和平交渉 第148話 バロー家の末裔
エリーはカールデンから女神と認定される。
和平交渉会議当日、午後。
ここはエルヴィス帝国領へ国境線より10kmほど入った地点。
エリーはエルヴィス帝国軍陣地テント内にいた。
「ローラ様……、いかがでしょう? お考えをお聞かせください」
カールデンが跪いたまま顔を上げてエリーを強張っ表情で見ている。エリーはカールデンに近寄り跪き手を取った。
「何をおしゃっていらっしゃるのですか! カールデン皇帝陛下が私などに跪くなど」
(ここまでのシナリオはなかった。どうする断るしか無いが……。ハリーさんは少しやり過ぎたのかもしれませんね)
エリーが困った顔でカールデンを見ていると、カールデンは悲しそうに言う。
「我がエルヴィスなどローラ様にはとるに足らないということでしょうか」
エリーは更に困った顔をして言う。
「カールデン陛下は大きな勘違いをされております。私など大した事など出来ません。どうかご容赦ください」
そう言ってエリーはカールデンに頭を下げた。それを見てカールデンはエリーの手を握りしめて言う。
「ローラ様……。私はわかるのです。我が血統に繋がる偉大なるお方の力が! 無理なお願いである事は承知しております。どうか末席でも結構です。傘下にお加えくださいませ」
エリーはカールデンの手を優しく振り解く。
「カールデン陛下、どうぞ冷静になってください。私はべランドル帝国皇帝エラン陛下の臣下です。私の下につくとはエラン陛下の下につくということなのですよ。ご容赦くださいませ」
そしてカールデンは一瞬戸惑った顔をして声を上げる。
「はい、ローラ様がそのようにおっしゃるならそれで結構です」
それを聞いてエリーは直ぐに声を上げる。
「それはどう言うことでしょうか! 仮にも一国の皇帝が何とおっしゃるのですか!」
(カールデン陛下は愚かな皇帝では無いと聞いている? これは何かの策略? 私を罠にでも掛けるつもりでしょうか……。とりあえず乗り切らないといけませんね)
カールデンとニース大将はエリーを緊張した表情で見つめている。エリーは立ち上がり2人を見つめて微笑み言う。
「お戯は、ほどほどにしてくださいませ。エルヴィス帝国カールデン皇帝陛下が、我が国と友好関係を継続したいご意向は理解致しました。それでは軍の撤退をよろしくお願い致します。私は戻りエラン陛下に会談についてのお話を致します」
そう言ってエリーはカールデンに一礼した。
カールデンは立ち上がりエリーに寄って来て言う。
「今回は、失礼致しました。ですが諦めるつもりはありません。後日、改めましてお話し致しましょう」
カールデンはエリーに深く頭を下げた。エリーは嫌な顔をしてカールデンを見て言う。
「それでは、私はこれにて失礼致します」
「ローラ様、もう少しお話を致しませんか? お時間は取らせません」
カールデンはエリー更に近寄り呟く。そしてエリーは驚いた顔をしてカールデンの瞳を見つめた。
「カールデン陛下……、なぜ?」
そう言うとエリーはカールデンから距離をとった。
「ローラ様、警戒しないでください。私はエルヴィスを名乗っておりますが、元々はバロー家の血筋でございます。忘れられた女神セレーナ・ブレッドリー様」
エリーは動揺したように瞳が動いている。
(なぜ……、わかった? そんなハズは無い。確かにバロー家は知っていた。しかしあれから1000年ほど経っているのに、転生者か? ルーベンスの子孫にここで会うとは思わなかったけれど……。だが私が女神セレーナだとわかる。普段は発動以外、隠蔽スキルで女神の力が外に漏れる事はないハズ! ハッタリで動揺を誘っているのか? 私と契約を結んだ者は知っているだが、絶対に他言は出来ない。……、ハルさん? いや考えられない)
エリーの中で思考がめまぐるしく巡っていた。カールデンは少し悲しい顔をして言う。
「私は過去の償いをするためにここに居るのです。セレーナ様……いえ、ローラ様、我がルーベンス始祖皇帝の願いです。女神セレーナ様はいずれお目覚めになる。そしてその時には全てを尽くして支えよと」
エリーは少し機嫌悪そうにカールデンを見て言う。
「言いたい事は理解致しました。ですが残念ながらカールデン陛下を信用する事は出来ません」
「はい、今日はここまでと致します。信用に足るものを見せられれば良いのですが……。ローラ様には距離を置かれ残念に思います。ですがこの気持ちは変わりません」
そう言ってカールデンは頭を下げた。
「ニース大将! 全軍撤退の指示をお願いします」
カールデンはニース大将を見て寂しそうに言った。
「はい、了解致しました」
ニース大将はすぐに一礼するとテントから出て行った。2人になりしばらく沈黙したあと、カールデンはエリーの顔を見て少し遠慮したように言う。
「ですがその外観には騙されますね。可愛い十代の少女にしか見えません……。武人としての噂は聞き及んでいますが、ギャップが凄過ぎて戸惑ってしまいます」
エリーはカールデンの瞳を見つめ言う。
「私をセレーナとする。根拠はあるのですか? 教えて頂けますか」
カールデンはエリーに微笑み言う。
「ええ、実は封印時にペンダントの片割れを始祖は所持していたのです。それは王家血統者伝承の秘宝とされました。そしてそれは輝きを取り戻したのです」
カールデンは軍服のボタンを外し胸元からペンダントを引き出した。埋め込まれた宝石は白色に発光して眩く輝いている。
「ローラ様にお会いして輝き出しました。それまでは紫色の淡い発光だけでしたが、それにルーベンス始祖が私の夢に現れて言ったのです。近いうちにお会い出来るだろうと」
エリーは少し呆れた顔をして言う。
「あのルーベンスがね。あんまり良い思いがないからね。ルーベンスは最後に全てをぶち壊したんだよ。私も私の周りの大切な人達もね。まあそれなりの理由はあったと思うけど……良い気分じゃない」
カールデンは深く頭を下げて言う。
「始祖の後悔はかなりだったと思います。ですから子孫にこのような使命を残したのです」
エリーは明らかに嫌な顔をして言う。
「そうなのですか? 私が他の者から聞いた話とは少し違うようですが。良いです。お話はここまでとしてください。協力は拒みませんが、臣下のお話はご遠慮申し上げます。それでは後日、我がエラン陛下との会談をお願い致します」
エリーはカールデンから視線を逸らすとテントの出口へと向かって歩き出した。カールデンが声を上げる。
「ローラ様! 必ずお役に立って見せます。そしてルーベンスをお許しくださる日が来ると信じております!」
エリーは出口でカールデンに一礼するとテントから出て行った。
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