第202話 ライオネル諜報部隊
エリーはサディとライオネル諜報と接触する。
2国間和平交渉会議8日目午前。
ここはエルヴェス帝国首都ルーベンス市西区商用地区の外れ。2、3階建ての建物が密集して集まり、道路は細い路地が入り組み、中央区の整然と区画整備された皇都中心街とは大きく異なる雰囲気だ。
エリーは地区の外で車両を降りて、サディと共にライオネル諜報拠点を目指し徒歩で移動していた。エリーは隠蔽偽装スキルで雰囲気を大きく変えている。【ベランドル帝国魔道士ローラ】はエルヴェスにはいない事になっている。そして諸国牽制の意味合いもあり、エランからは魔道士ローラの所在は何処にいるかわからない方が良いと言われていた。
エリーとサディは、ルーベンス市内でよく見かける町娘の格好をしていた。
(……さすが! サディさん……違和感なく平然と着こなしていますね)
エリーは隣りのサディを見て感心していた。設定的にはエリーが二十歳前後で、サディが20代後半にしていた。雰囲気も街と同化して地元民に見える。
「どうしたんですか?」
「いえ、もうそろそろ着くかなと……」
エリーは適当に誤魔化した。サディは少し嫌そうな顔をして言う。
「何をおしゃりたいか大体わかります……」
「……!」
エリーはサディから視線を逸らして言う。
「でも、すごいですね。魔力で偽装しているなんて気づかないですよ」
「……エリーさまもですよ」
「いえ。私はプラス5才くらい盛ってるんですけど、サディさんはマイナス10才くらいですからすごいです……」
エリーはそう言ってサディを見ると少し機嫌の悪そうな顔をしているサディに気づく。
「……しょうがないですよね。任務ですから。サディさんだって普通に美人なのですからこんな事ね」
サディはエリーに顔を寄せると耳元で囁く。
「エリーさま、最近、本当の自分てどうだったかよくわからなくなって来ています」
サディは長い青色の髪をふわっとさせながら微笑む。良い匂いがエリーに漂った。
(……エランお姉様のお気に入り立たんだよね)
そしてサディが目を細めてエリーに言う。
「迎えが来ています。打ち合わせ通りに」
エリーは直ぐにサディの顔を見て頷いた。
通りの反対側からひとり男性が近づいて来てサディに話し掛けた。
「着いて来てください」
男性は帽子を深く被り顔は良く見えない。身長は高くなくサディとたいして変わらない。年齢は30才くらいに見えた。
サディが男性の後ろに若干距離をとって追随すると、エリーはサディの横に並んで歩いた。
しばらく歩くと男性は周囲を警戒しながら3階建ての飲食店へと入った。その飲食店の入口には休店日の看板表示がされている。エリーとサディも男性に続いて、飲食店のドアを開け店内に入った。店内はブラインドが下され昼間だが、薄暗い。
「……サディさま、ようこそ無事に」
先ほどの案内して来た男性がサディに話し掛けた。サディは頭を下げてから男性に言う。
「案内ご苦労様。それでメンバーは集まりましたか」
「はい、首都周辺域で活動しているものは全員集まっております」
男性は答えるとサディに一礼する。サディは頷き瞬時に雰囲気を変えた。隣りのエリーは息を呑む。あの独房で見た妖艶な魔道士グロリアになっていたのである。
(……これがサディさんの本来の姿なの!? うーーっ!)
エリーはサディを見て平静さを保ちながら頷いた。
「……」
「それでは2階の部屋に」
男性がサディを見て奥の扉に誘導する。一緒にいるエリーに何も尋ねられなかったのは、事前にベランドルで活動する機関員が同行すると伝えていたからである。
飲食店の階段室内は、ランタン灯が灯され飲食店内よりは明るい。男性についてエリー達2人は階段を上がる。階段を上がり2階の廊下に出るとドアが3つほど見えた。男性は廊下を進み1番奥のドアへと向かう。
男性はドアの前で立ち止まりノックする。
〈コン、コン〉
「サディさまをお連れ致しました!」
そう言うと男性はドアをゆっくりと開けて部屋へと入る。一旦小声で喋る声が聞こえて男性が再び顔を出して。
「サディさまどうぞお入りください」
そしてサディとエリは部屋へと入った。室内は20畳ほどでカーテンが閉められ薄暗い、そこに10名ほどの男女がテーブルを囲んで立っていた。男女はサディのほうを見て一斉に頭を下げる。
「サディさまにお越し頂くとは、まことに申し訳ありません」
1番年上らしき50代の男性がサディに言った。サディは頷き言う。
「いえ、この件は、私が直接処理しなければならない問題です」
「……?」
サディが後ろに立っているエリーに視線を一旦移して微笑む、そして前を向いて言葉を発した。
「では尋ねます。ここにいるメンバーは旧ライオネル王国より仕える者達! あなた達が今、忠誠を誓っているのは誰か! 共和国政府か? それとも旧王族か? どちらですか!」
