッドさん、困ってますよ。ベランドル帝国皇帝なのですからお立場をお考えください!」
「なっ……!」
エランが嫌な顔をしてエリーを見ると、エリーはトッドのほうを見て尋ねる。
「あとで、私の部屋に来てもらえますか。細かい打ち合わせもあるので、お願いします」
トッドはエリーを見て微笑み答えた。
「はい、エリー様、了解です」
エランが嫌な顔でトッドを見て言う。
「打ち合わせなら私の部屋でお願いします。聞きたいこともあるので」
エリーが直ぐに言う。
「……、まあ良いけど、それでしたら、そのあと内密のお話をですね」
エランはエリーの肩に手を乗せて言う。
「なんの内密の話ですか? 皇帝にも秘密の話があるのですか」
エリーはエランの手を優しく払うと言う。
「ええ、2人だけの秘密の打ち合わせです」
エランはそれを聞いて少し戸惑った顔をしてトッドを見つめる。トッドはエランをに微笑み言う。
「あゝ、ジョン代表からの伝達事項です。特に秘密にするような事はありません」
「……なら私の部屋でも良いですよね」
エリーは目を細めてトッドを見つめて言う。
「……余計なことを、せっかくトッドさんと水入らずで、話出来ると思ったのに、私は可愛い弟子では無いのですか?」
トッドは首を傾げて言う。
「とばっちりですか? 姉妹仲良くですよ。そんな喧嘩腰の物言いはいかがなものかと。私には機嫌の悪い原因が分かりかねますが、これから大事な時期です。仲良くして頂きたいと思いますが」
エリーはエランを見て呆れた顔をして言う。
「良いよ。じゃあ、お姉様の部屋で打ち合わせですね」
エランはしょうがないような顔して答えた。
「……ええ、それで結構です」
そうして食事が再開された。エリーはステーキを切り分けると一気に口に入れて頬張った。
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