部屋の中にいた者達はそれぞれ戸惑った反応をする。
「……!?」
案内してて来た男性が少し動揺したように尋ねる。
「……どう言った意味ですか?」
サディは全員に微笑み優しく言う。
「言葉の通りです。今、旧王族はクラリスさま、アルティさまのお二方のみ。もはや昔の王国の復活は困難です。我々は現大統領と取引し、王女さまの保護を条件に共和国に組みしました。ですがこのままでは、ライオネルともども王女殿下は死ぬ事になるでしょう! だから問います。どちらを選ぶかを!」
ひとりの女性が前に出てサディを見て尋ねる。
「恐れながら申し上げます。それは共和国から離れるとおしゃっているのですか?」
サディは目を細めて頷く。
「我々の意向に沿ってない以上、行動の修正は当然です」
部屋の中の者達は動揺した顔をする。そしてサディは全員を見渡し声を上げる。
「アルティさまはすでに同意なされています! そしてクラリスさまも理解してくださるはずです。我々の使命を全うしましょう」
部屋の者達はそれぞれ考えた顔をして誰も無言のまましばらく時間が流れる。
そしてサディがゆっくりと大きな声で言う。
「決断できませんか? 家族や親族、友人も関係してくる事ですからね。良いですよ。正直に言ってください」
「……」
「……」
全員が強張った顔をして口を開かない。
エリーは後ろで困った顔をして事の成り行きを見守っていた。前打ち合わせではユーリ班が出向く拠点はライオネル共和国大統領系の諜報機関部隊で有り、こちらは旧王国系の諜報機関部隊であると。万が一大統領系が混ざっていることを警戒していたがサディの対応からそれは無いようだった。予定ではユーリ班は有無を言わせず殲滅することになっていた。そしてこちらは交渉してダメなら拘束するというものだったが、反応はあまり良くない。
59代の男性がサディに頭を下げて言う。
「確かにライオネルに未来はないと思います。それは私にでもわかります……サディさまが、凄いお方であることも理解しておりますが。ですが多勢に無勢では有りませんか。大統領派を敵に回して勝算があるとは思えません」
サディはそれを聞いて微笑み男性に近寄り尋ねる。
「私では頼りになりませんか?」
「……いえ、そうはもうしておりません。サディさまらしく無いと申しているのです」
男性は真剣な顔でサディを見て言った。
「……そうですか、理解しました。私が無謀な賭けに出ると思いますか?」
サディは呆れたような顔して言った。全員が強張った顔をしてサディを見る。
サディは更に言う。
「今頃、郊外の別拠点は壊滅しているはずです。ベランドル帝国皇帝護衛隊によってです」
「……!? それは大統領直属の諜報部隊を壊滅させたと」
案内して来た男性がサディに尋ねた。
「ええ、そうです。エルヴェスの拠点は全て殲滅します」
サディがそう言うと、部屋の全員が緊張した顔をして身構える。
「しょうがないですね。私があなた達に手を出す訳ないでしょう。では説明します」
サディがエリーのほうに向きを変えると跪き頭を下げる。部屋の全員が驚いた顔をして視線がエリーに注がれた。そしてサディが頭を下げたまま声を声を上げる。
「こちらのお方は! ベランドル帝国大魔導師ローラ様です。かの帝国の政変を3日で成した偉大なお方! そして私達を導いてくださいます」
部屋の中の男女がエリーを見て怪訝そうな顔をする。エリーは疑いの眼差しを感じる。諸外国には、見た目がエラン皇帝に似ているメガネを掛けた二十歳くらいの、魔道士と伝わっている。今のエリーは明らかに雰囲気が違う。
エリーは隠蔽偽装魔法を解除して黒縁のメガネを掛けた。そして魔力を解放して周囲に発散する。
「……帝国の魔道士ローラさま!?」
部屋の中の者達は確信したように頭を下げる。50代の男性が声を漏らす。
「サディさま……理解しました」
赤髪のショートボブの女性は言う。
「サディさま、ベランドルの後ろ盾を得たのですね」
サディは立ち上がりエリーに丁寧に一礼すると振り返り言う。
「それでは、私を含め全員死んだことになるので、よろしくお願いします」
「はい、理解しました」
案内して来た男性が答えた。
「全員でよろしいですね。拒否もできますが。その場合ベランドルの収容所送りとなります」
部屋の中の10名の諜報員は並ぶとエリーとサディに頭を下げる。そして代表して50代の男性が言う。
『はい、ローラさま、サディさまに従います」
サディは微笑み全員を見渡し言う。
「全員、一旦ベランドル帝国へ行ってもらいます。それとローラさまと従属の契約を結んでもらいますから」
そう言ってサディはシャツの襟を引っ張り胸の女神の紋章を見せた。
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